うちなー→えぞ日記 (もとすけのつぶやき)

奈良県出身、沖縄での学生生活を経て、北海道ライフを堪能する、
とある研究者の日常のよしなしごとの紹介。

報告会終了。

2010年04月27日 23時27分19秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
↑研究発表は研究者の務め・・。(とある国際シンポジウムの会場にて)

生きてこの地(自宅アパート)に帰って来れました・・。
ああ、終わったんですね。orz
今は沖縄民謡を聴きながら、このブログを書いています。(平和だ・・)

今日は午後3時から研究報告会が行われ、私は3人の発表者の最後に発表しました。
1人目は新入生の修士1年生(前の研究室での研究内容の発表)で、2人目はゼミ委員の博士課程の先輩でした。

パワーポイントで作成した資料と、要旨(今回の報告会から提出することになった)については、最善を尽くしたと思います。発表は・・・、うーん、前半は久々にあがっちゃいましたね・・。あの資料の出来なら、平常心で望めば大学時代の中間発表会(自分でもびっくりするくらい上出来だった発表)級の発表になったと思いますが、今回は中の中の上くらいの出来だったでしょうか・・。まあでも、質疑応答含め、終始和やかな雰囲気で進んだので、最初の報告会としては悪くはなかったと思います。

ちなみに、私のこれまでの発表の出来の順を並べると、
特上:琉球大学理学部平成21年度中間発表会(この私が一度も噛まないだなんて・・)
上々:現研究室配属後の研究テーマ決め用ミニ雑誌会(論文購読会系統では最上の出来) 
 上:琉球大学理学部平成22年度卒業研究発表会(徹夜でしたが、かなり落ち着いて発表できました)
 上:大学院入試試験(自信を持って望めました)
 中:現研究室ゼミ第1回
 中:今回の研究報告会
 下:過去のゼミのほとんど(本当、ゼミは苦手だったなぁ)
という感じです。

次回の報告会は半年後ですから、それまでに発表のトレーニングをしておこうと思います。・・・と言いたいところですが、5月17日には雑誌会の当番がやってくるのですよ。
ゼミもあるし、研究者への道は険しく、果てしなく長いですな・・。

ともあれ、最重要行事である報告会はなんとか無事に終わったわけですから、今晩は久しぶりに枕を高くして眠れます。


明日は・・・

2010年04月26日 23時22分33秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
明日は、私が今の研究室に移ってきて初めての研究報告会です。
大体、月に2回、火曜日に研究報告会は開催され、1回当たり3人から4人が自らの研究の進捗状況を発表します。
研究室内の行事ですが、結構フォーマルな形式で、1人1時間半程度の持ち時間が与えられます。実質的には中間発表会に相当します。(その代わり、修士論文発表会まで公の場での発表はありません)
配属から半年が経ち、そろそろ研究成果も溜まってきたので、いよいよ私も発表することになったのです。

研究報告会といえば、鋭い質問がばんばん飛んでくる場ですから、正直、今はかなり怖じ気付いています
今日一日発表用スライドを纏め続けて、先ほどなんとか完成し、准教授の了承は得られました。いくつか改修すべき箇所はありますが、まあ発表は無事に出来そうなので、あとは根性でなんとか乗り切ってみようと思います。

実は、今日はビッグニュースが入ってきたのですが、それについては明日の発表が終わってから書くことにしようと思います。
さて、そろそろ寝て、明日は朝から最終準備をすることにしましょうかね・・。

No money, No car!

2010年04月25日 21時41分47秒 | えぞ日記(北海道編)・・その他
↑現「愛車」

気付けばまた一週間経ってしまいましたね・・。
本当に、近頃は時間が経つのが早く感じます。
私は日々、希望に燃えたり落ち込んだりを繰り返しながら、忙しない日常を送っています。
そろそろ雪が無い札幌の町並みも見慣れてきた今日この頃ですが、私の研究机から見える北大の農場も徐々に芝が生えてきて、だいぶ春めいてきた感じがします。桜が咲くのはまだしばらく先のようですけれども。
そうこう言っているうちにゴールデンウイークが近付いてきましたね。金曜日をサボれば7連休になります。去年までの私なら迷わずそうするところですが、今年の私は真面目な院生なので、そんな恐れ多いことはしません。(私にとっては驚異的なことに、去年の10月から正規の休み以外は一度も研究室を休んだことはありません・・)

雪が無くなって、最近は自転車で走るのもかなり楽になりました。街中でも、この数週間で自転車の数が一気に増えました。
私の自転車は、去年の12月に前の自転車が盗まれた直後に研究室の先輩から貰った、折り畳み自転車です。車輪が小さいので雪上でも比較的安定性が良く、ずっと私の通学を支えてくれています。ただこの自転車、サドルが破れていて座りにくいし、やはりあくまで折り畳み自転車なので長距離走行には不向きなようです。

私は元々サイクリング好きで、小学校時代からよく遠乗りに出掛けていました。
中学時代には通学用自転車の爆走族と呼ばれ(自称)、高校時代は風紀委員に目を付けられながらもマウンテンバイクで通学し続けたものです。高校3年生の夏、数学の補習に寝坊してしまい、寝起きに猛スピードで学校まで漕ぎ続けたところ、教室に入っていきなり過呼吸でぶっ倒れたのも懐かしき思ひ出です。

