うちなー→えぞ日記 (もとすけのつぶやき)

奈良県出身、沖縄での学生生活を経て、北海道ライフを堪能する、
とある研究者の日常のよしなしごとの紹介。

あの日、札幌にて (2018年9月6日)後編

2019年02月28日 20時11分58秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
北海道胆振東部地震当日の備忘録の続きです。


9月6日午後5時頃、ガソリン給油を終えた私は、自宅に戻ってきました。
手稲の知人宅に滞在中、実家の父からのLINEで道内の一部地域で電気が復旧したとの知らせを聞いており、札幌市中心部に位置する我が自宅も復旧しているかも・・と仄かに期待していたのですが、実際にはまだまだ停電は続いていました。



朝からテレビを見ていなかったので、どうにかして映像情報を手に入れたいと思い、押入れから古いスマホを取り出しました。2014年発売のこのスマホ(SHARP 304SH)はスウェーデン留学やボストン出張にも持参した思い出の端末なのですが、高感度の伸縮式アンテナを備えており、単独でワンセグならぬフルセグメントの地上デジタル放送を受信・録画可能です。
車の中で少し充電してからスマホの電源を入れたところ、停電後初めて映像のニュースを見ることが出来ました。
朝の時点では最大震度は6強と報道されていましたが、厚真町で震度7が観測されていたこと、大規模な土砂崩れが起きていたこと、札幌市内でも一部地域で地盤に大きな被害が出たことなどを知りました。
また、停電はまだ道内の数パーセントの地域でしか復旧しておらず、徐々に発電所を再起動させている途上であることも報じられていました。私は全道規模の停電という第一報を聞いた際、数日間から数週間は電気が復旧しないことも想像していたため、予想よりも早い復旧スピードにむしろ驚きました。順調に行けば今夜か明日には停電から回復できると聞き、大いに希望が湧いてきました。



自宅に居ても特に出来ることも無いので、日没まで街の様子を見に出掛けることにしました。
自転車で自宅を出てものの数分、僅か300メートルのところまで来ると、電気が復旧して信号機が灯っていました。病院など、特に市民生活に特に重要な施設がある地区から順に復旧が進められたそうで、札幌市民病院がある桑園エリアはかなり早い段階で停電から復旧したようでした。
また自転車で数百メートル進むと、再び停電中の地区に入りました。



特に目的地を決めずに走っていたのですが、なんとなく人が大勢集まっていそうな大通り・すすきの方面に向かいました。



沿道のスーパーやコンビニは軒並み休業状態で、今夜のご飯については先程手稲の知人宅で頂いた食材でなんとかなりそうなものの、明日以降の食糧確保が心配になってきました。



大通公園まで来ました。午後6時を過ぎて、だいぶ日が暮れてきました。札幌市役所(写真左側のビル)は自家発電で窓に明かりが灯っていましたが、テレビ塔の電光時計が消えており、街灯も点いていないため、仄暗く感じました。
公園のベンチや芝生には観光客と思しき人々が集まっていましたが、ホテルも殆どが休業しており、行くあてが無さそうで、ただただ時間を持て余しているように見えました。



地下鉄大通駅の入り口にはこのような張り紙がされていて、シャッターが降ろされていました。
少し不安に思ったのが、先ほどの公園内にたむろしていたような観光客の多数を占めると思われる、海外からの観光客にどれくらい情報が伝わっているかでした。
地元民の我々でさえ情報不足に陥っていたところ、外国人にとってはひとたびスマホの電源が切れてしまえば、ラジオもテレビも無く、街中の張り紙も日本語でしか書かれていないため、一層状況判断が困難なのではないかと思いました。



市電西4丁目停留場交差点付近も、ほぼ全ての建物が休業しており、とても平日の午後6時頃とは思えない光景でした。



交差点に面した三越もこの日は全館で臨時休業。



狸小路のアーケードも信じられないくらい真っ暗でした。当然ながら、全ての店が休んでいました。



参考までに、停電から2日後、9月8日の狸小路の様子がこちらです。



すすきのエリアまで来ましたが、店の看板や街灯が点いていないため非常に暗く、歩いている人の視認すら難しい状況でした。
安全のため、懐中電灯やヘッドライトを点けて歩く人の姿も時折見られました。



すすきののランドマークの一つである観覧車ノルベサの辺りの様子です。ここも真っ暗でした。



そしてすすきの交差点まで来ました。この交差点だけは自家発電で信号機が灯っていましたが、有名なニッカの看板を含めて全てのネオンが消えており、いつもは気にも留めない車のヘッドライトが眩しく感じられました。
私を含めて何人もの人がこの衝撃的な光景を写真に収めていました。
それにしても異様に人通りが少なく、静かで、街全体が喪に服しているような感覚まで覚えました。



すすきのからの帰路、大通西11丁目付近を通りかかると、不思議な光景が見られました。
大通公園に沿ったエリアはご覧の通り真っ暗だったのですが、



石山通りに面した沿道は停電から復旧し、街灯が煌々と灯っていたのです。
この2枚の写真は同じ場所から撮ったのですが、如何に普段の札幌が電気に照らされていたのか実感できました。



そういえば我が職場である北海道大学には病院も併設されているので、もしかしたら優先的に電気が復旧しているかも・・と思い、数時間ぶりに様子を見にいきました。
しかし、まだ復旧はされておらず、昼間と状況は何も変わっていませんでした。内部の人に聞いたところでは、どうやら病院施設のみ先に復旧させたものの、他の各施設についてはまだ復旧の優先順位を付けている段階であり、しばらくは復旧の見込みが無いことを知りました。このとき、私は実験用に細胞を培養中でしたが、培養装置復旧の目処も立たないため、処分・廃棄することをついに覚悟しました。
この夜は学内の体育館が避難所として学生・職員向けに開放されており、学生の下宿が集まる北区や東区は地震の揺れによる被害が大きく、ここで一夜を過ごした学生さんも多かったようです。



夜8時頃、再び自宅に戻りました。
自宅の部屋の中は相変わらず電気が点きませんでしたが、幸いなことに水道とガスは停電中もずっと使用できました。水道水をガスで湧かし、夕食作りに取り掛かりました。



出来上がったのがこちらです。
手稲の知人宅で頂いたチキンラーメンに魚を載せ、卵でとじようとした一品でした。
知人には感謝してもしきれないのですが、とても残念なことに魚の小骨が思いのほか多く、ラーメンに混ぜたことを後悔しました・・。



この日の夜は、多くの時間を車の中で過ごしました。座席を倒して空を眺めていると、街明かりが少ないからか、いつもより星空が綺麗に見えました。



日付が変わり、9月7日の朝5時を過ぎても我が家の停電は復旧していませんでした。
車中でずっと過ごして体のあちこちが痛くなってきていたので、夜が明けてきたのを機に自室のベッドで横になりました。



ウトウトとしながら1時間ほど横になっていたところ、不意に部屋の灯りが点きました。
停電発生から26時間、ついに我が家も停電から復旧したのでした。

(続く)

506日ぶりの更新 その間、何があったのか・・?

