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コークス  日本史授業に役立つ小話・小技 34

2024-03-22 07:28:53 | 私の授業
コークス  日本史授業に役立つ小話・小技 34

埼玉県の公立高校の日本史の教諭を定年退職してから既に十余年、その後は非常勤講師などをしていました。今年度で七四歳になります。長年、初任者研修・五年次研修の講師を務め、若い教員を刺激してきましたが、その様な機会はもうありません。半世紀にわたる教員生活を振り返り、若い世代に伝えておきたいこともたくさんありますので、思い付くままに書き散らしてみようと思いました。ただし大上段に振りかぶって、「○○論」を展開する気は毛頭なく、気楽な小ネタばかりを集めてみました。読者として想定しているのは、あくまでも中学校の社会科、高校の日本史を担当する若い授業者ですが、一般の方にも楽しんでいただけることもあるとは思います。通し番号を付けながら、思い付いた時に少しずつ書き足していきますので、間隔を空けて思い付いた時に覗いてみて下さい。時代順に並んでいるわけではありません。ただ私の専門とするのが古代ですので、現代史が手薄になってしまいます。ネタも無尽蔵ではありませんので、これ迄にブログや著書に書いたことの焼き直しがたくさんあることも御容赦下さい。


 日本史の授業で、現代の生徒にとってイメージが浮かばない物の一つがコークスです。最近の若い先生は、コークスの原料である石炭すら見たことがないようです。私が小学生の頃は、小学校の日直当番は、冬には必ず石炭小屋から石炭を取ってきたり、灰を捨てにゆくことが大切な仕事でした。ですから板を細かく割って付け木とし、新聞紙に燐寸で火を点けて石炭が燃えるようにすることは、中学年以上なら誰でもできることでした。現在の小学生は。燐寸で点火することさえおっかなびっくりしています。小学生の前で木の摩擦で発火させた時など、私はヒーローでした。生徒や若い先生が、石炭はおろかコークスを見たことがないのも無理はありません。しかし社会科・地歴科の先生ともあろう者が石炭やコークスの製造原理をしらなかったり、触って見たことがないというなら、体験的に学ぶということを、もっと真剣に考えなければなりません。
 コークスという呼称は日本史の教科書に登場しません。しかし八幡製鉄所建設に関連して、製鉄の燃料であり、また鉄の還元材料として不可欠なるコークスに触れないわけにはいきません。そもそもコークスは石炭を乾留して作られます。「乾留」とは聞き慣れない言葉ですが、空気を遮断して加熱し、熱分解反応を起こさせる工程のことです。空気が遮断された状態で石炭を加熱しても、酸素がありませんから燃えることはありません。しかし水や可燃性・揮発性のガスなどが熱分解によって、硫化物・コールタール・ピッチ・アンモニアなどの成分が石炭から放出され、炭素が残ります。コークス特有であるスポンジ状の微細な穴は、それらのガスが抜け出た痕跡です。要するに乾留によって炭素の比率が著しく増加し、燃焼時に高熱を発生するようになるわけです。
 ついでのことですが、木を乾留すれば同じ理屈で炭ができます。小学生くらいの時は、「炭焼き」ということがどうしても理解できませんでした。なぜ炭は燃え尽きずに残るのだろうかという疑問があったからです。しかし酸素が遮断された状態で焼くという乾留の原理を理解してからは、焚き火の灰の中に閉じ込められた木片が消し炭となって残ることは、中学生になって理解できました。
 本格的な製鉄所の立地条件は、コークスの原料となる石炭が豊富に入手できること、日本では産出の少ない鉄鉱石の輸入に適した水深の深い港があること、広大な敷地が確保できること、冷却用の水が豊富であること、石灰石を大量に採掘できることなどが上げられます。その他には軍事的防衛のためには外洋に面していないこと、労働者の確保が容易なことなども上げられます。石炭は筑豊炭田で確保できました。鉄鉱石は中国の長江中流の大冶鉄山から運ばれました。一般に石灰岩まで言及されることは少ないのですが、石灰岩は鉄鉱石に含まれるアルミナなどの鉄以外の成分やコークスの灰を取り除くのに不可欠なのです。石灰石を加えるとそれらの成分と溶融して一体となり、比重が鉄より軽いので、溶けた鉄と分離して回収されます。石灰岩は北九州の平尾台や近くの山口県秋吉台で豊富に採れました。候補地としては呉・大里(門司)・板櫃(小倉)・八幡が最終的に残ったのですが、呉以外はみな北九州であり、順当なところなのでしょう。
 もちろんコークスを生徒に見せなくても、先生がコークスを見たことがなくても授業はできます。しかしコークスに限らず実物を見ておくことにより理解は深まりますし、炭焼きにも用いられる乾留という工程を知ることにもなります。コークスを入手するといっても、大量に必要なわけではありません。最も手軽なのは、工業高校の先生に、教材にするというわけを説明して、分けていただくのがよいでしょう。



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