11月3日、WOWOWで観ました。
今年は「生誕50周年スペシャル企画、三谷幸喜大感謝祭」と言う事で、4本の舞台と1本の映画、1本のドラマと小説の新作を発表する事になっていて、この舞台はその3本目。
ちなみにそのラインナップは「ろくでなし啄木」「国民の映画」、(この二本は舞台で見ました。一応感想はリンクしておきました。「wowowで『ろくでなし啄木』」)そして、この「ベッチ・パードン」、残りは西村雅彦さんと近藤芳正さんの二人舞台「90ミニッツ」で12月3日からパルコにて公開です。
映画は「素敵な金縛り」で大ヒット公開中ですね。
ドラマは「Short cut」、やはり11月3日にwowowで放映されました。小説は信長の後継者を決める清洲会議を描いた「KIYOSU」で幻冬舎より発売予定。
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まあ、いろいろあって出かけて行く気力に欠けていた私なので、wowowでやってくれないかなと密かに期待していましたが、その期待に応えていただけました。
これに先駆けて、HNKに出演していた三谷さんのトークに寄れば、この作品は、元々はもっとシリアスに漱石の恋の話を描く予定であったらしいのです。
だけどあの震災。
その前後で上映していたのは「国民の映画」と言うかなり重い作品でした。
今、必要なのは、笑いなんじゃないかなと三谷さんは感じ、そして予定とは反してかなり笑えるシーンがある舞台に変更したと言うものでした。
そうして出来た舞台は、結構楽しいシーンも笑えるシーンもありましたが、実はセリフはシリアス。ラストは泣きました。号泣と言うより、涙がポロポロとこぼれました。
以下はネタバレしています。
そのラスト。
―愛した人を結局は裏切った形で別れてしまった。ずっと探していたけれど、噂では無理な生活が祟って死んだと言う。だけど彼女は夢に出てきて、自分の行く道を指し示す。小説家漱石の背中を押し誕生させた。―
もちろんその描かれ方は秀逸で、上記の文のような味気のないものではありません。
だけどこういうシーンを見るたびに、「ファウスト」の
「女性なるもの永遠に我を導くものなり」と言うセリフを思い出します。
女性なるものだけではなくても、縁した人は皆、実は遠まわしでも、自分の背中を押し行く道を指し示していてくれているのかも知れないなと、ふと思ってしまいました。
三谷さんが大好きな女優さんと言うのは、本当に分かりました。深津絵里、見事です。本当に、本当に見事です。
彼女があんなに純で素朴でかわいらしくなかったら、この舞台は成り立ちません。
舞台の上でキラキラが零れ落ちていました。
Hの発音が出来ない下層民育ち。少し頭が悪いような言われ方をしているが、
「あたいは馬鹿じゃない。」と彼女が言うように、ベッチは馬鹿なんかじゃない。
彼女の言う「I beg your pardon?」が「ベッチ・パードン」と聞こえるとの事で、そう漱石に呼ばれたアニーでしたが、
「君とは安心して話せる」と言う漱石に、
「それは、あたいの事を低く見ているからだよ。」と鋭い事を言うのです。
何通も書いた手紙の返事も返ってこなくて、子供が生まれたかどうかの報告もない事から、ロンドンでの漱石の心は孤独。妻との間も冷え切ってしまったと思い込んでいます。そんな中で心を癒すアニーとの関係。
一緒に日本に行って、結婚しようと言いますが、手紙が届かなかったのは同じ下宿人の畑中惣太郎の策略によるものだったことが、最後の方でわかります。
床に散乱した妻からの何通もの手紙を拾いながら、アニーは自らその身を引いていってしまうのでした。
「あたいは馬鹿じゃない。」
そう馬鹿でも愚かでもない。優しすぎるだけ。
お金に困った弟のために安酒場で働きだし、その後娼婦にまで身を落としてしまうアニー。
漱石があげた足袋を履いていたと言う噂、死を迎えた救済院では漱石が教えてあげた歌を歌っていたと言うアニー。
彼女が漱石と別れた後も、その思い出を大切にしていたことが分かるエピソードでした。そして何故だか彼女自身は変わらずに最後まで明るかったような気がします。
いつも夢の話をするアニーでしたが、彼女が言うとおり、夢の中の出来事は誰にも否定されず彼女だけのものだったのです。
あわない留学に疲れ、引きこもってしまっていた漱石が夢の中で見たアニーが言った言葉。
「あなただって夢は見れるよ。なぜなら・・・」
この先は言いません。
なぜなら、これは夢だから。
悲しすぎる夢。
だけど、「今度はあなたが夢を語る番が来た。」
もちろんいつもながらセリフは不正確です。ただこのアニーが語るセリフは、アニーが語るアニーではないセリフと言う注文から生まれたセリフだと聞きました。
いわゆる神の啓示のようなもの。
このセリフ、ジーンと来ましたよ。
と言うわけで、深津絵里、秀逸。「素敵な金縛り」は、見たかったけれどもう諦めるかなと思い始めていましたが、見たい度がアップしてしまいました。
このお芝居の中ではまだ金之助ですが、主役の漱石に野村萬斎。繊細で神経質、だけどユーモラスな雰囲気を醸し出して好演です。
「TEAM NACS」を離れての客演は初めてと言う大泉洋は畑中惣太郎役。彼は軽いのに存在感のある不思議な人ですね。
最初の方にある彼と金之助との会話が、凄くおかしいのですが、このおかしい所で笑えなければ、その後の展開は辻褄が合わなくなってしまうという大事な役どころです。その後なんて気が付かず、単純に笑わせていただきました。
イギリス人は皆同じ顔に見えるというところから、その他のイギリス人を一手に引き受けたひとり11役の浅野和之には笑えました。
アニーの弟役に「薔薇とサムライ」でかなりのお気に入りの人になった浦井健治。その美声が聞けたのは一箇所だけで、しかもオマケのようなものだったのが、ちょっと残念だったかも知れません。
このお芝居、留学先の文豪の恋と言う事で、鴎外の「舞姫」なんかも連想してしまいます。だけどアニーの明るさが、よりいっそう切なさを増し、感動の余韻を残しました。