2019年02月25日 21時50分03秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
皆様、こんばんは。もとすけです。
大変長らくご無沙汰しておりました。
2017年10月7日以来の更新となりますが、先ほど計算したところでは実に506日ぶりとなります。

この間、更新を妨げるような何か(病気、結婚、その他)があったかというと、そんなことはありませんでした。私は元気です。
Twitter辺りでは結構呟いていたりもしましたから、まあブログに長文を書くのが単に面倒だっただけということになるでしょうか・・。
今回更新を思い立ったのは、Google検索で長年「もとすけ」の検索結果第1位を保ってきた当ブログが、あまりにも更新しなかったために首位から陥落し、ここのところ徐々に位置が低下していたことに危機感を持ったからです。
私は毎回このブログに来る際には「もとすけ」で検索して来ておりまして、Google検索で引っ掛からなくなると来にくくなってしまいます。(お気に入りに登録すれば良いだけの話ですが)

閑話休題、506日もあれば、色々なことが起こるものです。
今回はこの無更新期間中にあった諸々について書いてみようと思います。



2017年10月、初めての総説が出版。
私は、2019年2月現在、ブログの更新停止前と変わらず北海道大学のとある顕微鏡共用施設で特任助教を務めております。一応、更新をサボっていた間に共同研究論文が2報ほど出ました。一つは琉球大学時代の古巣のボス・後輩と共著のチョウの翅模様形成プロセスを長時間タイムラプス観察で追跡した研究の話(私が観察法を確立しました)、もう一つは現職場の上司の研究室の仕事で、2光子励起蛍光顕微鏡という生体深部での観察が可能な顕微鏡の超解像化に関する研究の内容でした。2017年にはまだ論文は出ていませんでしたが、上司から総説執筆の話を頂き、医学雑誌の「生体の科学」誌の蛍光顕微鏡技術特集号にて2光子励起顕微鏡の研究トピックについて書かせていただきました。実際の執筆は2017年5月頃だったのですが、出版は10月でした。
現在、新たな共著論文が投稿準備の最終段階にあり、ちょうど明日辺りには投稿の予定です。また、職場で顕微鏡観察を支援している研究者の方々の論文も次々と論文化予定なので、今年は共著が順調に増えそうです。一方で、今年(こそ)は主著論文(私がメインに行っている超解像顕微鏡の話)も複数出すべく、研究を進めているところです・・。いずれ論文化が成った際にはこのブログでもご紹介したいと思います。



2017年10月、同じ頃、札幌時計台の2階に新たなクラーク像が爆誕しました。
主なクラーク像としては(実は北大構内だけで5体くらい有る)、北大、羊が丘についで3体目のクラーク像ですが、これまでの像に比べて若々しいハンサムな造形です。



2016年に続いてNHK紅白歌合戦を現地で鑑賞するため、この年も大量の観覧申し込み葉書を友人と協力して送りましたが、残念ながら当選ならずでした。



2017年後期から2018年前期にかけては、超解像顕微鏡(光の回折限界を超えて細かな物を観ることが出来る顕微鏡)を現職場に導入すべく、色々な手法の超解像顕微鏡を試していました。こちらはその一種の超解像法に使うために自分で組み立てたレーザーカップリング装置。この装置を使って顕微鏡にレーザーを導入し、2018年春には超解像観察に成功しました。
ちなみに今は、特殊な装置を必要としない、画像解析による超解像法にはまっていて、これから論文を書くネタもそんなお話です。



2017年の冬には縁あって、ノーベル文学賞候補にも挙がったという某SF文豪の愛車だったジープ・ラングラーに乗ったりもしました。
オートマながら、古い車ということもあって独特の運転フィーリングでした。また運転したい・・。



2017年冬から翌春にかけては古巣の研究室の後輩達の結婚式が相次ぎました。
私のことをよく理解している後輩達だったので、とても楽しかったです。



そうそう、忘れかけていましたが、2017年12月には海外の顕微鏡画像コンテストで第5位に入賞したのでした。
オランダの顕微鏡画像解析ソフトウェア会社であるSVI社主催で、同社の顕微鏡画像収差(ボケ)除去ソフト「Huygens」を用いた蛍光顕微鏡画像のコンテストでした。
私が投稿した顕微鏡動画は動画部門で1位、全体で5位に入賞し、賞状を頂きました。
参考Webサイト:Huygens Image Contest 2017
これこそブログネタにもってこいの話ですが、何故当時投稿しなかったのかは謎です。(Facebookには投稿していたのに)



明けて2018年、2月には脳科学のトレーニングコースに参加して、自分の脳をMRIで観察したりしました。
私の脳は思っていたよりは普通でした。



同月、雪まつり期間に親が札幌にやってきました。ホテルではなく我が自宅に泊まることになり、慌てて部屋を大掃除した思い出。
そしてこんなに広かったっけと驚いた思い出。こう見るとお洒落部屋に見えるのが不思議。



3月、4月には所用で実家に帰省。地元の美しい桜を堪能しました。



2018年ゴールデンウィーク、某所にてひたすらエゾリスを追いかけて連休を費やしました。



初夏には、滝川市や安平町に広大な菜の花畑を見にドライブしました。特に安平町の菜の花畑は広大で、地平線まで続く光景にうっとりしたのものでした。



7月初め、親戚の法事で熊本に行き、復興途上の熊本城も見学しました。
天守閣はだいぶ修復が進んでおり、少しずつ威容が戻りつつありました。



去年も夏シーズンには多くの花火大会を観にいきました。16ヶ所くらい観たはずですが、一番観たかった花火大会が残念なことになってしまいました(後述)。



9月1日には、東京での展示会出展出張の折に水樹奈々のライブに初参戦。猛暑の中、4時間近く立ちっぱなしでコールし続け、大興奮でした。


・・・



そして、あの日を迎えました。

長くなってきたので、今回はここまでで失礼します。
次回、あの9月の一大事について書きたいと思います。

今年も勝毎花火大会を観てきました。

2017年08月17日 00時55分22秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
ここのところスウェーデンネタをずっと書いてきましたが、久々に近況を紹介します。
先週末、8月13日日曜日に花火を観に帯広へ出掛けてきました。

ここ数年の私の趣味で、今年も夏の花火大会を巡っております。
既に今季も勝毎花火観覧前の時点で道内6箇所の花火を観ていました。


真駒内花火大会2017


第1回 えべつ花火 2017


あばしりオホーツク夏まつり花火大会


道新・UHB 豊平川花火大会


おたる潮まつり 道新納涼花火大会


銭函サンセットビーチ祭り2017 花火大会

花火大会ごとに、それぞれ違った趣があって面白いです。
しかしながら、今回鑑賞した勝毎花火大会は数ある花火大会の中でも例年最も楽しみにしている花火大会の一つです。
打ち上げ総数20000発、視界いっぱいに広がるワイドスターマインと音楽の融合が見所で、フィナーレの壮大さは変わらない一方で、毎年新しい試みを取り込んで進化を続ける花火大会です。

私は2014年に初めて観にいき、続く2015年も観覧、しかしながら去年の夏は北海道にいなかったため、観にいけませんでした。
今年は2年ぶりの観覧ということもあり、非常に人気の高い抽選販売のチケットを購入して、初めて有料席で鑑賞してきました。
過去2回は無料席から鑑賞して、それでも非常に壮大で美しい花火を楽しんだつもりでしたが、やはり有料席から観る花火は一味違いました。
以下に今回撮影した動画を紹介します。


第1部 Reunion ~再会~


第3部 JAPANEMOTION こころの和火


第3部 JAPANEMOTION フィナーレスターマイン "軌跡"


第4部 花火ファンタジアin十勝


第6部グランドフィナーレ "約束のソラ"

