森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

地震バタバタ

2015-05-31 12:55:47 | 梢は歌う(日記)

日記です。

 

昨日、久しぶりにカツなどをあげようと思いました。

だけれど、夕方ぼんやりしていてふと気が付くと7時過ぎ。

焦ってキッチンに立ち、ヒレカツとロースカツをあげました。

と、さりげなくどうでも良いような事を記録メモ。

スタートが遅かったので、8時過ぎ。

出来上がったので、

「さっ、食べましょう。」と座ってソースをかけた途端にふらっ~っときました。

「あっ、ヤダ、これめまい? それとも地震?」と言ったら、私の後ろの水槽を見ながら夫殿が

「地震だ。」と言いました。

 

振り向くと水槽が小さく揺れていました。

地震と聞いて、ちょっとだけホッとするなんて「めまい」と言うのは経験のある方には分かるかもしれませんが、小さな地震よりは大きな脅威なんですよね。

 

「でも長いね。」と言っていたとたんに、その揺れがいきなり大きくなりました。

 

今回の地震はちょっと変わった揺れ方をしたと思いませんか。

「大きい!!!」と思わず立ち上がった私。

次にどうなるか分かりませんものね。

その次と言うのは、「ゆらゆら」が「ガガガガガ」に変わってしまうかもしれない可能性です。

だから言いました。

「今キッチン通り抜けは絶対にダメ。油があるから!」

「パパ、猫抱いて。」

それも、もしかしたらの「ガガガガガ」に備えての事ですが、もも吉はすでに「にゃんだ!」状態になっていました。

 

そして私はテレビより情報が早いツイッターを開きました。

でも情報よりもまず見たのは、子供たちのツイッターです。

ツイッター民、揺れると書き込まずにはいられない感情に駆られます(笑)

 

「電車が止まった。」

「駅は近いが、扉は開かない。」と書かれていました。

ラッタさんは運が悪い。電車の中か。でも扉が開いてくれれば歩いていけるほど家から近い場所で止まったのね。

ルート君は、・・・・・

ゲームの話しかしてないじゃん!!

地震情報はラッタさんのツイッターでほぼ分かりましたが、マイラインで確認。

「パパ、震源地は小笠原で、M8.9とか言ってる。津波心配なしだって。」

ついでにキッチンの入り口から離れて油の揺れ方を覗いてみました。

 

あぶらって重いんだなあと私は思いました。

水槽の水は大波小波なのに、キッチンの油はほとんど揺れているようには思えませんでした。

あの油がキッチンにブチ巻かれるなんて状況が起きるなんて事があったら、それはよっぽどの揺れなんだなあ。

怖いなあー。

そんな事を思っていたところで揺れが収まってきました。

振り向くと、抱かれるのが大嫌いなもも吉が夫殿の腕の中で大暴れをしていて、体感震度が彼だけ上がっていたかもしれません。

 

と、ここでルート君から電話が入りました。

「今、どこ。もう会社なんだ。君の会社は重い資材が積んであるところなんだから気を付けなくちゃね。」などと言う話をしたのですが、運転中で外にいたのではないと分かり、ちょっとホッとしました。彼からの要件は、パソコン周りにCDや本を山積みにしてきちゃったが散乱してないかと言うものでした。

今回の地震は、私の地域では震度4でしたが、大きく長くゆらゆら揺れました。

だから物は全く落ちませんでした。

確認しに行きましたが、彼の汚部屋もセーフでした。

 

ふぅやれやれとやっとテーブルについてお食事を始めたら、もう8時40分。

カツにソースをかけて、一口も食べてなかった事に気が付きました。

このようなヘラヘラした雰囲気の記事ですが、座っていてもかなり動揺している自分が分かりました。

 

食事が終わって、ラッタさんにメールを送りました。返事が返ってこないので、間を空けてまた送りました。

9時12分には家にいた彼ですが、8時50分にはまだ電車の中に閉じ込めらっれていた模様。

でももう家に帰っていたことが確認できたのでホッとしました。

 

そう言えば独居老人の姑はどうしているかしら…と、この時にようやく思ったのですが、夫殿をチラリと見ても何も考えてない模様。

男って男って男って…と思いましたが、ちょっと私も疲れちゃって、きっと大丈夫だからもう良い事にしました。

〈でもこれ、朝後悔しました。一人でいて大きい地震。ちょっとでも「怖かったよね。」って誰かに言いたいよね。私も男子二人の母なので、こんな時に電話もかけてこない息子と言うのは未来の自分の姿なのかと言う不安も感じます。〉

 

はっきり言って何もしていません。

でも

地震

疲れました。

 

