【わんちゃんの独り言】

毎日の生活の中で見たこと、聞いたこと、感じたこと、思いついたこと等々書き留めています
(コメント大歓迎デス・・・・・)

8月15日

2019-08-15 | 日記
1937年の夏、盧溝橋で日中が軍事衝突したとのニュースは、瞬く間に日本国内に広がった。日常風景の変化を切り取った短歌がある。「事変おこりて客足たえし支那人床屋ニユウスの時をラヂオかけ居り」日比野道男
中国人の床屋はまちの人々になじんでいたことだろう。それなのに突然、誰も寄りつかなくなる。当時は事変と言われた日中戦争の始まった瞬間である。中国人と付き合うのをはばかるような空気が生まれたか。
「暴支庸懲(ぼうしようちょう)」そう言われてぴんと来る人は今、どれだけいるだろう。横暴な中国を懲らしめるとの意味で、政府が掲げた言葉だ。大義名分のはっきりしない戦争だからこそ、強いスローガンが必要だったのだろう。朝日新聞も追随し、煽(あお)り立てた。
当時の子どもたちの作文がある。「ぼくは、わるいしなのくにに生まれないでよかったと思いました。ぼくはしなのしょうかいせきや、そうびれいがにくらしくてたまりません」蒋介石は当時の中国の指導者、宋美齢はその妻である。首都南京が陥落したとラジオで聞いた時のことを書いた子もいる。「ぼくはいいきびといいました。おかあさんもきびがいいなあといいました」長谷川央(ひろし)著『教室の子供たち』
あの国が悪い。だから懲らしめる。政府やメディアが敵対心をあおり、その敵対心が戦争の燃料になる。日中戦争、そして太平洋戦争で経験したことである。そんな振るまいは完全に過去のものになったと、胸を張って言えるだろうか。
2019-8-15 朝日新聞朝刊一面 天声人語

ウチの庭でタカサゴユリが咲き始めた

コンクリートの割れ目から、10本の・・・
他にも庭のあちこちで



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2 コメント

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CHIKAちゃん こんにちわ~~ (わんちゃん)
2019-08-19 17:13:16
かつてはこんなカンジ
https://blog.goo.ne.jp/mn1944/e/e808f568410214346b4f71a8ef197b7c
飛行場を何に変えたいんだろう?
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猿の惑星 (CHIKAちゃん)
2019-08-17 12:31:39
8月15日は終戦記念日である。どれほど無意味な戦争であったか、確かに負けてしまわなければ懲りないのが人間の性かも知れない。
原爆を日本がつくったと仮定して使ったかと問わる使ったと思う
広島・長崎を訪れる戦勝国の旅行者たちは一様に「核反対」をわかってくれる。しかし政治家には国民を守る義務があると厄介なことを言う。人類が消滅するまで本当の平和なんて来ないだろうと言う人もいる。
16日、河川敷の飛行場を視察に行った。至る処ショベルカーで掘り起こされて、折からの雨で田んぼのように水が溜まっていた。映画、猿の惑星のラストシーンは荒廃した自由の女神像を見た主人公が衝撃の表情を浮かべるシーンで終わっている。ちょっと大袈裟だが、飛行場の風景もショックだったなぁ。
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