福原 義春(資生堂名書会長)
君塚直隆著『ジョージ四世の夢のあと』(中央公論新社)によれば、19世紀の英国王ジョージ4世は「浪費王」として悪評高い。一方、文化の庇護者として大英博物館、国立美術館、リージェントストリートの整備、王立美術院の拡充などを行い、それらは今日ロンドンの名所となった。
歴史的文化資産に恵まれた地域は、それを活用した文化政策を展開できる。では、それが見当たらない場合はどうすればいいのか。
北海道上川郡東川町の取り組みを紹介したい。東川は、旭川空港から車で13分、北海道のほぼ中央に位置する小さい町だ。旭岳を仰ぎ見る米作地帯だが、目立った産業もなく、普通なら全国に散見される過疎の町、いわゆる「限界集落」となる運命は避けられなかっただろう。
しかし、このような不利な状況を逆手にとってまちづくりは始まった。それは、竹下首相時代の1988~89年に行われ、1億円のばらまきと不評だった「ふるさと創生事業」より前だった。
まず、「東川には何もない。自然しかない」と言われる環境を、短所でなく長所と見なす発想の転換をした。そして、人の手が入らない山林や川や田園風景など、自然の美しさを写真に収めるのにうってつけの場所と考えた。85年には「写真の町」を宣言。世界から作家を招く国際写真フェスティバルや、全国の高校写真部が腕を競いNHKでも毎年放映される写真甲子園を開催している。今や写真の世界では、同様に国際写真フェスティバルを開催するフランスのアルルと同じぐらいの知名度がある。
対外的アピールだけではない。全国のスポーツ少年団と同様に、この町には写真少年団があり、子どもたちは自然に親しみながら感性を磨き、写真を楽しんでいる。町が世帯ごとの写真をウェブ上で保存する仕組みもある。婚姻届や出生届を出せば、その控えを写真立てとしても使える厚紙の台紙に入れてプレゼントしてくれる。
写真以外でも、地場産業である木工を活用し、町に生まれた子どもにオリジナルデザインの椅子を進呈する「君の椅子」プロジェクトがある。全国からの出資者に産物や各種特典を還元する「株主制度」は、町の事業の中から株主が応援したいものを選べるところが単なる「ふるさと納税」とは異なる。町が造成、分譲する宅地も道内や首都圏からの移住者ですぐに完売し、昨年は目標の人口8000人を42年ぶりに達成した。
東川のまちづくりには、まずは内なる環境と条件をよく理解し、それを住民の幸福と合わせて最大化するという姿勢が貫かれている。もちろん当初は町内でも反対の声もあったが、あきらめずに継続するうちに独自の創造性を獲得し、結果として対外的な魅力に育った。モノ・カネでなく、知恵と努力を基軸にしたまちづくりの例として注目したい。
(朝日、2015年02月07日。福原の道しるべを探して)
関連項目
補助金ゼロのまちづくり