ヒナフキンのスサノオ・大国主ノート

「神話探偵団~スサノオ・大国主を捜そう!」を、「ヒナフキンのスサノオ・大国主ノート」に変更します。雛元昌弘

「縄文ノート148 『地・姓・委・奴・卑』字からの母系社会論」の紹介

2022-08-27 19:59:54 | 母系制社会

 はてなブログに「縄文ノー148 『地・姓・委・奴・卑』字からの母系社会論」をアップしました。https://hinafkin.hatenablog.com/

 古事記冒頭が「天地初めて発(はな)れる時」から始まっているように、「天と地」は中国人にとっても日本人にとっても世界の基本的な2つの構成要素でした。

 現代人的合理性だと「宇宙と地球」となるのでしょうが、目に見える範囲で「天と地」と考えるのは古代人的合理的にかなっています。

 この「地」についていつものように漢字分解を行ってみると「地=土+也(女陰)」であり、中国人は「地」は「土+女陰」と考え、倭人は「土からなる」と解釈していたようです。

 人類の文明史の解明において、私は今や世界標準となった、縄文人から続く日本の「Emoji(絵文字)」と中国人の象形文字である漢字分解による分析は、世界の氏族・部族社会段階の宗教・社会の解明に大きな役割を果たすことができると考えます。

 今回、「地・姓・委・奴・卑」字の漢字分解と元字分析により、「蛇神信仰」「兄妹婚」「母系制社会」「女性による農耕起源」の解明が進みましたが、鉄の古形が「銕(てつ:金+夷(い))」であるいことから雲南の「イ(委、倭)族」と日本の「委奴国・倭国」の製鉄の関係など、さらにいろんなテーマで各分野の方に取り組んでいただきたいものです。

 本ブログの「スサノオ・大国主建国論」としても、海人族の「産霊(むすひ)」夫婦を始祖神とする神名火山(神那霊山)や神籬(霊洩木)信仰、八百万神信仰などを、世界史の中に位置付ける取り組みの参考にしていただければ幸いです。出雲の東西勢力の対立や大和朝廷との勢力争いなどに集中するのではなく、世界史全体の解明に向けて視点を広げて頂きたいものです。 雛元昌弘

 □参考□

<本>

 ・『スサノオ・大国主の日国(ひなのくに)―霊(ひ)の国の古代史―』(日向勤ペンネーム)

 ・『邪馬台国探偵団~卑弥呼の墓を掘ろう~』(アマゾンキンドル本)

<雑誌掲載文>

 2012夏「古事記」が指し示すスサノオ・大国主建国王朝(『季刊 日本主義』18号)

 2014夏「古事記・播磨国風土記が明かす『弥生史観』の虚構」(前同26号)

 2015秋「北東北縄文遺跡群にみる地母神信仰と霊信仰」(前同31号)

 2017冬「ヒョウタンが教える古代アジア”海洋民族像”」(前同40号)

 2018夏「言語構造から見た日本民族の起源」(前同42号)

 2018秋「『龍宮』神話が示す大和政権のルーツ」(前同43号)

 2018冬「海洋交易の民として東アジアに向き合う」(前同44号)

 2019春「漂流日本」から「汎日本主義」へ(前同45号)

<ブログ>

  ヒナフキンのスサノオ・大国主ノート https://blog.goo.ne.jp/konanhina

  ヒナフキンの縄文ノート https://hinafkin.hatenablog.com/

  帆人の古代史メモ    http://blog.livedoor.jp/hohito/

  邪馬台国探偵団              http://yamataikokutanteidan.seesaa.net/

  霊(ひ)の国の古事記論 http://hinakoku.blog100.fc2.com/

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「縄文ノート147 『ちむどんどん』からの古日本語(縄文語)解明へ」の紹介

2022-08-21 16:54:02 | 倭語論

 はてなブログに「縄文ノー147 『ちむどんどん』からの古日本語(縄文語)解明へ」をアップしました。https://hinafkin.hatenablog.com/

 「NHK連続テレビ小説や大河ドラマは視聴率が低い地域を舞台地とする」と誰かが言っていましたが、そもそも忙しくて時間もなくほとんど見ていませんでしたが、まちづくりの仕事で気になるところとか、縁のある土地などを偶然のきっかけでたまに見ることがあります。