如何でしょうか?
文句無しで北海道で最も規模が大きく、エキサイティングな花火ショーでした。
私も北海道に住んでいる限りは、今後も毎年通いたいと思っています。

さて、すっかり花火の虜になってしまった身としては、さらに規模の大きな花火大会を観てみたいという欲望に駆られてしまいます。
花火ファンの間では「日本三大花火」と呼ばれる日本屈指の規模の花火大会があります。


長岡花火大会(新潟県、8月初め開催)


大曲の花火(秋田県、8月下旬開催)


土浦花火競技会(茨城県、10月初め開催)

の3つです。
YouTubeの動画で観てもこれだけ美しいのだから、実物は如何ばかりでしょうか。
さらに、日本三大花火以外にも大規模で凝った趣向の花火大会は数多あります。
年に1回ずつくらいは道外の大きな花火を観にいってみたいものです。

ちなみに今季の私の道内花火大会巡りの今後は、釧路の三尺玉打ち上げ(どんぱく祭り、9月)、モエレ沼芸術花火(9月)を観にいく予定です。
また良い動画が撮れたらブログでもご紹介したいと思います。

新日本海フェリー 「フェリーしらかば」

2017年04月16日 01時00分10秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
新日本海フェリー「フェリーしらかば」は先日の記事でも書いたように、日本最大トン数のカーフェリーです。
国内総トンで20,500トンあり、国際総トンに換算すると約40000トンと、そこいらの外洋航海可能なクルーズ客船顔負けの大きさを誇ります。旅客900人以上と車両300台近く(トラック186台、乗用車80台)を一度に積載可能で、近年は同型姉妹船の「フェリーあざれあ」とともに敦賀~新潟~秋田~苫小牧の現代版北前船航路に就き、日本海の物流の担い手として重要な役割を果たしてきました。
しかしながらこのフェリーしらかば、1994年就航で既に23年を経過しており、新日本海フェリーでは最古参となっていました。今年、新日本海フェリーは新潟~小樽航路に新造船2隻を投入し、これまで新潟~小樽航路に就航していた「らいらっく」「ゆうかり」が敦賀~新潟~秋田~苫小牧航路に移動してくるため、入れ替わりにフェリーあざれあとフェリーしらかばは引退する運びとなりました。
先月(3月)9日には新造船「らべんだあ」が就航してフェリーあざれあが引退、新造船2番船「(新)あざれあ」が6月末に就航予定のため、フェリーしらかばもあと2ヶ月ほどで引退の予定となっています。
間もなく引退予定の船とはいえ、新日本海フェリーの船は毎年のドック点検時に丁寧に手が加えられており、フェリーしらかばの内装も綺麗に保たれています。
省エネ化、高速化の進む昨今の日本のカーフェリー業界を見る限り、恐らく今後しばらくは2万トン超の巨大カーフェリーは現れないと思われます。今回、引退が間近に迫ったフェリーしらかばの船内を記憶に留めるため、苫小牧~秋田間に乗船してきました。



フェリーしらかば船内入口付近。
フェリーしらかばの乗下船口は3階にあります。
新日本海フェリーの船はいずれも客室部は3層構造になっていますが、「フェリーしらかば」と「らいらっく」、「ゆうかり」は1,2階が車両甲板、3,4,5階が客室と表示される一方、「はまなす」,「あかしあ」,「すずらん」,「すいせん」,「らべんだあ」は2,3階が車両甲板、4,5,6階が客室と表示されています。表示は異なるものの、前者の3階は後者の4階と同じ階のことを指しています。階数表示の違いは恐らく機関室エリアを1階とするかB階とするかの違いによるもので、元を辿れば前者の3船は石川島播磨重工(現ジャパンマリンユナイテッド)製、後者5船は三菱重工製という造船会社の差異によるものと思われます。


船内に入ると、3層吹き抜けの螺旋階段が出迎えてくれます。
省スペースながら豪華にも見えることから、一昔前のフェリーでは螺旋階段がよく見かけられましたが、最近の船だとあまり見ませんね。


5階から階段を見下ろすとこんな具合に見えます。ちょっとアナ雪っぽいです。
木材の傷みや絨毯の剥がれなどもなく、綺麗に船内が保たれていることも分かります。


3階の船首側から見た階段付近の様子です。
階段付近にはホテルのような設えの案内所カウンターがあります。
フェリーしらかばは1994年製の船ですが、設計はバブル崩壊直後の頃であり、最近の船と比べても重厚感のある少しバブリーな内装となっています。


3階ロビーの様子です。売店やゲームコーナー、ビデオルームなどの施設が周囲に集まっています。
ロビーの天井の上は吹き抜けになっており、昼間は自然光が天窓から入ります。
この吹き抜けは本船の画期的な点で、吹き抜けのおかげで4階の内側個室にも窓が設置され、外の光が差すようになっています。この船以降の現役の新日本海フェリーの船は同様の設計を取り入れています。


売店です。広さは恐らく新日本海フェリーの現役船の中で最も広いです。複数の港に寄港するため、お土産の種類も豊富です。


3階客室区画の廊下です。
内装は綺麗ですが、最近の船に比べるとやや天井が低く、通路幅も狭く感じます。


今回はツーリストB(2等寝台)を利用しました。
いわゆる二段ベッドが並んだ部屋で、上段に上るには梯子を使う必要があります。近年の船では階段で上段に上れるように工夫されており、新日本海フェリーでも「らいらっく」「ゆうかり」以降の船では改修を経て階段式に切り替えられつつあります。
なお、フェリーしらかばではツーリストJ(いわゆる雑魚寝部屋)も提供されていますが、最近の新日本海フェリーの船では雑魚寝部屋は設置されなくなっています。
なお、今回利用した寝台には充電用コンセントが設置されておらず、少々苦労しました。(最近の船だと枕もとの読書灯付近に設置されています)


4階前方フォワードサロン入口です。
フェリーしらかばでは、3階、4階の客室前方にスモーキングルームとフォワードサロンが設置されています。
残念ながら、今回の乗船時は夜間航行中で中に入ることは出来ませんでした。


新日本海フェリーHPに掲載されているフォワードサロン内の様子です。
幅、奥行きともに最近の船よりも広く、居心地の良さそうな内装ですね。さすがは2万トン超の巨大船です。


続いて4階の後方に移りまして、右舷側プロムナードの様子です。
どっしりとしたソファーが並んでいて、すわり心地は最近の船よりも快適です。通路沿いの壁には絵が飾られていて、ホテルの館内のようです。


カフェラウンジ。
4階の右舷側後方にあります。結構奥まった位置にあるため、存在に気付かない人も多いかもしれません。
昼間は喫茶や軽食をこのコーナーで提供しており、夜間も休憩スペースとして開放されています。


カフェラウンジにはステージも設けられていて、ミニコンサートなども開けるようになっています。
フェリーしらかばよりも前のバブル最盛期に造られた船では、最上階に現在の太平洋フェリーのような立派なラウンジが設けられていたのですが、フェリーしらかばではカフェコーナーと統合されて縮小されています。


続いて、4階左舷側の様子です。
この船は幅が大きく、船内に余裕があるため、左舷側にも立派なプロムナードが設けられています。
この通路沿いにはレストランとグリルが面しています。


レストラン入口です。


レストランの中はこんな感じ。
バイキング方式ではなく、レーンに並んだ惣菜から好きなものを選んで購入する方式です。
新日本海フェリーのレストランは他の船会社と比べてリーズナブルで、数百円でちゃんとした定食を食べられます。


