消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(311) オバマ現象の解剖(56) サブリミナル(7)

2010-04-14 22:32:05 | 野崎日記(新しい世界秩序)


  六 頻繁な信者の離合集散


 メガ・チャーチの特徴は、マスコミや出版物を通して、カリスマ的な人気のある司祭たちが、単独で教会を設立し、抜群の経営センスをもって長期間教会を独裁的に運営していることである。創設者たちは、平均一五年間教会を支配している。しかし、少なくともメガ・チャーチの創設者の三分の一は、伝統的な教会で訓練を受けたことも、神学校で学んだこともない人たちである。先述のハイベルズは、一度も訓練を受けたことのない司祭であった(Niebuhr[1995a])。

 メガ・チャーチは、フルタイムの助手的司祭を一〇~二〇人抱えている。さらに、フルタイムの事務員を三〇から二五〇人抱え、ボランティアも二〇〇〇人はいる。もっとも小さい、メガ・チャーチでも、年間予算は二〇〇万ドルある。「ウィロー・クリーク」は、一九九五年で一二三五万ドルあった。六三%が二六〇人いる従業員の給料に、残りが施設維持費と活動費に使われた。建築の総額は三四三三万ドルであった(Niebuh[1995b])。これは、もはや教会ではない。れっきとした企業である。

 「カルバリ・チャペル」に集まる信者たちの年齢は四〇歳前後が多い。参加者の六〇~七〇%は女性である。六〇%は既婚者であり、総じて、中産階級である。教育水準も高い。参加者の三八%は大卒であった(Miller[1997], p.196)。

 「レイクウッド・チャーチ」では、参加者の四〇%が白人、三〇%がアフリカ系米国人、三〇%がヒスパニックであることが売りの一つである。同じく、ヒューストンの「ブレースウッド・アッセンブリ・オブ・ゴッド」(Braeswood Assembly of God)では、参加者は、出自が四八か国、話される言語が二二であることを誇りにしている(Vaughan[1993], pp. 100-01)。

 しかし、参加者たちは、積極的に自己をさらけ出さない。教会側も、そうしたことに配慮している。

 「ウィロー・クリーク」を観察したラッセル・チャンドラー(Russell Chandler)はいう。
 「ここでは、求道者は名乗らなくてもよい。ここでは、なにも話さなくてもよい。唱えなくても、サインをしなくてもよい」(Chandler[1989])。

 しかし、元来が、神の救済を求めながら、教会の中で活動することを窮屈に感じて教会から離れている人を引きつけることをメガ・チャーチが方針にしたということは、折角集めた参加者がすぐにでもこなくなってしまうことを意味する。そもそも、メガ・チャーチは、びっくりするような多数の参加者を集めることによって世間の耳目を集め、それがまた参加者を増やすという相乗効果を狙っていた。しかし、メガ・チャーチでは、リピーターが少ない。すぐに参加しなくなってしまう人が、これまでの伝統的な教会に比べると、圧倒的に多い。冷やかしの参加者をいかにすれば減らせるかがメガ・チャーチの成功の鍵となる(Iannaccone[1992], pp. 272-73)。少なくとも、参加者の半数は毎回入れ替わってしまう。しかし、彼らを排除してしまっては、メガ・チャーチの個性がなくなる。「フリーライダー」と呼ばれる人たちを、より積極的な信者に変えさせるか、しからずんば、排除するかといった政策をメガ・チャーチは採用できない。参加者をとにかく多くしなければならないのである(Stonebraker[1993], pp.231-32)。

 この二五年間で急成長したメガ・チャーチに参加した人たちのほとんどは転向組である。そもそもが、メガ・チャーチはそうした人たちをターゲットにしていたのだから、当然である。アルコール中毒者撲滅運動をスローガンにしたメガ・チャーチへの参加者を調べたペリン(Perrin)の研究によれば、一三%が最初からの無宗教者であった。幼少の頃には月に一度程度は教会に通っていたが、その後はまったく教会に行かなくなった人たちが二九%あった(Perrin[1992], p. 126)。これは、転向組が圧倒的に多いことを示している。

  おわりに
 

 こうしたメガ・チャーチの隆盛は、米国社会の底流の変化を反映したものであると思われる。メガ・チャーチの活動は、郊外のショッピング・モールのようなものである。同じ町内の商店ではなく、郊外の巨大スーパーで、人間的なつきあいのない店頭で、好き勝手に買い物をする。少し立ち寄っては、また別のコーナーを冷やかす。いろいろな買い物をし、映画を見、お茶を飲み、食事をして自家用車で帰宅する。そうした生活スタイルがそのままメガ・チャーチに持ち込まれる。教会側も限りなく郊外スーパーの営業形態を模倣する。

 大病院で生まれ、大きな学校で育ち、巨大スーパーで買い物をして育ってきたベイビー・ブーマーの人々にとって、群衆の中にいるということが安心感を与えるのかも知れないという理解の仕方をした調査もある(Roof[1993])。

 こうした、自らのアイデンティティを持ちにくい人々、しかし、心のよりどころを求めているベービー・ブーマーたちに、保守的なイデオロギーではあるが、柔軟に彼らのニーズを掴むことに成功した教会が加速度的に巨大化していったのであろう。そして、巨大化が教会の武器になる。巨大化するがゆえに、人々はそうした評判の教会の催しに参加するのである(Roof[1993] p. 213)。

 ただ、「レフトビハインド現象」の不気味なエネルギーは、米国民の深層でなにか基本的な大変化が起こっていることも示している。

 宗教が政治的目的に使われたのは、子ブッシュ政権だけでなない。オバマ現象の渦中のオバマの大統領選挙戦術は、まさに、メガ・チャーチの踏襲そのものであった。

 オバマは、キリスト教会が組織する「コミュニティ・オーガナイズ」(Community Organize)をフルに活用した。コミュニティ・オーガナイザーはボランティアではない。地域社会の改善のために、住民を団結させ、その要求を自治体にぶつけてコミュニィの改善をはたすべく行動する組織であり、資金はキリスト教会から出ている。その活動は地域の人間関係の密接な構築を最大の手段とする。

 渡辺将人は、そうした活動家の声を拾っている。

 「教会に深く入り込んでいこうと思ったら、教会の実体的側面とともに精神世界にも関心を持たなくてはなりません。それで私たちは教会の信仰生活が、教会の地域社会へのコミットと、社会正義へのコミットという意味でいかに深く関係しているかを知るようになったのです」(渡辺[二〇〇九]、一六九ページ)。

 こうした意識を持つコミュニティ・オーガナイズのプロを、オバマ陣営は、大統領選挙のキャンペーンのボランティア訓練の講師に投入した。キャンプ・オバマという三日間の集中合宿で選抜された一〇〇〇人規模のリーダーを鍛え、現場に放った。各州でキャンプ・オバマが開かれ、オーガナイザーは各地を飛び回った(渡辺「二〇〇九]、一八一ページ)。経費と人間を提供したにはキリスト教会であった。オバマ万歳の付和雷同に堕して、米国政治のこうした構図を軽視してはならないのである。


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