【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

小言幸兵衛

2011-04-02 17:54:32 | Weblog

 「小一時間説教をしてやる」は少し前の流行ことばですが、図書館に行ったら書庫の受け付けカウンターでそれをやっている人がいました。ずいぶん離れた席まで聞こえる声で、だらだらだらだら職員に“説教”をしています。私が入館したときにはすでにやっていてそのときから職員がうんざりした顔をしていましたからすでに5分や10分間ではなかったのでしょう。それから私が借りる本を選んだり検索をするのに20分ぐらい。その間もずっとお説教は続いていました。職員がうっかり口を挟むとリセットされてしまってまた最初からお説教が始まっています。しかし、図書館の運営方針とか震災が日本の文化に与える影響とかを、カウンターの職員に説いても何の意味もないとは思うんですけどね。さらに「利用者の利便性」に話が及んだところで私は口を挟みました。「ちょっと場所を空けてください。書庫を利用したいので」。それをしおに、その爺様は別室に連れて行かれました。職員に対してお説教はできても「利用者」のことばに対しては抵抗できなかったようです。
 回りをちらちら気にしていましたが、私がそばに立っても退こうとしなかったということは、「自分が迷惑をかけている」という自覚があったわけではなくて「そうだそうだ」という応援団でも待っていたのでしょうか。お気の毒様。私は本当に書庫から本を6冊出して欲しかったのです。
 私は、世間一般の平均的な人よりは図書館に行く方でしょうが、それでも人生の大部分は図書館以外で過ごしています。そんな私がたまに図書館に行くと、きわめて高率に「変な行動をする人」に出会うということは、図書館には“そんな人”がしょっちゅう集まっている、ということなのでしょうか。
 ……ということは、もしかして私もその一員(候補)?

【ただいま読書中】『さあ、あなたの暮らしぶりを話して』アガサ・クリスティー・マローワン 著、 深町眞理子 訳、 早川書房、1992年、1553円(税別)

 考古学者は過去にこう問いかけます。「さあ、あなたたちがどのように暮らしていたかを話してくれない?」と。著者は考古学者と結婚後シリアでの発掘作業に同行しました。本書は、その発掘に関する著者の最初のノンフィクションです。ただし、「歴史」とか「文明批判」とか「学術」とかの話はあまり登場しません。描かれるのは「日常生活」なのです。
 まずは、シリア出発前の英国でのお買い物。そこで読者もすでに「著者の旅」に巻き込まれています。ユーモアたっぷりでテンポ良くたたみかけられる現在形の文章で、あれよあれよというまにオリエント急行でトルコへ、そして発掘現場へ。「大昔の日常生活」ではなくて「現在(といっても、たとえば汽車が現役で走っていた戦前の)日常生活」が優雅に描かれます。もっとも、優雅なのは文章で、その実相は、腹をこわし熱を出して炎天下で寝込んだり、多数の鼠やゴキブリや蚤が“夜間運動会”をする部屋で眠ろうとしたり、のけっこうキツイものなのですが。
 しかし、鼠の所で登場する「プロの猫」のクールなこと。すごく魅力的な登場人物、もとい、登場猫です。
 定期的な労働がアテにならない労働者(給料をもらうとさっさと辞めてしまい、金を使い切ったらまた現われて雇ってくれと要求する、など)、「面目」と「評判」、簡単に起きる殺人事件、沈黙による会話、劣悪な生活環境、ちと難しい人間関係(“文化”が同じはずの欧州人同士でも、つきあいは難しいのです)、クルド人とアラブ人の(特に女性の)違い、感傷的な懸念とたくましい現実……著者のさまざまな体験や見聞が「断片」として本書には散りばめられます。一読、私が強く感じるのは「英国人の強さ」です。著者が特別強い女性なのか、とも思いますが、著者の夫やその仲間たちもまた、どんな逆境でもなかなか我を忘れることをしません。さすが大英帝国(の末裔)です。考古学の素人(でしかも女性)の目から見た、異文化と発掘現場の楽しめるレポートです。
 本書は、戦時下のロンドンで辛い体験をした著者が、平和な時期の戦前の体験を書くことで“日常”へ復帰しようとした試みの結果です。それと、「アガサ・クリスティー」が「マローワン夫人」でもあることを公に示そうとした本、とも言えます。私はさらに、現地の雰囲気のことも考えてしまいます。著者が生きていたのは、現地のキリスト教徒とイスラム教徒が、反目しつつも一緒に仕事をし、口げんかくらいは平気でできた時代でした。今そこは、どんな「日常生活」になっているのだろう、と。