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高千穂・阿蘇1泊旅行③(完)〔阿蘇編〕

2021年02月09日 | 旅行記

今日は、阿蘇を巡ります。南阿蘇エリアから中岳の火口、草千里ヶ浜、米塚など、これまで訪ねていなかったスポットに行ってみる計画です。

が、まずは、高千穂の絶景スポット「国見ケ丘」へ。

(「神仙」から10分弱です。)

国見ケ丘は標高513m。東に五ヶ瀬川に沿って広がる高千穂盆地、西に阿蘇外輪山や涅槃像に例えられる阿蘇五岳、北に標高1757mの祖母山連峰、南に霊峰「二上山」に続く椎葉の山々を一望できる絶景スポットです。

高千穂盆地。

(絶景です。)

阿蘇涅槃像。

(手前に見える橋は、昨日高千穂峡で見た「高千穂三橋」の神都高千穂大橋。)

祖母山連峰や椎葉の山々の方角にも絶景が広がっていました。

まさに360度の視界で❝国❞を見渡すことができる丘です。神武天皇の孫に当たる建磐龍命(たていわたつのみこと)が 九州統治の際に立ち寄って国見をしたという伝説が残るのも分かる気がします。

国見ケ丘でひときわ目を引く大きな像は、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)と大鉗(おおくわ)・小鉗(おくわ)の像です。

(麦焼酎「ひむかのくろうま」が有名な「神楽酒造」の初代社長の寄贈。像の大きさは4.8m!)

この像の故事を調べてみました。・・・天照大御神の命令で地上界(二上の峰)に降り立った瓊瓊杵尊だったが、辺りは暗く何も見えず立ち往生していたところ、地元の豪族の大鉗・小鉗と名乗る2人が現われ、「尊がお持ちになっている稲穂から籾を取り、四方に撒けば、きっと晴れ渡るでしょう。」と言い、瓊瓊杵尊がその通りにやってみると、空が明るくなり、日と月が輝き始めた。これに因んで、この地を「高千穂」と名付けた。・・・とのことです。

高千穂の最後の訪問地で、その名の由来となる神話を知ることができて、旅のいい締め括りとなりました。

 

国見ケ丘の駐車場に「中畑神社遥拝宮はこちら」と、更に上って行く道の案内が出ていましたので、せっかくなので行ってみました。

実り多き高千穂の旅だったことへの感謝のお参りをさせていただきました。

(中には入れませんでしたが、夜神楽の彫り物が吊るされていました。)

 

さて、これで高千穂エリアとはお別れです。

阿蘇中岳第1火口までの道中、「草部吉見神社」、「阿蘇くじゅう国立公園高森展望所」、「阿蘇大御神御足跡石」に立ち寄ります。

「草部(くさかべ)吉見神社」です。

鳥居よりも社殿が下にある珍しい神社を「下り宮」と言いますが、草部吉見神社は「日本三大下り宮」の1つ。(あとの2つは、宮崎県「鵜戸神宮」、群馬県「貫前神社」。)

(かなりの下がりっぷりです。)

石段は130段で、途中、踊り場のようになっている所があります。そこからの写真です。

(ちょうど半分くらいでしょうか。)

下がり切りました。(帰りは上らないといけない、、、。(笑))

振り返って見ると(見上げてみると)こんな感じです。

(踊り場から先が見えないので、そんなに下がっていないように見えますが、相当なものです。)

草部吉見神社は、神武天皇の第一皇子、日子八井命(ひこやいのみこと)他、12柱をお祀りしています。創建は阿蘇神社よりも古いそうです。

神武天皇東征の時、日子八井命は、高千穂から当地に入り、住民を苦しめていた大蛇を征伐しました。大蛇の棲んでいた「吉ノ池」を埋め立て、1日にして宮居を建設。屋根や壁を草で葺いたことから、この地を「草壁」と言い、後に「草部」に改めた、とのことです。

お参りさせていただき、書き置き(印刷ではありません)の御朱印をいただきました。

(日付は自分で書き入れるパターンです。)

拝殿横に置かれている牛。

(かなりの完成度。)

背中にねずみが乗っていますので、干支の交替という意味合いなのかもしれませんが、草部地区には「牛神」という地名が残っているそうで(丘の上に祠もあるそうです)、この完成度を見ると、何だかそのことと無関係とは思えません。

