NHKの「ラジオ深夜便」2012年2月号に岡田芳郎さんの話の文章化したものが載っていました。題して「定年人生をこころ豊かに」。
前書きみたいな形で紹介文があります。まずそれを引きます。
──300年ほど前、尾張藩の重臣に横井也有(よこい・やゆう)という人がいました。也有は御用人、大番頭(おおばんがしら)、寺社奉行を務め、53歳で職を辞すると、82歳で亡くなるまで風雅な隠棲(いんせい)生活を送っています。死後出版された『鶉衣(うずらごろも)』は江戸俳文の最高峰とされ、充実した第二の人生を願う現代人にも示唆に富む内容です。
エッセイストの岡田芳郎(おかだ・よしろう)さん(77歳)は、1956(昭和32年)、大手広告代理店に入社。企画一筋で活躍しました。定年退職後、『鶉衣』を現代文に訳し、『楽隠居のすすめ』を出版した岡田さんが、自身の第二の人生に引き寄せながら、也有の魅力を語ります。[聞き手 佐野剛平]──(引用終わり)
こういう事で、表題から察せられる内容がインタビューという形で書かれています。最後のページに「岡田さんの人生をこころ豊かに保つヒント」が囲み記事として載っています。それを引きます。
──なんとなく元気がないときや、めげているとき、私はユング(1875~1961。スイスの心理学者)の「
幸福の5条件」を思い起こし、チェックしてみることにしています。
①心身ともに健康であること。
②朝起きて、今日やることがあること。
③美しいものを見て美しいと思えること。
④楽しい人間関係が保てること。
⑤ほどほどにお金があること。
おもしろいのは、②でしょうか。佐藤一斎の「清忙」しかり、洋の東西を問わず、人間にとって、その日やるべきことがない状態は苦痛以外の何物でもないのですね。心に張りを持つことがいかに大事か、ということです。──(引用終わり)
私もこのユングの5条件は参考になると思います。しかし、岡田さんのこの取り上げ方には賛成できません。大前提である第5条件を避けているからです。
たしかに第2条件は「面白い」かもしれません。こういう事に気づくのはさすがに心理学者だと思います。かつて、朝起きて、することが無い苦しみを味わった経験のある私には身につまされる話でさえあります。
しかし、しかし、です。この5条件を見て、②だけ取り上げて済ます態度には賛成できません。今の日本の定年後の人、あるいは年寄りの人全体を見て、一番の問題は何でしょうか。貧困です。これこそが第1の問題です。これを知らないとしたら、無知も甚だしい、と言わざるを得ません。
同じ雑誌の4月号で樋口恵子さんはこう言っています。「特に今、高齢女性の貧困が目立ってきております。……今80歳前後の方ですと、現在の制度では、老齢基礎年金を満額もらえたとして、月に6万5000円ほどです。これでは生活できませんね。日本の高齢女性の方にはそれ以下の方も多く、家族と暮らしているか、1人暮らしかにかかわらず、年収120万円以下の方は、男性より女性の方が多いのです。」
①から④は生活の大前提たる⑤「ほどほどのお金のあること」の上に成り立っているのです。この前提のない仲間(同年齢の人)が全体の3割くらいに達すると言うのに、その人たちの事を考えないで、「楽隠居」していられる人の神経を疑います。
先ず「ほどほどのお金」のない人のために何かをして、その上で外の事を考えるべきだと思います。この深夜便などに出演される方には「ほどほどのお金」の無い人はいないようですが、時々寂しく思うことがあります。
もっとも岡田さん自身は、言わないけれど黙って何かをしているのかもしれません。それならそれで立派な事だとは思います。しかし、それでも一言何かを言った方が好かったと思います。
お知らせ
sky drive「絶版書誌抄録」の中に下記のものをアップしました。矢印の右側はそのアップした場所です。
関口存男編集「独文評論」創刊号(1933年10月号)→「独文評論」
同、第3号(1933年12月号)→「独文評論」
こんな貴重なものを或る人が入手し、寄付して下さいました。
宮本武之助著「波多野精一」日本基督教団出版部、1965年→「その他」
波多野氏の、多分、唯一の伝記でしょう。
小島恒久著「マルクス紀行」法律文化社、1965年→「その他」
マルクスゆかりの地を訪ねた紀行文です。こういう事をしてこれだけの成果を挙げた人も少ないでしょう。