あとだしなしよ

Japanese text only..
落書きブログです。
報道記事の全引用は元記事消去への対応です。m(__)m

宮本武蔵

2006年11月06日 | 日本映画
宮本武蔵
1944年、昭和19年、松竹京都/情報局
監督:溝口健二
出演:河原崎長十郎、中村翫右ヱ門、生島喜五郎、田中絹代
場所:フィルムセンター

戦時中の軍部の情報局の監視下の元に作られた作品。一般的な?武蔵と小次郎の話に仇討ち話が加わっていた。朱美やお通、又八は出てこないし、子供好きな側面も描かれず時代劇のヒーローという感じはまったくない。
冒頭の、吉岡と武蔵の小競り合いから一気に下がり松の決闘シーンになだれ込む。武蔵は野武士的というよりも剣豪といった風情で、父の新免無二ぽい雰囲気で描かれる。一乗寺の決闘シーンはどうしても内田吐夢版を連想してしまうが、溝口の長回しで、吉岡一門との壮絶なチャンバラシーンが見られるかと期待したが、ほんのさわりですぐに終わってしまった。
仇討ちを目指し武蔵に弟子入りをする姉弟の姉役には田中絹代。長い髪を後ろで束ねた髪型で登場。「仇討ちで武道を志すとは不純である」と弟子入りを断られるが結局、許され弟と一緒に打ち込み等の稽古に励む。
姉弟の助太刀に武蔵が入っていることを恐れた仇討ちの怨敵は小次郎に取り入る。小次郎は武蔵と試合をしたいが為に、挑発行為として弟を怨敵に殺させる。義太夫?を歌いながら姉弟に近づき殺め、殺害後も歌いながら去って行く彼らは不気味であった。
武蔵は巌流島へ。宿泊先では姉が武蔵の世話をしている。巌流島に向かうその朝に怨敵は武蔵を待ち伏せしていたが、あっさり武蔵に返り討ちにあう。「こいつらはもう一生不遇者であるが、とどめを刺すか」との武蔵の問いに姉は、このまま見逃すと答える。
巌流島に向かう船。浜辺に着くやいなや、決闘開始。ここからは良く知られるやりとりが繰り広げられた。勝負は一撃で武蔵の勝ち。武蔵の鉢巻がはらりと落ちる。倒れた小次郎の刀が武蔵の袴を弱々しく撫でると、袴が切れる…
決闘を終え海岸に着いた武蔵は姉と遭う。姉は仏の道に入ると言い、武蔵は小次郎との試合には仇討ちの雑念が入ったと悔いる。「そちを心の妻とする」と姉に告げ、武蔵は何処へと去って行く。

*

仏像を彫る武蔵と姉との長回しのシーンなどが印象的。仇討ちの話の武蔵を映画化したのは当時の戦局の反映し国民を鼓舞するためだろうか…日本は武士道とはかけ離れた観念化された勝ち目無い戦いを続け玉砕の道を歩んでしまった。


きょうのお買いものはなしよ。の日…

2006年11月01日 | さまざまなことを!
だそうです…
一年前にも記事を書いたことがあるのですが、今年もやるそうです。ムバイデー
『無駄なものを買うのは、よしませふ』という、ソフトな運動ですので「不買運動など許さん!!」とどおくまんのマンガのキャラみたいに目が血走っている経済界の先生の皆々様、ご安心あれ…






Buy Nothing Day : Adbusters

でも、本家のバナーだと文字からなにやら滴っていますね…『"BUY NOTING DAY"なら毎日のようにしているよ。うるせえな!』と云う方はスミマセンです。
えっとそれで似た感じの"UNPLUG AMERICA/母なる大地に休息を!"というキャンペーンもあり、こちらは電気をまったく使わない生活を一日だけしよう!というキャンペーンです。アメリカンネイティブ中心の運動のようで、今年はもう終了したようですが、毎年行われているようです。


UNPLUG AMERICA
GIVE MOTHER EARTH A REST DAY

OCTOBER 13



テレビやラジオを消して、お散歩したり、日の沈むの見送り、楽器などを弾いて時間を過ごすのもステキかしらん…って私はしませんでしたが…でも、私でも今年の春くらいから日常的に見てもいないテレビを主電源から消したり(だってニュース見てもイライラするんだもん…)、常時電源オンが必要な機器以外はスイッチ付きコンセントでに切り替えて、使うとき以外はOFFにしたら、随分と節電できました…原発推進者の「オマエラハ、ハンタイシテイルケド、ジャブジャブデンキヲツカッテルンダロー!モンクユウナー」の憎まれ口は、なんともムカツクんでね…
そういえば、お亡くなりになったフォーク歌手の高田渡さんの家のヒューズは15Aだったそうで、ドライヤーをかけるときは真っ暗にしたなんて伝説もあるそうです。さすがだと思いました。



朝日は輝く

2006年11月01日 | 日本映画
朝日は輝く(25分、無声映画、白黒)
1929年、昭和4年
監督:溝口健二 伊奈精一
出演者:中野英治、村田宏壽

大阪朝日新聞が創刊50周年の記念に製作したドキュメント、企業宣伝風な映画。
創刊以来の新聞を繋ぎ合わせると、地球を何周も何周も出来ますよと云うことを映像を使って表現していた。くるくる回る地球に新聞が巻き付いて行き、そんな地球が沢山スクリーンに映し出される。(特撮かアニメーションか)また、朝日は日本全国(といっても、当時は朝鮮半島も日本だったし…満州地方の一部も勢力圏だったよう…)で読まれてることを地図を使ってグラフィカルに表現していた。
新聞労働者たちの仕事ぶりも映像化。

* 記者たちは、事件を追う
* 編集員は、紙面を構成。編集部は活気に溢れる!
* 写植係が活字をはめ込み…
* トッパン印刷機に載せ、印刷。
* 配達員がご家庭に届ける!

