【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

言葉は文字列

2022-01-28 12:51:23 | Weblog

 「家内」や「奥さん」という言葉(あるいはそれを使う人)を、「女性を閉じ込めようとしている男女差別論者だ」と非難する人がいます。そういった人にとっては「言葉が実際にどのように使われているか」よりも「言葉の見かけ」や「言葉の出自」の方が重要なのでしょう。
 ところでそういった人たちはご自分のことを「お前」とか「貴様」とか呼ばれたら、喜ぶのでしょうか? 「言葉の出自」は「御前」「貴い様」、つまりとってもありがたいことばなのですが。
 さて、お前はこのことを、どう思う?

【ただいま読書中】『神社の起源と歴史』新谷尚紀 著、 吉川弘文館、2021年、2000円(税別)

 まずは「神社」が存在しなかった時代から。2003年に、紀元前10世紀後半には九州北部(玄界灘沿岸)で稲作が始まっていたことがわかりました。そこから稲作はゆっくり広がり、650〜700年後には関東地方に到達しています。これは「稲作社会(狩猟採集ではなくて集団で農作業をする社会)」の拡大であり、そこでは「首長」や「労働者」という階級が生じ、最終的に「古墳(首長の墓)」が稲作社会の分布に一致してたくさん造られることになります。これは日本列島の「画一化」で、だからこそ7世紀に古代律令国家の形成が可能になりました。
 「日本書紀」の作者は明らかに「魏志倭人伝」を読んでいて、その影響が「仲哀天皇」と「神功皇后」の描写に明らかに表れている、と著者は述べます。いやいや、そんな眼で読んだことがなかったので、この指摘はとても新鮮でした。
 「魏志倭人伝」の「卑弥呼」で重要なのは「鬼道」と「(魏で重視された)金印ではなくて銅鏡の方を『好物』とした」ことでしょう。そして、古代の神祇について“雄弁"なのは沖ノ島から発掘された遺物群です。玄界灘の沖ノ島で祭祀が始まったのは4世紀後半、そこで主に奉納されたのは「銅鏡、鉄剣、勾玉」でした。つまり「三種の神器」です。それが7世紀初頭には、現在の「祓え」や「伊勢神宮の遷宮行事」に通じる祭具へと奉納されるものが変化しています。著者は「遣隋使派遣」がその変化をもたらしたのではないか、と推測しています。古墳時代の終焉と律令国家の始まりの時代です。そして、新しい神器祭祀も始まったのでした。
 古い「神の社」では出雲大社が有名ですが、出雲は弥生時代からすでに「聖地」であったことが発掘調査でわかっています。古墳時代前期にはすでに祭祀がおこなわれ、日本書紀には出雲の国に「神之宮」があることが記録されました。2000年に発掘された巨大な3本柱の遺構は鎌倉期の造営ですが、それは古代の大社の基本形で創建の始めからその規模が継承された、と推定されています。ではその巨大な建造物はいつ創建されたのでしょうか。
 古い神社としては、出雲大社と伊勢神宮が知られていて、それぞれの社殿は「大社造」「神明造」と呼ばれます。しかし古代には「社殿のない神社」も多くありました。
 現在全国に多様な神社があります。その多様さは、それぞれの神社の出自と歴史的な変遷が刻まれた物です。いわば「歴史の結晶」。その「物」と「伝承」とを統合して見ることによって「日本の歴史」「日本人の精神的な態度」が見えてくるようです。

 


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