社殿の裏手には御神木の大杉(幹回り7.7m、樹高40m超、樹齢1000年)が鎮座し、その横には「御神木の枝」がお祀りしてあり、巨樹の迫力を間近に感じることができます。

(右に少し写っているのが御神木です。)

境内から見下ろすことができるこの池は「潮井社龍神池」と言い、日子八井命が大蛇を切った時に流れ出た血でできたとか。

(池のほとりに「不老長寿の長命水」(写真右端に写っています)という湧き水が出ていて飲めるそうですが、この池の由来を聞くと、、、。)

高千穂エリアを出て既に阿蘇エリアに入っていますが、このあたりはまだ高千穂の神話のテリトリーということが分かりました。(草部吉見神社の住所は阿蘇郡高森町草部です。)

石段をぜいぜい息を切らして上り切ってふと灯籠を見ると、「天保十四年」(1834年)!

昔から地元の信仰篤い神社なのですね。

 

少し車で走って、いくつかトンネルを抜けましたので、そろそろ阿蘇の外輪山に入って来たでしょうか。

高森展望所というマイナースポットです。

トンネル続きの道路際にある展望所なので停まる車もいませんが、なかなかいい景色です。

(「阿蘇だなぁ~。」と実感する景色です。)

ここからもうしばらく走ると、有名な観光地「白川水源」がありますが、そのごく近くに「阿蘇大御神御足跡石」があります。

(巨石です。)

この巨石は、江戸時代に編纂された肥後国誌に、「白川乾藪堂(かんじきどう)という所に、阿蘇大御神の御足跡石がある。」と記されており、平成11年(1999)に住民が掘削したところ、記録や言い伝え通り、巨石を発見した、とのことです。

足跡ですが、阿蘇神社の御祭神の建盤龍命が、南阿蘇の平定と開発を願い、この巨石に立って祈られた、その御足の跡。

足跡の伝説だけでなく、女神様のお顔、日の丸が浮き出る現象などもあるようです。

足跡は巨石の上部にありますので、この「拝見台」に立って拝ませていただきます。

(手書きです。(笑))

ちなみに、この「阿蘇大御神御足跡石」、かなりのマイナースポットなので、駐車場の場所に迷いました。巨石が視界に入ったら、すぐそこに駐車場もあるので、お迷いなきよう。(笑)

 

さぁ、今日の一番の目的、阿蘇中岳第1火口です。(車で20分強というところ。)

阿蘇のカルデラは、東西18km、南北25kmと世界有数の規模。そのカルデラ内の中央にそびえるのが「阿蘇五岳」(根子岳・高岳・中岳・烏帽子岳・杵島岳)で、その中で現在も活発な活動を続けているのが中岳(標高1506m)です。

阿蘇山上駐車場に到着しました。

(ここは大型(バス)用の駐車場。写真フレーム外の左側に普通車用駐車場があります。)

大きな建物は、火口西駅(バス停)行きのシャトルバスのターミナルです。

こちらがシャトルバス。

車内の座席がくまモン。(笑)

シャトルバスは停まったままですし、一般の車なども火口に向かっている様子がありません。

駐車場すぐの有料道路入口に行ってみると、、、

(ランプの点灯が写らないのでマークしてみました。)

何と「全面規制」中。この旅の数日前に火口の規制情報を確認した時は規制は限定的だったのですが、、、。

妻と「残念だけど火口見学は無理だね。」と話して、せっかくなので周辺を見て回ることにしました。

この真新しい建物は、「阿蘇山ロープウェー」の「阿蘇山西駅」(「阿蘇山上ターミナル」)。

(敷地に立ち入れないようにフェンスが廻らされています。)

阿蘇山ロープウェーは、2016年の熊本地震とその半年後の中岳の噴火で被災しましたが、2020年度の運行再開に向け、2019年5月に着工するも、その後も火山活動の終息が見通せず、運営会社の九州産交ツーリズムは、再建工事の中止を決定、この真新しい阿蘇山上ターミナルだけが残されたようです。

この阿蘇山上ターミナルの更に奥には、「西巌殿寺奥之院」があります。

(遠目にも尋常でない様子が分かります。)

明治27年(1894)の建立以来、噴火で一度も倒壊していないことから「厄除け」、古くから縁結びの山として信仰を集めた阿蘇に因み「縁結び」にも御利益があると人気のお宮でしたが、こちらもかなり傷んでいます。

