ヒナフキンのスサノオ・大国主ノート

「神話探偵団~スサノオ・大国主を捜そう!」を、「ヒナフキンのスサノオ・大国主ノート」に変更します。雛元昌弘

神話探偵団109 白国神社へ

2011-02-28 17:14:02 | 歴史小説
姫路の白国神社

「高砂や、この浦舟に帆を上げて、この浦舟に帆を上げて」
カントクの合図で、高砂の松に別れを告げ、長老の車に乗り込み、姫路の白国のヒメの実家に向かうことになった。高砂神社から北に向かい、高御位山を見ながら国道2号線の姫路バイパスに乗った。
「今、渡った小さな川が天川です。その左手の小高い山が日笠山です。菅原道真が大宰府へ左遷される時、日笠山に登り、山上の小松をとり『我に罪無くば栄えよ』と祈って麓に植え、そこに子孫によって曽根天満宮が建てられた、と言い伝えられています。」
高木は調べておいたことを披露した。
「菅原氏というと、元は土師氏だから、当麻蹴速との角力(相撲)で勝った野見宿禰の子孫だな。野見宿禰は桜井市の穴師坐兵主(あなしにいますひょうず)神社の境内の相撲神社に祀られていたな」
カントクは各地で映画を撮ってきただけに詳しい。
「兵主というと、姫路の播磨国総社も射楯兵主神社ですが、滋賀県野洲市には兵主大社があり、壱岐をはじめ兵主神社は全国に約50社あります。野見宿禰は天穂日命の子孫で、播磨国風土記にはたつの市で死んだと記されていますから、その一族は播磨とは関わりが深いと思います」
ヒナちゃんは神社には詳しい。
「ところで、白国神社のことを教えてよ」
マルちゃんから指令が飛んできた。
「播磨国風土記には『昔、新羅の国の人が来朝した時、この村に宿った。だから新良訓となづけた』と書かれています。一方、白国神社の祭神は、景行天皇の子の稲背入彦命と孫の阿曽武命と、ニニギ命の薩摩半島の妻の木花咲耶姫命ですから、天皇家一族の神社になります。稲背入彦命は播磨別(はりまわけ)の祖とされています」
高木は調べておいたことを紹介した。
「新羅は新良=白(しら)なのに、なぜ『しらぎ』というのかしら?」
マルちゃんがいつものように突っ込んできた。
「私の家では、『しら』から来たと伝わっていて、『しらぎ』から来たとは言わないなあ」
ヒメの祖先は、新羅から来たという古い言い伝えが今に続いているらしい。
「後の甲斐源氏の武田氏や常陸源氏の佐竹氏、南部氏などの祖先の源義光は『新羅三郎(しんらさぶろう)』と称している。韓国読みの『しら、しんら』だったと思うよ」
カントクの話はヒメと同じで時代を越えて飛び回る。
「私は、『しらぎ』の読み方は、紀元4世紀頃に遡ると思います。環壕と城柵に囲まれた『城(き)』を国と称していた時代に、磯城、間城、葛城、鍵(加城)、壱岐(一城)、甘木(天城)などの国名が生まれ、それを『新羅(しら)』にも当てはめて、『しらぎ』と呼ぶようになったと思います」
ヒナちゃんの推理はよどみがない。
「『しら』をなぜ『しらぎ』というのか、前から疑問に思っていたんだけど、ようやく納得できたよ。ありがとう」
ヒメには小説への新たな題材ができたようだ。
「しかし、『しら』の人たちがいた地に、『しら』の祖先神ではなく、なぜ天皇家の神が祀られている白国神社があるのかしら?」
質問ヒメに代わって、マルちゃんがこだわる。
「神社を考える時、一番大事なのは、祀られている神のうち、一番古い神は誰か、ということです。その次ぎに大事なのは、神社の元になるのは、その背後の山に祀られている神は誰か、と考えます」
どうやらヒナちゃんは、答えを考えているようだ。
「稲背入彦命の子の阿曽武命の妃が出産の時に大変苦しんだので、阿曽武命が倉谷山に白幣を立てて安産を祈願したところ、木花咲耶媛が現れて『永くこの地に留まって婦人を守って安産させましよう』と告げ、無事に男子を出産した、と神社では伝えています」
高木はスマートフォンを見ながら説明を付け加えた。
「白国神社の主祭神は木花咲耶媛で安産の神様、稲背入彦命と阿曽武命は相殿に祀られているよ」
白国神社の神主一族のヒメが言うのだから確かだ。
「木花咲耶媛は、記紀ではニニギの妻の神神吾田津姫となっていますが、播磨国風土記では、大国主の妻として宍粟郡の雲箇(うるか)里に登場します。現に、大国主を祀る伊和神社のすぐ北に閏賀(うるか)の地名が残っています。播磨国風土記では、山上に祖先霊が在ますという表現が随所に見られることからみて、もともと、倉谷山の山上に祀られていたのは大国主の妻の木花咲耶媛の可能性が高いと思います」
ヒナちゃんの推理が冴えているのは、高木も認めざるをえなかった。
「古事記によれば、スサノオは大山津見(大山祇)神の娘の神大市比売を娶って大年神をもうけ、大山津見神かその2代目の娘、木花知流比売(このはなちるひめ )はスサノオの子の八島士奴美(やしまじぬみ)神の妻となっている。「木花散る」と「木花咲く」の対の名前からみて、木花咲耶媛は数代後の大山津見神の娘で、大国主の妻となったとみるべきだな」
カントクのいう通りであろう。
「記紀が共に、『神阿多都比売、またの名を木花佐久夜毘売』と伝えていることからみても、薩摩半島笠沙の吾田の娘を、後に、大国主の妻の名前を取って権威づけた、と考えられます」
ヒナちゃんの推理は一貫している。
「そういえば、白国地区には大年神社があって、応神天皇の頃から祀っていて、鎌倉時代に神社を建てたと伝わっているわよ」
昔の高木なら、後世の作り話と一笑したところであるが、新羅からきた一族の子孫が言い伝えているとなると、真実の伝承に思えてきた。

