私が初めて「大陸移動説」を習ったのは、1960年代末、高校でのことでした。教師は、当時最新の(たしかまだ教科書には載っていなかった)「プレート理論」を紹介して「真実はいつかは知られるようになる」としみじみと教えてくれましたっけ。あの頃「大陸移動説」を「ばかげた妄説だ」と強く否定していた人たちは、20世紀後半をどうやって生きていたのだろう、と思うことはあります。
【ただいま読書中】『大陸と海洋の起源』アルフレッド・ウェゲナー 著、 竹内均 訳、 講談社(ブルーバックスB-2134)、2020年、1500円(税別)
本書は『大陸と海洋の起源』第4版(最終版)の翻訳です。『種の起源』と同様、この本も改訂のたびに“別物”になっているので「第何版の翻訳か」が重要だそうです。
アフリカ西岸と南米東岸には、共通の生物相があります。その理由として「かつては『陸橋』があって生物は自由に大西洋を往来できていたが、いつしか陸橋は海に沈んでしまった」という「陸橋説」が人気がありました。
たとえばベーリング海峡にはかつて陸橋がありました。しかし、大西洋の深海の“上”に橋が?
著者はまず、地形に注目します。アフリカの凹部と南アメリカの凸部がみごとに一致する、と。これは「かつて一体だった大陸が分かれて移動した」ことの証拠ではないか? また、19世紀にグリーンランドが「移動している」という観測結果が得られていることにも注目します。これも大陸移動の傍証になるだろう、と。さらに、アメリカ大陸とユーラシア大陸の間が、年間60cmずつ開いている、という観測結果も紹介。
地質学的な研究でも、山脈や地層が大西洋の両岸で“連続”しているという証拠があります。アフリカ西岸と南アメリカ東岸は、形が合うだけではなくて、その中身(地層)もまた合うのです。
さらに、古生物学と生物学。特に浅い淡水に住む生物が両方にいる場合に、その存在を陸橋では説明できない、というのは説得力を感じます。
さらにさらに、古気候学。
ウェゲナーは、単純に白地図のピースを二つ持ってきて「ほら、ぴったりでしょ」といった単純な主張をしたわけではありません。当時(今から100年前)の“最新科学”をフル動員して、自分の考えの根拠を固めます。彼に足りなかったのは「プレート・テクトニクス理論」だけでした。そのため、ウェゲナーは「海底と大陸の岩石組成の違い」に注目し、「極の移動に伴って大陸移動の原動力が生じる」と推定しました。地球の回転がぶれたときそれによって海底の上の大陸がずれていく、というイメージかな。正直言って、あまり説得力はありません。
ウェゲナーの主張は、世間には全否定をされました。その論拠は「大陸が動くわけがない」と「ウェゲナーは大陸が動くメカニズムについて説明をきちんとしていない」。ではそういった反対者たちが、本書で挙げられた様々な「大陸が分裂して移動したと言いたくなる不思議な現実」に対して説得力ある説明をしたかと言えば……
目の前に「手がかり」はすべて並べられているわけですから、あとは「手がかりをすべて説明できる(大陸移動以外の)他の仮説」や「大陸が移動するのだとしたらそのメカニズム」に関して考察をすればよいのに、「手がかり」そのものを見なかったふりをする人たちは、科学者の名前には価しない、と私は感じます。目の前に死体が転がっているのに「死因について十分な説明があるまでは、ここに死体があるとは認めない」と頑張る“迷探偵”みたい。せめて「ここに死体があること」くらいは認知しなくっちゃ。