読書おぶろぐ

読んだ本の感想を書いてます

ブラッドタイプ

2011年06月11日 09時39分15秒 | 小説

松岡 圭祐氏の作品。

登場人物は、これまでの松岡氏の作品の主人公であつた 嵯峨 敏也 (催眠)、岬 美由紀(千里眼)、一ノ瀬 恵梨香 (蒼い瞳とニュアージュ)である。 松岡氏の作品は、これまでの氏の作品の登場人物が登場し、話が進んでいくがこの作品では三人が同僚になつてゐる。

事の発端は防衛庁長官が米軍兵士が自身の血液型をブーツに記載してゐたのを見て、「B型は撃たれやすいから前、本隊には服従しやすいA型、士官は一心不乱に突き進むO型」とコメントしたことによる。

この発言は血液型で性格判断する習慣のない米国その他の国で批判されることとなる。やがて、血液型による性格診断は社会的に影響を及ぼし、「自分勝手なB型」を理由に仕事を解雇されたりする事例が出てくるやうになる。

「科学的に何も根拠のない」血液型性格診断なのであるが、世間に根付いてしまつてゐることから、覆しは難しい。そのうち、白血病患者で「手術で血液型がB型になるのなら死んだほうがまし」と手術拒否をする患者が現れるまでになる・・・・

嵯峨 敏也、岬 美由紀、一ノ瀬 恵梨香は「血液型性格診断」により弊害を受けた人たちのためにこの性格診断を撤回させたいと思ふのだが ・・・・・・

読んでゐて、すぐに血液型を持ち出す人たちを思ひだした。正直、バカだな~と思つてゐた。ちなみにその人たちはなぜか全員B型であつた・・・・ 自ら「B型」を告白しつつ、他の人の性格を他の血液型であることを持ち出して批判することをしてゐた人たちであつた。

ああいふのを見てゐると、B型のイメエジが他の人から悪くなるだけであるが当人たちは全然気付いてゐなかつた。元々、人の悪口ばかり言ふ人たちはモラルも恥も無いので、相手にするだけ無駄なのであるが、「悪口」といふ騒音を仕事場でバラ巻き、しかもすぐに血液型に結びつけるといふ短絡的思考の論理を聞かされてほんたうにうんざりした。

この作品では、血液型性格診断や心理テストと称した性格診断は科学的に何も根拠が無いことが証明されるのであるが、同時にB型が最もマイナスイメエジの性格的特徴を持つやうにも書いてある部分がある。それを十分裏付けるやうな人たちが、ほんたうにゐたことを思ひだした。

それを考えると、ある程度の特徴はあるのかな?と思つた。 この作品が言ひたいことは、一つのことに捉えられてほかが見えなくなることの愚かさ、怖さであらう。 


帝国以後 アメリカ・システムの崩壊

2011年06月09日 17時29分22秒 | 政治関連・評論・歴史・外交

エマニュエル・トッド氏の著書。

トッド氏は人類学者であり、世界の出生率・人口数・婚姻関係の基盤等氏の本来の仕事から得たデータを使ひ、氏独特の世界観(一般的に世界といふのではなく、経済・政治にわたる世界の動向)を展開していくのであるが、それが非常に的確である。 

人口や人類学がこのやうに、世界の動向を見ることが出来るのだ・・・と一見、何も関係の無いやうに見える学問が実は謎を紐解く鍵の一つとなるといふことを気付かせてくれる。

本書は9.11テロの1年後、2002年9月に仏蘭西で刊行され日本語訳が出版されたのは2003年4月である。巻頭にはトッド氏の日本の読者に向けた言葉がある。

人類学者であるトッド氏の「本業」により取得したデータの一つ、世界数カ国の「出生率」の説明があるのだが、これが識字率に繋がつてゐることの説明がある。女性の識字率が上がると、女性が受胎調節を始め、出生率に影響してくる・・・といふ理論なのであるが、なるほど世界数カ国の状況を考慮してこの数値を見ると納得する。