左舷側プロムナード後方の曲がり角付近の様子です。
この辺の造りは、フェリーの中とは思えない重厚さです。古き良き・・という言葉が出てきそうです。


左舷後方には大浴場があります。この辺りの船内施設の配置は2012年に引退した(就航は1996年でフェリーしらかばより後でしたが)先代「すずらん」、「すいせん」とよく似ています。


お風呂上がりには卓球・・というわけで、風呂に隣接してスポーツルーム(卓球場)があります。フルサイズの卓球台が2卓並んでおり本格的です。なお、このエリアの窓側区画にはサウナルームがあります。バブルの名残なのか、浴室内ではなく、独立したスポーツサウナという位置付けのため水着着用の必要がありました。現在は故障中で使われていません。


スポーツルームとカフェラウンジからは後部デッキに出られます。
大きな船なので、後部デッキも広々としています。


デッキの後方にはジャグジーがあります。夏季限定で提供されていましたが、今年6月の引退までに稼動することはもう無いと思われます。この船よりも前の船では船尾にプールがあったのですが、その名残とも言える設備です。
北海道航路の夏は短く、どれくらいの人が使ったのかは分かりません。最近の船では代わりに露天風呂が浴室に導入されています。


4階後部デッキから階段を上がると、5階スポーツデッキに出ます。非常に広々としていて、フットサルくらいなら余裕で出来そうです。
フェリーしらかばより後に就航した船では後方デッキから上の甲板へは上がれないようになっており、スポーツデッキの存在も間もなく過去のものとなります。


再び船内に戻りまして、5階のシアタールーム入口の様子です。
こちらも夜間航海だったため閉鎖されていて、今回は中を見ることは出来ませんでした。


これまた新日本海フェリーHPで紹介されているシアタールームの写真です。
上述の通り、バブル時代の船では立派なラウンジが設置されていたのですが、この船ではその機能を映画上映とカフェに分け、簡素化されました。その後、フェリーの高速化で所要時間が減ったこともあり、ラウンジは設けられなくなっています。
また、高速化によるサービス効率化の一環なのか、今年就航した新造船ではシアタールームも設置されておりません。


以上、フェリーしらかばの船内を一巡りご紹介しました。
まだまだ現役で使えそうな綺麗な船内の様子がお分かりいただけたかと思います。
エンジンの震動も特に大きく感じるようなこともなく、恐らく引退後も海外のどこかで第二の人生を過ごすことと思います。(追記:インドネシアへの売船が決まっているそうです)
フェリーしらかばの今後の船歴が平穏であることを一船好きとして祈っています。

秋田弾丸旅行

2017年04月03日 20時02分35秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
3月の春分の日三連休にふと思い立ち、カーフェリーと新幹線、夜行バスを組み合わせた0泊3日の弾丸旅行に行ってきました。


3月18日夜の苫小牧発の新日本海フェリー「しらかば」に乗り、19日の朝7時半に秋田港に到着しました。
実は、今回の旅行の主な目的はこの船に乗ることだったので、既にこの時点で旅の半分は終わったようなものでしたが、帰りはフェリーが使えない(この船は苫小牧~秋田~新潟~敦賀航路に就航していて、秋田港入港の直前に入れ違いで苫小牧行きのフェリーが出航しているため、数日後の折り返し便まで船は来ません)ので、陸路で札幌まで戻らなければなりません。
今回の旅行もとりあえず船に乗ろうという感じで事前に計画を立てていなかったのですが、船の中で時刻表と睨めっこしながら考えた結果、秋田新幹線、東北新幹線、北海道新幹線を乗り継いで新函館北斗まで戻り、そこから夜行バスで札幌に戻るのが楽しそうだと思い、実行に移しました。




とりあえず、乗ってきた船の出航を見送った後、・・


フェリーターミナルの目の前にある道の駅 ポートタワー・セリオンに立ち寄りました。


なんと、ここの展望台(地上100m)は入場無料です。高いところ好きとしては登るしかありません。
こちらは展望台から南側の景色。秋田港は秋田市の中心部から北西に少し離れた土崎地区にあり、写真の奥側が秋田の中心市街方面です。


こちらは東側の展望。秋田港周辺には秋田臨海鉄道という貨物路線が走っているのですが、その留置線が一望できます。
是非ゆっくりと走行風景を撮ってみたいところですが、休日で列車は動いていなかったので、今回はパスしました。


地上に下りてきたのは9時半頃。予定通りの経路で札幌に戻るためには、10時半の電車で土崎を出る必要があります。
とはいえ小腹が空いてきたので、道の駅の名物、うどん・そばの自動販売機で朝ごはんとします。(実は船の中でも朝食を食べていましたが)


このうどんの自動販売機、NHKのドキュメンタリー番組で話題になりました。数年前の放送当時は道の駅から150mほど離れた商店の店先にあったのですが、その店の閉店を機に移設されて、現在は道の駅の館内で午前10時から午後5時まで限定で稼動しています。
この日は少し早めの、9時過ぎから稼動していました。
自動販売機のうどんと聞いてインスタント麺の様なものを想像していたのですが、なかなかに本格的なうどんで驚きました。
麺は地元の製麺所のものを使っており、注文ボタンを押してから僅か25秒で出てくるにもかかわらず、程よく茹で上がっていました。


秋田港エリアから歩いて30分ほどで土崎駅に到着。ここから電車で一駅、7km離れた秋田駅に向かいました。


秋田駅のみどりの窓口で今日の切符を手配し、秋田新幹線こまち18号に乗車。


約50分乗車の後、角館で途中下車。次のこまちが来るまでの1時間で適当に観光することにします。


タクシーで2kmほど離れた旧市街に移動しました。ここは一度訪ねてみたかった、江戸時代の武家屋敷が多く残るエリアです。


タクシー降車場所の目の前が角館で最も古く、現在も子孫の方が住まわれているという「石黒家」のお屋敷でした。
手短に見学できるという看板が出ていたので、早速入ってみました。


中はこんな感じです。玄関は3ヶ所に分かれていて、これは正面右手にある玄関から入ったところです。この玄関は主に家の主人が使ったそうで、お殿様が来られる際には正面玄関が使われ、女性陣は勝手口から出入りしていたとのこと。
障子で閉め切られた奥側の部屋は、現在も住まいとして使われているそうです。


こちらはお殿様用のお座敷です。石黒家は代々佐竹北家に仕え、家老に準ずる家柄で財用役や勘定役を務めていたとのこと。


座敷の欄間には透かし彫りが施されており、隣室の灯りに照らされて影絵が壁や天井に映し出されて楽しめるようになっています。


3月ということで、昔のお雛様が展示されていました。


屋敷の奥にある蔵も公開されていました。石黒家は江戸時代後半には私塾を開いていたそうで、貴重な書物が保管されていた文庫蔵は立派な構えです。



こちらはレプリカですが、石黒家の蔵には「解体新書」の初版本も保管されていたそうです。
石黒家は角館の財政を取り仕切っていましたが、医学にも秀でており、解体新書や各種医学書を揃えて学び、教えていたとのこと。
ちなみに、解体新書の挿絵を描いた小田野直武は角館出身の武士です。


