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団塊世代おじさんの日常生活

夏 日本で二番目に気温が高く、陶器と虎渓山と修道院で知られる多治見市の出身です。

ギャーテーギャーテー ハーラーギャーテー

2019-09-21 03:16:09 | 日記
 中日新聞の読者投稿欄に「般若心経元気に唱える」と言うタイトルで、73歳の女性が投稿されていました。




 「ギャーテーギャーテー
ハーラーギャーテー・・・」。

 昨年8月に義母が101歳で亡くなってから愛知県扶桑町の夫の実家を夫婦で訪ねては般若心経を唱えています。
だからか、8月27日付本紙の人生のページ「今週のことば」が目に留まりました。

 中学生に「ギャーテー」の意味を問われた坊さんが「カエルの声じゃないの」
ととぼけたというエピソードが紹介されていて、私はふと思いました。
「ギャーテー」の意味や理屈をこね回すより、まずは一心に元気よく読経するのが大切なのではないか、と。

 私の手元には近所の友人から譲り受けた子ども向けのイラスト付きの般若心経があります。
10月に親戚で集まった際、大きな声で唱えようと思っています。


 以上です。


 私は神道なのでお経を唱えることはしません。
親戚の法事に行った時は、参列者さんのお経を真似して唱えますが。


「ギャーテーギャーテー
ハーラーギャーテー・・・」をネットで調べますと、

「訳してはいけない真言」というタイトルで記述されていました。

この「羯諦羯諦
ギャーテーギャーテー

 波羅羯諦
ハーラーギャーテー

 波羅僧羯諦
ハラソウギャーテー

 菩提娑婆訶
ボージーソワカー

」という真言の部分は、あえて訳すべからずとされています。

訳してしまうと、意味が限定されてしまうし、言葉としての力も無くなってしまうと考えられています。

とはいえ、内容だけでも知りたいと思うのが人情です。そこで梵語の読み方と、一般的な訳をご紹介しておきます。

ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スヴァーハー

「往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸にまったく往ける者よ、幸あれ」

この訳を読んで、なんだ、たいしたことをいってないではないか、と思ったら、やはり私がこの訳をご紹介したことは、間違いだったということです。

でも今さら消すわけにもいきません。

真言というのは、この般若心経で説いてきたことを、総括して神秘的に象徴した呪文です。ですから、これはこのまま受け入れるべきものです。

スモモモモモモモモノウチという早口言葉があります。
意味は「李も、桃も、桃の内」です。なんだ、たいしたこといってないではないか、と思う人はいないでしょう。

これは内容が問題なのではありません。早口言葉として意味のある言葉なのです。

この真言の部分は、般若心経を唱えることに慣れていない方には、あれ?と思う場所です。

どうしてかというと、ここまで、一つの漢字を一拍で唱えてきます。

ところが、この真言の中で二回目の「波羅」と「娑婆」だけは、漢字二字を一拍で唱えることになっているからです。

次の傍線の部分です。
ギャー・テー・ギャー・テー・、ハー・ラー・ギャー・テー・、ハラ・ソー・ギャー・テー・、ボー・ジー・ソワ・カー

このカラクリが分かるまでには、皆さんずいぶん苦労するようです。

さらに、最後の「般若心経」の「心経」の部分は、スピードが遅くなります。
ハン・ニャー・シーーーン・ギョーーーーという感じです。

との記述がありました。



>中学生に「ギャーテー」の意味を問われた坊さんが「カエルの声じゃないの」
と、とぼけられたのも理解できます。
「意味など考えるな!」ということだと思います。

 投稿者さんが「私はふと思いました。
『ギャーテー』の意味や理屈をこね回すより、まずは一心に元気よく読経するのが大切なのではないか、と。」。

投稿者さんの「まずは一心に元気よく読経するのが大切なのではないか」。どうもこれが正しいようです。








Julie London-Misty
コメント (10)
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