文部科学省によると、2002年度の時点で84%の大学が学生による授業評価を実施している。文科省が大学改革の切り札として積極的に推進してきたためだ。しかし、現行の制度には様々な問題があり、このままでは大学教育が成り立たない。改善が必要だ。
学生による授業評価は、1960年代にアメリカやイギリスで制度化された。「教員の研究能力の向上と開発」に資する目的だった。1970年代に大学の大衆化が進むにつれ、「教育方法の開発と教育能力の向上のため」という側面が加わる。アメリカでは、さらに教授昇格の判定材料となっていく。学生が教員の生殺与奪を握ることになったわけだ。
果然、期末試験の成績に「C」や「D」がつくことも減ったと聞く。学生に「最低の授業だった」と書かれ、教授の座をふいにしたくないからだ。日本が本格的に制度を導入しだす1990年代には、アメリカでは「本来の目的を果たしていない」との指摘も目立つようになった。
さて、日本の大学ではどんなアンケートが行われているのか。私が知る限りにおいては、次のような質問で始まるケースが多い。
質問1・この授業を受ける前に、シラバス(授業概要)を読みましたか?
質問2・この授業はシラバス通りに進みましたか?
問題は、どちらにも「いいえ」と答える者が相当数いることだ。精いっぱい授業の準備をする教員をバカにした、矛盾の塊のような答えにはあきれ返る。
アンケートには通常、自由感想欄がある。無署名の気楽さと期末試験直後だからか、悪口雑言が散らばる。「お前のようなブスはこの世からいなくなれ」と書かれた教員は、大学を辞めようとまで一時は落ち込んだそうだ。授業内容とまるで関係のないことを、誤字だらけの汚い字で憂さ晴らしするかのように書きなぐったものも少なくない。あまりのひどさに、一部の大学では、評価対象となった教員に「学生の自由感想文は無視してください」と伝えているそうだ。
多くの私立大学では、学力のおぼつかない学生たちに教えるために、教員たちが四苦八苦している。無試験の推薦入学制度が普及したことや、「ゆとり教育」で基礎学力を欠く生徒が急増したことで、大学の劣化が止まらないのだ。
教員の数を増やしてもらい、学生たちには大学の4年間に、基礎的学力はもちろん、外国の大学生に引けをとらない学力をつけてやりたいものだと思う。だが、逆に人減らしを進める大学も多く、アンケート評価が非常勤講師(1年任期)の首切りの理由付けに使われることもある。
授業評価アンケートを続けるのであれば、大学当局には以下の改善を求めたい。①記名制にすること②アンケート内容と回答者の授業出席率や成績との関係を調べること③教員の人格を傷つけるコメントは厳しく注意し、場合によっては謝罪させること④教員のプライバシーを守るため、アンケートの取り扱いに特段の留意を払うこと⑤アンケートを解雇の口実に使わないこと⑥教員に反論の機会を与えること。
それにしても、各大学がこのアンケートのために支出している費用は膨大なものだ。こうした資金を教養教育の再建や充実などに回すわけにはいかないのだろうか。そのほうが、学生にとってもよほど有意義な使い道だと私は考える。(かわなり・よう氏は法政大学教授、英文学、スペイン史専攻)
(朝日、2005年04月26日)
感想
1、大学内で話し合うべき問題を新聞に投稿するとは情けない。この事自体、その大学が組織として正常でないことを証明していると思います。
2、組織内の人間関係の問題はトップ(学長、総長)がリーダーシップをとってやらなけれは解決しないでしょう。授業の中に、そういう問題を議論する時間を制度として入れることです。
それを毎月発行するべき学長通信の中に載せて議論を深めるのです。
3、その時には、「授業の改善」だけでなく、更に根本的に「学長の大学運営は正しいか」といった問題も取り上げるべきです。
4、こういう問題を実名で議論できないというのはそもそも人間関係が出来ていないということでしょう。学校裏サイトと同じです。