確かに、日本でも少子化の原因の一つとしてさかんに「女性が外に出るやうになつた(仕事を持つ)」ことがあげられる。女性も大学進学が当然となり、昔のやうに「女の子なんだから勉強しても」などと言ふ親はほとんどゐないだらう。 

これを思ひつつ、ふと思つたのは「識字率」であるが、日本では江戸時代など子供に寺子屋で読み書きを教えてゐたのであり、識字率が高かつたと思ふのであるが、江戸時代の女性の出生率はだうだつたのであらう? アフリカやイスラム圏の国など、5人は少ないはうで7人だの8人だのといふ数字があるが、日本の江戸時代の場合は識字率といふよりは世間の風潮や身分制度、「男尊女卑」といふ言葉が出るやうな社会情勢により左右されてゐたのであらうか?

トッド氏のこれまでの研究によると、女性の識字率が上がると出生率が低下する。現在イスラム圏の国でも同様の傾向にあるとのことである・・・・ イスラム圏のイスラム原理主義の強い国がどこまで女性の受胎調節を行なふといふ、「女性の自我」を許すやうになるのか少し考えるところがあつた。 が、一部の人を除き変はつていくのかもしれない。

この識字率の上昇により出生率に変化が起こるのと同時に、識字率の上昇は国の近代化をもたらす・・・と人間の基本的な部分がいかに産業・国へと影響するかが展開されていく。 

本書は「アメリカ」に関してなのであるが、アメリカだけに絞るのではなくアメリカと関係してゐる国々に関する記述もある。また、アメリカは移民の国であり、その移民の構成が国としてだう影響を受けてゐるか・・・の分析もある。意外なのは度々日本に関する記述があることだ。 「日本特異論」などといふ論調が一時期出たことがあるが、外国人の視点から日本といふのはある意味「違ふ」ものがあるらしい。

「第二章 民主主義の大いなる脅威」で日本の政党政治に関する記述がある。日本も、民主主義だと思つてゐる。なので、選挙で得票数の多かつた政党が政権を取りその政党の代表が選ばれた「総大将」として内閣総理大臣を名乗り、日本の代表として諸外国に出て行く。

一見、筋が通つてゐるやうだが、「日本では統治者の選択は支配政党の内側での派閥闘争によつてなされるのだ」(P78)を読んで、あッと思つた。 「支配政党の内側での派閥闘争によつて」とは全く国民不在と騒がれる原因ではないか。その結果、日本でも大統領選挙といふことが出てきたりするのであるが・・・・・

さらに「(フランシス)フクヤマ(「歴史の終わり」の著者)によれば、政権党の交替の不在は、選挙民の自由なる選択の結果であるのだから、それを以て日本の政体を民主主義と定義することはいささかも禁じられてはいない」(P78)

今までの政治の混乱といふか、人を馬鹿にした「政治家」と名乗る人たちの横暴、国民の声無視といふのはすべてこの「派閥闘争によつてなされ」たことのツケのやうな気がする。自民党でも散散見せ付けられたが、特に今回の民主党のバカン退陣云々で「民主党を壊さないこと」などと真ッ先に挙げてゐた鳩山の思考や、不信任するしないと大騒ぎした汚沢を筆頭とした内部のゴタゴタが全部この一文で原因解明されてゐる。

そして、トッド氏がイヤミのやうに「フクヤマによれば・・・・・・民主主義と定義することはいささかも禁じられてはいない」と指摘してゐるやうに、これは既に民主主義の域を離れてゐるものであらう。 特に、民主党のやうに「考えが違ふ人たち」がなぜか集まつてゐる政党といふのは、党内のマニフェストなる政策論議もバラバラで、「民主主義の国の政党」として国民に選んでもらふ資格は既に無いやうに思はれる。考えがバラバラであるのなら、正直に分離し別の党として出発し、「民主主義の対象」となる党とすべきである。

話が日本のことになつたが、トッド氏は戦後アメリカがいかにして道を間違へてしまつたか、を様々な角度から分析する。過去にベトナム戦争やキューバへの経済封鎖、「アメリカは戦争をすると大統領支持率が上昇し、世界の正義気取り」と書いたことがある。さう思つてゐた自分の考え(アメリカに対する印象)をトッド氏がデータを元に解説してゐるやうに感ぢた一冊であつた・・・・ 

 


それでも遺伝子組み換え食品を食べますか?

