雑文の旅

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猫爺の連載小説「池田の亥之吉」 第二十七回 亥之吉、迎え旅(終)

2013-11-12 | 長編小説
 闕所(けっしょ)となった店舗は、血縁者などが下げ渡し請求をするが、それが無い場合は競売にかけられる。 もし買い手が無い場合は取り壊しとなるのだ。 どうやら、犯罪による闕所なので縁起が悪いと判断されたのか、入札権を申請するものはなかった。 池田の亥之吉(いのきち)は、取り壊しを決定するぎりぎりのところで入札権を獲得し、勘定奉行の御沙汰を待った。
 亥之吉の目論み通り、捨て値で店舗が手に入った。 上方の福島屋善兵衛宛てに手紙を認(したた)め早飛脚(はやびきゃく)便で送り、返事を待つこと六日間で届いた。
 返信の手紙に同封して、亥之吉が指定した新両替町(銀座)の両替商指定で、二百両の為替が届けられた。 勘定奉行が呈した価額はたった五十両であったので、百五十両を開店資金に廻した。 これで広い店舗が亥之吉の手に入ったのである。
   「江戸のお方は、縁起だの何だのと言わはるが、わいは浪花の商人や、縁起の悪いのなんか、わいが吹き飛ばしたる」

   手に入った店舗は、隅田川の程近い浅草の一等地にあった。 亥之吉は然(さ)したる信仰心も無いのに、開店前の店舗に対する庶民の心的表象(しんてきひょうしょう) 改善を狙って、神社の神主に出張って貰い、盛大にお祓(はら)いをして貰った。

 こちらは、浪花は道修町(どしょうまち)の雑貨商福島屋である。
   「これ、お絹、亥之吉が江戸で店を出す算段ができたそうや」
   「お父っつぁん、おおきに、亥之吉に二百両もの大金を送ってやってくれたそうで」
   「亥之吉は大切な婿や、この位で済むとは思うていませんが、無事福島屋の暖簾(のれん)が出せるまで援助してやる積りや」
   「亥之吉のことや、この恩は倍にして返しはるやろ」 お絹は、亥之吉の人柄を見ぬいていた。
   「そんなもん、あてにはしていません、それより、お前はどうする」
   「辰吉を連れて江戸の亥之吉の元へ行きます」
   「そうか、行くか」 善衛門は寂しげであった。
   「おとっつぁん、大丈夫です、おとっつぁんの元気な内に、浪花に三人で戻ります、いや、四人になっているかも知れへん」
   「四人でも十人でもかまへん、なるべく早く戻りぃや」
   「へえ、うちが戻らせてみせます」
   「そうか、頼むで、それまでに福島屋の暖簾を誂えとかなあかんなぁ」

 江戸の神田では、政吉が頑張っていた。 小さいながら、明神さんへお参りした帰りの若い娘が立ち寄ってくれるので、店は繁盛の兆しをみせていた。
   「わい、男前やから、若い女の子にもてますのや」
   「そやろなあ、あの豚松は、どこへ行ってしもたんやろ」 
亥之吉は政吉の男前は認めている。
   「豚松は死んで、政吉に生まれ変わりましたんや」
 そんな談笑をしている間も、若い女の子が政吉を呼ぶ。 政吉の京言葉にも人気があるらしい。
   「おいでやす、お嬢はん、また来てくれはりましたんか、お嬢さんには、めいっぱいおまけさせて頂きます、どうぞ見ておくれやす」
 あのヤクザな政吉が、大変な変わりようである。
   「菊菱屋も安泰やなぁ」
 亥之吉は思った。
 亥之吉の店は雑貨商であるが、広い店舗を利用して浪花の店より品数を増やし、場合によっては食品も置くつもりである。 その前に、することがある。 女房のお絹と、息子の辰吉を連れに行かねばならない。 どうにも、他人に任せる気にはならないからだ。 辰吉は亥之吉が背負うとして、旅慣れぬお絹は殆ど船と駕籠でなければならない。 急かず、寄り道をせず、のんびりと親子水入らずの旅を楽しもうと思う亥之吉であった。
 浪花へ旅立つ日、菊菱屋へ挨拶に寄った。 両親と政吉に挨拶して亥之吉が店を出ようとすると、政吉が呼び止めた。
   「兄…、じゃなかった、亥之吉さん、わいも連れて行っておくなはれ」 と、頭を下げて頼んだ。
   「アホ、この大事な時に店を放りだしたらあかん」
   「そやかて、京極一家の親分に会いたいのや、お世話になった礼も言いたいし…」
   「まだあかん、店を大きくして、これで安泰やと思うまで我慢し」
 父親の菊菱屋政衛門(きくびしやまさえもん)が、口を挟んだ。
   「本当は、わしも行って重々にお礼をしなければならないのです、せめて政吉だけでも行かせとうございます」
   「安心しなはれ、わいが事の次第を話し、政吉と、ご両親がお礼を言っていたと伝えときます」
 いまは、政吉が拐わかされた時の菊菱屋のお店にまでに立て直すことに専念しなさいと言うのが、亥之吉が政吉へ伝える言葉であった。
 政吉を説得すると、その足で田辺藩士、戸倉勘四郎の役宅へ赴(おもむ)き、その妻、萩に卯之吉に会えたことを報告して礼を言った。