西巌殿寺奥之院の上の方には中岳第1火口からの噴煙が立ち上っています。

(少しズームしています。)

更にぶらぶらしていると、こんな無人販売(?)もあります。

(怪しげです。誰も寄り付いていませんでした。)

険しい山肌に雪を残しているのは、阿蘇五岳の1つ、烏帽子岳でしょうか。

これで駐車場から見える景色をぐるっと回りました。ちょっと小腹が空いたので、シャトルバスのターミナルの売店で何か食べようと。

こんなお土産が売られていました。

(くまモン、大活躍です。)

このソフトクリーム(のネーミング)はどうなんだろう。

(くまモン、またまた大活躍です。)

ということで、売店で、火山灰ソフトではなくミックスソフトと、熊本名物のこれを注文。

(九州道北熊本SAのなじみの売店ののぼり。)

売店のおばさんがソフトを巻いて(&いきなり団子をチンして)いるのを待っていると、これを発見。

(初めて見ました。帰宅後YouTubeを見ると、サインを書いている動画が結構アップされています。笑えます。)

ソフトと団子を美味しくいただき、出発しよう(下山しよう)とターミナルを出ると、アナウンスの声が響きました、、、「只今規制が一部解除されました。シャトルバスの運行を再開します。お車の方も火口西までお上りいただけます。」

ということで、再び全面規制にならないうちに火口に続く有料道路のゲートへ。

係の方が「喘息、気管支、心臓に疾患はありませんか?」と「火口を見ることはできませんが、いいですか?」の2つの確認の質問をします。

問題がないことを答えると、この有毒ガス警告のご案内をもらって進みます。

(通行料は800円です。)

5分程でしょうか、火口西の駐車場に到着。

(バス停もここです。)

先程のゲートの係の方が「火口を見ることはできません」と言っていたのは、火口そのものを見るためには、この先の展望所に行く必要がありますが、今は規制エリア内で立入禁止、という意味だったようです。

火山ガス(有毒ガス)の発生状況の危険度によってパトライトの色が変わりますが、現在、危険度MAXの赤。

(パトライトの点灯が写らないので、赤太実線で囲んでみました。)

写真には写っていませんが、火口周辺には複数の監視員がパトロールしていて、少しでも様子に変化があればアラームを出し規制します。

火口そのものを見ることはできなくても、この距離で見る噴煙立ち上る姿は迫力があります。

(十分火口をイメージできる景色です。中岳第1火口は、直径600m、深さ130m、周囲4km。)

上ってきた有料道路、先程の駐車場の方向を見てみました。

(烏帽子岳を背景に、駐車場、有料道路がジオラマのように見えます。)

同じ方向を、烏帽子岳を右に入れて、広角で(パノラマで)撮ってみました。

(この景色、ここに来ないと見ることができない絶景です。)

この先は立入禁止ですが、火口はすぐそこ。

(あの退避壕の先が一番火口に近い展望所です。)

火口を直接見ることはできませんが、通行可能なちょっとした高台に行ってみると、更に火口の雰囲気を体感できます。

(今噴火したらと思うと、かなり怖い、、、。)

火口の迫力を十分堪能しましたので、出発します。

火口西の駐車場を出発してすぐ、このエリアの見所の「砂千里ヶ浜」の駐車場にイン。(有料道路エリア内です。)

実際に来て初めて分かったのですが、黒い砂浜を突っ切って延々と散策路が続きます。

砂千里ヶ浜は、阿蘇中岳火口の南東部に位置する古い火口跡。写真の通り、植生がなく、荒々しい岩肌と火山灰で覆われた黒い砂浜が一面に広がります。(黒澤明監督の映画「乱」のロケ地になりました。)

せっかくなので、散策路を行ける所まで行くことに。

途中、中岳第4火口の展望所がありますが、よく見えません。

10分ちょっと歩いたでしょうか、かなり来ました。

(噴火で飛んできた火山弾が積み上げられています。)

散策路はこの先も続いていますが、どうも散策路と言うよりは登山道のようです。

この火山弾が積み上がっている所は小高い丘になっているので、なかなかの絶景ポイント。

(駐車場が見えなくなるくらい散策路を歩いてきました。)