※文章や図、筆者撮影の写真の転載はご自由に(出典記載希望)。
※日向勤著『スサノオ・大国主の日国―霊の国の古代史』(梓書院)参照
※参考ブログ:邪馬台国探偵団(http://yamataikokutanteidan.seesaa.net/)
       霊の国:スサノオ・大国主命の研究
(http://blogs.yahoo.co.jp/hinafkinn/)
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神話探偵団108 歌聖・柿本人麿と和歌三神

2011-02-21 20:50:33 | 歴史小説
可古の島の候補地・加古川河口の高砂神社

「ところで、住吉大社というと、航海の神であるとともに和歌の神様とされているけど、なぜなのかしら?」
全国各地を飛び回っているマルちゃんは思いもかけぬことに詳しい。
「なぜか、住吉明神と玉津島明神、柿本人麻呂が和歌三神とされているんだな」
高木にはほど遠い世界でノーマークであったが、カントクの世代となると、その知識は幅広くなるのかもしれない。
「そういえば、百人一首に、高砂を詠んだ歌があったわよね」
ヒメの関心は360度、飛び回る。
「『誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに』。作者の藤原興風は三十六歌仙の一人です」
マルちゃんはスラスラと歌を詠んだ。
「そうすると、平安時代にはこの高砂の松はよく知られていたことになるわね。世阿弥よりもずっと前になる」
ヒメの頭の中では、小説のストーリーが新たな展開を見せたようだ。
「そういえば、三十六歌仙のトップにあげられている歌聖・柿本人麿もこの印南の歌を詠んでいましたね。万葉集にでてきます。
『稲日野も 行き過ぎがてに 思へれば 心恋しき 可古の島見ゆ』」
マルちゃんが新たなテーマを持ち出した。
「柿本人麿の羇旅の歌8首の1つです。その2つ後には、有名な次の歌があります。
『天ざかる 夷の長道ゆ 恋ひ来れば 明石の門より 大和島見ゆ』」
ヒナちゃんまで加わって、高木の苦手な和歌の世界に入っていった。
「それと、柿本人麿には印南をよんだ歌が万葉集にもう1つあります。『柿本朝臣人麻呂、筑紫国に下りし時、海路にて作れる歌2首』です。
『名ぐはしき 稲見の海の 沖つ波 千重に隠りぬ 大和島根は』」
ヒナちゃんの澄んだ歌声が境内に響いた。
「旅の歌8首と海路にて作れる歌2首は同じ時に詠んだのかしら?」
ヒメの推理アンテナには何かが引っかかったようだ。
「別の場所に掲載されていますから、別々の機会の歌だと思います。旅の歌8首に出てくる地名は、三津、大阪の湊から、神戸 → 淡路島北端 →印南・加古 → 南淡路島(又は武庫 ) と続いていますから、大阪から出て、この地まで来て、帰ったと思います」
「柿本人麿は、何故、この地に旅をしたのかしら?」
「一番考えられるのは、皇族のお供をしてきた、ということだと思います」
「それは誰なのかしら? それと、何のためなのかしら?」
「石の宝殿ところで述べましたが、726年に聖武天皇がこの地を訪れたのは、大国主建国の聖地にきて高御位山と石の宝殿の大国主を祀り、反藤原連合に向けてスサノオ・大国主の子孫にメッセージを発したものと考えられます。その時には、宮廷歌人の山部赤人が同行し、印南の地名を歌に残しています」
「柿本人麿が同行した可能性はないの?」
「660年頃の生まれとされていますから、726年の聖武天皇の印南行幸の時に生きていれば66歳ということになります。しかし、人麿が歌った高市皇子や弓削皇子の挽歌が696、699年であることからみて、その死は700年頃の可能性が高いと考えられています」
「この印南の歌は万葉集のどのあたりに出てくるの」
「弓削皇子や春日王、長田王(長皇子の子)などの歌に続いています」
