廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

バッハへの想い

2018年07月28日 | ECM

Keith Jarrett / Paris Concert  ( 独 ECM Records 1401 )


結局のところ、私が一番好きなキースのソロ・ピアノはこれのようだ。 代名詞であるケルンはやっぱり全然聴かなくなっている。 あれはもういい。

収録時間の半分以上を占める冒頭の "October 17, 1988" はその場の即興というよりは、事前に準備されたモチーフだったのではないだろうか。
これはどこからどう聴いても、バッハの架空のクラヴィーアのための近代的変奏曲だ。 この後、バッハの平均律やゴールドベルグ、フランス組曲などを
録音しているので、当時は四六時中バッハのことを考えていたのだろう。 肝心のバッハの録音の方はつまらない演奏だったが、このアルバムの
疑似バッハは筆舌に尽くし難い圧巻の出来だ。 演奏が終わった後の観客の熱狂の様子はヤバい感じで、誰か失神者が出ていてもおかしくない。
人間、よほどのことがない限り、こんなに激しく拍手することはないだろうから。 祈りのような音楽に人々が感動している様子が生々しい。

一筆書きのような "The Wind" も素晴らしい名曲で、タイトルが示す通りのアメリカの広大な自然の匂いが立ち昇る様子に、パリの聴衆は我を忘れて
聴き入り、演奏後は絶叫するかのような感激ぶりだ。 その気持ちはよくわかる。

そして、それらの熱狂を冷ますかのように最後に置かれた短い即興のブルースで締め括られる。 これで聴衆たちは酔いから覚めて、無事帰宅できただろう。
構成もよく出来ている。

若い頃の力で聴く者をねじ伏せるようなところは後退し、純粋に音楽を聴かせようというこの顕著な変化はスタンダーズの経験から来るものだろう。
そういう意味ではキースと観客の関係はケルンやブレーメンの頃とは大きく異なっている。 そして、そういう変化が音楽そのものをも変えていったように思う。
今となっては、心身ともに元気で、尚且つ音楽的に成熟した80年代がこの人のピーク期だったんだなあと切ない気持ちで振り返るしかないのは残念だ。


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