雑文の旅

猫爺の長編小説、短編小説、掌編小説、随筆、日記の投稿用ブログ

 猫爺の連載小説「幽霊新三、はぐれ旅」 第四回 名医の妙薬

2013-11-20 | 長編小説
 死にたがる男、江戸の乾物商相模屋の小番頭、庄六をお店に送り届けるだけでは事が収まらない。 乾物商相模屋の店主を説得して、その娘と庄六を夫婦にしてやらねばならない。 二人、肩を並べて歩きながら、三太は庄六から必要な事柄を聞き出しておくことにした。 三太と新三郎にはその手立てを打つ算段が出来ていた。
   「乾物商相模屋のご店主の名は何といわれる」
   「はい、浩衛門です」
   「では、庄六さんが好きな娘の名は」
   「お美菜でございます」
   「主人の浩衛門さんは、信心深い方ですか」
   「神棚には、住吉神社のお札をお祀りし、朝夕に礼拝なされていました」
   「あの神君家康公の御分霊が祀られている神社でしたな」
   「さようで御座います」

 旅に出て一日目は、まだ水戸街道を幾らも進んでいないのに、もう日が暮れてしまった。 旅籠は相部屋(あいべや)でも良かったのだが、庄六が遠慮して別々の部屋をとった。 食事は三太の部屋で酒を酌みあった。
   「お美菜さんは、幾つになられた」
   「はい、十九でございます」
   「庄六殿は」
   「二十一で御座います」
   「私はお美菜さんと同じく十九ですが、目下嫁さがしに東奔西走しているところです」
   「では、この度の江戸への旅も、奥方をお探しに」
   「あははは、その通りです、面目ない」
 他愛のない世間話のようだが、三太は庄六や相模屋の様子などを探っているのだ。 その夜更け、二人は分かれてそれぞれの部屋で行燈の灯を消して床に就いた。 それから間もなくして、急に旅籠の中が騒がしくなった。
   「新さん、何だろう」
   「病人が、どうたらこうたら、言っていますぜ」
   「一階の客に、病人が出たようですね」
 三太は、庄六のことが気になり、「ちょっと見てこよう」と、部屋を出た。
   「病人は、庄六ではなさそうだ」
   「能見さんでなくて良かった」
 庄六も、同じ思いだったようだ。 二人がそれぞれの部屋へ戻ろうとしたとき、 旅籠の主人が二階へ駆けあがってきて声をかけた。
   「お泊りのお客様に、お医者はおいでになりませんか」
 三太が出ようとしたとき、別の部屋から待っていたかのように即答があった。
   「私は医者だが」
   「先生、お願いします、下のお客さんがお腹を押さえて苦しがっておいでになります」
   「そうか、それは気の毒じゃ、私が診察して進ぜよう」
 三太も気になり、番頭と医者の後に続いた。 医者は苦しむ病人の額に手を当て、熱を測ったり、脈を取ったり、病人の腹を出させて聴打診のようなことをしていたが、
   「うむ、これは食中(しょくあた)りじゃな、夕食の中に何か傷んでいるものは無かったか」
   「お客様のお口に入れるものは、吟味に吟味を重ねておりますので、そのようなことは…」
   「無かったと申されるか」
   「はい、決して…」
   「私は食べなかったが、豆腐はどうじゃな」
   「日の暮れ時に、豆腐屋さんが納めてくれたものです」
   「そうか、他の客は異状ないか」
   「はい、皆さんお召し上がりでしたが、腹痛を訴えた方はおいでになりません」
   「そうか、偶々この客が食べた豆腐が腐っていたとは考えられぬか」
   「豆腐屋を呼び付けて、問い質してみなければ何とも言えません」
 医者は、袂(たもと)から薬袋のような物を取り出した。
   「幸い、私は食中りに効く妙薬を持っている、これを病人に与えて見ようか」
   「是非にもお願い致します」
   「ちょっと高価だが構わぬか」
   「はい、それは如何ほどでございますか」
   「三日分で、十両と言いたいが、折も折だから、半額の五両にしておこう」
   「承知いたしました」
   「それと、私の診察料を一両いただきましょうか」
   「はい、只今ご用意いたします、どうぞご病人にお薬を飲ませてあげてくださいませ」
   「よし、わかった」
 医者は、薬包紙を解き、病人の口に注ぎ込み、水を飲ませた。 苦しんでいた病人は急に大人しくなり、そのまま寝入ってしまった。