「そうすると、天武系と天智―藤原系の後継者争いの中で、人麿は天武の子の長皇子・弓削皇子兄弟と親しかった可能性があるな」
カントクもこのあたりは詳しい。
「人麿は藤原一族に殺された長皇子・弓削皇子に従って印南に行った可能性が高いのではないでしょうか。また、長皇子の子の長田王は筑紫に派遣されて歌を詠んでいますから、人麿が筑紫国に下りし時に海路で作った歌というのは、長田王に従ったのかもしれません」
ヒナちゃんは、いつも答えを用意している。
「しかし、『心恋しき 可古の島』といい、『夷の長道ゆ 恋ひ来れば』『名ぐはしき 稲見』など、人麿の思い入れはかなり強いわね」
ヒメの小説は厚みをましてきそうだ。
「『可古の島』の『島』には国という意味があります。私は『可古の島』には『過去の国』の意味が重ねられていると思います。また、『千重に隠りぬ 大和島根は』には、大和国の『根』である大国主の国が『隠りぬ』という意味が込められていると思います」
確かに、ヒナちゃんの言うように、この地が大国主建国の地であるとすると、『名高い 稲見』であり、この地に出雲系の天武天皇の皇子が訪れ、さらに、天智系ながら蘇我氏の血を引き、藤原氏と闘った聖武天皇がこの地を訪れ、大国主の子孫を味方に付けようとしたのは高木にも納得できた。
「柿本人麿=山部赤人説があったけど、どうかな? 柿本人麿は死んだことに挽歌まで作り、藤原氏が勢力を失った時に復活し、聖武天皇に仕えて印南に来た、ということは考えられないかな?」
異説・珍説に詳しいカントクならではの発言である。
「二人の歌が同一人の歌だとは、とでも思えないなあ。赤人は平凡だよね」
作家のヒメならではの発言である。
「しかし、歳をとって歌に力がなくなる、というのはあるんじゃない」
カントクは食い下がる。
「山部赤人はその間、各地に行って歌を詠んでいますから、有名な柿本人麿ってことがすぐにバレてしまうのではないでしょうか?」
やんわりとヒナちゃんにイナされてしまった。
「和歌三神のうち、柿本人麻呂はわかるけど、住吉明神と玉津島明神はわからないなあ」
ヒメはどこまでもこだわる。
「住吉明神こと底筒男命・中筒男命・表筒男命の『筒』は、『津島』の『津』の可能性があると思っています。対馬の南端には『豆酘(つつ)』という地名が残っていますし、厳原の『いつ』も『委(倭=い)の津」ですから、ここも『津島の津』=『つつ』であった可能性があります。玉津島も津島に関わりがあり、津島をルーツとするスサノオ一族に繋がってくるような気がします。」
いつもながら、ヒナちゃんの推理は独創的だ。
「古事記に最初に出てくる歌が、真偽はともかくとして、スサノオの有名な『八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に・・・』の歌とされている、というのも気になるなあ」
確かに、カントクの言うように、誰かが和歌三神などとこじつけたのに違いない。
「古事記はこの国の建国者がスサノオと大国主であることを伝えています。万葉集は、柿本人麿を中心とした天武派の歌集という性格を持っています。天武天皇は火明命一族の大海氏に養育されており、住吉大社を創建したのは火明命の子孫の津守氏です。恐らく、柿本人麿を慕う歌人達が、住吉大社や玉津島神社を頼り、集まるようになったのではないでしょうか」
今度は、ヒナちゃんの推理が高木の中にすっと入ってきた。
「ありがとう、ヒナちゃん。曾祖母ゆかりの住吉大社を今度の小説には登場させられそうね」
質問ヒメも納得したようだ。
「しかし、高砂神社に藤原興風や柿本人麿の歌碑がないというのは残念ね」
マルちゃんの言うとおりである。
「播州人って、海の幸・山の幸に恵まれてノンビリしているというか、郷土意識が弱いというか、ほとんどないからね。オープンである、といえば聞こえはいいけど、あまり文化的ではないわよね」
ヒメはいつも地元には手厳しい。

