玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

「代理母」報道の偽善、あるいは認知の歪み

2007年03月27日 | 代理出産問題
子供のころ初めて読んだ「大人向けの本」は星新一のショートショートだった。
そのころからずっとSF小説を読みSF映画・アニメを見続けている。
マニアとか筋金入りとはとても言えないが、長年のSFファンとしてたいていの「非人間的」「非常識」「非倫理的」なアイデアには驚かない。
たとえばロバート・J・ソウヤーのネアンデルタール三部作では「ホモ・サピエンス・サピエンス(人類)が滅び、ホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)が高度な文明を築いた並行世界」の姿が描かれているが、その世界はずいぶん非人間的だ。

ブックレビュー:《ネアンデルタール・パララックス》 シリーズ

ソウヤーの描くネアンデルタール世界には戦争はなく、犯罪はほとんど起きず、技術は進歩し、人口は抑制され環境問題も存在しない。
これだけだと理想的な世界のようだが、その代償として
  「宗教が存在しない」
  「すべての成人は腕に電子装置を移植し行動履歴が記録される」
  「犯罪を犯したものとその家族には断種処置が施される」

という条件がある。
「宗教の存在価値を否定」「プライバシー侵害」「優生学の社会的応用」どれも現実の世界では「人権を損なう・非常識な・非倫理的な」アイデアだが、SFの架空世界なら「むしろネアンデルタール社会のほうが合理的かも」と想像して楽しむことができる。

代理母とか、その延長線上にある人工子宮についても、それがSF的アイデアであれば驚きはしない。
代理母は「家畜人ヤプー」(未読)で描かれているそうだし、人工子宮は「すばらしい新世界」「断絶への航海」でおなじみだ。
だから未来の選択肢として「代理母という方法を認めるかどうか議論する」のをタブーにするつもりはない。

だが、先日の最高裁判決をきっかけに噴き出た「現実に行われているのだから、代理母を法的に認めるのが当然」と言いたげなマスコミ論調や一部世論にはたじろぐ。引く。空恐ろしくなる。「『アイデア』と『現実』の区別がわかってるのか?」と問い詰めたくなる。
核燃料加工施設で職員がウラン溶液をバケツで移して臨界事故が起きたことがある。
   東海村JCO臨界事故 - Wikipedia
「代理母が行われている現実にあわせて法律を作れ」という発想は「バケツ移送の現実に合わせてマニュアルを書き換えろ」と似てはいないか。

柳沢厚労相の「産む機械」発言にマスコミ・野党・世論が大騒ぎし「人として許せない」と激怒したのはほんの2ヶ月前のことだ。
そのとき私は「柳沢氏が『女性は産む機械だ、それで何が悪い』と開き直ったならともかく、当人が失言と認め謝罪したのに許さないのはおかしい」と書いたし、今もその考えは変わらない。人口統計を説明するとき人間機械論を比喩として用いても倫理的問題が生じるとは思わない。

単なる比喩(失言)にさえあれほど怒りを煮えたぎらせた「良心的な」人たちが、現実のアメリカ人女性を「産む機械」として利用したT夫妻の事例に疑問を感じないらしいのは理解に苦しむ。彼らはあの時いったい何に怒っていたのだろう。「産む機械」という言葉を発することさえ許せないなら、誰かがそれを現実に実行するのは論外のはずだ。言葉遣いには異常なほど潔癖なのに「『産む機械』を利用して開き直った」T夫妻の現実に優しい目を向けるのは不思議だ。「産む機械」という言葉さえ使わなければ、遺伝子エゴイズムを「善意」と「愛」のオブラートで包めば、女性を人工子宮の替わりに利用してもいいのか?

