日本史学習拾遺

日本史よもやま話、授業の補足、学習方法

「三角縁神獣鏡は国産」と初めて表明した大塚初重氏の講演!(埼玉県 ほるたま考古学セミナーにて その1)

2015-04-19 20:52:47 | イベント
2ヵ月以上も前の話題で恐縮ですが、2月1日(日)、埼玉県埋蔵文化財調査事業団が主催する「見えてきた!!古墳時代の幕開け―東松山市反町遺跡を中心に―」の講演会に行って来ました。



私が興味を持っている勾玉に関する内容であるのと、明治大学名誉教授の大塚初重先生が特別講演でいらっしゃるというのに目を見張り、これはぜひ!ということで、熊谷は遠いんですけれども行って来ました。

大塚先生の本は、昨年までに何冊か読み、学術的な成果ももちろんですが、それ以上に、ドラマチックでバイタリティあふれる発掘人生に感銘を受けました。やはり考古学の先生はアウトドア派で人間味があって面白いと思います。1926年生まれということは、今年89歳ですね。謦咳に接することができる機会はそう多くはないだろう、と思い、この機会に恵まれたことに感謝しています。

この1年間でも、寺沢薫さん、白石太一郎さんなど、考古学の著名な先生方のお話をナマで聴くことができました。意外とその気になれば可能なんですね。

熊谷は東京からだと本当に遠く感じます。私の家から1時間半はかかり、熊谷のあたりに来ると山が都内とは違うものが見えてきて、ああずいぶん遠くまで来たなあと感じます。熊谷といえば夏の驚くような高温で有名ですが、冬はもしかして群馬に近いし、からっ風なんかが吹き荒れて寒いんではと思って行きましたが、実際そんな感じでした。

この講演会は、午前午後にまたがり、参加者も大ホールを埋め尽くす大規模なものでした。老若男女の方々が集っていました。それにしても、私も家を8時前くらいに出て来て、なんとか間に合わせましたが、大塚先生は、一番最初の講演者で10時20分からで、都内からいらっしゃるんだろうか?都内からだったら熊谷は遠いし、主催者側はホテルでも用意したんだろうか?それにしても御高齢でもある大先生が電車に乗って熊谷まで来られるんだろうか?とかいろいろ頭の片隅で考えていました。
案の定、司会の方から、会の冒頭で、
「大塚先生は遅刻されて今電車で向かっているところですので、大塚先生の講演は、午後一番とさせていただきます。大塚先生の講演を楽しみにいらっしゃった方々にはお待たせして申し訳ありません。」
といった趣旨の連絡がありました。
ほらー、やっぱりこんなに朝早くから熊谷に来てもらうなんて大変なことなんだよ。ホテルに前泊していただくくらいのことはしなきゃ、そうでなかったら、ゆっくりの時間帯に講演していただくように設定しておかないと・・・と私は心の中でぶつぶつ言っていました。

埼玉の埋蔵文化財の方は、こちらが本拠地で、逆にあまり都内まで行く用事も少ないんでしょうけど、都内からこちらに来るのは結構大変なんだという想像力を働かせてほしかったですね。

大塚先生もよくぞ熊谷まで来てくださいました。私は初めてナマに接しました。ステージの上がり降りは、スタッフが先生の手をとって補助していましたが、講演は、声にも張りがあり、さすが、という風格・存在感が漂っていました。

講演のタイトルは、「東国の出現期古墳と大和政権」でした。
内容は、メモしていたはずなのですが、意外にメモが少なく・・・紙がどこかに行ってしまったのか、そもそもなかったのかすら記憶にありません。そういうわけだから、できるだけ早めに、ブログには自分の覚え用としても残しているのですが。
ありがたいお話だった・・・で、中身をすっかり忘れてしまう人も世の中には多いはずです。

とりあえず、細かいお話は省略して、印象に残ったものを二つくらいここに記録しておきます。

一つは、卑弥呼が魏からもらった鏡ではないかといわれる三角縁神獣鏡について。これは、中国では出土していないことから、中国製ではなくて、国産ではないかという説もあったりして、決着はついていませんが、大塚先生は、ここ何ヵ月か?だったでしょうか、の間に、三角縁神獣鏡は国産である、と確信(といったかな?)するようになった、とのことで、
「今日初めて、私が三角縁神獣鏡国産説の側に立つことを公に表明しました。」
と、実際のお言葉がどうだったか、忘れてしまったのですが、こういう趣旨のお話をし、会場がわきました。
私も、国産かな、と思うようになっていたところでした。最初にもらった鏡は、もしかしたら三角縁神獣鏡だったかもしれませんが、国内各地で大量に発見されているものは、最初にもらったものをまねるなどして国内で作った鏡なのではないかなと思います。

前の学校の日本史の授業では、三角縁神獣鏡は卑弥呼がもらってきた鏡といわれている、と紹介をし、国産の可能性については全く話しませんでした。万城目学の『鹿男あおによし』の紹介はしました(笑)。まあ面白いので読んでみてください。
今の学校では、日本史A(近現代)しかやっていないので、この2年間は古代の授業を残念ながらしていません。古代の授業ができる学校に行ったら、もう少し詳しく説明したいですね。

しかし、先日、中国・洛陽で三角縁神獣鏡が発見された、というニュースが流れました(3月2日朝日新聞)。三角縁神獣鏡は国産だ、とおっしゃっていた大塚先生の心境やいかに?と思いましたが・・・私も、驚きましたが、本当かな?という思いもわいてきました。
この鏡は、土の中などから発掘されたのではなく、論文を書いた人が骨董市で譲り受けたものだとか。出土地不明の鏡は、古美術品であっても、考古学資料とはなりにくい、とおっしゃる先生もいらっしゃるそうです。確かにそうです。
三角縁神獣鏡は国産だという考えを表明した大塚先生の立場が今すぐに揺らぐような発見、ということではなさそうです。
科学分析によって、鏡の材料の原産地がわかるそうですから、そのような分析方法を使って、どんどん解明を進めて行ってほしいですね。

大塚先生のお話でもう一つ、今日も若い方が遺跡の出土品についての詳細な調査の発表を行っていて、それはそれで意義のあることだが、もっとスケールを大きく、古代の全体像を描き出すようなこともやってほしい、という趣旨のことをおっしゃったのが印象に残っています。
要するに、それぞれ末梢的な研究ばかりが盛んだが、多少間違っていてもいいから(ここは私の願望か創作か幻聴か)古代の全体像を明らかにすることにも挑戦してほしい、ミクロだけでなくマクロの視点をもって研究してほしい、ということかなと思います。

すべて実証的な手続きばかりを踏んで、小さな部分から固めていっていたら、私達が生きている間に、大したこともわからないまま時間が過ぎて行ってしまうかもしれません。多少、想像などでつなげたとしても、一般の人々の知的好奇心をある程度満たすことができるような、古代史像を、示せたらいいですね。里中満智子さんのように漫画という手法を使ったり、松本清張さんの小説のような形もありますね。

大塚先生のお姿を目に焼き付けつつ、私もできる限り、走り出した考古学への道を自分なりに追求していこうという気持ちを強くしました。私の場合、純粋な考古学というよりは、「古代学」になるのかなと思います。
大塚先生は明治大学の公開講座などもやっていらっしゃるようで、いつか受講できたらいいのですが。それになんと、大塚先生と私は誕生日が一緒のようで(笑)、光栄でございます。
今日はこのくらいにします。

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