大学に入って最初に買ったのも、やはり自転車でした。4月1日に沖縄入りし、入寮手続きした直後に那覇の自転車屋さんに買いに行きました。

こちらがその自転車。格好良いマウンテンバイクでした。赤い流線型のヘルメットをかぶり、毎日海パン姿でこれに乗って大学に通っていました。毎週末は那覇にサイクリングに出掛け、市内探検に興じたものです。国道330号線で時速60km出し、西原町の琉球大学から那覇市のおもろまち新都心まで僅か15分で駆け抜けていました。大雨の日には、後輪の水の跳ね上げがもろに背中にかかってびしょ濡れになったのも思い出です。しかし、購入からわずか4ヶ月後の7月に盗難に遭い、我が自転車生活は急に終わりを迎えました。

その後、大学1年生の夏休みに原付の免許を取得し、10月に中古バイク店で初の原付を購入。

こちらがその初代原付の、ホンダ・Dioです。購入直後、沖縄県立芸術大学の構内で撮影した写真で、背後に首里城が見えています。乗り始めてしばらくは故障が続き、頻繁に修理に出しました。見た目は結構格好良いのですが、実は90年式の古いバイクで、その後も半年に一度は故障に遭い、複数のバイク屋さんにお世話になりました。
沖縄本島や離島を縦横無尽に走り、2年間の走行距離は2万km近くに達しました。

大学3年生の秋、ホンダ・Dio様は突然エンジンが故障し、そのまま帰らぬ人になりました。バイト通勤にすぐに代替車が必要だったため、名残惜しむ間もなく故障当日中に近所のバイク屋に走り、新たな原付を購入しました。

それがこちら、スズキ・レッツ4です。04年式の新しいバイクで、燃費がすこぶる良いのが自慢でした(実燃費で55km/L)。Dio様とはエンジンの構造が違い、リミッター制限も掛かっていたため、あまりスピーディーな走りではありませんでした。しかし、片道20km以上離れた那覇空港近くのバイト先までほぼ毎日通勤したり、大学の研究実習のために北部の瀬底島まで何度も往復したりと、私の生活を一身に支え続けてくれ、しかも一度も故障することはありませんでした。最後は、去年の9月に沖縄を離れる際にバイク王に引き取ってもらいました。(残念ながら評価額は0円でした・・)

そして、我が愛車と言えば、この車、

ダイハツ・オプティ(95年式)です。実に可愛い車でした(私には不釣合いなくらい)。
実際に使っていたのは9ヶ月ほどでしたが、その間、研究室の友人を乗せてあちこち走り回り、沖縄生活最後の思い出作りにかなり役立ちました。走行距離16万kmのベテランでしたが、エンジンの調子は良く、思った通りに走ってくれるので、今まで乗った中で最も運転し易い車でした。可愛さのあまり、ついつい色々チューンナップしたくなり、タイヤをエコタイヤに履き替えたり(これは安全のためでしたが)、ETCを付けたり、内装をウッディに変えてみたり、カーナビを付けてみたりと、結構弄くりました。この車を購入した、研究室の後輩の自動車整備工場に修理に出した際、あまりの変貌ぶりに「(あの)オプティが!?」と親父さんが絶句したそうです。でも、そのおかげもあって、9月の沖縄撤収の際には満載の荷物を積みながら実家に帰り着くという大役を、無事にこなしてくれました。

では、そんなオプティの思い出写真をいくつかお見せしましょう。

私がオプティを買ってすぐの去年1月、沖縄本島北部の八重岳に桜見物に行ったときの写真です。車は寝泊りできるので、夜を跨いだドライブにもよく出掛けました。


去年7月、インディペンデンス・デイに嘉手納基地に潜入したときの写真です。奥の方に格納庫や軍用機が見えています。そしてオプティが停まっているこの場所は、まさしく滑走路の上です。こんな場所での車の写真が撮れるのも、沖縄ならではでしたね。


去年12月、奈良・信貴山にて。冬休みに、母と弟を連れて信貴山朝護孫子寺(今年の干支、トラに縁の深いお寺です)に参拝した際に、オプティを使いました。燃費も良く、平均で17km/Lは走りましたから、近場のドライブにぴったりな車でした。
ちなみにこの車の横顔、実は私には見覚えがありました。

私の幼少時代、持ち物の名札に付いていた車のマーク(イラストby母)にそっくりだったのです。この車が出た当時は、丸っこい車が流行っていたようで、ミニカやキャロル、ヴィヴィオなどの他社の車にも似たデザインが見られます。母の車のイラストも、その辺から影響を受けたのかもしれません・・。

こんな可愛いオプティでしたが、実家に持ち帰って以来は出番も減り、車検の時期も迫ってきたため、今後の処遇をどうするかが問題になっていました。私は金欠の身ですから、しばらくの間は北海道で車を持つのは無理ですし、オプティで雪道を走る自信はちょっと無かったので、誰かに譲り渡すか、廃車にするかという状況でした。こんな可愛い車を廃車にするのは忍びなく、しばらく譲渡先を探していたのですが、この春休み、ちょうど免許を取得した知人が見つかり、先日その方にお譲りしました。翌日には名義変更されて、今は奈良ナンバーで市街地を走っています。再びオプティが活躍することができて嬉しい限りです。

次の私の愛車はどんな車になるのでしょうか・・。
今住んでいるアパートは駐車場が付いておらず、札幌の市街地のみで乗ることを考えれば、原付があればちょうど良いのにな・・と近頃とみに思います。でも、今は原付を買うお金もありませんので、しばらくは現「愛車」で頑張るしかないですね・・。




【ブログ補完計画第2弾】にっぽん丸に乗ってきました。5

2010年04月23日 23時29分36秒 | えぞ日記(北海道編)・・趣味
しばらくにっぽん丸船内見学会の話が続きましたが、いよいよ今回で完結となります。
非日常的なネタとも、もうすぐおさらばです・・。