私自身は「代理母」を肯定はしないが絶対的に否定するつもりもない。
クローン人間とかデザイナー・ベイビーと同程度に「人類にとって可能な選択」だろう。50年後にはあたりまえになっているかもしれない。
利益と不利益が充分に議論され、社会が「代理母とは一人の女性を『産む機械』として利用することだ」という認識とともに受け入れるなら筋が通る。その決定に賛成票を投じるつもりはないけれど。
しかし現在のマスコミ論調はそうではない。「産む機械」という言葉には強い拒否反応を表したのに、「女性を産む機械として利用すること」を問題視していない。

それが意図的な偽善、狡猾な二枚舌ならまだマシだ。現実認識を失っていない。
だが彼らは自分たちの二重基準を認識さえしてないようだ。精神病的な認知の歪みを思わせる。
自分の手がしていることを自分の頭が認識していないようなチグハグさ、不気味さ。
おかしい、絶対に変だ。


代理母関係リンク

代理母出産 - Wikipedia

大野和基ホームページ
  向井亜紀の代理母
  あなたの子供、私が生んであげます。代理母 ~アメリカ人の代理母から日本人夫婦のこどもが誕生
  複数対象取材の難しさ-「代理母」リポートの場合(前編)
  複数対象取材の難しさ-「代理母」リポートの場合(後編)
  代理母インタビューの真実
  「美談」ではすまない代理出産ビジネスの実態 向井亜紀の代理母が語った「報酬」と「自己破産」


備忘録です。あしからず (向井亜紀ブログにみる)ブログにおける情報操作
                (向井亜紀ブログにみる)ブログにおける情報操作 その2
                代理母の問題点 (必読)
ぶるうすかい blueskyblue の保健室:「出産は高リスク 250人に1人「死ぬ寸前」経験」
Cafe雑賀 ~ マスターの独り言 ~:代理出産は生命への冒涜か
tomozo:代理出産
キリの歯ぎしり  ~隣の芝生は青かった~ : 「代理母」問題と、どうしても子供が欲しい!・・・って 、どうよ
勝手にあれこれ:不受理確定
仙台・宮城の田舎税理士岩松正記(;´ロ`)の日記:特別扱いしないのは当然
プリティー ドッグ ~はこだて生活~ 産む機械じゃなくて良かった
いくばくかの・・・・:女性は生む機械
今日の一言 法律のくすりやさん:「産む機械」 発言は認めないが、行為は認める不思議な人々
tak shonai's "Today's Crack" (今日の一撃): 「産む機械」 というビジネス
nv倉庫 - 機械は血の通った生命を産み出せるのか。


日本の法律に代理母出産についての規定がないため、代理母出産の法整備について議論が起こっています。 あなたは、代理母出産をどう思いますか?
現実が先行 生殖医療 :読売新聞
[代理母出産]向井亜紀出生届認められず リアルタイム世論調査@インターネット リアヨロ

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13 コメント

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二枚舌ではないと思いますよ。 (bywordeth)
2007-03-27 21:23:47


「産む機械」への反発し代理母に賛成というのは、「私が子供を産まなくてもいい、産めなくてもいい。(精子と卵子があれば)子供は金で買えるべき。」という意味だったのでしょう。
ある意味唯物論的な考えで、旧社会党系の人たちが反発したのは理にかなっているんじゃないですかね。

民放系のテレビ局も同じ考えって事ですよね。
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確か (Chic Stone)
2007-03-27 21:49:09
「ネアンデルタール・パララックス」で、ネアンデルタール側に宗教がないのは
「宗教を禁止している」のではなく、単に(小説内での、文明を発達させた)ネアンデルタールの(小説内で仮想されている)脳にグリクシン(ネアンデルタールサイドから見た現生人類の呼び名)と異なり宗教に対する感受性がない、というだけですよ。
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米国人になれないまでも米国人の腹を借りたい (安部奈亮)
2007-03-27 22:01:54
この手の人達は米国という国家がやる滅茶苦茶なことには反対するのに、米国人個人が行うハチャメチャなことには憧れを懐くという不思議な感性を持っていますよね。
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近視眼しか持ち合わせていないため (TAKE(法律のくすりやさん))
2007-03-28 02:00:06
トラックバックありがとうございました。
また、意見も非常によくまとまっていると思います。

私は、今、この代理母問題だけでなく、多くの問題で論理矛盾を生じるのは、マスコミや誘導されている日本人の多くが近視眼しか持ち合わせていないことに原因があるように感じています。

この問題だけでなく、多くの意見がその時の「気分(感情)」で論じられている。そのように危惧しています。

>だが彼らは自分たちの二重基準を認識さえしてないようだ。精神病的な認知の歪みを思わせる。
>自分の手がしていることを自分の頭が認識していないようなチグハグさ、不気味さ。