   「先生のお蔭で、何事も無く収まりました、本当にありがとうございました」
   「何の、何の」
 医者も、二階の部屋に戻っていった。 野次馬を装って一部始終を見ていた三太は、首を傾げた。
   「新さん、あの医者怪しいですね」
   「あれは、医者じゃなく、語り詐欺ですぜ」
   「そうでしょうね、高価な薬かも知れないけれど、治りが早過ぎます」
   「あの薬は、乾飯(ほしいい)を粉に挽(ひ)いたもののようですぜ」
   「あの病人は、仲間でしょうね」
 三太と新三郎が深夜そんな話をしていると、庄六の部屋と逆隣の部屋の襖がソーッ開けられる気配がした。
   「あっ、医者が逃げ出す積りのようです」
   「あっしが留(とど)ませてやります」
 三太が止める間もなく、新三郎が三太から出て言った。 すぐに階段辺りで大きな音がし、医者が倒れた。 旅籠の主人や女中が飛び出してきて、また大騒ぎになった。
   「先生、大丈夫ですか、早く先ほどの薬をだして、お飲みください、薬料は当方がお支払いたします」
 三太が部屋から出て来た。
   「ご亭主、その者は医者ではありません、語り詐欺です」
   「医者じゃないって、あなた様は」
   「私は本物の医者で、水戸藩の能見数馬と申す者、ご亭主、先程の病人の部屋を覗いてくれませんか」
 主人は、三太に言われた通り、病人の部屋を覗いたが、もぬけの殻であった。
   「そうでしょう、やつも仲間で先に逃げ出したのですよ」
 三太は、倒れている医者の懐から先ほどの薬を取り出し、主人に舐めさせた。
   「これは、米の粉です」
 主人は舐めて見て、三太のいうことを信じた。
   「正確には、乾飯の粉です」
   「では、どうしてこの人は倒れているのでしょうか」
   「私が人を操る術をかけたのです」
   「あなたは忍者でもあるのですか」
   「忍者ではありません、人の心の病を治す心医です、縄をかけてから術を解きましょう」
 三太は偽医者の半身を越し、「えいっ」と、気合を入れると、偽医者は正気に戻った。 新三郎が三太の体に戻ってきたのだ。
   「この男、私を騙して六両もの大金をせしめたのですね」
 主人は偽医者から金を取り戻して、そのうち三両を三太に「これはお礼です」 と、差し出した。
   「私はたいしたことはしていま…」
 新三郎が、三太を黙らせた。
   「そうですか、お断りしても失礼ですから、有り難く頂戴いたしましょう」
   「この男は、夜が明けたら役人に引き渡します」
   「そうですね、重犯でしょうから旅籠が軒並、被害に遭っているでしょう」
 逃げた腹痛男が、今夜中に仲間を取り返しにくるかも知れぬと、貰った三両の手前三太が寝ずの番をすることになった。

 昨夜の一度目の騒ぎの後、目覚めることなく朝まで眠り続けたのは庄六である。 例え寝不足が続いていたとせよ、あの騒ぎである。 この男、根が図太いのであろうか、三太の野袴に縋りついて殺してくれと泣きついた男に思えない。 この男も恋に狂うと、見栄も外聞も無くなるらしい。
   「三太さん、庄六は放っておいても、自分で死ぬようなタマじゃありませんぜ」
   「俺たち、利用されているのかも知れないが、最後まで利用されてやりましょう」
   「三太さんも、義兄さんの数馬さんと同じで、お人よしですね」
 庄六は気が逸(あせ)るのか、三太を追い越して先に進み、振り返って三太が追いつくのをまっている。 まるで、鎖を解かれて飼い主よりも先に山を駆け上る猟犬のようである。

