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奥田英朗『ここが青山』

2014-06-14 09:04:00 | ノンジャンル
 '12年に刊行されたアンソロジー『短編工場』に収められた、奥田英朗さんの作品『ここが青山』を読みました。
 14年間勤めた会社が倒産した。36歳の湯村裕輔は、それを遅刻した朝礼で社長の口から知らされた。コンピューター関連ということで将来性を謳っていたが、実際の仕事は広告営業だった。36歳で年収600万円は、まあ普通だろう。結婚して6年の妻と、4歳の息子がいる。マンションのローンがあと30年残っている。だから会社の倒産は笑い事ではない。裕輔はとりあえず妻のケータイにメールを打った。電話だとどういう声を出していいのかわからなかったからだ。《ビッグなサプライズ。本日当社倒産!》妻の厚子からはすぐに電話がかかってきた。「これ、ほんと?」「そう。朝礼でいきなり言われちゃった。今日から失業者」「ふうん。わかった。今夜、何食べる?」「すき焼きってわけにはいかないだろうね」「いいじゃない。安い肉なら」妻への電話を終えると、同僚が麻雀をやろうと言い出した。「社長のハゲ頭を粉飾した頃からおれは危ないと思ってたんだよ」最後だからみんなで好きなことを言った。午前中からビールも飲んだ。気前よく大三元も振り込んだ。なんとなくほどけてしまったのだ。
 夕方帰宅すると、妻の厚子が美容体操をしていた。「昔のスーツ引っ張り出して着てみたら、入んなかったの。だからシェイプアップ」「ふうん」「あのね、わたし、明日から働くことにした」「えっ、どこで?」「前の職場に電話したの。アテナ経済研究所。そしたら社長が『亭主が失業? だったら君がうちに職場復帰しろ』って。それで行くことになった。給料、それなりにくれるって」裕輔は背広を脱ぎ、襟からネクタイを引き抜き、エプロンをまとった。冷蔵庫から野菜と肉を取り出した。手を洗った。ザクザクとネギと白菜を切った。明日からの一家の門出を祝うように、野菜が瑞々しかった。
 翌朝は6時に起きた。厚子が働きに出る以上、家事は自分がやらねばならないと思った。親子3人での朝食が始まった。厚子は最初に味噌汁に口をつけると、「うん、おいしい」と微笑んで言った。「昇太、おいしいよね」続けて息子に聞く。裕輔は妻のやさしさに感謝した。初めて作った味噌汁は、全然おいしくなかったのだ。食べながら、だんだんへこんでいった。自分の供した料理がおいしくないというのは、身の置き場がない。世の女たちは、自分の料理に審判が下されることに、どうやって耐えているのだろう。朝食を終えると、厚子は念入りに化粧を始め、裕輔は幼稚園に行く昇太の身支度をした。しまった。息子の弁当を作り忘れた――。膝が震えた。どうしようかと妻に相談すると、厚子は「あとで届ければいいじゃん」と実に冷静なサジェスチョンを与えてくれた。そうか。あわてて損をした。
 帰ってまず弁当を作った。どうせ昇太は食べないだろうなと思いつつ、青物が欲しかったのでブロッコリーを一房だけ塩茹でした。そのあと掃除と洗濯をした。始めると、意外と手間だった。厚子からメールがあり、夜は歓迎会で遅くなるとのことだった。よかった。家族的な職場のようだ。となると晩御飯は昇太と2人きりである。献立はカレーにするか。そうだ、昇太を迎えに行く前に料理の本を買いに行こう。裕輔は思わず手を打っていた。先は長いのだ。上達だってしたい。なにやらウキウキする感じがあった。家にいるのはいい。リビングに寝転がり、大の字になった。
 3日もすると、家事をする日常にすっかり慣れた。とりわけ闘志を燃やしたのは昇太の弁当作りだった。子供は気遣いをしない生き物なので、おいしくないと一口かじっただけで残す。案の定、初日のブロッコリーは小さな歯の跡がついていただけだった。ところが2日目、同じブロッコリーにマヨネーズをかけてやると、その部分だけかじっていた。作り手としては、「おおー」という感じだった‥‥。

 会社が倒産し、主夫になるというだけの話ですが、面白く読ませてもらいました。なお上記以降のあらすじについては、私のサイト「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/)の「Favorite Novels」の「奥田英朗」のところにアップしておきましたので、興味のある方は是非ご覧ください。

 →Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto