世界の再生可能エネルギーを引っ張ってきた風力発電が、なぜ日本では嫌われるのか。2013年度の国内の風力導入量は、2年前に固定買い取り制度(FIT)が始まったにもかかわらず、今世紀に入って最低だった。その一因には、ちまたに流布されてきた「誤解」や「神話」がある。一つは電気の質に関する思い違い、もう一つは立地に関する勘違いだ。
「集合化」で変動縮小
「風力はお天気まかせで不安定な電源じゃないですか」。風力関連業界による日本風力発電協会の斉藤哲夫企画局長(65)は、一般向けのセミナーで、しばしば同じ質問を投げかけられる。だが、斉藤さんは「風力はいつ発電するか分からない不安定な電源だと思われているが、誤った思い込み」と言う。
消費電力は天候や気温、季節、時間などによって刻々と変動する。電力会社は、需要を予測してそれに合った発電をしている。自然エネルギーも予測することは可能だ。風力の先進国では、気象予測システムに基づいて供給計画をつくっている。
『日本の知らない風力発電の実力』などの著書がある関西大学の安田陽(よう)准教授は「風力発電を大量導入するためのカギは、『集合化』と『柔軟性』だ」と言う。
個々の風車やウインドファームからの出力は大きな変動があるが、数百㌔四方の大きなエリアで数百~数千基の風車を「集合化」して一つの発電所として考えれば、変動は滑らかになり、変動のパターンも予想しやすくなる。全部がいっペんに動いたり、止まったりすることはない。
変動電源の導入を増やすには、需給調整しやすいように「柔軟性」を高める必要がある。水力発電などの制御しやすい発電所、揚水発電などのエネルギー貯蔵装置、他の電力系統との連系線、需要側の制御をいかに組み合わせるか、が肝要だ。
ただし「欧州は連系線がたくさんあるから風力が入りやすいが、日本は少ないから入らない」という通説は注意が必要だ。風力発電の導入率が22%のポルトガルや17%のスペイン、15%のアイルランドは、0・4%の日本より連系線が少ない。
欧米では「ベースロード電源」という概念も崩れつつある。日本では原発や石炭火力のように出力が一定の電源を指すが、自然エネルギーの電気を優先して使う「優先給電」を採り入れている国では石炭火力や原子力の出力を制御している。
「風力が増えると停電が増える」と言われるか、風力の導入量と停電の頻度とは関係がなく、適切な系統運用をすれば、風力発電が原因の停電は起きないという。
「風力発電は高い」というのも過去の話になりつつある。国内でも大規模施設なら発電コストは、1㌔ワット時あたり10円で、原子力や水力より安い。燃料費がかからないので、化石燃料の価格変動に悩むこともない。だが、8割を占める小規模施設は18~24円とまだ高い。
海外ではさらに安くなっている。米ブルームバーグの資料によると、14~15年に米南西部で稼働予定の風力の販売契約は1㌔ワット時2~3・5円(l㌦=100円)、16年に稼働予定の太陽光も7円という。
立命館大学の大島堅一教授は「自然エえルギーが高いという問題は、世界的に克服されつつある。原子力や石炭、ガスよりむしろ安いという試算もある。条件さえ整えば日本でも同じことが起きる。ドイツなどでFITが成功した結果であり、日本で流布されている『失敗した』という話は事実と違う」と話している。
温暖化こそ烏の脅威
「同じバードストライクでも、飛行機だと鳥の心配をする人はいないのに、風車は悪者になる」。ある風力発電事業者はぼやく。風車の犠牲になった鳥類は、センセーショナルに取り上げられることが多い。
米国の調査によると、年間5億~10億羽と見られる鳥類の人為的死因で、最も多いのはビルで約6割、送配電線や猫による捕食、自動車、殺虫剤がそれぞれ1割前後あり、風車や飛行機は0・01%以下となっている。発電量あたりの鳥の死因を比較した調査でも、原子力は風力のl・5倍、化石燃料は20倍だ。
一方で、米国カリフォルニア州アルタモンタパスでは猛禽類が年間約1000羽衝突しているとか、北海道でのオジロワシの死因の第一位は風車という報告もあるという。
風力事業者と自然保護派で見解が食い違うことも多かったが、雪解けの兆しもある。日本野鳥の会や日本自然保護協会などは4月、生物多様性や地域社会との共存を前提に、自然エネルギーの導入促進を求める共同声明を発表した。「生物にとって最大の脅威は地球温暖化」という考えが浸透し、対話が進むようになった表れとみられている。
騒音が問題になることも多い。人には聞こえない超低周波音については、世界の公的機関は影響を認めていない。だが、風切り音など聞こえる音については、ストレスなどの原因になると言われている。
問題は、うるさいかどうかの判断が、音の大きさや質だけでは説明できないことだ。外部資本による風車は嫌がられるのに、地域住民が所有する風車の音は、その人たちにとって子守歌のように野」えるとも言われる。名古屋大学の丸山康司准教授は「個人の感受性もあるが、むしろ風車との関係に左石されることが多い」という。地元とのコミュニケーションをどう図るか、地元の利益をどうつくるかが重要という。
「陸上にはもう建てる余地がない」とも言われる。だが、日本風カヘ発電協会が6月に発表した2050年導入目標7500万㌔ワットのうち陸上は3800万㌔ワットで、洋上よりもポテンシャルがある。陸上に風車が林立する欧米各国とは違い、日本には風車に適した土地がまだいっばいあると言えそうだ。
(朝日新聞、2014年7月26日夕刊。石井徹)
関連項目
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