 その後は。大江戸一家を訪ね、悪徳札差との対決に尽力してもらったことを感謝し、江戸の浅草にお店を開く挨拶をした。 卯之吉が、日本橋まで送ってくれた。

 川崎では、お幸(ゆき)の叔父に、お幸さんが浪花の福島屋の若奥さんに納まり、二人目の子供が出来ていることを報告した。
 東海道は、孤独な急ぎ旅。 女がしゃがみ込んでいようと、話しかけられようと、気にもせずに歩き続けた。
   「急な差し込みで難儀をいたしております」
   「急いどりますので、また今度にしておくなはれ」
   「この薄情もん、そこらでくたばりやがれ!」
 女が悔し紛れに石を投げてこようと、「そないな元気な病人がいますかいな」と、亥之吉は笑って立ち去る。

 日が落ちて、月明かりの街道を歩いていると、「もしもし」と声を掛ける頬被りをして茣蓙(ござ)を抱えた女が居た。
   「お兄さん、遊んで行かない」
   「また、あとで」
   「?」
 亀山城の山中鉄之進に会い、態々(わざわざ)江戸まで駆け付けてもらった礼を言い、藩主にもお会いさせて頂いた。
   「ことの次第は、北町奉行が知らせてくれた、よかったのう」
 藩主の石川様が、一庶民の自分のことを心にかけていてくれたことを知り、亥之吉は感激した。  最後に、京極一家に寄り、政吉が両親に会えて親孝行に励んでいることを伝えた。 政吉が是非親分に会って、お礼が言いたいと付いて来ようとしたのを、店を開業して大切なときだからと、自分が止めたことを打ち明け、亥之吉は親分に詫びた。
   「今度江戸へもどったら、わしの目が黒いうちに顔を見せてくれと言いっといてくれ」
   「分かりました」
 浪花は道修町の雑貨商福島屋に戻りついた。 義父である善兵衛に、不正金融のために罪を問われ、闕所になった買い手の付かない店舗を安く譲り受け、商いの品数を増やして出来る限り安く売る店にしたいが、福島屋の暖簾をあげて良いものか、伺(うかがい)をたてた。
 善兵衛は、快く承諾をした。
   「うちは、そんな格式の高いお店とちがいますさかい、亥之吉が好きなようにしたらええのや」
 数日滞在して、吉日を選び、お絹と辰吉を連れて江戸へ出立(しゅったつ)した。
 お絹は、「亥之吉が江戸でやりたいことをやって、得心したら浪花へ戻ってくるさかい、それまでお父っつぁん、元気でいてや」と、言い残して亥之吉と辰吉の後を追った。 善兵衛には、お絹はいそいそと、江戸の生活を楽しみにしているよう思えた。
   「ほんまに戻ってくるのかいな」

「池田の亥之吉」 最終回 亥之吉、迎え旅(終) (原稿用紙10枚)

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