五 第三セクター整理の促進
破綻させることが不可能な第三セクターの処理を先送りできない状況に自治体を追い込んだのが、〇七年六月に成立した「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」(二〇〇七年法律第四四号、以下「自治体財政健全化法」という)である。この「自治体財政健全化法」は、〇八年度の自治体決算へと適用されることになった。この法律は、地方公営企業、地方三公社、第三セクター財政状態をも連結ベースで計上した自治体財政を問題にし、自治体に対して、健全化や再建に向けた手立てを早期に講じさせるという内容である。
健全性の判定基準として、「実質赤字比率」、「連結実質赤字比率」、「実質公債費比率」、「将来負担比率」という四つの指標が用いられることになった。たとえば、「将来負担比率」は、これまでのように、自治体本体の債務である地方債等の残高だけを問題にするのではなく、自治体が出資している第三セクターによって、自治体が将来被る負債をも反映する指数を明確にさせることに力点がある。このために、全国の自治体は、これまで表面に出さずにすんでいた第三セクターの財務状況をも公にせざるを得なくなったのである(前澤[2007])。
第三セクターの深刻な財政状態を表面化させ、それを自治体の財政の健全性判断の重要な指標とするという新法の制定は、第三セクターへの融資にさいして、かなり広範に適用されていた「損害補償」契約の違法性をめぐる訴訟を噴出させた。
〇六年一一月一五日、横浜地方裁判所が、「損失補償」契約を違法とする判決を出した。つまり、自治体が契約によって、第三セクターの負債の一括返済をする必要はないとしたのである。
これとは逆に、〇七年二月一九日の福岡高等裁判所の判決では、「損失補償」契約の締結そのものを違法とすることはできないとされた。
こうした相反する判決が出されたために、〇七年一〇月、総務省の「債務調整等に関する調査研究会」が、自治体による損失補償の手続きを厳格化し、安易な契約に歯止めを掛けることを求める中間報告をとりまとめた(後述)。
第三セクターの経営は、全国的規模で、急速に深刻さを増している。総務省の調査によると、〇六年度末の時点で、全国の第三セクター、六五二四法人のうち約三〇%(二一七二法人)の経常収支が赤字となっており、債務超過の第三セクターの数も三七五法人にのぼっている(総務省「第三セクター等の状況に関する調査結果」(二〇〇八年一二月二七日、http:// www. soumu. go.jp/ s-news/ 2007/ pdf/071227_2_00.pdf)。
しかし、経営不振に陥った第三セクターの債務免除を伴う破綻処理は、非常に困難である。経営状況が悪化した第三セクターをそのままの形で存続させることは、そこに出資している自治体にとって、補助金の支給に加え、追い貸しや追加出資など、一定の政策支援が欠かせない。しかも、第三セクターの破綻時に自治体が契約した「損失補償」によって、金融機関等に対して支払わねばならない金額が、破綻処理を先送りすることで膨らむ。とはいえ、破綻処理したときの「損失補償」が大きすぎて、自治体の支払い能力のおよぶところではない。
そうした状況を反映して、現実には、近年において破綻処理の対象となった第三セクターで、現実に法的整理が実行された件数は、多い年でも年間三〇件を下回っている。この数は、経営不振に陥っている第三セクターの数と比べれば、非常に少ない数値である(深澤[2008]、三三ページ)。
日本では、一九八〇年代後半から一九九〇年代前半にかけて、観光・レジャー、地域・都市開発等の事業分野を中心に、第三セクターの設立が相次いだ。ところが、瞬時にして、第三セクターの法的整理が大きな課題となってしまった。一九九〇年代後半のことである。しかし、法的整理になった第三セクターの数はあまりにも少ない。
総務省『第三セクター等の状況に関する調査』各年版などによると、一九九五年度から〇六年度までの間に法的整理の対象となった第三セクター等(地方三公社を含む)は、累計で一三四法人に止まった。一九九〇年代半ばの時点では、全国に約九三〇〇の第三セクター等が存在していた(地域政策研究会[1997])。つまり、法的整理の対象となった第三セクターなどは、全体の一%強にすぎなかった。
それでも、第三セクターの法的整理は漸増傾向をたどってきた。とくに、〇三年は二六件と過去最高になった。この年、総務省が、全国の自治体に向けて、「第三セクターに関する指針」の改訂版を出した(〇三年一二月一二日、http:// www. soumu. go.jp/s-news/2003/031212.html)。これは、第三セクターの法的清算を強く要請したものである。
この新たな指針によって法的に整理されることになった、大阪府と大阪市の第三セクターは、以下の通りである。〇三年六月、大阪市の三つの第三セクターの「大阪WTCビルディング」、「ATC」、「湊町開発センター」。いずれも特定調停(既述)の整理であった。翌〇四年一〇月には、同じく大阪市の「大阪シティドーム」、一一月には「クリスタ長堀」がこれも特定調停の対象となった。〇五年五月には、すでに説明したが、大阪府の「りんくうゲートタワービル」が会社更生法の対象になった。同年九月、和泉市の「いずみコスモポリス」が特別清算された。〇六年一月、大阪市の「大阪中小企業輸入振興」が民事再生の対象となった。整理されたこれら第三関田ーはすべて株式会社形態であった。
以上、〇三年の指針が第三セクターの整理に拍車をかけたのであるが、整理方法には、「特定調停」、「特別清算」、「会社更生」、「民事再生」といった異なる手続きがある。
「特定調停」とは、すでに説明したが、日本の民事調停手続の一種であり、特定債務者の経済的再生に資するためになされる、特定債務者、および、その債権者その他の利害関係人の間における利害関係の調整に係る民事調停であって、当該調停の申し立てのさいに、特定調停手続により調停をおこなうことを求める旨の申述(特定調停法三条一項)があったものをいう(同法二条三項)(16)。
要するに、「特定調停」とは、借金の返済が滞りつつある借主について、裁判所が、借主と貸主その他の利害関係人(保証人など)との話し合いを仲介し、返済条件の軽減等の合意が成立するように働きかけ、借主の経済的立ち直りを支援する手続である。このような性質を持つために、「特定調停」は、民事調停の一種ではあるが、倒産処理手続の中の再建型手続に属する。実際にも、多額の借金を抱える者が、破産せずに返済の負担を軽減できる制度として広く利用され、その申し立ては二〇〇〇年の特定調停法施行後、急激に増加し続けた。大阪市の第三セクターの整理は、この方法に依存した代表的なものである。ただし、最近では、この申し立て件数は減少に転じつつある。