展示に見入っている間に時間は過ぎ、次の電車まで残り20分ほどとなってしまいました。
帰りもタクシーで駅に向かうつもりが、なかなかタクシーが来ず、結局徒歩で角館駅まで急ぎました。
次の列車にしようかと考えながらも2kmの道のりを小走りで駆け抜け、なんとかこまち20号に間に合いました。


再び50分ほどの乗車を経て、東北新幹線との結節点、盛岡駅に着きました。


盛岡では2時間弱の乗り換え時間を確保し、昼ごはんを食べに駅前のお店に入りました。


ここで人生初のわんこそばを食べました。
高校時代にわんこそばを食べに盛岡に鉄道旅行する計画を立てたものの、結局叶わなかったとき以来の念願でした。
「はいドンドン」、「はいジャンジャン」といった掛け声とともに店員さんが蕎麦を注いでくれるのですが、一人で入店した場合は付きっ切きりになるので、団体で食べるときよりも一層慌しく食べることになります。
15杯で盛り蕎麦1枚分とのことでしたが、100杯以上完食で貰える記念手形のため、気合を入れて食べ続け、なんとか101杯食べきりました。


膨らんだお腹を抱えながら、盛岡から東北新幹線はやぶさ21号に乗って青森に移動しました。


こちらも以前から行ってみたかった、青森駅前にある「ねぶたの家 ワ・ラッセ」を見学。
18時までの営業でしたが、17時過ぎに着いて十分鑑賞できました。


やっぱりねぶたは良いですねぇ。また祭りの時期に見にきたいものです。

その後、青森市内の銭湯で旅の疲れを癒し、再び新幹線に乗りました。


この旅のクライマックス、北海道新幹線です。
去年3月の営業開始以来乗りたいと思っていましたが、やっと叶いました。


運良くJR北海道のH5系編成に乗れました。北海道と隼を組み合わせたロゴマークが格好良いです。


車内はほぼJR東日本のE5系と同様の造りです。


窓の日除けにアクセントとしてアイヌ紋様が描かれており、北海道らしいです。

新青森出発から僅か10分少々で青函トンネルに入りました。
青函トンネル内のレールは50km以上にわたって継ぎ目が無く、新幹線の優れたサスペンションと相まって、非常に乗り心地が良かったです。


これだけ乗り心地が良いのなら、ひょっとしてコインが立つのでは?と思い、試してみたら、本当に立ったので心底驚きました。
今回はこの状態で数分間は立っていましたが、青函トンネルの入り口からもし試していたら、もっと長い記録が出たかもしれません。


新青森から1時間ほどで新函館北斗駅に到着。本当に速いですね。


格好良いH5系とE5系の並びも撮れました。
北海道新幹線が札幌まで延伸開業されれば、ここからさらに1時間弱で札幌に帰れるようになります。


新函館北斗の駅舎です。駅前広場に隣接してホテルが建っています。


しかし、駅の正面にはレンタカーの営業所が数店並んでいるだけで、コンビニすらありません・・(最寄のセイコーマートは1km先)。
新函館北斗駅は函館市街から離れており、駅周辺の開発はまだまだこれからという感じです。
札幌行き夜行バスが来るまで、2時間以上もここで待たなければなりませんでした。


午前0時半に夜行バスが来ました。やっと落ち着けます。


5時間の走行を経て、三連休最終日(月曜)の朝に札幌に帰着しました。
夜行バスは中山峠経由かと思っていましたが、ずっと道央道を走っていました。

土曜の夜に札幌を出発して約36時間、なかなかに濃密な弾丸旅行となりました。

新日本海フェリー ペイントイラスト船団完成

2017年03月27日 07時52分44秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
この度、新日本海フェリー「らべんだあ」のペイントイラストが完成しました。
「らべんだあ」は3月9日に新潟~小樽航路に就航したばかりの新造船です。
三菱重工下関造船所製で、最近の三菱船で徐々に取り入れられてきている「垂直船首」形状が特徴的です。

これで新日本海フェリーの現有船団の型式全てをコンプリートできました。



というわけで、1994年以降就航した新日本海フェリーの船の一覧です。
上から2つ目の「すずらん(先代)」「すいせん(先代)」以外が現役で就航していますが、先日の記事でも書いたとおり、「フェリーあざれあ」「フェリーしらかば」は今年新造船「らべんだあ」「あざれあ」に置き換わります。これで、新日本海フェリーの船団は全て21世紀生まれに揃うことになります。

それにしても、これだけ集まると迫力がありますねぇ・・。
(週末を実験とこのイラスト製作に費やした甲斐がありました)

久しぶりにペイントで船の横面図を描いてみた

2017年03月22日 22時50分43秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
先週末の三連休に新日本海フェリー「しらかば」に乗ってきました。
「しらかば」はフェリー好きの間では有名な、日本最大トン数を誇るカーフェリーです。
詳しい乗船記についてはまた後日上げるつもりですが、今回はその「しらかば」のイラストをペイントで描いてみました。
製作時間は約2時間です。

以前、新日本海フェリーの新造船(現在 苫小牧~敦賀航路に就航している「すずらん」・「すいせん」)ネタを投稿した際にイラストをアップしたことがありましたが、ペイントを使った船のイラスト作りは私の密かな趣味の一つです。古くは小学校の頃から船のイラストを描いていました。
以前はフリーハンドで描いていたのですが、今はより精密にするため、写真をなぞって描いています。フォトショップやらイラストレーターを使わずに、あえてペイントで描くのは、ドット単位で描くのが楽しいからです。

実は、この船のイラスト、私の知らぬ間にとある場所で使われていました。


こちらは新日本海フェリーの「すいせん」です。これまでに3回乗船しています。
(実は去年、三重の実家に引き揚げる際と、札幌に戻ってくる際にもこの船を使いました)


で、これは「すいせん」の船内案内所前にあるタッチ式の案内端末です。
船内の各施設の案内や、船着き場からの交通情報などが見られます。
この端末の船内配置図のページが・・・、


こちらです。
あれ・・?どこかで見たようなイラストですね。


ちなみに、これはこのブログの2012年1月29日の記事で紹介した自作のイラストです。
・・・完全に一致!
ちなみに船の就航は2012年の6月ですから、このブログ記事投稿の後になります。

というわけで、なんと私が趣味で描いたイラストが知らぬ間に実際の船の中で使われていたのです。
多分、ネットで「新日本海フェリー 新造船」で画像検索するとこのイラストがかなり上位に表示される(2017年3月22日現在でも上から8件目に表示されます)ので、案内端末のソフトウェア製作担当の方が「えいっ」とこっそりコピーして使ったものと思われます。
この件については2013年に乗船した際に初めて気付いたのですが、実はまだ新日本海フェリーの方には伝えていません。
伝えた後に万が一撤去されてしまったら、それはそれで少々寂しい気もしますので・・。船好きの一人としては、自分に関係する物が毎日海の上を行き来していると思うだけで嬉しかったりするわけです。

さて、話を今回のフェリー「しらかば」のイラストに戻します。
せっかくなので、既存のイラストと並べて比較してみましょう。



イラストの縮尺は全て揃えてあります。
上から順番に、新日本海フェリーの「しらかば」、「すずらん(旧)」、「あかしあ」、「すずらん(新)」、太平洋フェリー「いしかり」、渡嘉敷村営フェリー「けらま」です。
この中で、最もトン数、つまり容積が大きいのが「しらかば」で、20,563国内総トンです。それに対して、最も小さな「けらま」は499トンです。「けらま」も600人近い人間と数十台の車を載せられるれっきとしたカーフェリーなのですが、「しらかば」と比べると大人と子供以上の差があります。
ちなみに新日本海フェリーの「すずらん(新)」(とその姉妹船「すいせん」)、「あかしあ」(と姉妹船「はまなす」)はそれぞれ全長224.5mあり、日本で最も長いカーフェリーです。ただし、全幅は26mで、「しらかば」の29.5mよりもかなり細身のため、総トン数は17000トン程度となっています。