2011年06月07日 20時11分06秒 | 飲食

アンドリュー・キンブレル氏の著書。 キンブレル氏だけではなく、色々な医学博士、農家、環境活動家の方のコメントがあるので、キンブレル氏編集と言つてもいひかもしれない。

納豆を買ふときにちらりと見ると

「大豆(アメリカ・カナダ産 遺伝子組み換え食品は使つてをりません)」とか書いてある。

日本では、原則輸入禁止の遺伝子組み換え食品。

なので、明記されてゐたり人の食料では輸入できないが

飼料や、加工品で遺伝子組み換え食品が使用されてゐたら・・・・ それは確実に輸入されてないとは言へないのである。

遺伝子組み換え食品とは・・・・

元々の食材に、他の食材の遺伝子を組み込んだ食品である。例えば、豆に人の遺伝子を組み込んでゐるとか、魚にトマトの遺伝子を組み込んでゐるとか、有機栽培の農家が使用してゐる「自然界の殺虫成分のある植物」の遺伝子を組み込んだ野菜とか自然界では通常起きない「交配」を人工的に起こし作成した品なのである。

その結果、何が起きてゐるか

「自然界の殺虫成分のある植物の遺伝子を組み込んだ」ブロツコリイが作られる。最初はそのブロツコリイには虫はつかない。しかし、数年経つうちに、昆虫に耐性が出来てくる・・・・ さうなると、もはやその殺虫効果は無い。

さうなると、知らづに殺虫効果のある植物を使つて栽培してゐる農家は耐性のある昆虫の害に遭う・・・・・・

もしくは、遺伝子組み換え植物の花粉が飛ぶ・・・ 通常の植物と受粉する・・・・・・ 知らづ知らづに「苗」や「種」が侵されてゐる・・・ 

被害は殺虫効果だけではなく、食物アレルギイを持つ人に及ぶ。

海老やかにのアレルギイのある人が、その遺伝子を組み込まれた野菜を食べるとアレルギイ症状が起こる。しかし、当人は野菜を食べたつもりなのでなぜ海老やかにを食べたときの症状が出てゐるのかわからない・・・・・ 最悪の場合は死に至る。

このやうに、遺伝子組み換え食品には「目に見えない」危険が一杯なのである。

本書はアメリカ発行の本なので、アメリカを基準として遺伝子組み換え食品がどれか等が書いてある。

それを見ると、とうもろこしが圧倒的に多い。とうもろこしは加工品として日本に随分来てゐるやうである。

さうすると、遺伝子組み換えされたとうもろこしを使つた食品が日本にも出回つてゐることとなる・・・・ 

かなり恐ろしいことだ。

残念ながら、アメリカ政府はアメリカの農家、消費者に対して冷淡であり遺伝子組み換え食品の生産を禁じず、特許まで認め(大抵は化学会社が開発・特許取得し商品を販売してゐる)企業の味方のやうである。

それはまさに、日本の官僚が関係企業に天下る構図である。

何処の国でも一緒なのか・・・・と思ひつつ、わかる範囲で遺伝子組み換え食品は買はないこととした。

 


