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【Joy Division 「Still」】
ジョイ・ディヴィジョンの「Still」は、1980年イアン・カーティスが首吊り自殺した後に出た編集盤。
2枚のLPに漏れた曲と、ライヴ音源をかき集めて、無理やり2枚組みのLPにした、ということは知っていた。
しかし、「ジョイ・ディヴィジョンの2枚組み」さらに「音源が悪く、荒れている」などと聴くと、それだけで、聞く気が萎え、というか、恐ろしくて聴けなくて、そうこうしている間に、遠ざけていた。
日本では、1984年7月に国内発売をした訳で、僕は、ミュージック・マガジンでも見ていたし、大貫憲章が「意外に律動的で聴きやすい」とは書いていたものの、聴かずじまいで、時がたってしまった。
やたらと、ジョイ・ディヴィジョンを、たてまつる雰囲気を嫌悪していた。
何かというと「ジョイ・ディヴィジョンの影響」と形容されてくくられたイギリスのバンドは多かった。
当時の僕は「どうせ死んだから、いきなり崇高なもののように言っているに過ぎない」と思っていた。
<生きている間から死んで伝説を得ようとしていた尾崎豊や、死んだ途端に急にファンが増えた本田美奈子を思い出したり・・・>
今20年以上たち、その雰囲気を絶つことが出来、余計な情報抜きで、やっと冷静にこのアルバムに向かい合えた。
そういう意味では、三島由紀夫にそっくりな「在り方」である。
三島の死をやっと絶ち、ニュートラルに文学者として見る事が出来るようになった近時と同一の現象である。
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ジョイ・ディヴィジョンの音を初めて聴いたのは「ディケイズ」という曲だった。
それは、とてつもなく救いようもなく、絶望色をしていた、という点において、素晴らしい曲だと思った。
しかし、それから聴いた、みながイイと言って80年代の名盤と挙げる「クローサー」を聴いてがっかりした。
「なんだ、こんなもんかよ」と。
どうも、納得のいかない思いを彼らには感じていた。
ニューオーダーの初期の絶望的な戦いの曲は、非常に好きだ。
それは、どうしようもなく下手で、どうしようもなくもがいているところに惹かれたのだ。
しかし、ジョイ・ディヴィジョンのオリジナルレコード2枚は、カチッとしすぎていて、それは坂本龍一の「音楽図鑑」同様、無理やりまとめている感じがして、そこにエモーショナルなものを感じなかったのだ。
つまり「にせの暗さ」を感じたのだ。
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今夜、偶然、この「Still」を聴いている。
結果、「いいじゃない」なのだった。
全然、オリジナルの2枚のレコードより全然いい。
そして、聴く疲れも感じない。
崩れた真の姿のまま、演じることのない、「ナマのジョイ・ディヴィジョン」がここにはある。リアリティがある。
坂本龍一で言えば、「音楽図鑑」ではない「B-2Unit」のような、むき出しのひりひりした感じがある。
何回も録音をし、加工を加え、化粧をし、正装をし、ととのえた、礼儀正しいスタジオアルバム=面白くもなんとも無い録音物
ではないナマナマしさがあって、とてもいい。
ロックの大嫌いな自分が聴けるのは、ロックのイディオムではないということなのだ。ニューオーダーしかり、これはロックなどという安っぽい音楽ではない。
ライヴというと、すぐに、どのミュージシャンも「ロック的に」傾く。
僕の大好きなデペッシュ・モードでさえ、ライヴは情けないほど、夢を壊してくれるほどの「ロック的」世界である。
それを何とかごまかして聴いているのが大半だが、この「Still」は、なかなか面白くすんなりと聴ける。
むしろ、オリジナルアルバムの2枚には、本当のジョイ・ディヴィジョンはいない。どうせ聴くなら、この2枚組みを聴くことをおすすめする。
どうしようもなく下手で、どうしようもなく稚いが、ここには、リアルな音楽がある。
エモーショナルなのに、汗を感じさせないところがいい。
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