 『ちむどんどん』は沖縄言葉や祖先霊信仰が知りたくて録画してみているのですが、「た行とか行の音韻転換」と「あいういう5母音」について、確証がえられました。

 また、ウクライナ戦争から、ライブドアブログ「帆人の古代史メモ114 『和をもって貴し』は『倭をもって貴し』である」では新羅侵攻を進めていた聖徳太子は好戦派か和平派かについてまとめましたが、「委奴国王」「倭国」の「委・倭」は「い」と読むべきであるとの私の持論を雲南省北西部などに住む「イ(夷・倭)族」の漢字表記から補強しましたが、同時にイ族が「すべての音節の末尾が母音で終わる開音節言語」であり、「a、 i、 u、 e、ie、 o、uo」母音であることに、今回、初めて気づきました。

 出雲国風土記では「神戸(かむべ)・神原(かむはら)」と「神魂神社(かもすじんじゃ)・神魂命(かもすのみこと)」「賀茂神戸(かものかむべ)」など「かむ=かも」の琉球弁5母音が現在も使われています。

 本ブログの「スサノオ・大国主建国論」としても、対馬・壱岐の海人族がルーツのスサノオ・大国主一族の出雲弁に沖縄弁(琉球弁)と似たところが見られるのかどうか、さらに検討する必要があると考えます。 雛元昌弘

 

□参考□

<本>

 ・『スサノオ・大国主の日国(ひなのくに)―霊(ひ)の国の古代史―』(日向勤ペンネーム)

 ・『邪馬台国探偵団~卑弥呼の墓を掘ろう~』(アマゾンキンドル本)

<雑誌掲載文>

 2012夏「古事記」が指し示すスサノオ・大国主建国王朝(『季刊 日本主義』18号)

 2014夏「古事記・播磨国風土記が明かす『弥生史観』の虚構」(前同26号)

 2015秋「北東北縄文遺跡群にみる地母神信仰と霊信仰」(前同31号)

 2017冬「ヒョウタンが教える古代アジア”海洋民族像”」(前同40号)

 2018夏「言語構造から見た日本民族の起源」(前同42号)

 2018秋「『龍宮』神話が示す大和政権のルーツ」(前同43号)

 2018冬「海洋交易の民として東アジアに向き合う」(前同44号)

 2019春「漂流日本」から「汎日本主義」へ(前同45号)

<ブログ>

  ヒナフキンのスサノオ・大国主ノート https://blog.goo.ne.jp/konanhina

  ヒナフキンの縄文ノート https://hinafkin.hatenablog.com/

  帆人の古代史メモ    http://blog.livedoor.jp/hohito/

  邪馬台国探偵団              http://yamataikokutanteidan.seesaa.net/

  霊(ひ)の国の古事記論 http://hinakoku.blog100.fc2.com/

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「帆人の古代史メモ114」の図修正

2022-08-16 16:27:03 | 倭語論

 ライブドアブログ「帆人の古代史メモ」に「114 『和をもって貴し』は『倭をもって貴し』である」の図7を修正しました。http://blog.livedoor.jp/hohito

倭語論・倭人ルーツ論に関わる重要な論点の図7の古日本語の「あ、い、う、いえ、いお」5母音が、琉球では「あ、い、う、い、う」、本土では「あ、い、う、え、お」になったとした最後の文字などが、コピーの際に欠けていました。ワード図のコピー作業は油断できません。

 これまで、琉球弁は本土弁が変化した方言とされてきましたが、私は共通の古日本語から、琉球弁と本土弁に分かれたと考えてきており、今回、チベット東部からきたとされる雲南省などの「イ(夷・倭)族」が「a、 i、 u、 e、ie、 o、uo」母音であることに気付き、雲南の「イ(夷・倭)族」と日本列島の「委奴族・倭族」が共通のルーツを持つことに確信を持っています。

<元図>

 

<修正図>

 本ブログのスサノオ・大国主建国論としても、古事記に書かれたスサノオ5代目の淤美豆奴(おみずぬ)は『出雲国風土記』では八束水臣津野(やつかみずおみつの)と書かれ、「奴(ぬ)=野(の)」であり、神魂神社(かもすじんじゃ)神魂命(かもすのみこと:出雲国風土記)神主(かむぬし:記紀)神倭伊波礼毘古(かむやまといわれびこ:古事記)などから「神(かみ=かも=かも)」であるなど、古日本語の母音を伝えていることに注目して分析していただきたいと考えます。―はてなブログ「縄文ノート37 『神』についての考察」、本ブログ「倭語論15 古日本語は『3母音』か『5母音』」か?」(200216)参照

