ヒナフキンのスサノオ・大国主ノート

「神話探偵団~スサノオ・大国主を捜そう!」を、「ヒナフキンのスサノオ・大国主ノート」に変更します。雛元昌弘

31 安土城5階八角、6階四角の謎

2009-04-09 22:11:53 | Weblog
安土城天主信長の館の復元された天守内部
(ウィキペディアより)

●ボク 21:26
奈良出身の私がまず思いつくのは、「八角」は法隆寺の夢殿ですね。
長方形の建物は多いけど、「四角」というと、金閣寺か茶室でしょうか。内部が金箔で覆われていたというのは金閣寺の模倣で、お茶を楽しんでいた信長が四角を選んだとも考えられます。

●カントク 21:27 
さすが、優等生の回答じゃのう。
しかし、それでは、天王・スサノオ、天主・信長とは、繋がってこぬではないか。

●ヒナ 21:29
スサノオの時代の山上の四角と言えば、出雲の四隅突出型方墳でしょうか。
「八角」と「四角」の組み合わせとなると、上八角下四角の古墳があります。スサノオを信奉していた天武天皇陵(天武・持統合葬陵)やその両親の舒明天皇・斉明天皇(皇極天皇)の墓も上八角下方墳の可能性が高いとされています。

●カントク 21:35 
答えは出たようじゃな。しかし、「八角」と「四角」の組み合わせは、他にもある。見落としていないかな?

●カントク 21:37 
ちょっと難しかったようじゃな。
答えは、天皇が即位する玉座の「高御座(たかみくら)」じゃ。平成天皇の即位式にも使われておる。京都御所の紫宸殿に置かれておるが、これは方壇の上に、八角形の屋形が載せられておるぞ。

●マル 21:41 
八角は、天皇を象徴しているのかあ。

●ヒナ 21:42
古墳でいうと、そうでもありません。
ウィキペディアからの受け売りですが、八角墳としては、文武天皇陵の可能性のある中尾山古墳(明日香村)、草壁皇子の可能性のある奈良県高取町の束明神古墳は天皇家の墓です。しかし、稲荷塚古墳(東京都多摩市)、三津屋古墳(群馬県吉岡町)、経塚古墳(山梨県笛吹市)、伊勢塚古墳(群馬県藤岡市)、中山荘園古墳(兵庫県宝塚市)が八角墳ですし、尾市1号墳(広島県福山市)、神保一本杉古墳(群馬県吉井町)も八角墳の可能性あるとされています。

●ヒメ 21:49 
天皇・皇族陵が八角形と定められた後に、各地の豪族が八角墳をつくることは考えにくいよね。

●カントク 21:51 
そうなんじゃ。先に各地に八角墳があって、それを天皇家が採用した、と考えるべきじゃろう。しかし、上八方下四方となると、天皇家のシンボルとなる形と言えよう。

●ボク 21:53 
カントク、「上八角下四角」から、「上八方下四方」へと言い方が変わっていません?なぜですか。

●カントク 21:55 
ヒナちゃんの影響で少し冴えてきたではないか。
ヒメやヒナちゃんに「女は推理、男は論理」なんて言われないように、推理力をもっと磨いてはどうかな。

●ボク 21:57 
それより、「八角四角」から「八方四方」など、どんどん脱線していません?

●カントク 21:58 
心配はご無用。スサノオの謎を解くためには、安土城の謎を解く必要がある。
信長は安土城で、「上八角下四角」をひっくり返して、なぜ、「上四角下八角」の天主閣を建てたのか。第4の謎解きじゃ。
「生か死か」、「八角四角か八方四方か」、ザット・イズ・ザ・クエッション。

(ネタモトは日向勤氏の『スサノオ・大国主の日国―霊の国の古代史』(梓書院)です)


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1 コメント

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大物の匂い (熱処理関係)
2021-05-22 11:21:42
安来は特殊鋼産業でも有名だしな。
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