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西加奈子『サラバ!』その7

2017-07-03 07:50:00 | ノンジャンル
 昨日開票された注目の都議選ですが、都民ファーストの会が圧勝、自民党の惨敗という結果となりました。ある程度のことは予想していましたが、ここまで差がつくとは。気分爽快です。しかし気をゆるめてはなりません。安倍首相はすぐに内閣改造に着手し、稲葉防衛大臣はさすがに更迭するでしょうし、野党が要求している臨時国会の開催にも応じてくるかもしれません。まだまだ目が離せない政局です。

 さて、また昨日の続きです。
 学校に行かなくなった姉は、でも自分の部屋に引きこもっていたりはしなかった。姉はたびたび祖母の家に顔を出し、夏枝おばさんと映画や小説の話をしていた。夏枝おばさんは以前から芸術を解していたが、その愛情は年齢を重ねるにつれ増していた。姉はおばさんの本棚から本を借りて読み、レコード棚からレコードを出してターンテーブルに置いた。おばさんの選ぶものは脈絡がなかったが、脈絡がないからこその真剣味があった。おばさんは、昔のおばさんと変わっていなかった。僕らに積極的に何かをすることはなかったが、僕らが発したことはすべて受け止めてくれた。やがて姉は、高校に行かない16歳となった。僕は6年生になり、サッカークラブのレギュラーを獲得した。母は、僕と父の接触をまるでなかったようにふるまった。
 話は前後する。帰国後、僕たちがすぐに会いに行ったのは、矢田のおばちゃんだった。矢田のおばちゃんの家に、大きな祭壇が出来たこと、そこに知らない人たちが出入りしていること、そして「サトラコヲモンサマ」という、なんだか声に出したくなる神様のようなものを祀っていることを、姉がどう思うか、僕はおおいに興味があった。姉はアンネ・フランク以外にも、マハトマ・ガンジー、マーティン・ルーサー・キング、坂本龍馬やチェ・ゲバラなど、様々な人物に傾倒してきた。矢田のおばちゃんは、もちろんジャンヌ・ダルクでもアンネ・フランクでもなかったが、姉に影響を与えたという点では遜色がなかった。姉はよく、おばちゃんの背中に彫られた弁天様の絵を描き、僕はそのあまりの精緻さに驚かされた。姉には絵の才能があった。おばちゃんの家には、相変わらず大きな祭壇があった。一時帰国したときと違っていたのは、おばちゃんの家に訪れる人数が、明らかに増えていたことだった。矢田のおばちゃんの家が、ちょっとおかしなことになっているのは、僕にも分かっていた。母は訝しさを隠せる人ではなかったし、あれだけ矢田のおばちゃんと仲が良かった祖母の足が、あまりおばちゃんの家に向いていないことにも気がついていた。おばちゃんは、数年ぶりに会っても、ちっとも老けていなかった。あまりにもおばちゃんすぎるおばちゃんと、おばちゃんの家の環境との落差に、僕らはとまどった。だからこそ、母も姉も、おばちゃんにズケズケと「これはどういうことなのか」と訊けなかったのだと思う。それに、おばちゃん自身が祭壇に祈ることもなかった。姉はぽつぽつ、おばちゃんの家に行きはじめていた。僕は、いわゆる思春期に入りかけていた。もやもやした思いと、体の変化をこれでもかと感じていた。母が恋人を作るということは、僕にとって歓迎できることではなかったが、それよりも「どうやって?」という驚きの方が勝った。
 姉の存在は、僕が入学した頃でも、ちょっとした語り草になっていた。何せ、あの「ご神木」である。しかも途中から姿を消し、進学を拒否した女子生徒なのだ。僕は怯えていたが、結果的に地元のサッカークラブに入っていたことが、僕を救ってくれた。僕らの通う中学校は、ふたつの小学校を統合していた。でも僕は、地元のクラブに入っていたから、北小の奴らとも親交があったのだ。思春期の僕らにとって優劣を決める条件は「喧嘩が強い」「運動が出来る」、稀に「誰かの弟であること」だった。僕には「姉があんな奴」というとんでもないハンディがあったが、サッカー部だった。ある日、姉は母の恋人が、母の高校の同級生であることを、僕に教えた。しかも相手とは不倫だと言う。覚えたての自慰に明け暮れる、猿のようなガキにとって、「母の不倫」という言葉ほど衝撃的な言葉はなかった。それは、母が、性交と繋がった瞬間だった。父を恨むことも、母を恨むことも、僕には結局本格的に出来なかった。
 矢田のおばちゃんの、いや、サトラコヲモンサマの新しい家が建ったのは、矢田マンションの4ブロックほど向こう、僕らが小さな頃、ローラースケートパークだった土地の一角だった。どこにも、その建物が新しい宗教施設であると明言するものはなかった。これは後に姉に聞いたことだが、建物を建てたあたりから、町内だけではなく、ほかの街からもたくさん人がやって来るようになったということだった。姉は、新しい建物にも通うようになった。姉は「サトラコヲモンサマ」に参ると、心が落ち着くようだった。(また明日へ続きます……)