ドイツの出版流通(02、「町の書店」に資本の波)
ドイツ南部のミュンヘン。週末の土曜日、旅行書や地図の専門店「ゲオブーフ」は、数十人の客でにぎわっていた。貴重な地図の品ぞろえでは欧州有数。15人の店員は地理や天文学の豊富な知識を武器に、読者の要望に応える。
面倒見が良いドイツの伝統的な町の書店だが、ライナー・ミッチェル店長の表情はさえない。一般向け旅行書の売り上げを、台頭する大型店に奪われ、2001年から売り上げは2割減。書店員も10人減らした。「『日々の糧』になる一般書で経営を支えないと、年に1~2枚しか売れないマッキンリーの地図が置けなくなる。こうやって文化の多様性が失われていく」。
書籍の価格を拘束する再版制度を堅持し、効率的な流通システムを作り上げたドイツの出版界は、少部数でも息長く市場に生き続けているのが特徴だ。それでも、経済のグローバル化に伴う資本集中の波とは無関係ではいられず、「町の書店」は減っている。
環境が激変したのは2006~07年。大手書店同士が経営を次々統合し、DBH(約470店)とターリア(約220店)という巨大チェーンが誕生した。両社を合わせて市場シェアはまだ14%程度だが、「町の書店」には脅威だ。
新興チェーンの店舗は伝統的書店と異なる。DBHグループの「ウェルトビルトプラス」の店内には、写真やイラストを多用した豪華大型本が6ユーロ(約950円)程度の安価でずらりと並ぶ。売れ行きが落ちた本の出版権を買い取り、廉価版として出版したものだ。
店員も少なく、安値を強調。同社はこうした廉価本チェーンや大型店、ネットやカタログなど、資本力を生かした多様な販売網で急成長を続ける。
「将来は大型チェーンと、特定の分野に特化した専門店だけが生き残る時代になる」と関係者は話す。
それでも、効率的な流通システムは小さな書店の支えだ。午後6時までに注文すれば翌日には本が届くので、小さな書店でも大型店やインターネットに、品ぞろえで対抗できるからだ。
ミュンヘンの住宅地で30年以上書店を営むシュミット・ホルストさん(68)は「ネットの発展でかえって商売しやすくなった」と話す。大型店で本を選んでいた人が、いまはネットで本を検索して地元書店で注文してくれるからだ。宅配に備え自宅で待っているより、本屋の方が確実に素早く入手できることが分かっているからで、ホルストさんは「書店は地域の文化拠点。希望は捨てていません」と話す。
(朝日、2008年02月21日、丸山玄則)