<あれも聴きたい、これも聴きたい> エドゥアルド・フェルナンデスのデビュー
レコードつまりLPというものが、そろそろその終焉を迎えようとしていた頃、1984年の録音で、突然エドゥアルド・フェルナンデスというギタリストのレコードが国内で発売された。しかもレニャーニの奇想曲Op.20という当時としては珍しい作品からの10曲がA面の冒頭に収められており、買って帰ってそのレコードに針を下ろした途端ぶったまげたもんだった。まず収録されているその他の曲をあげてみると、先ほどのレニャーニの次にジュリアーニのジュリアナーテOp.148から3曲(6、7、8番)、ソルの魔笛の主題による変奏曲、そこまでがA面。B面はA.ディアベリのソナタ ヘ長調というこれまたちょっと珍しい作品と、ご存知パガニーニの大ソナタ イ長調(ヴァイオリン無しのソロ版)。ソルとパガニーニ以外はあまり演奏されることの少ない曲ばかりなので楽しみに買って帰ったんだが、とにかく聴いてみてびっくり。超絶技巧の連続、連続、また連続。「目にも止まらぬ」とはこのことかと思うほど音が打ち出されてくる。「打ち出されてくる」とはいっても先に紹介した「アンヘル・ロメロ」のマシンガンとはちょっと違って、何とも「軽い」といったらよいのか「薄い」といったらよいのか。せいぜい空気銃の連射ってとこかな。とにかくアンヘル・ロメロのような音に「重厚感」がまるでない。高音弦はペチペチいうし、低音弦はボソボソして音に「芯」がない。これだけ速く弾けば指が弦をとらえてしっかりと弾弦するということをやっておれないんだろうけども、それにしても音にも表現にも充実感が感じられない。人によっては「ただ弾いているだけ」とか「指がよく廻るだけのギタリスト」としか感じられないかもしれん。確かにこのあとフェルナンデスはたて続けにレコードやCDを出すんだが、その全てが軽く、内容も個性も乏しいため、あまり「好みの演奏」というわけにはいかないものが多かったが、それでもこの日本最初のデビュー盤ほどではなかったように思う。とにかくこのレコードに収められている曲全てが「軽薄短小」音楽表現というものに興味がなく、極端な言い方をすれば、「ただ楽譜に書いてある音符をメトロノームに合わせて順に出してみただけ」という感じを受けてしまうほど味も素っ気もない。音楽にはそれぞれある程度適正な速度というものがあるとか、楽器がその魅力を充分発揮できる限界というものにはまったく無関心に、「速く」と表記してあるから「速く弾いたまでやんか」といった内容の演奏ばかりで、「どれ位の速さで」ということについてはまったく意に介していないように見える。とにかくこれだけ猛烈な速さで弾くと、曲の表現どころか楽器の能力を超えて音がブチブチに切れて、ギターの楽器としての能力の限界を露呈してしまい、ただチョコマカとせわしないだけ。魔笛なんぞはジャケットの解説にもあるが、主題から変奏から音もリズムも表現も何の変化もなく、ただ弾き通すだけで味気ないこと夥しい。まったくメトロノームそのもの。解説には「やや素っ気ないほどに手堅く仕上げられて・・・」とあるが、ものは言いようで、これがもしコンクールかなんかだったら恐らくこっぴどく酷評されるんではねえべが。「あんちゃん、音楽っちゅうものを根本から勉強し直してケロ」とか何とか言われて。それでもフェルナンデスさん、よっぽど気に入っておるのかパガニーニのソナタではちょこっと何かやろうという気配も見られるが、それでも3楽章なんかではスピード違反がみられ、表現というに到ってはおらん。このような演奏のレコードの解説を書かなければならなくなった人はちょっと気の毒な気がする。買ったお客が聴けばすぐ判ってしまう内容を、いかにも『良い演奏』という前提のもとに書かなくてはならない。要するに「嘘」を書かなくてはいけないことになる。テレビの鑑定団ではないが、ほとんど価値のない掛け軸を「天下の名品」のように言うわけだから、聞こえは悪いが「詐欺」にも等しい。だったら解説としても正直に「音楽的にいって今のところあまり見るべきものはないが、これだけよく指の廻る演奏もまた一興。一度は聴いてみる価値はあるかも知れない。しかし今後一層の精進を願って止まない。」くらいに書いたらいいと思うんだけども・・・・。(昔はそういう解説を書いた評論家もおりました)だけどもこういった演奏を賞賛した解説を読んでいると、「この人、ほんとにこんなこと考えとるんやろか?」と解説者の方の感性を疑ってしまうが、フェルナンデスの最近の活躍を見ると、当時のことが嘘のような変貌振りなのにはまたまた驚かされる。そうしてみたらこのレコードの解説の終わりに「ともかく、第一級の技巧に加えて確かな音楽性を具えたギター奏者が、ここに登場したことは疑いない。」とあるから、やはり当時から才能を見抜いていたということになるねえ。だとしたらデビュー当時は「しょーもない」と思われていた画家が、年を追うごとに大成して立派な絵描きになったようなもんだけど、画家の描く絵と同じように、このしょーもないデビューレコードの価値が上がって「今じゃえらい高値が付いて・・・」というわけにはいかんやろか。しかしこのレコードにも良いところはある。デッカの録音がとても素晴しいことだ。「フェルナンデスの最初の頃の録音は良くない」ということをよく耳にするが、そんなことはない。しっかりしたシステムで聴いてやると、演奏者の音は良くないが、録音はその良くない音を的確にとらえていて、楽器や弦の微妙な立ち上がりの音がはっきりと聴き取れる。これくらい細部に渡ってギターの音をとらえた録音も珍しい。それほどの素晴しい録音が行われている。
内生蔵 幹(うちうぞう みき)
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