【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

にらみ

2022-01-27 07:22:55 | Weblog

 将棋の世界には「羽生にらみ」という言葉があります。羽生さんが眼鏡の奥からやや上目遣いに相手をにらむ、実に怖い目つきのことです。ところが本日の本の巻頭、もっとこわい「にらみ」がありました。佐々木勇気六段の、殺気丸出しの「にらみ」です。盤のこちら側に座っているのは藤井聡太四段(当時)。歴代トップの公式戦29連勝を達成し、この対局に30連勝がかかっていました。「そんなに簡単に“連勝の餌食"になるわけにはいかない」という先輩の意地が「殺気」となって放出されていたのでしょうが、もし視線で人が殺せるなら、この佐々木さんのにらみで何人も即死者が出ていたことでしょうね。将棋は、精神的な格闘技なのかもしれません。

【ただいま読書中】『師弟 ──棋士たち 魂の伝承』野澤亘伸 著、 光文社、2018年、1400円(税別)

 将棋界の「師弟制度」は、独特です。プロを志す人はまず「師匠」を見つけないと、奨励会(プロの予備軍)に入れません。ただ、師弟関係は師弟の数だけあります。内弟子として師匠の家に住み込み練習対局から行儀見習いまで仕込まれる人もいますし、単に「名義貸し」のように形式的に師弟となって「あとは自力で頑張れ」と言う師匠もいます。本書ではそういったプロの棋士だけ存在する「師弟関係」から、6組の師弟を取り上げています。
 一般マスコミでも有名なのは「杉山昌隆七段・藤井聡太七段」(段位は執筆当時)でしょうが、本書でまず取り上げられるのは「谷川浩司九段・都成竜馬五段」。谷川さんは21歳という史上最年少で名人位を獲得し、永世名人も持っている(ただしそれが名乗れるのは引退後)すごい棋士ですが、タイトル戦などのスケジュールに追いまくられる多忙な日にもかかわらず、採った唯一の弟子が都成さんだったそうです。谷川さんは、対局時にどんなときでも一糸乱れない挙措で知られています。それがまた逆に凄みを感じさせるのです。当時宮崎に住む小学生だった都成さんから郵便で送られてくる棋譜を神戸に住む谷川さんは丁寧に添削しアドバイスを書き加えて返送し続けています。対局と研究で多忙なのに、その筆跡の丁寧さに、私は「凄み」を感じます。
 余談になるかもしれませんが、谷川さんに関して印象的な記述があります。1995年1月17日阪神淡路大震災が発生しました。20日には大阪で谷川さんと米長さんのA級順位戦が予定されていました。将棋連盟は延期を提案しますが、自分の対局日程が過密となっていて延期の余地がないことをわかっていた谷川さんは「指します」と。そして、神戸から大阪まで10時間かけて移動、対局を実現させました。さらに23日〜24日の王将戦を(前人未踏の七冠制覇を狙う)羽生さんと戦うために栃木県日光市に向かいました。「谷川は、神戸を背負って指していた」と著者は書きます。「名人位を1年間預からせていただきます」の名台詞や早くから将棋連盟の会長職を引き受けたことなどから、谷川さんは「将棋界を背負って」いたようですし、さらに弟子を採ることで「ひとりの人間の人生を背負う」ことにもなったわけです。谷川さんは常にいろんなものを背負っているんですね。
 森下さんと増田さん、深浦さんと佐々木(大地)さん、森さんと糸谷さん、石田さんと佐々木(勇気)さん……それぞれユニークな「師弟」が次から次へと登場します。
 それぞれの「師弟」の話はそれぞれ魅力的なのですが、「師匠の師匠」にも話がおよび、さらにこの6組の話が部分的に重なっていき、やがて共鳴を始めます。単純にいくつかのエピソードを羅列しているのではなくて、本書では「将棋界」そのものが描写されているのです。
 ところで最近の将棋では「AI」がやたらと威張っていますが、だからこそ「将棋めし」とか「師弟」とかの人間臭い部分への注目関心も増しているのでしょう。AIは腹は減らないしどんな感情も抱きませんからねえ。

 



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