といった感じで、インダストリーな、労働者達の団結感じが伝わってきた。こうして、モボもモガも、おじさんもおばさんも、田舎でもどこでも、朝日は読まれるのだ。ポーリュシカ・ポーレ!
空撮がふんだんに使われて、当時の街並が映像化されていたり、時代柄、戦争のカットもかなりあった。戦艦の発砲シーンや陸軍の突撃シーンで「これ、本物?」の感がありました。
当時起こった大事件?なのか、映画用のお話なのか分りませんでしたが豪華客船オーロラ号の火災事故なんてのも、織り込まれて、記者さんは伝書鳩を使って記事を送ったりして当時のムードがなんとなく分ります。
といった感じでした…

ふるさとの歌

2006年11月01日 | 日本映画
ふるさとの歌(50分・無声映画・モノクロ)

1925年、大正14年 文部省/日活
監督:溝口健二
出演者:木藤茂、木枡二郎、伊藤寿栄子、辻峯子
場所:フィルムセンター

主人公の青年は、生まれ育ったふるさとで馭者(ギョシャ…馬車の運転手)の仕事をしていた。頭は良く小学校では主席だったが、家の都合(貧乏)の為に進学を断念して馭者をして家計を助けている。そんなある日、『みやこ(都)』から進学した同級生達が帰って来た。電車内での彼らは騒ぎ放題。"じゃんけん、しっぺ"をしている。(私のガキの頃と変わんないや…)さらに、注意されると「ぼくらが騒ごうがどうしようが、ぼくらの自由だ!」なんてことを言う…昔も今もかわんないのねの馬鹿ガキ状態。田舎の駅に着いた彼らは馭者をしている彼を見つけて、ばかにする。「いくら小学校で主席でも馭者ぢゃな…ヘヘ」。彼は悔しくてたまらない…
彼の家、貧しい小作人の家。京都ナンバーの車が映っていたので、京都のどこかの田舎かと思える…大正時代の農家は江戸時代とあまり変わらないよう。農具も現代化されていない。特に女性の服装は江戸時代そのものに見える。彼は両親に進学したいともう一度告げるが、両親に優しく諭され元の仕事に戻って行く…
そんな彼を心配して、彼の友人(裕福な農家の息子)とその妹は、主人公とその妹をハイキングに誘う。そこである子供が誤って川に落ち、溺れる。主人公が果敢に川に飛び込み横泳ぎし、子供を救出する。助けたのは外国人の子供。彼の親は助けたお礼にと大金を差し出すが、彼は受け取らない。外国人はもろにブルジョワの服装をしている。
そして村では、例の悪ガキどもが田舎暮らしに飽き飽きして、パーティーをはじめる。都会で一儲けした成金趣味まるだしのマルブチメガネ君がリーダである。(ロイドメガネといふのか。)村の娘達を呼び集めて、マンドリンを伴奏にダンスに興じる彼ら…退廃が、デカタンスがのどな村に忍び寄る。遂に彼らに感化された娘が都(みやこ)に家出をしたり、村の集会をサボったりする事態まで発生する。
ある日、親友の妹と彼の妹も、彼らに誘われる。手に手を取り合ってワルツを踊る彼ら。女性陣はまんざらでもない感じ…しかーし、それを見た主人公は大激怒!彼らのパーティに殴り込みをかけ、男女の手をふりほどいて演説をするノダ!!

君たちはぬわんだ! 田舎にさういふものはゐらなひ!
君たちのやうに、みながみな都会に出てどうなるといふのだ!


悪ガキたちは神妙に聞いている…まさか…君たち…

農家がゐなくなってしまうではないくわ!
君たちはセンセヒの言葉を忘れたのくわ!
ものの豊かさより心の豊かさが大切ではないのくわ!!

参考:歴史的かなづかひ入門

成金メガネ君改心!(説得されちゃうのね…)悪ガキ達も改心!!
彼は再会した大金持ちの外人のからの進学への援助も断り、ふるさとで農家を継ぐ。一介の農民として汗を流し、農業を極めることを固く決意したのである。

完!


現存するもっとも古い溝口作品だそうで、この出来を見るとこれ以前の作品のレベルもすこぶる高そう。文部省が日活に作らせた映画なので、ストーリーはアレなんですが、でもお話もなかなか面白かった。溝口のカメラも、もうモダンな出来で飽きない。少し上から土間を写したシーンや、動いている馬車を運転している主人公を、動いている馬の上?から撮ったシーンなど、自由自在に見えました。主人公の役者がドーランの白塗りでクマみたいなメイクをしているのは、この時代の流行なのでしょうか。間に挿入されるセリフの画面デザインに楽譜が描いてあったりしたのですが、音符が小鳥だったりして可愛かったです。