新日本海フェリーは日本海の荒波に耐えるため、船を更新するごとに大型化し続けてきましたが、「しらかば」をピークとして、近年は所要時間短縮のためスリムな船型のフェリーを多く投入しています。実は「しらかば」は今年6月で引退予定でして、同型の姉妹船「あざれあ」はこの3月に新造船「らべんだあ」(14,400トン)と入れ替わりで既に引退してしまいました。そもそも、今回「しらかば」に乗船したのも、最後に日本最大カーフェリーに乗っておこうと思ったからでした。「しらかば」が引退すると、新日本海フェリーで最大の船は「らいらっく」・「ゆうかり」姉妹(18,229トン)になります。
「らいらっく」姉妹と新造船「らべんだあ」についても、近々イラストを作製したいと思っています。

それではまた・・

-追記-
3/26

製作時期が一つだけ古かった「すずらん(旧)」のイラストを少し改修し、より精密に仕上げました。
また、「らいらっく」のイラストも新たに作製しました。
これで、あとは新造船「らべんだあ」のイラストを作れば新日本海フェリーは全タイプ揃うことになります。

ブログ更新再開のお知らせ

2017年03月21日 19時20分23秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
大変ご無沙汰しております、もとすけです。
まるまる1年間、ブログの更新を怠ってしまいました・・
サボっている間にも閲覧回数は14万回も伸びておりまして、そろそろ新しい記事を投稿しなければ・・と思いつつも、ここまで間があくと何かしらインパクトのあるイベントでもなければ易々と復活出来ないぞと逡巡していたら、1年間も経ってしまいました。
時折見にきていただいていた皆様、本当に申し訳ありません。そして、まことにありがとうございます。

この1年間にあったことを簡潔にまとめますと、去年3月に博士号を取得した後、一度札幌を引き揚げて三重の実家に引越し、愛知県の医学研究所にて短期勤務、それと並行して研究職への就職活動を進め、無事に北海道大学にて職を得て9月に札幌に戻り、慌しい日々を送って今に至る・・という感じです。実際には諸々山あり谷ありでしたが、ようは一時的に本州民になった後、再び北の大地に戻ってきたというわけです。(本州の夏は暑かったなぁ)
現職は北海道大学のとある顕微鏡共用利用施設のマネージャー業務を主な任務とする博士研究員で、新年度4月からは特任助教に昇任することが先日決まりました。去年の春の時点では関西の研究所か大学での博士研究員を志望していたため、まさか僅か半年弱で札幌に戻ってくるとは思っていませんでしたが、結果として当初の予想よりも良い職に就けたので結果オーライです。

この1年間の間にgooブログの仕様も改善されたようで、以前は画像編集ソフト等で予め画像の大きさを表示サイズに揃える必要があったところ、未編集のまま画像を投稿できるようになりました。FacebookやTwitterなどでは遥か昔から対応していたことで、ブログ更新頻度が減った主な理由だったりもするのですが、ついに対応してくれたことに感謝です。

というわけで、今後は毎日とはまいりませんが、そこそこの頻度でブログの更新を行っていきたいと思います。
改めまして、皆様、これからも拙ブログをどうぞよろしくお願いいたします。

祝!! 閲覧数100万回突破!

2016年03月01日 13時23分34秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
ご無沙汰しております。久々の更新です。
昨日、2月29日に本ブログの閲覧回数が100万回を突破いたしました。
ブログ開設から10年、ついにこの大台に到達したかと感無量です。


実は私は現在、スウェーデンはストックホルムに滞在中です。
色々と書きたいことは山ほどあるのですが、なかなか時間が取れずにいます。
時間が出来次第、また更新したいと思います。
ブログをご覧頂いているかたには、日頃のご愛顧について、厚く御礼申し上げます。
どうぞこれからも拙ブログをよろしくお願いいたします。

祝!札幌市電ループ化完成 (都心線開業)

2015年12月23日 14時24分29秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
12月20日、ついに札幌市電のループ化工事区間が開通しました。
この日の始発から、札幌市電は環状運転が開始され、これまでと大きく運行体系が変わりました。
当ブログでは7月から工事の様子を追跡してきましたが、今回はついに完成したその全貌をご紹介したいと思います。

工事中の様子は以下のリンクをご参照ください。
7月の様子
9月の様子
10月の様子
11月の様子



本格運行開始の前日、19日には新線区間の開業式典が開かれました。
西4丁目停留場前交差点で午後2時40分に一番電車の出発式が行われました。
私はこの日初めて知りましたが、ループ化新線区間の名称は「都心線」になったそうです。


こちらがその一番電車の出発の様子です。新型低床電車ポラリスが先陣を切って出発していきました。
乗客は地元の小学生でした。このあと、二番から六番電車までが続いて新線区間を走行しました。なお、五番、六番電車は当日抽選で当たった市民が試乗できたのですが、私は残念ながらはずれてしまいました。


開業式典の前には、駅前通りを歩行者天国にして市電のPRイベントが開催されました。
新旧4編成の車両が駅前通りに展示され、なかなかに壮観でした。
多分これから先、こんな光景はまず見られないと思います。


レトロな旧市電塗装のこの車両は、札幌市電が誇るレトロ電車M101です。以前に大学の鉄道研究会の忘年会で貸切運行してもらったこともある思い出の車両です。もっと古い他の車両たちが次々に改修を受けていくなか、この車両は同型車両が無かったために改修が遅れ、気が付けば昔の市電の姿を色濃く残す唯一の車両になっていたのでした。今ではレトロ電車として人気の車両となっています。
今年になって方向幕がLED化されてしまい、頭の上だけレトロで無くなってしまいました・・。


雪ミク電車2016。さっぽろ雪まつりの雪ミク企画の一環として運行されている特別電車です。毎年テーマが変わるのですが、今年はスノースポーツがテーマのようです。


側面はこんな感じ。今年の雪ミク電車はデザインが洗練されていて、一見すると"痛電車"に見えません。


拡大するとこのように、ちゃんと雪ミクが描かれています。


コカ・コーラクリスマスCMラッピング電車。実は先ほどのM101よりも古い形式の車両ですが、こちらはど派手なラッピングが施されています。この日は図書電車と称して、市電沿線にある中央図書館によるイベントが車内で行われていました。


西4丁目停留場の内回りホームには新型低床電車A1200形ポラリスが停まり、新しいホームの使い勝手をアピールしていました。


今回の新線区間では線路が歩道のすぐ傍に敷かれており、歩行者がより気軽に市電に乗れるように設計されています。新しい西4丁目停留場内回りホームも、歩道側から車内まで殆ど段差無しで乗り降りできるようになっていることが分かります。


こちらは西4丁目停留場の外回り線ホーム。こちらのホームもついに設備が完成していました。


停留場の壁面にはこのような情報モニターが設置されています。
このモニター、既存の停留場にも追加設置されており、昭和の香りが強かった市電が一気に現代的になりました。


