雑文の旅

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猫爺の連続小説「江戸の辰吉旅鴉」 第四回 新三郎、辰吉の元へ

2015-02-27 | 長編小説
 辰吉(たつきち)は考えこんでしまった。三太郎先生は手紙をだしておこうと仰った。自分が三太郎先生のところに居ることが分かってしまう。そうなれば父亥之吉はまたしても信州に訪れるであろう。
   「正義感の強い父のことだ」
 おそらく自分に自訴をさせるだろう。
   「遠島か、斬首か、どちらも嫌だなぁ」
 暫く考えていた辰吉であったが、やはり熱りが覚めるまで股旅暮らしをしようと思った。ここを抜けて上方へ行き、道修町というところにある福島屋善兵衛のお店に寄り、何食わぬ顔で未だ見ぬ祖父に会って行こうと思い立った。

   「辰吉さん、辰吉さんは居ませんか?」
 三太郎の奥方、お澄が辰吉を探している。
   「辰吉さんに何かご用ですか?」
 尋ねたのは若先生の三四郎である。
   「いえね、旦那様が朝出掛けに『辰吉さんが早まったことをしないように気を付けて見守るように』と言っていたのですが、辰吉さんの姿が見えなくなったので心配しているのですよ」
   「辰吉さんなら、さっき『卯之吉さんのところへ行ってくる』と言って出掛けました」
   「場所は知っておいでなの?」
   「私が教えました」
   「旅支度をしていませんでしたか?」
   「そう言えば、そうでした」
   「あなたそれを私に、何故知らせてくれなかったの」
   「お知らせするべきでしたか?」
   「辰吉さんが早まったことをしないか、旦那様が心配なさっていたのです」
   「奥様は、何故そんな大切なことを我々に知らせてくれなかったのですか」
   「すみません」

 その頃は、辰吉はもう卯之吉の店にやってきていた。
   「いらっしゃいませ、今日は法蓮草がお買い得ですよ」
 こんな股旅姿の渡り鳥が、法蓮草など買いに来るだろうかと、店番の女に辰吉は一言いいたかった。
   「客じゃありません、卯之吉おじさんに会いに来ました」
   「うちの亭主のお知り合いですか、これは失礼を…」   
   「俺は江戸の辰吉、元の名を福島屋辰吉です」
   「これは福島屋亥之吉さんのご家族の方でしたか、お見逸れしました」
   「いえ、それで卯之吉おじさんは留守なのですか?」
   「はい、朝から野菜の仕入れに行っておりまして、まだ帰らないのですよ」
   「そうですか、では帰りましたら辰吉が会いに来たと伝えてください」
   「わかりました、それではご用のむきなど教えて頂けませんか?」
   「ただ懐かしくて寄っただけですので…」
   「それで辰吉さんはこれから何方へ?」
   「上方の祖父に会いに行きます」

 辰吉が帰って小半時(30分)ほどして、卯之吉が荷車を引いて戻ってきた。
   「えっ、辰吉が?」
 卯之吉は胸騒ぎがした。商家の若旦那が、さしたる用事もなく股旅姿で江戸から信州くんだりまで来る訳がない。何か余程の切羽詰まった用があったのだろう。
 恩ある亥之吉兄ぃの嫡男である。
   「このまま放っておいては、義理に背く」
 卯之吉は旅支度を始めた。
   「お仙、俺は辰吉を追いかけて見る」
   「お前さんごめんよ、あたいが留めなかったばっかりに…」
   「いや、いいのだ、店を頼むぜ」
   「あいよ」

 と言って出掛けてきたものの、若い辰吉の脚に追いつく自信はない。一昔の事とは言え、卯之吉とても脛に傷を持つ身、鵜沼までは行けない。夕暮れ時になると旅籠という旅籠を片っ端から覗いたものだから、ますます遅れて木曽の棧を越え、大田の渡津までは追いかけたが、卯之吉は諦めざるを得なかった。

 その頃には、辰吉は京の都は京極一家に草鞋を脱いでいた。
   「池田の亥之吉どんのご子息ですかい」
   「お控えなすって…」
   「いいから、いいから」
   「てめえ生国と発しますは…」   
   「江戸菊菱屋の政吉どんはお元気でしたかい?」
   「江戸と言いやしても、些か広うござんす」
   「そうですかい、今は菊菱屋の旦那に収まっているのでしょうね」
   「江戸は京橋銀座…」
   「もういいから、真面目に返答しておくんなせぇ」
   「俺は真面目です、ちっとは控えてくださいよ」
   「政吉どんは、あっしの弟のようなものでしてね」
   「もう、嫌だ」

 ここは皆、親分子分ではなく、親分と殆どが舎弟である。先代親分が亡くなった時に居た子分は、新しい親分の舎弟であるからだ。

 若い舎弟が、辰吉の面倒をみてくれた。
   「池田の辰吉どん、さ、さ、こちらへ」
   「俺は、江戸の辰吉です」
 親分さんが、辰吉を見て懐かしそうに言った。
   「お前さんも天秤棒を持ってなすったねぇ」
   「おれのは、天秤棒ではありません」
   「ふーん、似たような物やけど」
   「父の天秤棒を知っているのですか?」
   「知っていますとも、天秤棒を持った亥之吉どんは強かった、あんな強いのがうちの舎弟だったら、いつ殴り込みを掛けられても安心や」
   「へー、そうなのですか」
   「丁度、亥之吉どんがおいでなすった時に果たし状を持った男が来ましてな」
   「親父は逃げたのでしょ」
   「いいや、独りで相手の一家に出掛けて行って、脅して丸く納めてくれた」
   「脅してですか」
   「言い方が悪ければ、強さを見せつけてかな?」
   「あんまり変わりませんが…」
 親分は、当時を回想している様子であった。
   「辰吉どんが泊っているときに殴り込みがあったら、辰吉どんはどうする?」
   「そりゃあ、一宿一飯の恩義に報いて…」   
   「報いて?」
   「戸板に隠れて、声援します」
   「亥之吉どんと同じことを言った」
   「父子ですから」