この先は散策というよりはトレッキング以上の感じになりそうなので、ここで引き返します。

火口見学も迫力があっていいですが、砂千里ヶ浜の散策もかなりのおススメです。

 

有料道路エリアを出て、山上駐車場も通過して、❝下山❞してきました。

「故坊中遺跡」に立ち寄ります。

(中岳火口の噴煙が近くに見える距離です。)

全くの不勉強だったのですが、実は、阿蘇山は14世紀~16世紀には山岳仏教の一大霊場だったそうで、天台宗の最栄読師が中岳火口の西の巌殿に十一面観音菩薩像を安置したことが阿蘇の開山で、最盛期には一帯に37坊51庵もの寺院群が建ち並んだとのことです。

古坊中の37坊は、明治の神仏分離・廃仏毀釈によって廃され、また、その遺構も、昭和42年の阿蘇町営スキー場の建設と駐車場の整備によって消え去ったそうです。今は、写真の右に写っている小さな石塔だけが往時を偲ぶ遺構とのことです。

 

次は、「草千里ヶ浜」へ。

ルートは事前にリサーチしていたのですが、眺望のいいスポットや駐車場のことは調べていませんでした。

何となく、草千里ヶ浜の道路向かいにある大きな有料駐車場にイン。

ここには「阿蘇火山博物館」があります。

阿蘇の火山の歴史や動植物などについて学ぶことができます、、、が、残念ながら臨時休館中でした。同じ駐車場の敷地には、レストランなどが入っていた「ニュー草千里」がありますが、こちらは既に閉館しています。

ここからの中岳の景色はこんな感じです。

ここから見る草千里ヶ浜の景色がイマイチだったのと、阿蘇火山博物館が休館、売店などもやっていなかったので、トイレを済ませて有料大駐車場から出ました。

出発してすぐ、草千里ヶ浜の一番の眺望は、この有料大駐車場から少し上った所にある無料駐車場から見る景色ということが分かりました。

この注意看板が目印です。(笑)

先程の有料大駐車場を見下ろす位置にあります。

左には噴煙の上がる中岳、中央に烏帽子岳、烏帽子岳を背景に広がる草千里ヶ浜、この眺望がベストビューだと思います。

(池は雨水が溜まってできたらしい。)

草千里ヶ浜は、78.5万㎡の大草原ですが、実は火口跡。

同じスポットから真逆の方角(北西)にも絶景が広がります。

(写真右、手前の林越しに米塚が見えます。)

この絶景スポットを発見できて、今春に計画している旅のいい下見になりました。

 

最後は、「米塚」です。

米塚をどこから眺めるか、これまた実際に来てみて、いろいろな地点から楽しめることが分かりました。

まずは、草千里ヶ浜からの移動中にパノラマ風に楽しめる道中の展望スポット。

(私はこの外輪山とのコラボ景色が結構気に入りました。)

「米塚」のプレートがある定番の展望スポット。

(駐車場がないので注意が必要です。)

米塚の頂上を間近に見ることができる展望スポット。

(妻はここがお気に入りでした。)

米塚は、約3300年前の噴火で形成されました。標高954mですが、❝お椀❞の高さは80m、頂上の窪みは噴火によってできたもので、直径100m、深さ20m。

阿蘇神話の主人公である健磐龍命が収穫した米を積み上げた場所、というのが「米塚」の名の由来で、頂上の窪みは掌で米をすくって人々に恵んだ跡と伝えられています。

写真をよく見ると、山頂に向かう道のように見える筋と、山頂火口の縁に走る輪がありますが、これらは、2016年4月の熊本大地震によってできた亀裂です。

米塚も、草千里ヶ浜に続き、いい下見となりました。

 

さて、これで今回の高千穂・阿蘇1泊の旅の行程は終了です。

熊本ICから九州道に乗ってすぐの北熊本SAに入ります。

(お馴染みの「いきなり団子」のお店です。)

夕食には相当早い時刻ですが、お腹が空きましたので、フードコートで食事を。

2人ともカツカレーを注文しましたが、「カツを揚げますので7分程お待ちください。」とのこと。

揚げ立てのカツがサクサクで、本格的洋食店もびっくりの超美味のカツカレーでした。ごちそうさまでした。

 

九州道は順調に流れて、18時には帰宅。

「旅館 神仙」の方以外とはほとんど誰とも接触することのない旅。安全にのんびりと、思い入れのある旅を楽しむことができました。

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