モニター上には現在の市電車両の位置が表示されており、低床車両かどうかも一目で判るようになっています。多言語表示に対応しているので、海外からの観光客にも優しくなりました。


西4丁目停留場に停車中の折り返し電車。環状運転が本格的に始まると、「西4丁目―すすきの」の表示は見られなくなるので、19日にしっかりと撮っておきました。


ちなみに翌20日に撮影した市電車両の写真がこちら。行き先表示は「内回り循環」又は「外回り循環」に変わりました。


ついでなので19日に撮影した他の新設停留場の様子もご紹介します。
こちらは外回り線の狸小路停留場。前回見たときにはなかった、ホーム開口部の風除けのガラスが設置されていました。これまた格好良い出来です。2、3年前までは考えられなかった近未来的な札幌市電の姿がここに出来上がりました。


こちらは19日のすすきの停留場の様子。外装の仕上げも終わり、スタイリッシュなホームが完成しました。


ホームは他の停留場よりもかなり余裕のある作りです。


この日の終電までで役目を終えた、仮設のすすきの停留場。翌日にはホームなども完全に撤去されていました。


翌20日、本格運行を開始した市電に早速乗ってきました。


新線区間の前面展望動画も撮りました。
さすがに初日だけあって、車内も沿線も混雑していました。
つい半年前までは線路の影も形も無かった場所を、電車で走っていると思うと感慨深かったです。

ついに完成した札幌市電のループ化、間違いなく新しい風を市電に吹き込んでくれることと思います。
札幌市電にはさらにいくつかの延伸構想も存在しており、今後の展開が楽しみな今日この頃です。
市電は一回の乗車につき運賃170円で、土日にはどサンこパス(一日乗り放題)310円が使えるため、暇なときに一周約1時間の環状線をぐるぐる回るのも楽しいでしょうね。

札幌のクリスマスイルミネーション1 サッポロファクトリー

2015年11月25日 22時01分11秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
先週末の連休中に札幌市内のクリスマスイルミネーションを見てまわってきました。
今回ご紹介するのは、札幌市中心部の東に位置するショッピングモール、サッポロファクトリーのジャンボクリスマスツリーです。


十勝の広尾町にある広尾サンタランドから寄贈されたトドマツ(高さ15m)が3万個もの電飾で飾り付けられています。


広尾サンタランドのサンタの家


広尾サンタランドはこんな場所です。去年のクリスマスに行きました。
サンタのふるさとの一つであるノルウェーのオスロ市と気候や立地(海に面しています)が似ているため、オスロ市公認のもとサンタランドを名乗っています。
鉄道好きならば、昔の国鉄広尾線(「愛の国から幸福へ」で有名な幸福駅のあった路線)の終着地としても知られる町です。
サッポロファクトリーのクリスマスツリーはここから届けられています。

サッポロファクトリーではクリスマスに合わせて、館内のあちこちでイルミネーションが施されています。


レンガ館の玄関前も綺麗に電飾が施されていますし、


昔のサッポロビールの工場煙突には巨大なサンタさんが登っている様子が見られます。


なかなかユーモラスです。


そのイルミネーションの目玉であるジャンボクリスマスツリーは2条館と3条館の間のアトリウムに設置されています。
天井照明もツリーの照明と連動して色が変わるので、とても雰囲気が感じられます。


ツリーの電飾は一定時間ごとに変化するので、見ていて飽きません。(この日は3時間ほど居座って眺めました)


16時から22時までの毎正時には約5分間にわたるライトアップショーが行われます。
クリスマスソングに合わせて点滅しながら変化する様子は、実に見事です。

実はサッポロファクトリーのクリスマスツリーは今回初めて見にいったのですが、これだけ立派なツリーを見ていなかったとは、今まで勿体ないことをしていたと思いました。

札幌市電ループ化工事 試運転の様子の動画

2015年11月23日 18時20分17秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
前回の記事で上げた動画は手持ちで撮影していたので、少々手振れがきになっていました。
土日も試運転が行われていると聞き、三連休の間に試運転の様子を改めて撮影してきました。



すすきの交差点に面したマクドナルドの2階が、交差点を曲がる電車を眺められる特等席でした。

札幌市電ループ化工事進行中!!!! 15.11.12現在の状況

2015年11月13日 12時39分59秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
当ブログで7月から続けてご紹介している札幌市電ループ化工事ですが、ついにすすきの停留場~西4丁目間の線路が繋がり、今月11日から本格的に試運転が始まりました!

7月の様子はこちら、9月の様子はこちらの記事、10月の様子はこちらの記事をご参照ください。

道内のテレビニュースで札幌市電ループ化延伸区間の試運転が開始されたと聞き、早速様子を見てきました。


西4丁目停留場前の交差点です。
仮舗装ではありますが、外回りの線路の敷設と架線の設置は終わっていました。さらに、交差点の信号に路面電車専用のものが追加されていました。


一般の歩行者や車の運転者向けに、注意を促す看板も設置されていました。


西4丁目停留場では新設ホームの使用が開始されていました。
このホームは、ループ化工事完成後は外回り線(狸小路・すすきの方面)専用ホームとして使われますが、現在は西4丁目停留場で折り返し運転しているため、乗り場専用ホームとして使われています(西側に数十メートル離れた場所に仮設の降り場専用ホームがあります)。
10月の時点では内回り線路の上に仮設の乗り場ホームが設置されていましたが、試運転開始にともなって撤去されたようです。


西4丁目停留場内回り線ホーム。
仮囲いは取り払われていて、床下のロードヒーティング設置工事が行われていました。
当然ながら、こちらはまだ使用は始まっていませんでした。


狸小路停留場外回り線ホーム。
ドンキホーテの前にあります。ほぼ内装工事も終わり、あとは駅名板などを付ければ完成という状態になっていました。


歩道との境には車止めのポールが設置されています。


こちらは狸小路停留場の内回り線ホーム。
鉄筋コンクリートの立派な造りですが、思っていたよりも開放感があって、風景に溶け込んでいます。


すすきの停留場の様子。
先月からの変化は少ないですが、ちょうど上屋の屋根の取り付け工事が行われていました。


すすきの交差点の様子。
こちらも線路、架線ともに設置が完了し、いつでも電車が走れるようになっていました。例のレトロな架線柱の前にあったバリケードも移動していて、試運転に備えられています。

この日は午後2時過ぎに見にいったのですが、この時点では試運転の様子は見られませんでした。軌道の警備に立っていた人に尋ねたところ、午前中は30分に1回くらいの間隔で試運転列車が来ていたが、午後はまだ見ていないとのこと。多分昼休みなのだろうと思い、しばらく待つことにしました。


すると、来ました来ました。
西4丁目停留場方面から試運転電車が入線してきました(これは入線後、折り返して内回り線ホームに移動してから撮った写真です)。
すすきの停留場の西側にはバリケードが設置されており、どうやら試運転は西4丁目停留場からすすきの停留場までの往復で行われているようです。電車は3300形という、札幌市電では標準的なタイプの車両が使われていました。


というわけで、動画で試運転の様子をご覧ください。
すすきの停留場~駅前通り~狸小路停留場(内回り)~西4丁目停留場~狸小路停留場(外回り)~すすきの停留場の往復の様子を撮影しました。