 

 

 

 

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「帆人の古代史メモ114 『和をもって貴し』は『倭をもって貴し』である」の紹介

2022-08-10 17:49:56 | 聖徳太子

 ライブドアブログ「帆人の古代史メモ」に「114 『和をもって貴し』は『倭をもって貴し』である」をアップしました。http://blog.livedoor.jp/hohito

 聖徳太子についての各説を極論的にまとめると、右派は「日出処天子致書日沒処天子」と「新羅侵攻」に着目して独立・武闘派であると主張し、左派リベラルは反天皇制から「聖徳太子架空説」を唱えるか、「和を以て貴しとなす」から現憲法9条などに繋がる協調・和平派ととらえ、あるいは人道的な立場から仏教思想を広めた「聖王」とみるなどの大きな相違が見られます。

 このような分岐は、ロシアのウクライナ侵略がおこり、米中両覇権国に挟まれた現在のわが国の政治的・軍事的な立ち位置にも密接に関わるテーマでもあり、私は歴史的な分析として、聖徳大王(おおきみ)は若き独立・武闘派から、スサノオ・大国主建国からの「倭国(わのくに)」「美和国(みわのくに)」「大和国(おおわのくに)」の伝統を引き継ぎ、隋と対等に渡りあう駆け引きのできる和戦両様の協調・和平派の成熟した政治家へと変貌を遂げた、と考えます。

私は磯田道史氏のように、歴史解釈では「もし~」を含めて検討することこそが重要と考えますが、「もしも聖徳太子が長寿な聖徳天皇であったら」と考えざるをえません。そうすると蘇我入鹿殺害、中大兄皇子の百済出兵と白村江での新羅・隋連合軍への大敗北、大海人皇子(天武天皇)への政権移動があったかどうか、気になりませんか?

是非、皆さんもシミュレーションしてみて頂きたいと考えます。

本ブログの「スサノオ・大国主建国論」としても、出雲スサノオ家(大国主一族)と美和スサノオ家(大年=大物主一族)の大国主・大物主連合(私は大和国(おおわのくに)と考えています)による建国の後、「倭国大乱」で筑紫大国家(邪馬壹国)が分離しますが、それらと美和王朝を乗っ取った山人(やまと)族の天皇家がどのような政治的対立関係にあったか、隋の全国統一と三韓との関係と合わせて、聖徳太子(聖徳大王)の「和をもって貴しとなす」や卑弥呼(霊御子)の女王国の伝統を受け継いだ女帝・推古天皇の即位について考えてみていだければと思います。 雛元昌弘

 

□参考□

<本>

 ・『スサノオ・大国主の日国(ひなのくに)―霊(ひ)の国の古代史―』(日向勤ペンネーム)

 ・『邪馬台国探偵団~卑弥呼の墓を掘ろう~』(アマゾンキンドル本)

<雑誌掲載文>

 2012夏「古事記」が指し示すスサノオ・大国主建国王朝(『季刊 日本主義』18号)

 2014夏「古事記・播磨国風土記が明かす『弥生史観』の虚構」(前同26号)

 2015秋「北東北縄文遺跡群にみる地母神信仰と霊信仰」(前同31号)

 2017冬「ヒョウタンが教える古代アジア”海洋民族像”」(前同40号)

 2018夏「言語構造から見た日本民族の起源」(前同42号)

 2018秋「『龍宮』神話が示す大和政権のルーツ」(前同43号)

 2018冬「海洋交易の民として東アジアに向き合う」(前同44号)

 2019春「漂流日本」から「汎日本主義」へ(前同45号)

<ブログ>

  ヒナフキンのスサノオ・大国主ノート https://blog.goo.ne.jp/konanhina

  ヒナフキンの縄文ノート https://hinafkin.hatenablog.com/

  帆人の古代史メモ    http://blog.livedoor.jp/hohito/

  邪馬台国探偵団              http://yamataikokutanteidan.seesaa.net/

  霊(ひ)の国の古事記論 http://hinakoku.blog100.fc2.com/

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