起床時こそ雲の多い天気
でしたが、こちらは気持ちの良い
秋晴れとなりました。
窓を開けると金木犀の、
かぐわしい香りが漂って来ます。
お天気は良い、
空気中には天然のアロマ・・。
今、一番良い季節と言っても
過言ではありません。
『アンの世界』 にも勝るとも劣りませんね。
“・・・ 略 ・・・ 晴れ渡った、爽やかな、日の照る美しい秋の朝で、
夜来の雨に打たれ、濡れそぼった羊歯が霜で白くなり
かぐわしい香気を放っていた。
森のあちこちで、黒ずんだ、エゾマツのときわ木に向かって、
楓が華やかな深紅の旗を緩やかに振り、
樺の大枝が薄い金色を見せていた。空気は澄んで爽快であった。”
【「アンの友達 2.」 ~10月の章】
さて、やっとの事で渡辺純一作
『エ・アロール~それがどうしたの』、
読了。
初めは面白そう・・なんて思い、
読み始めたものですが、
途中からペースダウン。
この小説は東京は銀座にある、
高級老人施設が舞台。
経済的に恵まれた人々の老後の
生き方を生々しく描いています。
渡辺純一の本は、(特に初期の作品は医学物が多かったものですが)
それこそ熱中して読んだものです。
他にも 「阿寒に果つ」 や 「無影燈」、
「雲の階段」、「ひとひらの雪」 等など・・本当に面白かったです。
ある時期から作風が変わり? 特に 「失楽園」 以降は、ちょっと苦手に。
そう言えば前回の本(題名失念)も途中から気持ちが悪くなって、やめましたっけ。
話が逸れました。
ただ、この小説で心に強く残った言葉があります。
それは、「廃用性萎縮」 という言葉。
聞き慣れない言葉ですが、本来は医学用語のようです。
これについては小説の文中に詳しい説明がありますので、以下に抜粋します。
(中略) これは本来医学用語で、四肢を骨折した時、 腕や足にギブスを巻いたまま使わずにいると、 その部分が痩せて萎えてしまう。 要するに実際に使わぬうちに本来の機能を失う事を 言っているのだが、これは四肢に限らず内臓から脳まで 当てはまり、人体の全ては使わなければ働きが悪くなり、 やがては能力が落ちて廃れてしまう。(中略) 例えば趣味で絵を描くとか俳句を作るといった事が好きで、 いつも努力を重ねていると、そちらの方のセンスが磨かれ、 徐々にながら確実に上手になって行く。 だが、何かのきっかけでそれをやめ、そのまま怠けていると、 折角のセンスも失われ、ついには一切やらなくても 平気になってしまう。 まさしく、やらなければやらないでその状態に馴染み、 気がつくと取り返しがつかなくなるという意味で、 廃用性萎縮 そのものである。(中略) 年齢相応という考え方は、一つ間違えると年齢に甘えて、 限りなく無気力に、かつ身勝手になる事と隣り合わせでもある。 「もう年だから」 という言い訳に頼り過ぎて、 気が付くと 廃用性萎縮 ならぬ、廃人になってしまう事もある。 渡辺純一作 「エ・アロール」より |
この 「廃用性萎縮」。
私など思い当たる事大ですので、余計に身につまされたのかも知れません。
そうそう、次なる本は松本清張作、「風の息」。(上下巻)
実家にあったものですが、読んでいませんでした。
昭和27年の日航 「もくせい号」 の事故を取り上げています。