狸小路停留場に停車中。数ヶ月前には影も形も無かった場所を電車が走っていると思うと、なかなか感慨深いものがあります。


電車が停車中のホームの様子。既存の停留場は道路の真ん中に作られているため、歩行者から見ると遠くを電車が走っている印象でしたが、今回新設された停留場では歩道のすぐそばに電車が停まるため、バスのように気軽に乗車できそうな雰囲気がします。


再び試運転電車がすすきの停留場に戻ってきました。


一通り試運転の様子を撮り終え、帰ろうとしたところ、超低床電車A1200形「ポラリス」も試運転にやってきました!
一昨年から去年にかけて3編成が導入された最新型の形式で、既存の車両と比べてかなり近代的な作りです。この車両の導入も札幌市電の活性化策の一つと位置づけられています。


駅前通りを進むA1200形「ポラリス」。まさに市電ループ化のイメージ通りの構図です。
いよいよ来月20日の開業まで1ヶ月少々に迫り、工事の完成が見えてきました。


試運転の様子を見る限り、車の渋滞などは見られませんでした。ただ、西4丁目停留場前交差点がスクランブル交差点となっており、路面電車用信号が歩行者用信号の次に変わるため、歩行者用信号で渡りきれなかったお年寄りの方が路面電車の進行の妨げになる様子が時折見られました。今後は歩行者と電車がいかに安全に住み分けるかが課題かなと感じました。

札幌市電ループ化工事進行中!!! 15.10.25現在の状況

2015年10月25日 20時09分57秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
今回は札幌市電ループ化工事の最新の状況を紹介します。
7月の様子はこちら、9月の様子はこちらの記事をご参照ください。

今日はすすきのにランチを食べにいったのですが、そこでふと目にしたすすきの停留場の工事現場の様子が一変していたので、撮影してきました。


すすきの停留場の工事現場の様子。
おっと!?工事前の停留場の東西に設置されていたレトロな門形架線柱が復活しています!
単線幅しかない架線柱だったため、複線化されれば復活はしないものと思っていたので驚きました。


停留場構内からすすきの交差点を見た様子。
先ほどの写真とは反対側から見てみると、今回復活した架線柱は、内回り線が分岐した後の、外回り線のすすきの交差点カーブ入り口に設置されていることが分かります。
すすきの交差点の停留場前横断歩道の東側に当たります。以前の架線柱は西側に設置されていましたが、元の場所だと内回り線の電車に干渉してしまうので、場所が変わったものと思われます。
また、この写真をよく見ると、線路上空に架線が設置されています。これもこの1ヶ月の進展ですね。


こちらが工事前の架線柱の様子です。
よく見ると、復活した架線柱と微妙にデザインが違っています。恐らく同じような構造で新たに作り直したのでしょうね。
以前の停留場のイメージをしっかりと残すところに、札幌市の市電への思い入れが感じられます。


こちらはすすきの停留場ホームの様子。
9月時点では基礎工事が行われていましたが、今回ホームがかなり出来上がっていました。上屋は多分西4丁目停留場の外回りホームと同じ構造になるみたいですね。


西から見たすすきの停留場の様子。停留場構内の設備もだいぶ整えられてきて、かなり完成に近付きました。
以前には無かった待避線も設けられており、より柔軟な運用が可能になるようです。


こちらは現在も使用中のすすきの仮停留場。工事完成までもうしばらく使われる予定です。
ん?なにやら奥の方に見慣れぬ形をした黄色い電車が写っていますね。


あれはもしや?


追いかけて撮ってきました。
札幌市電の名物電車、ササラ電車です。車両の前後に竹製の除雪装置が付いており、積雪時に線路の除雪に活躍する電車です。
実は、今日の札幌は今年一番の冷え込みで、平地でも薄っすらと雪が積もりました。市電の軌道上にも少し雪が積もっていたので、早速ササラ電車が出動したものと思われます。
ササラで雪かきしている様子も見られたので、恐らく今年初めての本出動だと思います。


閑話休題、市電ループ化工事の様子の紹介に戻ります。
駅前通りの狸小路停留場付近では軌道周辺のロードヒーティング装置の設置工事が行われていました。てっきり昨年度に行われたものと思っていたのですが、それは準備工事で、これが本設の工事なのかもしれません。
今回の市電ループ化では、駅前通りの歩道沿いに軌道を設置して乗降の利便性を向上させることが計画の目玉の一つになっているのですが、それもこのロードヒーティングのおかげといえます。通常、除雪時には雪山が道路の左右に出来てしまい、車道と歩道が分離されてしまうのですが、ロードヒーティングで軌道上の雪を溶かすことで、雪山の問題が解決されたそうです。


狸小路停留場(内回り線ホーム)の様子。
ホームの建物には大きな変化はありませんでしたが、この1ヶ月の間に内回り線路についても全線で敷設が完了し、ホーム前に線路がお目見えしていました。


西4丁目停留場内回り線ホームの様子。上の写真の建物とそっくりですが、違う駅です。
9月の時点では土台しか出来ていませんでしたが、この1ヶ月で上屋が姿を現していました。
デザインは狸小路停留場と揃えられています。西4丁目停留場の外回りホームとデザインを揃えるものと思っていたので少し意外でした。


西4丁目停留場内回り線ホームは駅前通りの地下街「ポールタウン」の出入り口に隣接しており、雨の日などでも濡れずに移動できそうです。


西4丁目停留場外回り線ホームの様子。
こちらは元の停留場のホームの位置に建設されています。こちらも、外装パネルが取り付けられて完成に近付きつつあります。

という感じで、順調に工事は進んでいるようです。
開業は今年12月下旬の予定で、あと2ヶ月ほどで狸小路前を市電が走る様子が見られるようになります。

オリオン座流星群2015

2015年10月22日 23時40分43秒 | えぞ日記(北海道編)・・日常
昨日の夜から今朝にかけて、オリオン座流星群がピークを迎えました。
私も未明に札幌市郊外の定山渓ダムの展望台で観察してきました。


今朝は札幌の市街地で4℃まで気温が下がりました。定山渓では気温は0℃以下まで下がり、スキーウェアを着て寒さに耐えながらの星空観察でした。
時折雲のかかる天候でしたが、気温が低いのでとても澄み切った星空を眺めることができました。


星座の形がよく分からなくなるくらい多くの星が写っていますが、なんとか判別できた星を書き込んでみました。
オリオン座のベテルギウスを中心に、いわゆる冬のダイヤモンド(六角形)の星星が写っています。
これでも十分綺麗な星空ですが、まだ町明かりの影響が強いので、もっと田舎の方に行けばさらに綺麗な星空が見えるはずです。


さて、2時間半ほど観察し続けた結果、流れ星は5つほど視認できました。
写真に写っていた流れ星では、これが一つ目です。かなり小さな流れ星でした。


こちらは明るさは控えめですが、かなり長い光跡が見られた流れ星。


そして冒頭でも紹介したオリオン座のすぐ横を流れた流れ星。今夜はこれが一番綺麗な写真でした。


写真を見返していて、一瞬「流れ星かな?」と思ったのがこちらの写真。はっきりと光跡が写っています。
しかし、この前後の写真にも連続してこの光跡は写っていました。調べてみたところ、この時間にシーサットという人工衛星が上空を通過したそうで、その光跡だったようです。

これまで流れ星は2回しか撮影に成功していませんでしたが、今回はISO感度を高めてトライして、複数枚の撮影に成功しました。
今後ももっと綺麗に撮れるように、挑み続けたいと思います。