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宮本輝『五千回の生死』

2006-09-26 17:31:11 | ノンジャンル
 丹波哲郎氏が亡くなりましたが、私にとっての丹波氏は加藤泰監督の'65年作品「明治侠客伝・三代目襲名」での、正義感が強く、堂々としている建設業の社長や、同じ年のマキノ雅弘監督の「日本侠客伝・関東篇」の、親分衆の集まる場で主人公を「えらい!」とあの張った声で誉め、映画の観客の笑いを誘った、突出した存在として心に残っています。御冥福をお祈り申し上げます。

 さて、昨日に引き続き、今日も宮本輝氏の作品「五千回の生死」です。これは短編集で、「トマトの話」「眉墨」「力」「五千回の生死」「アルコール兄弟」「復讐」「バケツの底」「紫頭巾」「昆明・円通寺街」の9編の短編からなっています。
 何となく心に残ったのは最初の「トマトの話」でした。大学生のアルバイトで夜間の道路工事の車の誘導の仕事をやった主人公は、飯場で体調不良で一人で寝ている男から「トマトを買ってきてくれ」と頼まれます。約束通りトマトを買ってきてやるのですが、その男はいっこうに食べる気配がありません。ただひたすらトマトをなでているのです。そしてある夜、この男は血を噴水のように吹いて死んでしまいます。何ごともなかったように、血のついた畳みを洗う工事夫たち。結局、トマトがその男にとって何だったのか、謎のまま話は終わってしまいます。
 私も道路工事の現場で交通誘導の仕事を夜間したことがあるので、当時のことを思い出しました。ちょっとへまをすると工事夫から罵声が飛び、この小説のように殺気立った現場でした。ただ、血を吐いて死ぬ人がいるほど、ひどくはなかったですが‥‥。
 この短編のように、あることが謎のまま終わる短編が他にもあって、これが宮本氏の特徴かな、と思いました。どれもちょっと日常からそれたところに舞台を設定していて、読んでいて迷路に迷い込むような感じがしました。
 そんなちょっと不思議な気持ちを味わいたい方には、オススメの短編集です。