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神話探偵団107 「高砂の松」は「霊洩ろ木(ひもろぎ:神籬)」

2011-02-12 12:02:52 | 歴史小説
謡曲「高砂」の相生の松

「その仮説はちょっと強引だね。印南を拠点とした大国主の何代かあとの王の伝承の可能性はないかな?」
慎重な長老が疑問を述べた。
「高砂神社も住吉大社も、神社創建は伝承によればずっと後の神功皇后の時代ですよね?」
高木としては、考古学の世界の常識を一応、述べておくことにした。
「前に広峯神社のところで検討しましたが、祖先霊信仰は、第1段階は、祖先霊が降り立つ『神那霊山』の『磐座(いわくら)』信仰、第2段階は祖先霊を磐座から里の『霊洩ろ木(ひもろぎ:神籬)』に移して信仰する段階、第3段階が霊洩ろ木(ひもろぎ)の地に建てた『神社』信仰の時代、になると思います。
高砂の松の物語は、この第2段階の信仰を表しており、その祭神である翁は、やはり高砂信者に祀られた大国主の霊になるのではないでしょうか?」
またしてもヒナちゃんに完敗の高木であった。
「元々、大国主と少彦名は高御位山と石の方殿に祀られていて、大国の里のこの地に「霊洩ろ木」を建てて祀るようになった、いつしか、その地の相生の松に大国主と住吉の妻の霊が宿っている、と言い伝えられるようになった、というのは納得できるね」
マルちゃんのまとめはいつも的確だ。

