消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(183) 新しい金融秩序への期待(161) 地域金融(3)

2009-06-23 06:26:21 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)


──エネルギー問題といえば、最近も天然ガスをめぐる紛争が起きましたが、今後の経済の下降を考えると、古いタイプの戦争のリスクが昂じるような気もしますが、いかがでしょうか。

 ずばり、国家の再登場ですよね。昨年、原油価格の高騰が話題になりましたが、実際には圧倒的多数の原油取引は市場でなく、政府間、企業間取引です。市場価格は高騰しても、ここの価格動向は違うということは、表立って報道されてないし、分析もされませんでした。今後は政府間、企業間の価格の方が動き始めると思います。

 それと一番大きな地殻変動が、ロシアと天然ガスの問題です。天然ガスは大陸棚の深い所にあって、これを掘削する技術はロシアにはあってもアメリカにはどうもないらしい。今後、主流エネルギーが石油から天然ガスへ移行することが予想されるなかで、アメリカに代わりロシアが台頭してくるでしょう。そのとき、天然ガスはパイプラインで通すものですから、古い形の地政学が生まれてくると。いま、ウクライナや東欧で起きているような、エネルギーを持った大国の政治が世界地図を塗り替えていくでしょう。今のところ日本はアメリカべったりですが、エネルギーの地殻変動から、財界側からロシアに近づこうとする動きは当然出てくるでしょうし、そこに「エコ」が絡んでくるということだと思います。

 最近の本で経済ナショナリズムについて触れましたが(註4)、その後の急速な展開を見ていると、事は経済に留まらない様子がはっきりしてきたように感じています。特に対米という点でいうと、私はアメリカの政治経済や学問を批判してきましたが、一方で日米開戦前の鬼畜英米ではないけれども、アメリカと対決姿勢に入っていくときの日本人のメンタリティは非常に危ういものがあると思います。一気に激してしまって、いい意味でのプラグマティズムがないんですよ。

 日米関係は、それぞれの国の政治家や省庁間、企業家のなかにも様々な対立点があり、互いに自分の利害にかなった相手と手を結ぼうとするわけです。たとえば対日本という意味では、小泉・竹中的な一派と手を結んで構造改革を強行したのは、ルービン(クリントン政権期の財務長官)一派です。オバマ政権もルービン本人こそ入閣しませんでしたが、十分に息がかかっています。

 つまり、日本にもアメリカにも多様なものがあり、結果出てきたものにはそれぞれの統治者の思惑が一つの線で結ばれている、そうした時代を常に我々は経験してきました。日米は必ずしも単一の流れできたんじゃないし、そういうミクロな部分も抑えておかないといけないでしょう。


──危機はまだまだこれからだと思いますが、現時点で今後どのようなシナリオがあり得るか、お伺いできればと思います。


 今ごろになって、マスメディアが雇用悪化のニュースを盛んに流していますが、これから雇用問題、クビ切りが容赦なく、ものすごい勢いで進んでいくと思います。当座予想されるのは地方銀行の破綻であり、地銀から融資を受けていた企業の突然の倒産劇でしょう。また、資本はさらに使い捨てできる労働力を求めて海外へ流出する可能性が強い。そうなると日本政府も金が必要になるわけで、実際、すでに錆び付いたファンド経由での日本向け投資を無税にすると決めたようです。かつてのアメリカがやったような形で、生産者が逃げていくなかで、世界の金を日本に持ってきてもらいそれを買うという、非常に危険な選択肢にすがろうとしている。

 何だかんだ言っても、アメリカは広大な国であるし、ヨーロッパはそれぞれの国が多様でありながら、伝統的に支え合う文化は、衰えつつも何とか保持しているかもしれない。それに比べると日本の孤立は本当に深刻だし、誰が手を差し伸べてくれるのか冷静に考えてみるべきです。そういう意味で、ものすごい危機が来ていると見るべきでしょう。これは、景気を回復させるといった言葉でごまかされてはならないと思います。日本の場合、社会的なセーフティネットが失われているのであって、街に失業者が溢れるといった意味で、これから本格的な恐慌に突入するのではないでしょうか。アメリカのレイオフであれば、切った順番から戻す、日本はそれすらもないし、報道もされませんから。



──最後に、展望や活路があるとすれば、どのような方向だとお考えですか


 これから我々が迎えるのは、偏狭なナショナリズムになっていくような気がします。それを避けながら孤立せずに生きていくためには、国内外を問わずローカルな地域主義、ローカルな共生の思想や営みを排他的にならずにどう創り出せるかだと思います。

 私はESOP(従業員株式所有制度)という、地元の人間が地元の企業を育てるために株式を持ち合う制度を提唱していますが、今すべきことは、各地方の地元企業がもつマーケットや技術を地域に還元するような一大運動だと思います。それから国際的なレベルでは、企業が海外へ逃げるのを防ぐために、チャーチ委員会(註5)のような多国籍企業委員会を日本に作って監視することでしょう。労働組合もそういう問題を視野に視点をもって徹底的に闘ってもらいたいと思いますね。


##プロフィール

もとやま・よしひこ/1943年生まれ。経済学者。大阪産業大学教授、京都大学名誉教授。著書に『格付け洗脳とアメリカ支配の終わり』(ビジネス社)、『金融権力─グローバル経済とリスク・ビジネス』(岩波新書)、『民営化される戦争─21世紀の民族紛争と企業 』(ナカニシヤ出版)、共著に『金融危機の資本論』(青土社)など。


脚注


(註1)経済発展が見込まれるブラジル 、ロシア 、インド、中国の頭文字を合わせた四ヶ国の総称。

(註2)市場原理を重視し、自由放任主義的な新古典派経済学の価格理論や経済思想を伝統とする経済学の学派。

(註3)脱温暖化ビジネスを広げていきながら、環境と経済の両方の危機を同時に克服していこうというもの。オバマ大統領が当選直後に方針表明した。

(註4)『金融危機の資本論─グローバリゼーション以降、世界はどうなるのか』(青土社)、萱野稔人氏との共著。

(註5)米上院の外交委員会の多国籍企業小委員会。上院議員のチャーチが委員長に就任、チリのアジェンデ政権崩壊に関与した企業やCIA、他にはロッキード事件の追及などで知られる。