ベトナム戦争 民衆にとっての戦場

2011年06月07日 09時56分25秒 | 政治関連・評論・歴史・外交

吉澤 南氏の著書。

吉澤氏は1943年東京生まれ、71年東京都立大学大学院修士課程修了、茨城大学人文学部教授などを歴任、2001年逝去された。

ベトナム戦争とは一体どんな戦争だつたのか? アメリカでベトナム戦争経験や兵役拒否など話題にされるが、全く無知のことなので本を読んでみることにした。本書は色々な人(アメリカ人、日本人)の文書資料や吉澤氏のベトナムの友人を通したベトナム人へのインタビュー等を参考に書かれてをり、ベトナム戦争全体を知るのに良いと思ふ。

読みながら、再三思つたのは

「アメリカッて、ベトナムに何をしたくて戦争したのか?」

といふ疑問である。抗仏戦争からなぜかアメリカが出てきて、フランス兵が撤退したあとに宣戦布告もせずに攻撃したやうであるが、アメリカは何が欲しかつたのか? ベトナムに何をしたかつたのか?

全然わからない。

抗仏戦争は、1954年締結されたジュネーブ協定によりベトナムの主権と独立を承認した上で

1)フランス軍とベトミン軍との停戦、 2)両軍の引き離しのための臨時的な軍事境界線としての北緯17度線の設定、 3)ならびに停戦時に南ベトナムにいるベトミン軍の北ベトナムへの集結、北ベトナムにいるフランス軍の南ベトナムへの集結・全フランス軍の撤退、 4)2年後の1956年におけるベトナム全土にわたる普通選挙の実施、 5)選挙結果を尊重した民族の再統一・17度線の撤廃

を定めてゐた。ところがフランスが撤退してアメリカが入つてくると 4)の普通選挙の実施が南ベトナム政府から拒否されその結果 5)も葬りさられて北緯17度線だけが残つた。(P207-208)

アメリカは南ベトナム政府を「傀儡」政府のやうにしてゐたのかと思ひつつ、キューバのバチスタ政権の時と同ぢやうなことをしてゐたのかなと思つた。

キューバの場合はアメリカに利権を生み出すバチスタ政権を支持し、キューバ人のための利益と権利を主張し戦つたカストロやゲバラの革命の前にバチスタが逃亡した。その報復とも言ふべき経済封鎖や攻撃をキューバに始めて今にゐたる。

ベトナムの場合も、南ベトナム政府を通じて何らかの利権を得やうとしたのだと推測するが、一体何をしたかつたのか、イマイチわからない。 もふ少し色々な資料を読み進めればはつきりするかもしれない。

アメリカ人の中でもベトナム戦争に対して疑問を持ち、ニューヨークタイムスなどが暴露記事連載キヤンペエンを行なつたことから考えると、疑問が解けるか不明である・・・

表紙の写真で、枯葉剤による被害を受けたマングローブの林の写真がある。アメリカはベトナム戦争において「無差別爆撃(ジェノサイド)」と「自然環境破壊(エコサイド)」を行なつたが、キューバに対しても同様のことをしてゐる。キューバの幼稚園やデパートへの爆撃、特産品である葉巻畑への病原菌撒布攻撃などである。

アメリカは戦争をすると、大統領の支持率が上昇する。「正義」を振りかざしてゐるが、アメリカのいふ「正義」は「アメリカのためになること」だけであり、世界に共通するための行為とは違ふやうである。

国益も大事なのかもしれないが、色々な国が世界にある以上お互いの利権を尊重しつつ正義を主張することが大事だと思ふ。

アメリカがテロ攻撃を受けるのは、それが出来てゐないからだと思ふ・・・・・・ そんなアメリカに「日米同盟」の名の下に軍事施設とカネを提供してゐる日本の現況は変はるべきことだと思ふ・・・・・・ 


しつこさの精神病理 - 江戸の仇をアラスカで討つ人

2011年06月04日 17時42分53秒 | 医療 (医療小説含)

