玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

死刑をパフォーマンスにする人たち(その2)

2010年07月30日 | 政治・外交
ひとつ前の記事で千葉法相に対する死刑存置派の言いがかりがひどいと書いた。
別に千葉氏が正しいとか批判するなとか言うつもりはない。
裏切られた死刑反対派が怒るのは当然だし、存置派が「なぜこれまでサボタージュしていたのか」と批判するのも理解できる。だが、「落選議員が閣僚を続けるのはけしからん」(憲法68条を無視)だの、「本人が責任逃れするために利用した」(かえって批判が燃え上がり責任逃れどころではない)だの、こじつけとしか思えないようなくだらない批判を聞かされるとうんざりする。死刑存置派の多くは保守派だと思うが、それこそ品格が下がるというものだ。
安倍元総理や読売新聞・産経新聞のくだらない千葉法相批判に呆れていたら、ようやく「強硬な死刑存置論者」が千葉法相を評価する意見を見つけた。それも一般人ではなく、オウムと命がけで戦った滝本太郎弁護士である。


千葉法務大臣の死刑執行-批判に関して | 『日常生活を愛する人は?』-某弁護士日記
なんともまあ。下記のような批判。
それも、死刑維持派、廃止派の両方の一部から。

いわく
1-落選し民間からの法務大臣なのに。
2-法務大臣でいることへの批判を避けるために、死刑囚とはいえ命を利用した。

何を言っているのか、と。

1-法務大臣は、なっていることそれ自体で、もう「民間」ではありません。
国家として刑の執行を代表する立場です。

そもそも、「民間人」だとしても、なんら死刑執行を命令することに矛盾はないです。国家の刑罰権の独占は、国民から刑罰権を奪った代償であり、もともとは国民の権利に由来するのだから。

2-これが、落選したのに法務大臣でいることの批判を避ける材料になるはずがないではないですか。

実際、そんな材料になどなっていないのだし、なるはずがない。
そんな1―2か月法務大臣でいることの批判なぞより、死刑を自ら執行することの重さの方がはるかに重いのが当り前ではないか。

死刑維持派からそんな批判もありえることも覚悟で、執行したのでしょう。まして、親しかった死刑廃止論の方々から「裏切り者」にされることも覚悟で執行したのでしょう。文字どおり身を切られる想いだった筈です。
いわば、自ら泥水を飲んで、死刑制度を国民に問うた、のです。凄い覚悟だな、と私は敬服するのです。


まことにごもっとも。
いや、私自身は死刑を執行停止・廃止すべきだと思っているから滝本氏の意見にそのまま同意することはできないが、死刑存置派の意見としては筋が通っている。安部元総理や読売・産経のように難癖をつけて無理やり千葉法相を批判するよりはよほどすがすがしい。

私は死刑についての議論をよく知らないが(なにしろ読んで楽しくなる話題ではない)、千葉法相を批判する死刑存置派の態度が矛盾しているように思えてならない。たしか、多くの存置派は「法相の個人的信条はどうでもいい、法相の職務として死刑執行命令を出す責任がある」と主張していたのではなかったか。おそらく「死刑反対派が法相になること自体許せない」と思う人も多いのだろうが、憲法で思想信条の自由が認められているからおおっぴらには言いにくい。だから「思想は横に置いて形だけでも義務を果たせ」ということになる。これを「形式論」と呼ぶことにしよう。

さて、千葉法相はこれまでいかなる理由によるものか死刑執行命令を出さずにいた。死刑存置論者には腹立たしいことだ。そこで「形式論」を用いて「死刑執行は思想の問題ではない、法相の義務だ」と批判する。ここまでは筋が通っており問題ない。
ところが、千葉氏は急に心変わりして(本人にそのつもりは無いようだが)、二件の死刑を執行した。これまで形式論で批判してきた存置派は「千葉氏が何を考えているか知らないが、ともかく義務を果たしたのは正しい」と認めるべきだろう。
だがそうはならなかった。「急に死刑を執行したのは『落選したのに大臣の座に居座っている』ことへの批判をかわすためだろう」と決め付け、そんな不純な動機のために死刑執行するのはけしからん、と怒ってみせたのである。ちょっと待ってくれ、いつから動機が問題になったんだ?これまで「思想は二の次、死刑を執行することが大事」と言ってきたのは嘘なのか?千葉氏や死刑反対派批判のためにはダブルスタンダードも許されるのか?

これが逆だったらどうだろう。
鳩山元法相がかつて提案したように「ベルトコンベア式」に死刑を執行していた法務大臣が何らかの理由で「今後、私の任期中は死刑執行命令に慎重の上にも慎重を期します」と実質的な執行停止宣言をしたとする。仮にその動機が法相の個人的な利害であったとしても、死刑反対派が「そのように不純な理由で執行停止するのはけしからん」と怒るとは思えない。むしろ「理由はどうあれ、執行停止を歓迎する。次の法相も引き継いでほしい」と歓迎するはずだ。

私自身は死刑を執行停止・廃止すべきだと考えているが、死刑制度を続けるべきだと考える人たちを軽蔑したり非難するつもりはない。死刑についての議論は感情的になりがちだが、あくまでも行刑制度の一部として冷静に(感情よりも「勘定」で、合理的に)論じられるべきだと思う。
だが、千葉法相への言いがかりのような批判、ひどいダブルスタンダードを見せられると、そりゃちょっと卑怯だと思ってしまう。安倍元総理や読売・産経のような無理筋の批判が大きな顔をしていると、死刑存置論者全体の信用にも傷が付く。私が心配する筋合いではないが、これまで「形式論」で千葉法相の「サボタージュ」を批判してきた死刑存置論者は滝本弁護士を見習って「義務を果たした」千葉法相をフェアに評価すべきだろう。


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3 コメント

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左翼・民主党に期待できない (左巻き菅)
2010-07-30 20:22:28
左翼民主党を象徴する外国人参政権及び夫婦別姓を推進する極左翼・千葉景子は、幸い落選した。
これは、死刑反対の千葉景子法相が神奈川県民から受けた“死刑判決”。
菅直人は死刑囚を法相として政権内に温存する。
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第二の辺野古 (気道○)
2010-08-06 12:57:26
千葉法相への批判は単に民主党への攻撃に過ぎない。多分に政治闘争と呼ぶもの。死刑存置論と結びつけて考えるから、存置論者の批判がおかしいという話になる。
むしろ、死刑廃止論者が法相となり、亀井氏という死刑反対派の有力政治家が連立政権の一翼を担ったにもかかわらず、この結果に落ち着いたことを問題すべきだろう。
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Unknown (てつと)
2010-08-10 11:30:49
コメント1人目みたいな方がいらっしゃるから、こじれるんですね。単純に私は、千葉さんが「急に予想外の動きをする」点に不快感を感じました。

一貫性が感じられない、あるいは方針転換するにせよ、その理由が不明or不純な政治は、不安になります。だから千葉さんが批判を受けるのは当然です。
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