「謡曲『高砂』が結婚式で謡われるようになったのは、大国主が『縁結びの神』と言われていることとも関係があるかも知れないね。ヒメやヒナちゃんが結婚する時には、僕が『高砂』を謡うからね」
カントクが盛り上がってきた。
「いっときますけど、私もまだ独身ですからね。それと、長老やホビットさん、ボクちゃんも独身だよね」
マルちゃんが突っ込む。
「これは失礼しました。訂正。6人全員の結婚式で謡わせてもらいます」
カントクが若い女性にばかり目が向いていることが暴露されてしまった。
「じゃあ、カントクと誰かが結婚する時には、どうなります?」
いつも突っ込まれる高木であったが、相手が手負いの時にはチャンスであった。
「そりゃ決まっている。代役は長老にお願いするよ」
ひょっとしたら、とは思っていたけど、長老とマルちゃんが怪しいと皆は思うに違いない。これは、高木にとってはチャンスであった。
「じゃあ、高砂の松をみんなで回りましょうか。女性は右から2回回り、男は左から2回回りましょう」
高木はカントクの提案に乗った形で、ヒナちゃんと高砂の松を回る名案を思いついた。
「ちょっと待てよ。古事記によれば、イヤナミが天御柱を先に回ってセックスすると、水蛭子(ひるこ)が生まれたので海に流た。やり直してイヤナギが先に回ると淡路島を始めとする国土が生まれた、ということだったよね。どちらが先に回るのがいいのかな」
いつものフェミニストを自称するカントクらしからぬ、それもその先のセックスまで含めた発言でびっくりした。
「最初に地上で生まれた水蛭子(ひるこ)を海に流すという神話は、障害者殺しからこの国の歴史が始まっていると言われているけど、『全ての漢字は宛字である』という原則からみると、『ひるこ』は『霊留子』であって『霊留女(ひるめ)』の対の言葉とみるべき、という説がありますよね」
チャーミングなヒナちゃんも、時にはかなり恐い顔にみえてくる。
「そうよ、女が先に回ったらダメ、なんていう神話解釈はとんでもないわよ」
マルちゃんも手厳しい。
「沖縄や鹿児島では、女性の性器を『ひー』、熊本では『ひーな』と呼び、茨城ではクリトリスのことを『ひなさき』と言っている。平安時代中期の辞書『和名抄』にも『吉舌(ひなさき)』はでている。
出雲では今も女性が妊娠すると『霊(ひ)が留まらしゃった』というし、茨城では昔は死産のことを『霊(ひ)帰り』と言っていた。従って、『霊留子』を『蛭(ひる)』のような障害者と見るのは、間違っているよ」
さすがに長老はいろんな分野に詳しい。カントクがいうとイヤらしくなるところが、長老がいうと自然で説得力がある。
「それじゃあ、女性から先に回ってもらいましょう」
カントクは女性の意見にはいつも素直である。「ブライダル都市・高砂」のご利益がありますように、と祈りながら高木は「高砂の松」を回った。

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神話探偵団106 高砂はなぜ結婚式で歌われるか?