さて、前回5階を巡って船尾までやってきた私たち、その続きです。

5階カジノラウンジ「ビギナーズラック」
ドルフィンホールは4階と5階の2層吹き抜け構造になっています。その2階席の外周にはカジノラウンジが設置されており、生演奏をBGMにゲームに興じることができます。(にっぽん丸は日本船なので、現状ではお金を賭けることはできません。)



4階、5階ドルフィンホール
この船のメインホールです。座席数は400席あり、ダンスホールにもなります。航海中はこのホールで連日連夜コンサートやパーティーが開催されるのです。最も豪華客船らしい施設の一つですね。後方にはバーがあり、飲食しながらゆったりとした時間を過ごせます。
今日はステージ上で女性トリオによるバイオリンとピアノのアンサンブルが行われていて、私もしばらくここで演奏に聴き入りました。ちょっとマイクの音量が大きめでしたが、短時間ながら船上生活の一端を感じられました。


ドルフィンホール4階出入り口近くでは、記念品の配布が行われていました。今回の記念品は改装記念柄のメモ帳でした。他のいくつかの施設でも絵葉書が用意されていて、エントランスロビーではポスターやクルーズのパンフレットも置いてあったので、最終的には結構な量のお土産になりました。



4階ドルフィンホール出入り口前廊下にて。
5階のカードルーム飾られていたのと同様の寄港記念盾が壁一面に飾られていました。
盾の銘文をよく読んでみると、この船のことを「HER(彼女)」と呼んでいることがわかります。船が女性として扱われることをよく示しています。
ちなみに「MV. “NIPPON MARU”」のMV.とは、Motor Vessel・・発動機船の略です。これに対応する言葉として、SS.=蒸気船という略語があります。

4階では、この後ステートクラスの客室を見学しました。また、見学コースではありませんでしたが、この階は船首から船尾までの外周およそ300mを、プロムナードデッキが一周しており、朝のジョギングや散歩のコースとしてよく使われるそうです。

3階はほぼ全てが客室のフロアで、公室の見学はありませんでした。
ただ、この階には船尾に日本船ならではの設備があります。

それは大浴場です。(船内案内ディスプレイの画像を写したものです)
大浴場を日本の豪華客船で初めて導入したのが、商船三井だったそうです。導入当時は、「旅館みたいで船の雰囲気に合わない」といった意見もあったそうですが、今では日本の豪華客船に必須の設備となりましたね。


3階から2階への中央階段の辺りは吹き抜けになっており、壁にモニュメントが飾られていました。うーん、シャンデリアが眩しいです。


2階フロントデスク
階段近くにカウンターやクルーズデスクが纏められており、船内生活での相談から次回のクルーズの予約まで、ここで行えます。


2階メインダイニング「瑞穂」
見学コース最後の船内施設となりました。乗客の主な食事の場です。さぞかし美味しい食事が出るのでしょう。(夕食は原則的にフランス料理のフルコースです)想像しただけで涎がでてきてしまいます。
右奥の壁画の手前のテーブルが、キャプテンズテーブルと呼ばれる席で、文字通り船長を囲んで乗客が座る席です。(タイタニックとかでそういう光景は見たことありますね)

それにしても、飲食できる施設だけでかなりの数がありますね。
私が把握しているだけでも、
メインダイニング「瑞穂」
プレミアムダイニング「春日」・・新設
寿司バー「潮彩」・・新設
ホライズンラウンジ・・新設
リドテラス
ネプチューンバー
ミッドシップバー
ドルフィンバー
スポーツバー・・新設
eカフェ&ライブラリー・・新設
スパ&サロン・・新設
こう見ると、今回の改装によって船内で寛げるスペースが相当に増えたことがわかりますね。食事に飽きる心配はほとんど無さそうです。


メインダイニングを後にした私たちは1階のサブエントランスに降り、名残惜しみながらも、にっぽん丸を後にしました。
今回はほんの2時間ほどの船内滞在でしたが、いずれはクルーズでゆっくりと過ごしてみたいものです。


最後に、船尾側からのにっぽん丸を背景に、家族の記念写真を撮影し、帰路に着きました。
帰りも高速道路が空いていたため、とてもスムーズに走れ、1時間半ほどで実家の町に帰り着きました。
家に帰ってみると、ほんのさっきまで豪華客船という非日常空間に居たのが嘘みたいで、今日一日、夢を見ていたかのように感じられました。
夢で無くなる日はいつか来るのでしょうか・・。いや、きっと来るはず・・!
その日を目指して、こつこつ頑張っていこうと心に誓ったのでした。

【ブログ補完計画第2弾】にっぽん丸に乗ってきました。4

2010年04月23日 01時54分45秒 | えぞ日記(北海道編)・・趣味
にっぽん丸見聞録の記事が続きます。
リアルの私は、毎日大学の研究室と自宅の往復で、優雅なクルーズだなんて夢のまた夢。せいぜい実家に帰省するときに船に乗るくらいですよ・・。
しかし、私の人生設計(中学時代の)では、「50代までに豪華客船で世界一周する」という目標がありますので、今のうちに下調べしておいて損はないでしょう・・。(あ、でもさすがに30年後にはこの船も引退しているか・・)

