私が中学に上がった頃、父が知り合いからミニチュアピンシャーという小型ドーベルマンをもらってきました。その数年前に、父方の親戚が胡麻祥酎を造り始めていたので、父はこの子にショウチュウのチュウをとって、「チュチュ」と名づけました。
この子が家にやって来た時、父にだけ懐いていたため、父はチュチュを相当かわいがり、朝晩は新聞を玄関から居間に持ってくるようにしつけたり、3遍回って「ワン!」と吼えるように芸を仕込んだりしていました。
その内に、チュチュは私に一番なつき、私が父や母に怒られると父や母に吼え、私が父や母に叩かれると、チュチュは父や母に噛み付くというほどになりました。逆に私がふざけて父や母を怒ると、「ウ~ゥ」とうなるだけ。そして、新聞などで、父や母をぶつ真似を私がすると、私のことを大好きなチュチュは私に噛み付くことができずに、新聞を私から取り上げ、びりびりに新聞紙を破いてしまうという差を、私と両親につけるほどでした。
その後、私はアメリカに留学することになり、両親やチュチュと離れて暮らすことになりました。そして、その翌年には父が病気になり、母は父の看病でチュチュの面倒を見ることができなくなり、父は泣く泣く、以前、ウチにきていたお手伝いさんにチュチュを預けることになりました。そして、その翌年に父は亡くなり、私も高校生活を後一年送らないといけなかったり、お手伝いさんの家もチュチュに情が沸き、結局、チュチュはその後もずぅっとお手伝いさんの家でかわいがられることになりました。
***
何故、突然、このような話を掲載したかというと…この暑い中、荷物に埋もれながら過ごす辛さから、毎日、母と溢れている我が家の「ゴミ」を整理していたら…
ちょっと読みにくいですが、右端に私の汚い字で「チュチュ血統党」と書かれた封筒が出てきました。
何らかの理由で、血統証を「血統党」と書き間違えたのでしょうか?いえ…きっと今までに出てきた私のできの悪い、学校の物から推測すると私は中学生にもなって、血統証を「血統党」思い込んでいたようです。
この「血統党」を見て、また母に「本当にあなたって出来が悪かったことがよくわかる」と言われ、私は「チュチュ血統党って、なんか知らない人が聞いたら怪しい宗教団体みたいじゃない?」などという会話で、2人で大笑いしました。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます