実務家弁護士の法解釈のギモン

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会社法上の差止請求権を保全する仮処分の効力(6)

2011-03-04 13:23:41 | 会社法
 前回述べた差止判決無視の場合を前提にして、再度仮処分無視の場合に戻るが、その場合に考慮すべきことは、差止の仮処分は満足的仮処分であると言われている点である。満足的仮処分の一つの典型例として、従業員の不当解雇の場合に給料仮払いの仮処分をする場合がある。この決定主文は、「債務者は債権者に対し、毎月いついつ限り金何円ずつを仮に支払え。」という仮払いを内容とする決定になる。そして重要な効果として、この仮処分は執行力があるということである。この仮処分が無視されて解雇した側が給料の仮払いをしない場合は、通常の民事執行法の手続きに則って強制執行が可能なのである。要するに、満足的仮処分は、決定主文に記載された内容の限りで、執行力ある確定判決と同じ執行力をもつ仮処分だということなのである。だからこそ、満足的仮処分という言い方をする。
 そして、差止の仮処分が満足的仮処分だとすると、その執行力的効果は確定判決と同じでなければおかしい。そうでなければ、満足的仮処分とは言わないと思う。したがって、差止判決が無視された場合に、株主総会決議や新株発行が無効になるとすれば、差止の仮処分が無視された場合も株主総会決議は無効であるし、新株発行は無効原因になると考えるべきなのである。
 ただし、判決の既判力の主観的範囲は当事者に限られる。したがって、重要財産の処分のように、買主という差止訴訟の当事者ではない第三者が登場するような場合、その判決の効力を第三者である買主に及ぼすことはできない。そのため、訴訟法的な効力としても当該裁判が無視されても、そのことのみを持って重要財産の処分を無効とすることは困難であるし、取引の安全を考慮すれば、差止請求権の効力の問題と考えても、やはり無効とすることには不都合があろう。

 もっと言えば、たとえ裁判外であっても差止請求権が行使された以上は、それに反する新株発行には無効原因があるという解釈も、全くあり得ないわけではないと思う。なぜなら、条文形式上、差止請求権はあくまでも純粋な実体法上の権利であって、法文上も訴訟によってのみ行使すべき権利とは書いてないからである。この点において、新株発行無効の訴えのような、いわゆる会社の組織に関する行為の無効の訴え(会社法828条)とは条文形式上かなり異なる。
 ただ、かなり異なりはするものの、会社の行為や取締役の行為を差し止めるという事柄の重大性に鑑みれば、会社の組織に関する行為の無効の訴えに準じて、訴訟や仮処分によらなければ、法的にも差止請求権を無視した場合の当該行為の効力は無効にはできないと考えざるを得ないのであろう。
 純粋な実体法的権利のような規定ぶりとなっている理由は、おそらく、差止請求権が行使された際に、会社が任意これをやたとすれば、わざわざ訴訟を提起させる理由はないからである。

 要するに私が言いたいことは、会社法上の差止請求権は、いずれも条文形式上は実体法上の権利として規定されていること、したがって、本来であれば、差止の仮処分の効力云々する前に、純粋な実体法的効力(裁判外での差止請求権の行使の効力)を最初に議論しなければいけないような気がすること、そして、差止の仮処分は満足的仮処分だと言われていること、それにもかかわらず、なぜか差止判決の効力について、少なくとも教科書レベルではあまり議論されていない点に、私は議論の不十分さを感じるのである。
 そこで、この全体像を踏まえた考えを簡単に示してみた。どうであろうか。