さてさて、船内巡りの続きです。前回は客室を紹介しましたが、今回はいよいよ豪華客船ならではの施設の紹介となって参ります。


6階ラウンジ「海」
ちょうどプールの真下に位置するラウンジです。以前はダンスフロアのある若干カジュアルな雰囲気のラウンジでしたが、今回の改装で重厚な雰囲気のインテリアに変更されました。(船内全体的に以前よりも高級感は増しているようです)
隣接して、ミッドシップバーがありますから、生演奏に耳を傾けながら、グラスを片手に夜のひと時を過ごす場所という感じでしょうか。


試食コーナー。
ラウンジ「海」では、船内見学者向けに試食コーナーを設けていました。スイートルーム限定のお茶、クッキー、パンという品揃えで、さすがにみな美味でした。



6階オーシャンダイニング「春日」
6階の最後方に位置する、プレミアムダイニングです。主にスイートクラス利用客向けですが、一般客も有料で利用できるそうです。(通常、船内の食事は部屋代に含まれます)
全100席ほどあり、その3分の1ほどは屋外のテラス席となっています。
隣接して寿司バー「潮彩」があり、さらにその隣に田崎真也セレクションのワインセラーが設置されています。
このダイニングがある場所は、以前は木甲板のスポーツデッキでした。この区画も今回の改装で増設された箇所で、スポーツデッキはこの区画の屋根の上(つまり7階)に移されました。新設区画は大きな丸窓が特徴的ですが、このダイニングでも窓側の席は非常に眺めが良くなっています。(窓の外には名港トリトン橋が見えています)

6階には操舵室やシアターもありますが、残念ながら今回は公開されていませんでした。(他の港では公開していたようですが・・)


5階eカフェ&ライブラリー
5階に下りて最初に見学した施設がこちら。豪華客船版ネットカフェとでも申しましょうか。以前はこの奥に和室があったのですが、改装で7階に移され、ライブラリーが拡張されました。インターネットはブロードバンド対応だそうで、航海中でも最新のニュースや寄港地の情報に当たれるとのこと。ブログ更新も安心ですね。ついつい長居してしまいそうな良い雰囲気でした。

ライブラリーのディスプレイモニター
にっぽん丸の船内の要所には、大型モニターを用いたこのような案内表示が設置されています。この時は時計を表示していましたが、なんと4種類もの時間が表示されていました。太平洋クルーズなどだと、最長10日間くらい寄港無しで航海しますから、船内時間を設ける必要があるのですね。


5階カードルーム
ライブラリーのすぐ隣にある部屋です。日本船の場合、「囲碁・将棋部屋」か「麻雀室」の方がしっくりくるかも・・。実際ほとんどが非カードゲーム用テーブルとなっています。
実はこの部屋には、娯楽部屋としての役割以外にも大切な役割があります。


上「初代にっぽん丸模型」
下「2代目にっぽん丸模型と入港記念盾」
そう、このカードルームには、ちょっとした「にっぽん丸歴史館」のような展示がされているのです。私が見学した「にっぽん丸」は、3代目にあたる船です。初代にっぽん丸は元移民船「あるぜんちな丸」が1972年に改修・改名されたもので、76年まで就航していました。その後初代が老朽化で引退したため、元ブラジル客船であった「Sven Seas」が2代目にっぽん丸を襲名し、90年まで活躍。そして90年に念願の新造客船として3代目にっぽん丸が誕生し、今に至ります。
にっぽん丸を運航する商船三井は、実は近年まで略称として使われてきた名称でして、「大阪商船三井船舶」が正式名称でした。1999年に「商船三井」が正式名称となり、昨年、本社所在地の登記を大阪から東京に移したため、大阪商船の色はだいぶ薄くなってしまいましたが、にっぽん丸の船内では、大阪商船時代の記録(絵画やレストランのメニューなど)が誇らしげに各所に展示されています。
ちなみに、2枚目の写真に写っている入港記念盾はほんの一部で、ドルフィンホール(後述)の4階入口付近にも大量に飾られています。


5階ブティック「アンカー」
カードルーム、ライブラリーの入口の向かいには、ブティックがあります。ここでは、衣類やアクセサリーからお菓子や船舶模型まで、にっぽん丸オリジナルのグッズを購入できます。見学会でも、ご覧の通り大盛況でした。

この後私は船首側に行き、デラックスクラスの客室を見学した後、再びブティックの前を通り、船尾のドルフィンホールへと向かいました。
なお、5階にはこの船のメインバーである、ネプチューンバーが船首側最前方にありますが、今回は見学できませんでした。

【ブログ補完計画第2弾】にっぽん丸に乗ってきました。3

2010年04月20日 00時20分16秒 | えぞ日記(北海道編)・・趣味
7階を一通り見た後、ホライズンラウンジ後方にある階段で6階に降りました。

階下は乗組員区画になっているため、どうやら普段は立ち入れないようです。通常入れないところに入れるのも、こういった見学会の魅力です。


6階の客室区画に出ました。この階には客室は9部屋しかなく、全てスイートルームとなっています。廊下の雰囲気も、高級ホテルのそれです。


6階客室「グランドスイート」
この船の最上等級である、グランドスイートです。長さ12m、幅2mに及ぶベランダが付
いており、広さはなんと79平米!私が今住んでいる部屋の3倍以上で、以前の実家(マンション)と同じくらいの広さです。この写真だと全容が把握できません(部屋の中までは入れませんでした)が、右側のガラス仕切りの向こうにベッドルームがあり、さらにその奥にトイレとお風呂場があります。この船にはスイートクラス専任のバトラーがおり、細やかなサービスを行ってくれます。
世界一周だとお1人様1550万円で利用できます。(2人部屋なので、2人だと3100万円・・!)なんともゴージャスな話です。