春日 武彦氏の著書。

精神科医である春日氏の著作は何冊か読んでゐるが、この題名に魅かれた。

「しつこさ」 

これは、中々だと思ふ。裏表紙には「本書のテーマ 恨み  恨みの呪縛で自らを不幸にするのはなぜか?」とある。

ますます魅かれる ・・・・・・

何故なら、人間には必づ「備はつてゐる」感情でありまた、その度合いの大きさ深さは他人とは共有できないものであり、度々「昔の恨み」による犯罪が起こり、その恨みの深さ=しつこさに驚かされることがあり、自分に置き換えて考えてみても、「謎」となる部分の感情だからである。

本書には実例と、小説として描かれてゐる例とが挙げられて解説されてゐるのだが、この例も興味深い。

「殺人同窓会」(P54-61)には、中学時代のクラスメイトに復讐すべく12年間恨みを持ち続けてゐた男の実例がある。中学時代からひたすら恨みを晴らしてやらうと進学する大学、就職先を決めた。それは化学会社であり、理由は毒薬等作る薬品が容易に入手できるからであり、大学で知識を身につけるためであつた。

果たして、その同窓会には砒素入りビールと手製爆弾が用意されてゐた。

同窓会も、参加人数を集めるため自ら積極的に企画し、アンケートをとり出席を確認し開催にこぎづけたのであるが、その男の母親が「犯罪手記」のやうなものを発見し警察へ通報、逮捕される。

「恨み」の凄さを表した一例であらう。 まづ、「恨みありき」なのである。そして、「恨み」を晴らすべく、計画を練り必要な知識を身につけるために進学先を決め、実行に移す手段を得るべく就職先を決める。

このエネルギーは凄い。 もし、大学受験に失敗したら計画が果たせない。就職先も希望通りいかなかつたら計画が果たせない。

この人は、「恨みを晴らす」ことを前提にすべて行動してゐるのであるが、そんなことを知らなければ「希望通り」の仕事に就けてよかつたね、の世界である。ここまでのエネルギーと頭脳があるのだから、ある日「いつまでも恨んでゐても」と感情を変えてくれれば、もつと世のためになることを発明したりしたかもしれない、と思ふと残念だ。 

ここまで「持続する」精神力がある意味、「病的」であり診断がくだされるのであらうが、中学時代当初に「恨み」を抱くやうな行動がクラスメイトからなされ、そのときに周囲がだう当人に接してゐるか、親が何か気付いて対処できてゐれば当人が「恨み」を抱えこまなくてよかつたのか、物凄く難しい問題であらう。クラスメイトの側からしたら、「恨み」を買ふやうなことをしたつもりはないかもしれない。

12年間当人が抱えてゐたものを、誰も気付かなかつたこと、当人が気づかせなかつたこと(周りの誰にもトラブルを話さない等)・・・・・・ 

報道される事態となつて、世間を驚かせ世間が好き勝手言ふのであるが、一番最初の部分に戻つて考えてみるとかなり「深い」問題であると言へやう。

「第六章  心の安らぎはどこにあるか」(P146-176)の中には、春日氏ご自身の「強迫神経症」の経験が書かれてゐる。 それを読みながら「人間はどこかで精神的なバランスを取るやう行動するやうになつてゐるのかな?」と思ひ、一方で「人間の精神といふのは、脆いものなのかな」と考えた。 

強迫神経症の症状は「攻撃的」な感情を押し殺してゐることが原因の一つであることがあるさうである。 怒りの反動だつたりするわけだ。さうすると、人を攻撃する人も自分の自己防衛のために他人を攻撃したりイヂメたりしてゐるわけで、さのやうにしか発散できないひとはある意味気の毒な人である。

なので、「恨み」に思ふよりも「哀れみ」の感情を抱いてあげたはうが、こちらの感情としては自分に害をもたらさないと考える。春日氏が同様のことを「自分を貶める行為」としてP170-173に記述されてゐる。

が・・・・・・

人間そんなに単純に行かない。程度や被害回数が度を過ぎると、やはり「恨み」が出てくるのである・・・ 「恨みを抱きたくなったとき、復讐を誓いたくなったときこそ、それは自分自身をじっくりと観察する好機なのである」(P174)は、大事な時間かもしれない。