 
 翌日の夕、辰吉は一家の親分と舎弟たちに挨拶をして、上方へ発った。伏見から三十石舟に乗って淀川を下り、翌朝淀屋橋に着いた。そこから歩いて道修町(どしょうまち)まで、少し迷ったが昼前には福島屋本店に着いた。

   「江戸から辰吉が来たと、お爺さんに伝えてください」
   「お爺さんですか?」
   「はい、善兵衛お爺さんです」
   「あ、はい、ご隠居さまですか、ちょっと待っておくなはれや」
 どうやら、使用人らしい。一旦奥に消えて、すぐに出てきた。
   「ご案内します、どうぞこちらへ」
 通されたのは奥座敷、ご隠居の寝所だった。   
   「辰吉か、よく来たなあ」
 病んでいるのか、ちょっと弱々しい声であった。
   「お爺さん、初めてお目にかかります」
   「そやなあ、亥之吉は独りで帰ってきても、辰吉を連れて帰ってはくれなかったからな」
   「親父は、急用のあるときしか上方へ来なかったので、俺を連れていては足手まといになるからです」
   「そうか、辰吉大きくなってたんやなあ、それで独りで帰ってきたんか?」
   「はい、独りです」
   「亥之吉のとこは、けったいやなあ、一人一人別々にパラパラと帰ってきよる」
   「え、誰か帰って来ているのですか?」
   「はいな、この前、三太が独りで帰ってきた」
   「本当ですか、三太兄貴に会いたい」
   「ほな、呼びに行かせましょうか?」
   「いや、俺が会いに行きます」

 嘗てチビ三太が奉公していた店、相模屋長兵衛の場所を教えて貰い、辰吉は喜び勇んで出掛けていった。
   「何や、辰吉はこの儂に会いに帰って来たのやないのかいな」
 善兵衛の長男、現福島屋の旦那圭太郎が辰吉と入れ違いに入ってきた。
   「お父っつぁん、今出て行った若いのは妹お絹の子だすか?」
   「そやねん、三太と聞いたとたんに、会いたい言うて飛び出して行きよった」

 相模屋のお店へ、辰吉は息せき切って入って行った。
   「三太兄い、お兄ちゃんいますか?」
   「何や? 三太の弟かいな」
   「そうです、会わしてください」
   「会わさないでもないが、三太に弟なんか居なかったと思うが…」
   「それが居たのです、江戸の辰吉と言います」
   「さよか、ほな今呼びますから、ちょっと待っとくなはれや」
 奥から、懐かしい声が聞こえて来た。
   「辰吉坊ちゃんが来たのですか、独りで?」
   「知りまへんがな、お兄ちゃん言うてまっせ」
 それ程も長いこと会っていなかった訳でもないのに、三太は無性に懐かしかった」
   「あ、ほんまや、辰吉坊っちゃんや」
 この店の主人、長兵衛が怪訝そうに三太に尋ねた。
   「誰や?」
   「福島屋善兵衛さんのお孫さんだすがな」
   「ほな、江戸のお絹さんの子だすか」
   「そうだす、若旦那、よくここへ訪ねてくれはりました、会いたかったのです」
   「わっ、兄ちゃんだ」
 大きな形(なり)をして、辰吉は三太に抱きついた。
   「ほんまによう来てくれはった、話したいことがおましたのや」
 辰吉が行方不明になって、三太は探しに行きたかったが、江戸十里四方所払いの刑を受けた身、持っている通行手形を見せたらそれを知られてしまい、一々詮索されて自由に動きがとれないのである。

 今夜は、三太が福島屋へ行き、ゆっくりと話しをするつもりである。
   「新さん、辰吉に憑いて、辰吉が早まったことをしないか見張っていてくれませんか」
 三太は守護霊の新三郎にお願いをした。むしろ、これからは辰吉を護ってやって欲しいのだ。
   『よし、分かった、任せてくだせぇ』
 辰吉は、今夜三太と話が出来ると、晴れ晴れとした笑顔で福島屋に帰って行った。

  第四回 新三郎、辰吉の元へ(終) -次回に続く- (原稿用紙13枚相当)

「江戸の辰吉旅鴉」リンク
「第一回 坊っちゃん鴉」
「第二回 小諸馬子唄」
「第三回 父の尻拭い?」
「第四回 新三郎、辰吉の元へ」
「第五回 辰吉、北陸街道を行く」
「第六回 辰吉危うし」
「第七回 一宿一飯の義理」
「第八回 鳥追いの小万」
「第九回 辰吉大親分」
「第十回 越後獅子」
「第十一回 加賀のお俊」
「第十二回 辰吉に憑いた怨霊」
「第十三回 天秤棒の再会」
「第十四回 三太辰吉殴り込み」
「第十五回 ちゃっかり三太」
「第十六回 辰吉の妖術」
「第十七回 越中屋鹿衛門」
「第十八回 浪速へ帰ろう」
「第十九回 鷹塾の三吉先生」
「第二十回 師弟揃い踏み ...」
「第二十一回 上方の再会」
「第二十二回 幽霊の出る古店舗」
「第二十三回 よっ、後家殺し」
「第二十四回 見えてきた犯人像」
「第二十五回 足を洗った関の弥太八」
「第二十六回 辰吉、戻り旅」
「第二十七回 辰吉、旅のおわり」
「最終回 成仏」


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