6階客室「ビスタスイート」
4部屋あり、各部屋毎に若干レイアウトが異なります。広さは37~46平米です。(私が以前沖縄で住んでいた、2DKの部屋とほぼ同じ広さですね)
この部屋もベランダ付きで、専任バトラーによるサービスを受けられます。
こちらの部屋だと、お1人様1050万円で世界一周できます。ちょっとお手頃感が・・感じられませんよね・・。考えてみたら凄い世界です。


6階客室「ジュニアスイート」
こちらは、スイートクラスでは最もお手頃な部屋です。広さは31平米で、ベランダ付き。もちろんこの部屋でも、専任バトラーによるサービスが受けられます。
お値段は世界一周で790万円。最安のスタンダードステートルームの2倍強で最上級クラスのサービスを受けられるわけですから、上記2部屋よりはお値頃感がある・・気がします。

と、ここまで客室の紹介記事が続きました。見学順路では、この後はしばらく公室の見学が続くのですが、各等級の客室の比較をするためにも、このまま纏めて客室の紹介をしてゆくことにします。


5階客室「デラックスベランダ」
スイート以外で唯一ベランダが付く部屋です。16室設定されており、広さは24平米です。ジュニアスイートとの目立った違いは、リビングとベッドルームの仕切りが無いことくらいでしょうか。ちょうどシティホテルのツインの客室に匹敵する設備ですね。
こちらは世界一周630万円也。


5階客室「デラックスツイン」
改装前はデラックスクラスにはこの種類の部屋しかありませんでしたが、現在は4室のみの設定となり、むしろ少数派となりました。広さは19平米。ベランダが付いていない、従来のタイプの上級船室です。お値段もちょっとお安く、世界一周560万円也。


5階客室「デラックスシングル」
最近は、船旅も一人旅の需要が増えてきたそうで、今回の改装で新たに加えられたカテゴリの部屋です。広さは13平米で、一人での使い勝手が良いようにコンパクトに纏まっています。ちなみにデラックスクラス以上にはバスタブが付いていますから、まさしくホテルのシングルルームの感覚で利用できます。(ステートクラスはシャワーのみで、お風呂は展望大浴場を利用します)世界一周は他のデラックスルームよりも割高で、お1人様780万円也です。


4階、2階客室「スーペリアステート」
大部分の乗客が利用する、ステートクラスの上級船室です。広さは14~18平米(バリアフリールームのみ28平米)。
窓側にベッドが寄せられているのが特徴で、52室設定されています。
世界一周は380万円です。だいぶ手が届きそうな金額になってきました。


3階、2階客室「コンフォートステート」
この船で最多、97室も設定される船室です。
手前側のベッド横の壁にプルマンベッドが収納されていて、それを引き倒せば1部屋を3人で利用できます。フェリーで言えば1等船室のイメージですね。広さは14平米。
世界一周は340万円也(2人利用の場合)。

この船には、もう1種類のステートルーム(「スタンダードステート」)が1階に存在しますが、そちらは今回公開されていませんでした。基本的には「コンフォートステート」と同じ設備ですが、窓が丸窓となります。お値段は世界一周290万円だそうです。
ちなみに世界一周は約100日間ですから、豪華客船は1泊3万円(食事付き)から利用できるということになります。


おまけ:3階ステートルーム区画の廊下です。6階のスイート区画と比べると、かなりシンプルに見えますね。

【ブログ補完計画第2弾】にっぽん丸に乗ってきました。2

2010年04月18日 23時21分03秒 | えぞ日記(北海道編)・・趣味
さて、そろそろ船の中に参りましょう。


この名古屋港ポートビル1階ロビーに設置されていた見学会受付カウンターでチェックイン、乗船チケットを手に入れました。
それにしても特徴的なビルです。帆船をイメージしたデザインだそうで、東京お台場の船の科学館(巨大な船の形のビル)に勝るとも劣らないですね。高さは63mあるそうです。


見学会の乗船チケットです。今回は、先着1000名の招待で、参加費(登録料)は1人1000円でした。元は取れるかな・・。


岸壁に架けられたタラップで、いざにっぽん丸に乗船。


中に入るとそこは、2階のエントランスロビーでした。
今日の見学順路は、まずここからエレベーターで一気に7階に上がり、そこから船内を巡りながら降りてくるコースでした。


というわけで、最初の見学施設は7階のプールでした。
縦7.7m、横3.4mで、深さは1.5mあります。日本の客船では唯一開閉式の屋根を備えており、天候や季節に関係なく泳ぐことができます。


「リドテラス」
プールサイドにはテーブルが並べられており、リゾートらしい雰囲気の中で軽食を楽しめます。


7階の廊下
この7階のほとんどの施設は、今回の改装で新たに設置されました。この写真を撮った場所には以前、スカイベランダという展望デッキがありましたが、今回の改装でその前方に屋根を伸ばす形で区画が増設され、フィットネスジムやスパ、ラウンジが設置されました。かなり大きな丸窓のおかげで廊下にも光が溢れていて、船の中とは思えない明るい雰囲気ですね。


7階フィットネスジム
40平米の広さの部屋で、海を眺めながら運動に励めます。以前は2階の船首側に単独で設置されていましたが、今回の改装で健康・運動系の施設は7階に纏められ、プールやスポーツデッキと一体的に使用できるようになりました。


7階スパ&サロン
フランスの最高級スパブランド「TERRAKE」が洋上で初めて運営するスパや、ビューティドレッセヤマノが運営する美容室が入居しています。昨今は豪華客船でもスパがブームで、にっぽん丸でも今回新たに設置されたわけです。男の私でも、一度はこんな場所でトリートメントを受けてみたいと思います・・。