2011-02-08 23:56:13 | 歴史小説
謡曲「高砂」の友成ゆかり(?)の神木

「私の母方の曾祖母までは、代々、御座船が迎えにきて住吉大社に仕えており、曾祖母は津守家の姫のお相手役だったらしいのよ。その津守家が天火明命の子孫とは知らなかったわね」
ヒメが思いもかけないことを言い始めた。
「この天火明命が、古事記に書かれたニニギの兄なのか、それとも播磨国風土記に書かれた大国主の子どもなのか、これは、播磨、摂津、葛城、丹後、丹波、尾張の古代史に関わる重要な争点だね」
カントクの言うとおりである。
「その議論は、明日、火明命を祀る粒坐天照神社に行った時にしません?」
ヒナちゃんが珍しく割って入ってきた。
「それがいいね。それより、イヤナギの体に付いた黄泉の国の汚れた垢を洗い流した時に生まれた底筒男命・中筒男命・上筒男命の方が問題だよ。この住吉3神を祀る住吉神社は全国に約600社とも2000
社あるとも言われているけど、わが筑紫の一宮の住吉神社が、最初の住吉神社と言われているからね」
博多っ子のカントクとしては当然だ。
「大阪の住吉大社の方が格が上じゃないの?」
「天皇家との繋がりで大阪の住吉大社の方が格が上になっているけど、古書では博多の住吉神社が『住吉本社』『日本第一住吉宮』と書かれている」
ヒメとカントクでどんどん「高砂」から離れていっている。
「神戸にある本住吉神社が、住吉大社より先にできたと思われますが、本住吉神社も住吉大社も神功皇后が帰還した時に創建されたとしているので、博多の住吉神社から移された可能性が高いと思います」
ヒナちゃんも神社には詳しい。
「底筒男命・中筒男命・上筒男命の『筒』ってどういう意味なの?」
ヒメの頭の中では、いろんなストーリーが生まれてきているようだ。
「住吉神社では、ツツは星を意味していると言って、航海・海上の守護神としているね」
「星男って名前はいいなあ」
「しかし、筒男(つつのお)は、対馬の上島の南端、『豆酘(つつ)』の男という説もある」
「『津島』の中の『津=港』か。なるほど」
「問題は、この豆酘(つつ)には住吉神社がなく、上島の北端の美津島町雞知の上ヒナタにある住吉神社が式内社の住吉神社に比定されているんだ」
「いずれにしても、海(あま)族の神、ということになるね」
「対馬の住吉神社の境内には、和多都美神社があるから、海神(わたつみ)族と関わりの深い神であることは間違いないね」
「本住吉神社、住吉大社のある場所は、どちらも摂津国で、古くは『津国(つのくに)』でしたから、津に関わりがあります」
ヒナちゃんが補足した。
「住吉大社のことがわかってきたけど、最初に戻って、なぜ謡曲の『高砂』が結婚式で歌われるようになったのかしら? 」
ヒメは最初の疑問点を忘れてはいなかった。
「阿蘇宮の神主・友成が、高砂から住吉に船で向かう場面を謡った歌が、結婚式で謡われる、というのは確かに、奇妙だね」
カントクの言うとおりである。
「私は、この歌には、高砂から住吉へ船で向かう4つの場面が重なって謡われていると思います。1つは、歌詞のとおりの友成の行動です。2つ目は、高砂の男が住吉の女の下へ、妻問いにでかける場面です。3つ目は、阿蘇宮の神主が友成と同じように船で住吉に向かい、住吉で結婚を祝うという場面です。4つ目は、高砂の松の霊が、住吉の松の霊を訪ねる場面です。
高砂が結婚式で謡われるようになったのは、こ高砂の男と住吉の女が結ばれ、それを阿蘇宮の神主が祝う、という伝承があったからに違いありません」
ヒナちゃんの推理は、さすがという以外になかった。
「ありがとう、ヒナちゃん。謡曲『高砂』の謎は半分を解いたね。残る、高砂の男と住吉の女は誰か、という答えを、当然、考えているわよね?」
ヒメの推理小説の謎解きもできあがってきたようだ。
「これは、単なる推測ですが、高砂神社に大国主の霊(ひ)が祀られていること、二人が別々に暮らしながら心が通じ合っていた、という物語からみて、高砂の男は大国主、住吉の女は「ツツ一族」の王女だと思います。大国主が播磨から摂津に支配を広げていく中で、二人は結ばれ、それを阿蘇宮の神主が祝った、というような伝承があったのではないでしょうか?」
ヒナちゃんはいつも最後まで考え抜いている。いつも情報整理に留まっている高木には、とても及ばないところであった。

※ 本ブログ中の文章や図、筆者撮影の写真は、ご自由にお使い下さい(ただし、出典を記載して下さい)。リンクもご自由に。
資料:日向勤著『スサノオ・大国主の日国―霊の国の古代史』(梓書院)
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