【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

5ミリの拡張

2014-08-16 08:04:46 | Weblog

 実家で私の思春期時代の雑記ノートやカードがどさっと見つかって、読んでみて驚きました。興味や思想の方向性は今と同じですが、それが及ぶ範囲が「自分の体表面からせいぜい5ミリメートルまで」に明らかに限定されているのです。おいおい、もっと視野を拡張しろよ、と過去の自分に忠告したくなります。もう手遅れですけれどね。
 さて、では現在の私の「視野」は「自分の体表面」から何センチくらいまで拡張されているのでしょう? もし拡張されていないのだったら、ちょっとがっかりです。

【ただいま読書中】『フェルメールの帽子 ──作品から読み解くグローバル化の夜明け』ティモシー・ブルック 著、 本野英一 訳、 岩波書店、2014年、2900円(税別)

 本書では「絵」そのものではなくて『絵に描かれた物」を「窓」として当時を読み解こうとしている、変わった試みがされています。
 デルフトは水の下に作られました。オランダ人は堤防で海を仕切り、干拓することでこの町を作ったのです。17世紀前半は、地球は寒冷化していました。農業はダメージを受け疫病が流行ります。しかしオランダはニシン漁が盛んとなり、デルフトもその恩恵を受けていました。さらに西欧では世界貿易が盛んに行われるようになり、オランダの東インド会社の保税倉庫もデルフトに置かれていました。その建物群はフェルメールの「デルフト眺望」に描かれています(現存しているそうです)。16世紀は発見と遭遇の世紀でしたが、17世紀には交流の時代となっていました。その「時代」が、「デルフト眺望」には(ニシン漁船も含めて)しっかりと描かれているのです。
 2枚目の絵「兵士と笑う女」では、著者は後ろ向きに描かれた兵士の「帽子」を「時代を読み解くための窓」として扱います。そもそもこの絵に描かれた情景(室内で男女が二人きりで語り合う)そのものが「新しい風俗」です。16世紀のヨーロッパで、付き添い抜きで女性が男性と二人きりで会うことはあり得ないことでした。それが時代の変化で、恋愛(結婚)に関する“交渉”を2人でできるようになっていたのです。おっと、主題は「兵士の帽子」でした。17世紀初め、兵士が手にした「新兵器」は「火縄銃」でした。五大湖地域でフランス人のシャンプランがその新兵器をいかに活用したかがここでは物語られます。フランス人が強く求めたのはビーバーの毛皮でしたが、これを加工すると最上の帽子用のフェルトになったのです。シャンプランはもう一つ、「中国」も求めていました。五大湖から西に向かえば、中国に到達できる、と思っていました。「豊かな中国の富」はヨーロッパ人にとっては「見果てぬ夢」だったのです。
 「窓辺で手紙を読む女」では陶磁器の果物皿が「窓」として、中国の陶磁器がヨーロッパにもたらした衝撃が語られます。「地理学者」では地図や海図と地球儀(制作年が1618年と特定されています)。「情報」を集積した結果である地図には、その情報を世界各地で集めた人々(冒険者、船乗り、交易者、宣教師など)の“物語”が結集しています。「デルフト焼の平皿」では、そこに描かれている喫煙をする中国人の姿から「喫煙の歴史」が見えてきます。日本に煙草が上陸したのは1605年頃、そこから朝鮮に広がり、さらに満州へ、そして中国へ、というルートが推定されています。中国で喫煙の習慣が広がったのは17世紀前半。煙草栽培も同時に広がりました。しかし「喫煙」の「煙」の音が、首都の北京がある地方の古名「燕」と同じ発音で、だから「喫煙」は「首都を食べる」と同じ言葉になってしまうので、喫煙禁止令が出された、のだそうです。また昔の煙草には現在よりもニコチンが多く含まれていて、それによって強烈な心的作用が生じていたそうです。煙草を禁じたのは中国の皇帝だけではありませんでした。世界中の権力者が煙草を禁止しようとして、そして失敗しています。
 最終章には「何人も一島嶼にては非ず」というジョン・ダンの有名な言葉が登場します。これは1623年のものだそうで、まさに本書が扱っている時代のものです。フェルメールの絵に様々な「窓」を見つけ、そこを開けて「窓の向こうの世界(17世紀の“グローバル”世界)」をのぞき続けた本書にふさわしいクロージングです。人は孤立した「一島嶼」ではなくてお互いにつながっている、という感覚が当時のヨーロッパで受け入れられるようになったことを示す象徴的な言葉です。ジョン・ダンとしてはそのあとの「誰がために鐘は鳴る」の方に注目して欲しいでしょうが、本書の著者はそちらも無視はしていませんから、ご安心を。