7階「ホライズンラウンジ」
7階の最前方に位置する施設です。操舵室のすぐ上にあたり、見渡す限りの大海原を望みながら、ティータイムを過ごせます。今回の改装では、ラウンジやダイニングも増設され、船内生活での選択肢がかなり広がったようです。

【ブログ補完計画第2弾】にっぽん丸に乗ってきました。

2010年04月18日 02時24分08秒 | えぞ日記(北海道編)・・趣味
※春休み中に書いたこの記事ですが、九州旅行に出発して以来更新が停まっていたので、補完いたします。
補完完了後、[2010-03-25 20:24:08]に表示時間を戻します。
以下、内容です。

今日は家族で「にっぽん丸」の特別船内見学会に参加しました。

「にっぽん丸」は商船三井客船が有する豪華客船で、日本郵船の「飛鳥Ⅱ」と並んで、日本を代表する豪華客船です。昨年秋から行われていた、就航以来最大の改装工事がこの度完了し、それを記念して船内見学会が催されました。
まず22日に横浜港大桟橋で、次に昨日24日に神戸港中突堤で、そして今日、名古屋港ガーデン埠頭に寄港し、船内を公開しました。
私は、今月初めにインターネット上でこの情報を知り、参加には事前の申し込みが必要だったので、早速家族全員分を申し込んでおきました。

実は以前、2005年に那覇港で開催された、「りっかりっか!マリンフェスタ」というイベントで、豪華客船「スーパースタージェミナイ」船内での「海猿」映画上映会に参加する機会を得たのですが、直前に発生した台風のせいで台湾から船が来れず、中止になったという苦い経験があります。
そういうわけで、一度は豪華客船に乗ってみたいという願望は以前から強かったのです。

久々の家族全員でのお出掛けなので、きちんと盛装して、昼2時前に三重県伊賀市の実家を出発しました。今日は往復とも私の運転で、行きは名阪国道と東名阪道、伊勢湾岸道を乗り継ぎ、約1時間半で名古屋港に到着しました。名古屋港も伊勢湾岸道のおかげで近くなりましたね。

ガーデン埠頭の駐車場に車を停め、岸壁に向かって歩き始めると、すぐににっぽん丸が見えてきました。

全長167mの船体は、先日乗船したフェリー「あかしあ」の224mに比べれば小柄ですが、舷側に窓がずらっと並んでいて、また違う迫力がありますね。
このにっぽん丸の大きさは、日本近海の波の波長が平時で最大150m程度なのと、あまり大きすぎると入港できる港が限られてしまうため、乗り心地と使い勝手のバランスを取って決定されたそうです。

ちなみに、今回のにっぽん丸大改装の目玉の一つに、塗色の変更が挙げられます。
商船三井客船の従来の塗色は、下の写真のようなものです。

この船はにっぽん丸の姉妹船、ふじ丸です。主にチャータークルーズ船として活躍している船で、ある高校の修学旅行で那覇に入港した際の写真です。喫水線から2m程度まで青、それより上は白一色で、煙突のオレンジ色が引き立つデザインでした。(ふじ丸は現在もこの塗色のままです)
今回の改装で、にっぽん丸の塗装はより高級感のあるものに変わりました。船体の下側をロイヤルブルー、上側を白に塗り分け、間にアクセントの赤いラインを引いてあります。
日本人にもお馴染みの、クイーンエリザベス2(先頃引退しました)など、往年のオーシャンライナーをイメージしたデザインでしょう。なかなか似合っていると思います。

ところでもう一つ、ふじ丸の写真で注目すべき点があります。それは、ベランダ付きの船室が無いことです。以前のにっぽん丸も同様で、舷側には救命ボートやテンダーボートが設置されており、ベランダ付きの部屋を設定できなかったのです。今回、テンダーボートが大型化されて救命ボートと兼用になったので、船首側に空きが出来、デラックスクラス以上の船室にベランダが設置されました。これにより、ベランダで優雅な朝食を・・なんて事もできるようになりました。



こちらは、にっぽん丸船内に置かれていた、改装前と改装後のにっぽん丸の模型です。
(下の写真は、本当は左舷側のものですが、見易いように左右反転させています)
今回の改装のもう一つの目玉は、船室区画の追加でした。改装前、ブリッジ(操舵室)から上にはプールしかありませんでしたが、今回の改装で前後に船室区画が追加されました。
実質的に階層が一つ増えたので、低いフォルムが特徴だったこの船の外観がどう変わるかちょっと心配したのですが、塗色の変更のおかげか、あまり気にならず、むしろ前後方向の纏まりがよくなった気もします。

今週の私

2010年04月18日 00時03分00秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
↑水曜日の暴風雪。ちなみに駐輪場の手前で頑張って佇んでいる折り畳み自転車は我が愛車。(去年の年末に研究室の先輩から頂きました)

今週も、あっという間に週末を迎えました。
本当にあっという間でした。
授業登録や実験で疲れが溜まり、家に帰ったらすぐ寝てしまう毎日だったものですから・・。

水曜日の暴風雪はなかなか凄まじかったですね。北海道南部の広尾町では40m/sもの暴風を観測したこの日、札幌でも強烈な西風が日中吹いていました。
実はケータイでビデオを撮っていて、このブログでお見せするつもりでしたが、撮影サイズや容量がgooブログの基準に合わなかったようで、ブログに貼り付けることができませんでした。まるで台風のように、凄まじい勢いで雪が吹き付ける様子が映っていたんですけどね。(かと言ってYouTubeに投稿するほどのもんでもないしなぁ・・)

