消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

福井日記 No.103 ドールフード社 

2007-05-03 20:29:20 | 言霊(福井日記)


 「パイナップル王」(Pineapple King)と呼ばれたジェームズ・ドラモンド・ドール(James Drummond Dole、1877-1958年)は、「ハワイ共和国」大統領・サンフォード・B・ドール(Sanford B. Dole)の従弟である。

 マサチューセッツ(Massachusetts)州、ジャマイカ・プレーン(Jamaica Plain)に、「ユニテリアン派」(Unitarian)のプロテスタント教会の牧師、チャールズ・フレッチャー・ドール(Charles Fletcher Dole)の子として生まれた。

 ジェームズのミドルネームのドラモンドというのは、母、ウランシス・ドラモンド・ドール(Frances Drummond Dole)のミドルネームから採っている。ユニテリアン派というのは、三位一体説を否定するプロテスタントの一派である。

  ジェームズは、1899年、ハーバード大学・農学部卒。その時、父からもらった50ドルを元手に投資して1万6240ドルを稼ぐ。それをもって、1901年、従兄、サンフォードが支配するハワイ(Hawai)・ホノルル(Honolulu)に移住、同年、オアフ(Oahu)島の中央平原の24万平方メートルの土地を買収、パイナップルを栽培し、パイナップル缶詰工場を、ワヒアワ(Wahiawa)に建設(「ハワイ・パイナップル・カンパニー」)、商売は順調に発展し、1907年、ホノルル港近くにも缶詰工場建設、同年、米国初の全米向けの広告雑誌を刊行、1913年、ヘンリー・ギニカ(Henry G. Ginaca)が発明したパイナップル皮むき機械を採用、非常に大きな効果を上げた。

 1922年には、ラナイ(Lanai)島を買収し、広大なパイナップル・プランテーションにした。このプランテーションは、世界でもっとも広大な面積のもので、20万エーカー(800平方キロメートル)ある。

 20世紀を通じ、このプランテーションは、世界のパイナップル生産の75%も占めた。この島は、パイナップル・アイランドと呼ばれている。

 彼は、さらにマウイ(Maui)島の土地も買収した。1927年、チャールズ・リンドバーグ(Charles A. Lindbergh)の大西洋横断飛行に感動して、カルフォルニア州オークランド(Oakland)からホノルルまでの飛行機レースを作った。償金は、優勝者には、2万5000ドル、2位には1万ドルであった。子供は5人、1948年引退、引退後多くの病に苦しみ、1958年、心臓麻痺で逝去。現在のドール・フード・カンパニーは、彼のパイナップル会社を前身としている。

 広大な土地が、個人の所有になった。島全体が個人のものになった。プランテーション労働者の中から反体制運動が生じた。

 日本の生鮮果物輸入の58.5%はバナナである。そのバナナの75.2%がフィリピンからのものである(2000年財務省貿易統計)。その31%がドール社のものであり、伊藤忠商事が輸入元である。

 現在のドール・フード社は、カリフォルニア州ウェストレイク・ビレッジ(Westlake Village)に登録されたアグリビジネスである。

 
バナナ、パイナップル、ブドウ、イチゴ等々の生産者である。世界90か国に展開し、年間収入は、53億ドルある。

 なんと、現在の所有者は、億万長者のデービッド・マードック(David H. Murdock)である。

 ハワイ・パイナップル・カンパニーは、キャッスル&クック(Castle & Cooke)に買収され、1991年にドール・フード・カンパニーと改称された。キャッスル&クックは、不動産会社であり、1995年に分離した。スタンダード・フルーツ・カンパニー(Standard Fruit Company)を1964~68年に買収、米国第2のバナナ生産・販売業者になっている。最大はチキータ(Chiquita)である。

 ドール社が、農民を追い出して、ミンダナオ島に広大なバナナ園を開設したが、このミンダナオ島、とくに、ダバオには、第2次世界大戦前には、日本人移民がマニラ麻の農園に雇われていた。ここでも、沖縄出身者が7割を占めていた。太田恭三郎のマニラ園は繁栄を見、ダバオには、2万人近い日本人街ができていた。第2次世界大戦で悲惨な経験をした彼らのかなりの部分がミンダナオ島に留まっているが、日本人であることを隠して生活していると言われている(ウィキペディアより)。



 推奨したい本として、中村洋子『フィリピンバナナのその後―多国籍企業の創業現場と多国籍企業の規制』七つ森書館、2006年12月がある。



 鶴見良行『バナナと日本人』岩波新書から20余年ぶりである。


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