【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

普通

2011-04-05 19:12:23 | Weblog

 「普通であろうとすること」はつまり「大多数と同じ」わけです。ということは、その人のアイデンティティはどうなります? 「他人と同じであること」だったら、自己同一性じゃなくて他者同一性になっちゃいますが。

【ただいま読書中】『スイス銀行』T・R・フェーレンバッハ 著、 向後英一 訳、 早川書房、1972年
http://www.amazon.co.jp/gp/product/415050041X/ref=as_li_qf_sp_asin_tl?ie=UTF8&tag=m0kada-22&link_code=as3&camp=767&creative=3999&creativeASIN=415050041X
 発行年を見たらわかりますが、本書は「グローバリゼーション」などはまだ影も形もなかった時代のお話です。当時「スイス(の)銀行」は秘密のベールに包まれていました。徹底した秘密主義とスイス国内法に守られていたのです。そういえばゴルゴ13も、スイス銀行を利用していましたね。
 当時スイス・フランの金準備率は135%、ドルやポンドに匹敵する国際通貨で、鉄のカーテンの向こうへの影響力も持っていました。スイスは、西洋的な意味での民族国家ではありません。ゆるやかな民族的結合を基礎とし、資源に乏しく中央政府は弱体です。それなのにスイスは、西ヨーロッパでは最も安定した社会を維持しています。豊かな自然と国際金融のセンター、それを兼ね備えた不思議な国なのです。
 宗教改革でスイス人が学んだのは「勤勉」「貯蓄」「正直」でした。ただし道徳の強制はありませんでした。これによってブルジョア的銀行商売が発展します。ヨーロッパで起きた革命や戦乱と産業革命はスイスを素通りしていきました。スイス人は(しぶしぶと)連邦政府を作りますが、大きな権限は与えませんでした。
 19世紀に近代的な銀行がスイスに導入され、スイスの工業化に貢献するだけではなくて、国際的な金融センターとしての役割も果たすようになります。ヨーロッパでは企業(と銀行)の大型化が進みますが、スイスでは各州の独立性が強すぎて、メガバンクは出現しませんでした。スイス中央銀行は1907年に設立され1910年に紙幣発行権を独占しましたが、その株の半分は各銀行・残りの半分は個人(スイス人に限定)が所有する私営企業でした。そして、中央銀行が持つ各銀行に関する情報は、政府に対してさえ秘密にされました。第一次世界大戦は世界に大きな変化をもたらしましたが、それはスイスを素通りしました。この戦争は「悲劇」でしたが、真の悲劇は「戦争が何も解決しなかった」ことでした。戦争・破産・共産革命などに怯える人たちは「変化しないスイス」に気づきます。そして、世界中の金がスイスに集まるようになりました。
 ヒトラーは、銀行そのものを胡散臭く思っていましたし、個人で外国と取り引きをするドイツ人は売国奴と見なしていました。そこでゲシュタポの工作員をスイスに送り込み、スイス銀行に口座を持つドイツ人がいるかどうかを探らせました。工作員は謀略や買収で工作に成功し、その結果何人ものドイツ人が死刑になってしまいました。スイスの対応は迅速でした。1934年のスイス銀行法で、それまで「慣行」であった秘密厳守を刑法で守ることとしたのです(法律は、自国の政府さえも例外としていません。スイス大統領でも秘密口座の名義人を知ろうとしてはいけないのです)。さらにスイス国内法に違反していない限り、外国の官憲に協力しないことも定められています。“敵”はドイツだけではありませんでした。アメリカ商務省もスイス銀行がドイツ資産のカモフラージュに協力しているに違いないと疑いをかけ、アメリカ国内のスイス銀行の資産を凍結します。アメリカの要求は、スイス国内法の変更。さらに連合国側の「ドイツを完全な廃墟にする」という決心を持った者が事態を硬化させます(たとえば45年10月の布告第5号は、四国管理理事会が「ドイツ市民の私有財産」の完全管理権を持つ、と定めていました。理論的に無茶ですし、国際法違反です)。アメリカとスイスの争いは泥沼化しますが、冷戦の影が双方の頭を冷やし、妥協がなります。結果としてスイス銀行の信用は保たれ、外国の金の流入がまた始まります。
 イスラエルも“金庫の扉”をこじ開けようとしました。ナチスに一家全部を殺されたユダヤ人の財産が相続人のないまま手つかずのままあるはずだ、と。結局これも真相は闇の中です。ただ、戦後急に裕福になったスイスの弁護士がいるそうですが。
 独裁者、ギャングなどもスイス銀行の顧客です。しかし、そういった話だけがアメリカで広まってしまって、スイスの銀行の真っ当な商売までもがアメリカでやりにくくなっているのは、なんともお気の毒。ただ、スイス銀行は金を寝かしておくことは好みません(国内に投資先はあまり無いのですから)。預金者の意向を受けて国外投資をします。すると「スイス銀行のせいで所得税を取りはぐれた」と怒っているアメリカやヨーロッパの市場に投資されてそこで源泉徴収を受けているわけで、結局は税金は取れている可能性が大だったりするのです。
 国境を越えるのは、商人・兵隊・金、最近だったら、NGOに放射能。「国境」というものが、世界に何をもたらしているのか、なんだか不思議な気分になってきました。世界に不自由を強いることでかえって活力が増すように機能しているもの?