日本人の多くが、「論理的に把握する」認識能力が欠けている(訓練されていない)ことに問題があるのではないでしょうか?
私には、今の社会がそのように感じられます。
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同感です (テツ)
2007-03-28 08:38:46
私は以前からこの人の矛盾をずっと感じてました。

言動と実際の行動が伴わない人だなあと。

一つも母親らしいこともできていないのに、世間や形式を利用して、少しでも自分の心の中になる代理母ということを払拭したいだけではないかと...。

TBさせて頂きました。m(_ _)m
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よくわかりません (ぬああ)
2007-03-28 09:31:29
人口統計を説明するとき人間機械論を比喩として用いても倫理的問題が生じるとは思わない。

のであれば、

柳沢氏が『女性は産む機械だ、それで何が悪い』と開き直

っても問題はないんじゃないですか?なんで、「開き直ったならともかく、」なんですか?ともかくっていうからには、開き直ったらまずいってことですよね?でも人間機械論を持ち出したって問題は無いんでしょ?よくわからないな。
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極端な言い方をすれば (GLOCK)
2007-03-28 10:11:38
「政府のやることなすことみんな悪い」
ってことなんでしょうけどね。
叩けりゃなんでもいい、論理的整合性なんかキニシナイ。
代理母は、まさしく感情的に「可哀想な両親がようやく子を授かった」
ところだけ取り出して「よかったよかった」といってる、と。
で、世論が感情的にこれを肯定的に捕らえてることを利用して、
「これを認めない政府はけしからん」ともっていってる、
てなとこでしょうねー。
いずれにせよ、ロジックではなく感情でもの言ってるわけで、
仮にも「報道機関」「言論機関」とか名乗ってるとこの
やるこっちゃないわけですが。

>ぬああさん
前者はこちらの管理人さん個人の考え、後者は世間の評価です。

・管理人さん個人は問題あるとは思ってない。
・また、柳沢氏が開き直っているなら、発言を問題視した
人たちが怒り続けているのも分かる。
・しかし、柳沢氏は「失言」としてきちんと謝罪しているのだから、
今なおそれを叩き続け、辞職を求めるのはおかしい。

おおむね、こんな意味ではないかと。
……本人ではないのであくまで推測ですが。
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アンチヒューマニズム (nomad)
2007-03-28 13:10:10
えー…
僕自身は「代理母賛成」「臓器移植賛成」「人間=機械」「人権は一部の地域の便宜上の概念」と思っているのです。

んがー、そういう自分のことは「自分の都合しか考えないエゴイスト」とも考えています。なので、あんまり皆さんの会話に入り込むことはできそうもないですね。

ただなあ、「ヒューマニスト」とという人のことはよくわからない。本当のヒューマニストは、どのように考え、行動すべきなんでしょうかね。
僕は、かわいく笑う目の前の女の子の命と、どこかの見ず知らずの脳死と診断された子の命がイコールだとは思うことができない。それはエゴイズムなんですけども。

高田さんの件は、「法律がそうならしょうがないじゃん」という感じですかね。実子と記載されないことで何か大きく特別な不利益があるなら別ですが。法律はどうあれ、それを受け入れたほうがいいんじゃないかな、と思います。
何か、確実なもので保証して欲しくて、世間というものに自分たちの行動は正当だと訴えているのだと思いますが。
せつない願いではありますが、それもそれとして受け入れた方が、心は安らぐと思うんですけどもね。せん無いことだとはわかっていますが。

僕は皆さんと意見が違いますけれど、皆さんの意見はよく聞いて、参考にさせていただこうと思います。
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Unknown (bywordeth)
2007-03-28 21:39:30
社民党の党首は代理母に対して玉虫色の評価でした。
誤ったコメント書いてすみません。
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子供の目を意識しているのかな (安部奈亮)
2007-03-28 23:40:51
ここまで社会通念や法律をなみしておきながら、戸籍制度に拘る所が矛盾しているような

生まれてきた子供に対する後ろめたさを払拭するための行動、という解釈もできるかもしれません。「お父さんとお母さんはあなたを自分たちの子供にするためにこれだけ努力したのよ」、という証明が欲しいのかもしれない。
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