 江戸との中間の旅籠にもう一泊して、お江戸千住の宿場町を越えた。 庄六は三太を相模屋へと案内した。
   「庄六、この忙しい時に、行先も告げずにどこへ行っていました」
 三太が庄六に代わって、経緯を話したが、主人はますます怒り狂った。
   「そんな勝手な使用人は要らない、とっとと荷物をまとめて出て行け!」
 もう、何を言っても聞く耳は持たぬと、店の男に命じて庄六と三太を店の外に追い出した。 娘のお美菜が庄六を追いかけようとしたが止められて、その場に泣き崩れてしまった。
 おどおどとする庄六を見ても、三太は落ち着き払って言った。
   「私を信じなさい、明日の朝、また来ましょう」
   「そんな殺生な、明日来てもまた追い払われるだけです」
   「いいから、悪いようにはしないから、黙って私に従いなさい」
 江戸へ来たら、真っ先に福島屋亥之吉のところへ行くつもりが、三太の当てが狂ってしまった。
その夜は相模屋の近くに宿をとり、新三郎と三太は作戦を練った。
   「新さんは中筒之男命(なかつつのおのみこと)という神様になって寝ている主人に話しかけてもらいます」
   「なかつつのおのみこと ですかい、覚えづれぇ名だな」
   「しっかり覚えてください、それと、あっしとか、ござんすはダメですよ」
   「へい、わかりやした」
   「それもダメ!」
 夜の遅くまで打ち合わせをして、新三郎が「面白いれえ」と、やる気満々になるまで、一刻(2時間)は掛かってしまった。

次の日の深夜、新三郎は三太を抜けて相模屋に向かった。
   「浩衛門、浩衛門、目を覚ましなさい」
 声を掛けたのは新三郎である。 浩衛門は驚いて目を覚ますが、辺りを見回して誰も居ないのを確認すると「夢か」と、また眠ろうとするのを、追い打ちを掛けた。
   「浩衛門、よく聞きなさい、わしは中筒之男命である」
 これはうまく言えた。 浩衛門は飛び起きて、自らの両頬を平手で打った。
   「浩衛門、夢ではない、わしは神である」
 神は、浩衛門を諭すように話しだした。

   「わしは、お美菜と庄六が夫婦になるように運命を定めた、そなたは神が定めた運命を打ち破ろうとしておる」
   「お美菜を使用人如きにやる訳にはいきません、豪商の嫁と決めております」
   「使用人如きとは聞き捨てならぬ、庄六はわしも認める立派な男である、庄六はきっとお美菜を幸せにするであろう」
   「何故、神様が一庶民の縁談にお関わりになります」
   「わしが定めた運命に逆らわれては、神としてのメンツ…いや、自尊心が傷つく」
   「いくら神様とて、こればかりは…」
   「そうか、わかった、これからその方の身に災難が続くであろう、店は潰れ、家族は皆、病で死に絶え、其の方も野垂れ死にし、暗黒の黄泉の国へと旅発つであろう、努々(ゆめゆめ)疑うことなかれ」  まるで脅迫である。
 去ろうとする神さまを、浩衛門は慌てて引き留めて平伏した。
   「よくわかりました、わたしが間違っておりました、神様、どうぞお許しを…」
   「そうか、わかってくれたか、これからは、其方の店が繁盛するように見守っておるぞ」
   「ははあ、有難う存じます」
   「では、さらばじゃ」
 それっきり、神様の声を浩衛門は聞くことが無かった。

  第四回 名医の妙薬(終) -次回に続く- (原稿用紙枚)

「幽霊新三、はぐれ旅シリーズ」リンク
「第一回 浄土を追われて ...」へ
「第二回 火を恐れる娘」へ
「第三回 死にたがる男」へ
「第四回 名医の妙薬」へ
「第五回 新さんは悪霊?」へ
「第六回 独りっきりの手術」へ
「第七回 美江寺の河童」へ
「第八回 三太、悪霊と闘う」へ
「第九回 数馬は殺人鬼なり」へ
「第十回 贄川の人柱 ...」へ
「第十一回 母をたずねて」へ
「第十二回 無実の罪その1」へ
「第十三回 無実の罪その2」へ
「第十四回 三太の大根畑」へ
「第十五回 死神新三...」へ
「第十六回 大事な先っぽ」へ
「第十七回 弟子は蛇男」へ
「第十八回 今須の人助け」へ
「第十九回 鷹之助の夢」へ
「第二十回 新三郎のバカ」へ
「第二十一回 涙も供養」へ
「第二十二回 新三捕り物帖」へ
「第二十三回 馬を貰ったが…」へ
「第二十四回 隠密新三その1」へ
「第二十五回 隠密新三その2」へ
「第二十六回 労咳の良薬」へ
「第二十七回 十九歳の御老公」へ
「第二十八回 頑張れ鷹之助」へ
「第二十九回 暫しの別れ」へ
「第三十回 三太郎の木曽馬」へ
「第三十一回 さらば鷹塾...」へ
「最終回 新三、上方へ」へ

次シリーズ佐貫鷹之「第一回 思春期」へ


最新の画像もっと見る