団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

でも今考えると、朝歯磨きをしてから食事をするのと、食事後に歯磨きをするのとどちらが良いのか迷います。

2024-05-16 02:54:25 | 日記
 中日新聞の読者投稿欄に「今のありがたみ 感じて」というタイトルで、81歳の女性が投稿されていました。

 その昔小学生のときは戦後すぐで物資が不足していた。

 歯ブラシや歯磨き粉なんてなく現愛知県新城市の小学校では持参した弁当を食べた後、先生から「指に塩を付けて歯をこすりなさい」と言われ、つらいのを我慢しながら食べかすを落とした。

 祖父手製のわら草履で片道1時間かけて登校したため、3日ほどで破れるたびに作り直してもらった。

 母は近くの井戸でくんだ水をおけに入れて棒の両端に下げ、担いで運んだ。

 風呂はまきで沸かしたが、水くみが大変で1日おきだった。

 月日は流れた。

 名古屋市の3歳のひ孫は当然のごとく靴を履いて月に数回わが家を訪れ、泊まるたびブラシで歯を磨いて毎晩風呂に入る。

 いつか昔の生活を伝え、平穏な生活のありがたみを感じてもらえたらな。

 以上です。

 81歳というと、戦中派かな。

 私は戦後まもなく生まれました。

 同じように物資は不足していましたが、塩で歯磨きはしたことがなかったです。

 大人用の歯磨き粉を使っていましたので、苦くて苦くて。

 小学校5年の頃「朝食事をすると歯磨きの味がして食事が美味しくない」と言って、みんなから笑われました。

 でも今考えると、朝歯磨きをしてから食事をするのと、食事後に歯磨きをするのとどちらが良いのか迷います。

 今は食事をしてから歯磨きをしていますが、歯医者さんの意見もどちらがいいのかまちまちのような気がします。

 わら草履は使わなかったです。

 ズックを履いていました。

 成長期ですのですぐズックが履けなくなります、いつも大きめのズックを買っていました。

>名古屋市の3歳のひ孫は当然のごとく靴を履いて月に数回わが家を訪れ、泊まるたびブラシで歯を磨いて毎晩風呂に入る。
 いつか昔の生活を伝え、平穏な生活のありがたみを感じてもらえたらな。

 このような事を孫たちに話した事はありません。

 そのうちに本などで知ると思います。




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コメント (4)
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