黒古一夫BLOG

文学と徒然なる日常を綴ったBLOG

村上春樹は何故ノーベル文学賞を受賞できなかったのか

2011-10-07 04:20:02 | 文学
 昨日の夕方、日本テレビの報道局を名乗る女性から電話があり、「今夜8時にノーベル文学賞の発表があるが、受賞したらコメントを戴きたい」というので、一応「いいですよ」という返事をしたのだが、その時思ったのは、例年に比べ今年はあまりフィーバーしていないが、何故だろう、ということであった。10日ほど前にも、産経新聞大阪本社の文化部(学芸部?)だというY氏(女性)から「村上春樹文学の特徴を教えて欲しい。また彼は今年ノーベル文学書を受賞するだろうか」という電話があり、1時間ほど話をして(その時話をしたことは、ネットから10月4日の「産経ニュース」で読むことができる)、「そうか、またそういう季節になったんだな」という思いをしたのだが、ノーベル賞の各部門(物理学賞など)が発表になったにもかかわらず、僕の購読している朝日新聞も東京新聞も、また娘の家で購読している地方紙にも「村上春樹」の名前が出ることはなく、日本テレビから電話が来るまですっかり忘れていた、というのが正直な話である。
 産経新聞の取材にも、また日本テレビの取材でも、僕は村上春樹のノーベル文学賞の受賞は難しいのではないか、と答えておいたのだが、すでに多くの人が知っていると思うが、結果は昨夜の8時に僕が予想したとおり、今年もダメであった。
 この結果について、冗談まじりに本音を言えば、村上春樹について2冊の本を出している僕としては(産経新聞も日本テレビも、また昨年・1昨年のNHKも拙著を読んだので、取材するのだ、と言っていた)、村上春樹のノーベル文学賞受賞によって、それらの本がいくらかでも売れてくれればいいな、という思いはいつも持っていたので、残念だという気持ちは多くの村上春樹ファンと変わらないのではないか、と思っている。
 ところで、何故、ここ何年か毎年ノーベル文学賞の候補としてノミネートされ、イギリスの「ブックメーカー(賭け屋)」などによれば常にその掛け率が高く、可能性を伺わせ続けてきて「今年こそ」という思いを本人も、また関係者(出版社や編集者、など)も抱いていたであろうに、これまでずっと受賞しなかったのか。
 現時点で、理由は二つあるように、僕は思っている。一つは、これが最大の理由だと思っているが、作品内容に「ブレ」が多い、ということ。「ブレ」とは、これまでのノーベル文学賞の受賞者を見てくると、大江健三郎もそうであったが、ノーベル文学賞作家には「社会性」(辻井喬流に言えば「論理性」「思想性」ということになる)が必要で、つまりその作品内容が現実世界や社会の問題とどのように関わりを持つか、あるいは人間の過去―現在―未来といった「歴史」とどのように交差してくるのか、というようなことが重要視される傾向にあるが、村上春樹の作品にはそのような「社会性」「歴史性」を持つものとそうでないものとが混在していて、(たぶん村上春樹はそのことに無自覚だと思うが)そのような作品内容の「違い」(作者の「迷走ぶり」)のことに他ならない。文明批評・社会批評の側面が村上春樹の文学にはあったりなかったりしている、と言ったらわかりやすいか。
 例えば、この「ブレ」は、一つの作品の中にも見られ、すでに拙著『「1Q84」批判と現代作家論』の中で詳述しておいたが、『1Q84』の「book1」および「book2」と「book3」とが、全く違う作品のような構成になっている、というようなことである。多くの評者は、これぞ「ポスト・モダン文学だ」などと言って村上春樹の文学を称揚してきたが、この「ブレ』が存在する限り、ノーベル文学賞は遠いのではないか、と思う。
 二つめの理由は、例えば先に僕が批判したカタルニア国際賞の受賞スピーチにおける「日本人は核に対して『NO』を叫び続けるべきだった」というような「社会的発言」、あるいは1昨年になる「壁と卵」と題するエルサレム賞受賞講演を、何故日本国内で日常的に行わないのか、文学が国民(民衆)と共にある(その国民の精神的な抑圧からの解放を主眼とする)ものだとすれば、世界でいくら数多くの読者を得ていたとしても、国外で単発的に行うスピーチはその内容に間違いがなかったとしても、ある種のパフォーマンスにみえるのではないか、ということである。
 いずれにしろ、村上春樹がこのままの作風でいるならば(『1Q84』のような作品を書き続けるならば)、ノーベル文学賞の受賞は当分のあいだ難しいのではないか、というのが僕の率直な感想である。日本テレビは、受賞しなかったという報告電話のあとに、「また来年お願いします』といっていたが、はてさて来年はどうなるか。来年ことを言うと鬼が笑うから、来年ことは来年が来たら、ということにしておこう。