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気ままに

大船での気ままな生活日誌

大船の北条秀司さん

2007-07-04 09:39:50 | Weblog
大船フラワーセンターの道すがら、竹林の庭をもつ立派な門構えの家が目に入ります。大きな表札には「北条」とだけ書かれています。鎌倉には文人が多く住まわれていますので、多分、あの方の家だろうなと想像していました。それが先月のある日、あることにより、やはりその方のお宅だということが分かりました。

その日、その大きな門に、こんなポスターが貼られていたのです。近づいてみますと、「書画展 北条秀司をめぐる人びと」とありました。やはり、あの劇作家の北条さんの家だったのです。北条秀司さんについては、彼が著名な劇作家であって、たしか新国劇の島田正吾さんや辰巳柳太郎さん主演の多くの作品をつくられたぐらいは知っていました。とくに「王将」は有名でしたね。

そして、その書画展は新宿の紀伊国屋書店のホールで開催されると案内されていました。新宿紀伊国屋はボクの青春時代の馴染みの本屋さんでしたから、久し振りに行ってみたくなりました。そして、先日、ワイフと出掛けてきました。その日はちょうど、主催者側の方の講演会もあり、北条さんゆかりの方がたくさん来られていました。美男美女が多かったので(笑)、多くは舞台俳優の方たちだったかも知れません。

東海大学の先生のお話で、北条さんがすごい劇作家であったこと(過去形であるのは、平成8年、93才で亡くなられているから)がよくわかりました。たとえば、有名俳優さんの北条作品の出演回数をあげてみますと、辰巳柳太郎120回、島田正吾119回、初代水谷八重子72回、二代目八重子63回、波野久里子67回、花柳章太郎46回、歌右衛門33回、勘三郎33回、雁次郎33回、その他、緒形拳、長谷川一夫、森繁、五十鈴、吉右衛門等錚々たる俳優の名前が続きます。また、交友関係が俳優だけではなく、作家、歌人、画家と幅広いことも分りました。川口松太郎、菊田一夫、久保田万太郎、吉井勇、西条八十等の名前が出ていました。

北条さんは、これら友人たちから、彼ら自身がしたためた多くの書画をもらっています。今回、これらのうち代表的な作品を展示し、北条さんの交友関係を偲ぼうというものです。みなさん、絵や書の才能のある方が多いのには驚きました。島田正吾さんの絵手紙なんかすばらしいものでしたよ。辰巳柳太郎の「王将」があたっているが、私にもそれに匹敵する作品をつくってください、という趣旨の絵巻物のような手紙です、所々に漫画チックな上手な絵が入り、ユーモアたっぷりのとても楽しいものでした。

・・・
北条さんは、脚本だけではなく、舞台の演出もしていましたが、妥協を許さないことで有名で、稽古中、名優や女優と大喧嘩もしたりして、「強情秀司」とか「北条天皇」とも呼ばれていたそうです。

これだけを聞くと、いばりくさった、いやなやつだなと思うかもしれませんが、ボクはその後、北条さんのエッセイ集「鬼の歩いた道」を図書館でみつけ、それを読んでから、すっかり北条さんが好きになってしまいました。とくに、奥さんに先立たれ、49日を迎えた日を綴った「谷戸雨声」、そして、半分引退していた老優、島田正吾さんを引っ張り出し、彼の当たり役「霧の音」(ある事情で結ばれなかった男女が5年目ごとに中秋名月の日に山小屋に知らせ合おうという大人のメルヘン)を大劇場ではなく、三越劇場で上演したときの思い出をつづった「死に花」は、北条さんの優しい心ねがよく表れていました。

素顔の(大船の)北条秀司さんがよくわかる、すばらしいエッセイ集でした。

おわりに、昭和61年4月22日に書かれた「谷戸雨声」の抜粋を掲げておきますので、時間のある方は読んでくださいね。

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今日は亡妻の49日だが、まだ納骨の心がわかず、妻ももっと居たそうだから、百ヶ日まで延ばすことにした。娘も賛成で、うるさい親戚もいないのですぐ決まる。葬式も北条流で儀礼通夜もやらなかった。霊柩車も使わない、精進落としの宴会もやらない、その代わり、香典もいただかない。亡妻が生前、お経は子供みたいに思っている緒形拳ちゃんに自家流の枕経だけをあげてもらう、あとは自分の愛唱歌「花嫁人形は何故泣くの」と「夕焼けこやけの赤とんぼ」を流して焼香して欲しいと言っていたので、その通りにしてあげた。妻は死期を知っていて、話したい相手をひとりずつ呼んで、泊まってもらい、十分話しをした。最後に緒形拳が外国から戻るのを待って、話をしてから逝った。

ふらりと家を出た。鎌倉五山のひとつ浄智寺に行く。TBSを定年退職して住職になった友人、朝比奈に会いにいく。49日忌の、ダイジェスト版の簡単な(北条さんの希望で)のお経をあげてもらう。ご住職に円覚寺の帰源院まで送ってもらう。そこで、自分の第三回北条秀司お通夜リハーサルが開催される。毎回お決まりの、大船軒の鰺寿司にカン(棺)ビール。会場に入ると、亡妻と私の写真が飾ってある。金子の司会で会が進行、五代路子が私の好きな「ふるさと」を唄ってくれる。新派の平野が声色で、妻がフアンだった島田正吾の「霧の音」をやってくれ、妻の写真の前で会釈する。・・・そしてユーモア溢れる弔電披露、勘三郎、団十郎、藤山寛美、緒形拳。森繁久弥「ご生前言いにくかったことですが、黄泉の国に行かれましたので、一言苦言を呈します、先生のわがままな演出にどれほど泣いたもの居たでしょうか、先生の死をほくそえんでいる奴もおります・・」

そして、ラストは笛の演奏。
(以下原文のまま)タイムリーにかすかな雨音が庭苔の上にきこえはじめた。鎌倉五山寂として音なく、葉桜をしめす名残りの雨に溶けあう名笛の調べのみが韻韻とつづく。なんという良き谷戸の夜であろう。妻も大好きな浩笛に莞爾と聴き入っているにちがいない。わたしの心に愛妻を失った孤独感がいつかみなぎっている。







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