こちらに来て初めての研究報告会が再来週に迫っていて、来週末はゆっくり休む暇は無さそうですから、この週末はゆっくり休んで気合を充填しておこうと思います。
(もちろんブログの補完も進めますよー)


風の街

2010年04月13日 22時54分29秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
今日の札幌は大荒れでした。
未明から20m/s前後の強風が吹き荒れ、午後3時半には瞬間最大風速30.8m/sを記録。ビルの外壁が剥がれたり、火事が発生したりの被害も出たそうです。
北大構内でも、駐輪された自転車が大量に倒れているのを見かけました。(私の自転車は無事でした)
我がアパートや研究室でも、一日中風音が強く聞こえ、今朝は風音で起きたほどでした。

この暴風、日本海から爆弾低気圧(急激に発達する)が接近してきているためで、明日にかけて暴風に警戒が必要だそうです。
しかも、明日は強力な寒気が北日本上空に入ってきますから、昼には猛吹雪になるところもあるとか・・。一部地域に暴風や波浪の警報も出ており、4月中旬としては異例の気象のようです。
明日は西風が強く吹くそうですから、我がアパートから西の北大に向かって登校するのはなかなか大変そうです。

そうそう、自転車と言えば、

昨日の理学部棟前自転車置き場入口の様子です。
そんなところに停めたら入れませんがな・・。
よほど面倒くさがりが多いと見えます。

先週のまとめ。

2010年04月11日 22時44分48秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
皆様こんばんは。m(_ _)m
札幌へ戻ってからちょうど1週間が経ちました。
春休み中の記事の補完を優先しているので、新記事の投稿を行っていませんでしたが、あまりにしなさ過ぎると、ご心配になられる向きもあるかと思いますので、週末に当たってのまとめを書かせていただきます。

5日月曜日、研究室公式スケジュール再開日は、ちゃんと朝から登校しました。
この日は掃除当番に当たっていたので、まずは研究室の掃除をしました。春休み中は掃除が疎かになっていたようで、結構ゴミが溜まっていて、運ぶのが大変でした。
また、この日は席替えがありました。私のデスクのある部屋では、左隣と右隣の席の先輩が3月で卒業されたので、空席となっていました。新4年生の机(研究テーマが決まるまでの仮席)決めが行われていたので、それに乗じて私の席を左隣に移動しました。
私の新しい席は窓際で、ブラインドを開ければなかなかグッドな眺望を独り占めでき、実は以前から狙っていた席なのです。ここは地上7階で北西側に面していますから、農学部農場(かのポプラ並木含む)や手稲山、天気が良いときは小樽方面まで望めます。きっとこれからは毎日四季の移ろいを楽しめることでしょう。
この日から7日水曜日までは、新学期の書類配布や提出などの手続きが多かったので、それを中心に動きました。

8日木曜日には、新年度最初の実験を行いました。抗菌タンパク質の溶菌活性の実験で、3月に4日連続で行った実験の続きでした。この前のときは、サンプル数が多く、菌も自分で培養しなければならなかったので凄まじく忙しかったのですが、今回はサンプルは8つで、菌も凍結乾燥のものを利用、実験自体もかなり自動化されたメソッドを用いたので比較的楽でした。(タンパク質の濃度調節などはより慎重に行いましたが)
実験終了後の先生との打ち合わせで、ひょんなことからこの研究を他の研究室との共同研究にすることになり、早速その研究室の教授とも打ち合わせ。その際に初めてよその研究室を訪ねましたが、そちらの方が以前私がいた研究室に似た雰囲気でした。

9日は実験データ整理と実験安全講習会&新入生歓迎会でした。今年度、我が研究室にはよその大学から2人の修士1年生が配属されました。同じ境遇の仲間が増えて喜ばしいことです。
歓迎会の席でも、彼らとは色々と話せました。

そしてこの週末は、フジテレビの「我が家の歴史」やNHKの「大仏開眼」で楽しみました。どちらもなかなか面白い内容でしたが、特に「大仏開眼」は、平城宮や大仏殿の創建当初の再現CGが多く使われていたり、天皇の即位の礼や落慶法要の際の臣官の服装が美しく再現されていて、とても気に入りました。藤原仲麻呂(何故か一発で変換できる)が織田信長風に描かれていたのも斬新でしたね。一部分だけ録画したのですが、何度も見直してしまいました。
大仏と言えば、東大寺の七重塔が復原に向かって動き出したそうですね。先日、複数の新聞に記事が掲載されていました。まずは近々復原のための発掘調査を行うそうですが、東大寺の七重塔といえば、高さ100mにも及ぶという巨大なものです。奈良市の現在の建築物は最高でも30m程度に高さが抑えられており、興福寺五重塔と東大寺大仏殿が高さおよそ50mのところ、七重塔が復原されれば一気に抜きん出ることになります。(避雷針とかどうするのだろう・・)何十年後に完成するか分かりませんが、かなり面白い風景が見られることになりますね。


東大寺大仏殿にある、創建当初の東大寺の伽藍の復元模型。大仏殿も現在よりさらに巨大な建物でした。復原が計画されているのは、写真右の七重塔です。

札幌帰着

2010年04月04日 22時28分05秒 | えぞ日記(北海道編)・・旅
港からの連絡バスは高速道路をかなり飛ばしたのか、予想よりも早く、22時前には札幌駅バスターミナルに到着しました。
通常の苫小牧駅前行き連絡バス利用より、1時間近く早く札幌に到着でき、しかも料金も安く済んだので、連絡バス様々です。

