村治 佳織 2008年 in 関西 - ミューズの日記
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<あれも聴きたい、これも聴きたい> 村治 佳織 2008年 in 関西

 3月・4月と2ヶ月に渡って合計3回、村治佳織さんの関西におけるギター・リサイタルに音響のお手伝いで出席することになった。はじめは3月の20日(木)、「神戸文化ホール」。4月に入って13日(日)大阪府高石市の「たかいし市民文化会館アプラホール」、翌週19日(土)は兵庫県たつの市総合文化会館「赤とんぼ文化ホール」の3公演。リサイタルの行われた場所として神戸以外はあまり全国的には知られていないと思うので少しご紹介をしておくと、高石市とは大阪府堺市の南隣にある町で、誘った友人が住んでいる堺市から10分ほど自転車に乗って来てくれたほどの距離。そしてたつの市は兵庫県姫路市と赤穂市の中ほど、新幹線の相生(あいおい)の駅が近く、もう少し西へ行くと岡山県に入るというところに位置し、童謡「あかとんぼ」の生まれた町として有名。中央を清流「揖保川」が流れ、その川沿いの小高いところに龍野城跡があって、春になると近隣から大勢の観光客がやってくる桜の名所。私も10年ほど前初めてそこを訪れた時、城跡の周辺に咲く桜は息を呑むほど美しく、夢のような光景であった。まずは演奏された曲目。
<神戸> 使用楽器:セルジオ・アブリュー
① ヴィヴァルディ/協奏曲Op.3 No.9 ニ長調
② バッハ/シャコンヌ
③ 武満 徹編曲/ロンドンデリーの歌
④ ヨーク/サンバースト
-休憩-
⑤ デ・ラ・マーサ/暁の鐘
⑥ トローバ/ラ・マンチャの歌
⑦ タレガ/アルハンブラの想い出
⑧ ロドリーゴ/ヘネラリーフェのほとり
⑨ ファリャ/粉屋の踊り

<高石市、たつの市> 使用楽器:ホセ・ロマニリョス
① ヴィヴァルディ/協奏曲Op.3 No.9 ニ長調
② バッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 ニ短調 BWV.1004
-休憩-
③ 武満 徹/エキノクス
④ 武満 徹編曲/ロンドンデリーの歌、オーバー・ザ・レインボー、早春賦
⑤ 吉松 隆/風色ベクトル
⑥ バリオス/過ぎ去りしトレモロ
⑦ 横尾 幸弘/さくらの主題による変奏曲

まず気が付くことは楽器の違い。神戸で使用したアブリューは、彼女が昨年アンヘル・ロメロと共演したときから使用しているもので、これまで何度となく聴いてきた楽器だが、最近その音色にますます磨きがかかってきたように感じた。ホールでの遠達性に優れ、よりダイナミックに響くのだけれど、それだけではなく最近では古典の曲を弾いても充分違和感なく聴けるようになってきたような気がする。神戸公演のときは後半スペインの曲が多いこともあってその効果を充分堪能できただけでなく、前半のヴィヴァルディやバッハについてもあまり違和感を抱かせなかったことは、この楽器の将来が大いに期待できるものであることの証明であろう。演奏については彼女にしては珍しく若干の技術的なミスがあり、一瞬ヒヤッとさせられた場面もあったが、それとて音楽を損なうほどのものではなく、その後はいつもの通り繊細さとダイナミクスを併せもった表現と安定した技巧を披露し、その音楽に心から浸ることができた。
高石とたつのの2公演はいつものロマニリョスが使用された。シャープ且つ繊細なひびきで、細かい音の動きも明瞭に聴き取ることができるといったいつもの彼女の音そのもの。

この2公演の主役はなんといってもバッハのパルティータ第2番。彼女は今年を「バッハ・イヤー」と位置づけて真剣にバッハに取り組みたいと言っていたので、全曲を通して演奏されるパルティータにはこちらも固唾を呑んで聴き入ってしまった。ヴァイオリンに比較してあまりにもあっさりと音が出すぎてしまうのと、一度出した音はクレッシェンドできないだけでなく音量を持続させることができないため、作品に対する表現力としてギターという楽器に若干の物足らなさを感じてしまうが、それも時間の経過とともに少しづつ慣れてきて、次第に最後に来るはずのシャコンヌをわくわくしながら待ち焦がれるような気分になってくる。そしてそのシャコンヌが始まる瞬間、息詰るような快い緊張感に襲われる。まるで超一流のコース料理最後のメインディッシュが、まさに自分の目の前に出される直前のような贅沢な感覚。やはりシャコンヌのみ演奏されるのと、パルティータを全曲通して演奏されたときのシャコンヌとは大いに異なる。彼女のシャコンヌはこれでもう何回も聴いたことになるが、各変奏の表現、そして変化と対比、全体を見渡す構成力など、まさに人間の長い人生そのものを回想するかのような感動で圧倒される。
いつもリサイタルの後半は自らのトークを交えての進行となるが、彼女の飾り気のない問いかけが会場内を一気に和んだ雰囲気に導き、これもまた彼女の人気の秘密となっているのだろう。それを証明するかのように今回のリサイタルも全て満席という状況の中で行われたが、彼女がどこで、どんな音楽を、どんな表現で私達に披露してくれるのか、これからもまだまだ楽しみが続きそうだ。
高石でのリサイタルは翌日が誕生日とのことで、彼女にとっては20代最後の日となり、終了後楽屋にて、彼女を囲んでちょっとしたお祝いの席が設けられた。そしてお別れの間際、わざわざお部屋から、「これを使って」といって小さな紙袋を持ってきてくれたが、私達が直前にいただいたお花の入った小さな籠を入れるためのものだった。こうしたちょっとした心遣いがとても嬉しくて、彼女がつい先ほどまでステージで観客を魅了していたきらめくような天才芸術家なのだということをいつも一瞬忘れそうになってしまう。


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