新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

無能レベルに達していたか、桜田義孝

2019-04-14 14:34:49 | コラム
矢張り野に置け蓮華草か:

野党とマスコミに問題児扱いされていた桜田義孝大臣が遂に辞任した形で退いた。私は桜田氏の辿々しさを見る度に一頃良く巷間で採り上げられた「無能レベル論」を思い出さずにはいられなかった。今更これが何かを説明する必要もないかも知れないが、我が国の会社組織では屡々陰口のように言われた「彼は課長としては有能な切れ者だったが、いざ部長に昇進してみればあのざまだ。つまり部長としての無能レベルに達しただけ」という事である。

桜田氏は何とか委員長だった頃には優れた切れ者だったという者もいたが、所詮はそこまでの器量の人物で、大臣に任命された為に「そのレベルでは無能だった」と無残にも自分自身で証明してしまっただけのことだろうと、私は見ている。塚田一郎前副大臣にしても同じ事ではなかったのだろうか。私は桜田氏の場合は無能であるかないかよりも「矢張り野に置け蓮華草」の方が当て嵌まるような気がするのだ。派閥の力学もあっただろうが、言いたいことを言わせて貰えば「安倍総理は桜田氏を何処まで引き上げれば無能になるか」を読み切っておられなかったのだろうと判断している。

自民党の場合は当選回数や派閥の力が大臣になれるかなれないかを左右しているかの如き報道がある。だが、これまでに数多くの失言や失態で辞任せざるを得なくなった例や、任命権者の総理が罷免せざるを得なくなった虚け者を見せられてきた。私はこの度の桜田氏のように常にプロンプターがいなければ答弁も出来ないような人物が「大臣」になりたがる方が余程不思議だと思っている。その官庁が所管する業務に何らの知識もないくせに大臣になれば恥をかくくらいは最初から解っていたはずなのに、嬉々として受けるのは取りも直さず「自らの無能レベルが何処にあるのか」すらも認識できていないということだ。

私はそういう人物でも何らかの順番があって引き上げねばならない総理にも、野党が何かといえば騒ぎ立てる「任命責任」がないとは言わない。だが、そういう連中を当選させてしまう「地元」の民度にはもっと問題があると思うのだ。その民度に選ばれて内閣の揚げ足を取ることしか出来ない枝野幸男、玉木雄一郎、福山哲郎、辻元清美、村田蓮舫等々は既に「無能レベル」に達している事は明々白々ではないか。その野党を支持するマスコミもまた無能レベル以下ではないか。