その後、地下鉄東豊線で自宅最寄駅まで乗り、18日ぶりに自宅アパートに帰り着きました。

私用パソコン、研究用パソコン、旧私用パソコンの3台、計10kgをリュックに詰めて持ち帰ってきたので、どこかの山に登山してきたかのような疲労感です。

明日は早速研究室に出る予定(掃除当番なので)なので、とっとこ寝ることにしよう・・・。

札幌行き連絡バス乗車中

2010年04月04日 20時58分18秒 | えぞ日記(北海道編)・・旅
フェリー「すいせん」は、ほぼ定刻の20時35分に苫小牧東港に到着しました。

無事に着いてホッと一息です。
津軽海峡に入って以降は、うねりも治まり、快適な航海でした。


ごらんあれが・・の竜飛岬です。昼間に船上から見たのは初めてで、岬の全貌がよく見えました。


函館山です。左舷遠くに望めました。函館山には「臥牛山」という別称がありますが、確かに牛が臥せている様に見えますね。

プロムナードデッキで竜飛岬や函館の写真を撮っていたら、一人旅の初老の男性に話し掛けられました。先週から徳島や名古屋を観光してきた帰りだそうで、デジカメや旅行の話しで盛り上がり、結局2時間ほど喋りました。
そういえば、往路のフェリー「あかしあ」でも、ニセコでリゾートアルバイトをしているという若者に話し掛けられ、一日中色々と話しました。
こういった出会いも、時間がゆっくり流れる船旅ならではの出来事ですね。

その初老の男性と話している間に、ちょうど日の入りを迎えました。
亀田半島の山蔭に沈む夕陽は、今朝の日の出と同じく、真ん丸で赤く、見とれてしまいました。


今は港から札幌への連絡高速バスの中です。終点の札幌駅まではおよそ1時間半の道のりです。

岩木山沖を航海中

2010年04月04日 15時45分52秒 | えぞ日記(北海道編)・・旅
今日は波は低いものの、ややうねりが高い海況で、「すいせんは」敦賀出航からずっとそこそこの揺れを伴って航海を続けています。
眠れるか心配しましたが、意外に良く眠れて、日の出までぐっすりでした。


今日の日の出は午前6時前で、右舷側、能登半島の山々からお日様が出てきました。
とても美しい日の出でしたが、やはり私以外にデッキに出てきた人は見かけませんでした。

朝食、昼食もしっかり食べて、姉妹船「すずらん」との反航もばっちり撮影、昼からは映画「おくりびと」(またもや)を鑑賞し、過ごしました。


朝食の「洋定食」(1000円)。クロワッサンがとても美味しく焼けていました。ドリンクバー付きなので、朝の営業が終了するまでゆったりとコーヒーでも飲みながら過ごせます。


昼食はビーフカレー(700円)。肉がほどよくとろけていて美味でした。


佐渡島沖ですれ違う「すずらん」。今回は案内放送もあったので、数名の乗客が窓際に集っていました。初の北海道旅行にはこの船に乗って行ったのです。

能登半島沖の舳倉島沖通過以降、9時間ほど陸地からかなり離れたところを航海していましたが、秋田沖から徐々に陸地に近付き、今は青森県の岩木山が右舷に見えています。ちょうど、往路の日の出を見た辺りです。
まもなく津軽半島を回り込んで、津軽海峡へと入っていくことになります。
苫小牧まではあと5時間ほどの航海です。

乗船しました。

2010年04月03日 23時46分54秒 | えぞ日記(北海道編)・・旅
というわけで、ただ今フェリー「すいせん」に乗船しました。
何故かウェルカムミュージックとして、「甘き死よ、来たれ」(エヴァンゲリオン旧劇場版の挿入歌)が船内で流れています。私はこの曲は名曲だと思いますが、ほとんどの乗客は元ネタが分からないはず・・。この選曲、アニメ好きの船員さんがいるのでしょうか・・?

2等寝台は2段ベッドが並ぶ20名定員の相部屋ですが、私の寝台は通路側の壁に面していますし、上の段も空いているようなので、ちょっとした個室感覚で利用できそうです。

上の写真の大階段がこの船の特徴ですね。
船の階段といえば、螺旋階段や踊場が付いた折返し階段が多いのですが、「すいせん」(と「すずらん」)は珍しく2つ連続した直階段を採用しています。なかなか良い雰囲気でしょう?

明日、苫小牧東港到着後は、春休み期間限定の札幌直通バスが出ているそうなので、それを利用しようと思います。

快適な航海を祈ります。

-おまけ-
今回の帰省で乗った他の船の階段たち


新日本海フェリー「あかしあ」の階段
3層吹き抜けの中に折返し階段が設置されています。


商船三井客船「にっぽん丸」の階段
スタンダードな折返し階段です。限りある船内の空間を有効に使うため、大概の船で用いられる形式ですね。


阪九フェリー「せっつ」の階段
螺旋階段ですね。


名門大洋フェリー「きたきゅうしゅう」の階段
折返し階段です。奥の壁は全面鏡になっています。

こうして比べて見ると、やはり「すいせん」の大階段の開放感は抜きん出ていますね。



ちなみに「すいせん」の階段を上から見ると、こうなっています。
床に絨毯が敷かれていたり、壁にオブジェが飾られていたりと、貨物中心の航路に就航している船の中とは思えない豪華な内装です。また、就航から15年を経ても、手入れが行き届いていて古さは全く感じません。