よく考えてみると、全くバタバタもしていません。

一番大きく揺れていた時も非常に冷静だったように思います。

何気に水槽の揺れ方を観察していて、朝、昨日以上の大きい地震に備えて、水位を若干低くする事にしました。〈水槽自体がぶっ飛んでくるような場合は問題外。〉

それは冷静だったと言うより、地震の時ってなす術もなく納まるのを待つしかないのですよね。

では何がバタバタしていたかと言うと、それは心。

 

地震

疲れました。

 

 

※ 昨日、電車が止まったりエレベーターが止まったりで、帰宅が大変だった皆様、今日と言う日がのんびりと休める日であるといいのですが。

近頃、噴火に地震と自然の脅威におびえる事が続いていますが、本当になす術もない事。

忘れがちになっている「備え」など点検しておくことが大事ですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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親切な人びと その1

2015-05-30 14:21:13 | バンクーバー旅日記

〈バンクーバー旅の記録8〉

5月は連休もあったりで、先に記録しておきたいことが出来てしばらく休んでいた旅の記録をまたゆるゆると再開します。

 

二日目は完全なるフリーでした。

その旅の仕方は、本当に歩き電車に乗りバスに乗りと言うかなり街中を歩き廻ると言うもの。

昔、パック旅行などを知らなかった時代に姉とした旅行のような感じで、懐かしいような気持ちになりました。

分からなかっただけかもしれませんが、バンクーバーは本当に「観光名所」と言う所がなかったように思いました。それでもかなり楽しめたのは、その街を自分の足で移動したからだと思います。

言葉も不自由な海外でこのような旅行が出来たのは、海外旅行に慣れていて企画力に富んだ友人がつぶさにリサーチをしておいてくれたおかげです。

 

朝早くからホテルを出て、私たちは徒歩でバンクーバー美術館に向かいました。

でもここではその時系列に沿わずに先にこのお話をしたいと思います。

 

海外でも、道に迷えば人に尋ねたり、また写真を撮ってと頼む事もあるでしょう。

でもこの街では、それがなかったのでした。

「ない」と言うのは、こちらから「頼む」と言う事がなかったと書くのが正解でしょう。

そのエピソードの一つ目です。

 

友人が

「この街にはとっても美味しくて有名なチーズケーキのお店があるのよ。」と言いました。

 

移動の途中でそのお店を確認し、また戻って来てからそこに行く事にしたのです。

時系列に沿っていないので、どこに移動中かと言うことがさっぱり分からないと思うのですが、後から補足していきます。

移動した場所から帰って来て、確認しておいたお店に行こうと思いました。

「確かここをまっすぐに行ってあの道に出て・・・・」

そう思った時、地図があったのです。

それで三人で確認しようと

「ええと・・・」と覗き込んだとたんに

「どうしましたか。」と声がかかったのです。

まだ地図をちゃんと見る前にです。

声をかけてくれたのは若い爽やかな感じの青年でした。

 

「チーズケーキで有名なカフェに行きたいのだけれど、名前も忘れてしまって。でも確かこの辺。」のような事を友人が言いますと、その青年は、たぶんあの店の事を言っているんだなと言う顔をしました。きっと自分では行った事はないのだと思います。

「Go straight・・・」と言いかけて、

「付いて来て」と言い直しました。

同じ方向に行くからもあったかもしれませんが、私が推理するには、教えて、もしそれが違うようだったら嫌だなと感じたのだと思えたのです。

なぜなら一緒に同じ道を歩き、通りに出た右側にそのお店を見つけると

―あっ、やっぱりそこで良かったんだ。

と言うような、ホッとしたようなそんな顔を彼がしたからです。

 

お礼を言って、その爽やか青年と別れましたが、私はなぜか不思議な気持ちになったのです。

買い物袋を持っていましたが、その中にはお米と海苔が入っていました。これから寿司パーティでもする予定だったのでしょうか。彼は日本びいきの人だったのか。

だから私たちを見かけたら間髪入れずに助けてくれたのでしょうか。

 

今思うと、意識が低すぎて逃してしまったチャンスがたくさんあったように思います。

もしももっと英語に対して向上心のようなものを持って旅行に臨んでいたら、こんな時こそ大きなチャンスだったのだと思います。

後の祭りですが。

 

まあ、彼が若いイケメン青年だったから、もしかしたら躊躇したのかもしれませんね^^

タイトルに「その1」とあるように、一回のみではなかったのです。

今年の冬は

「あったかいんだから~♪」と言う歌が流行りましたが、まさにこの国の人々はそんな感じなんだと思ったのでした。

 

このエピソードを二日目の最初に書いたのは、ちょっと意味があるのです。

すべてが良かったわけではありません。次回の旅の記録はそのお話を書きます。

 

ついうっかり3人で3種類頼んでシェアしたのですが、これは濃厚だったので、2個でシェアでも良かったように思いました。

 

 お店の画像を本当にうっかり撮り忘れてしまいました。

これは「バンクーバー留学公式ブログ」様から。そのブログは→こちらです

 

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時は奪うのみにあらず

2015-05-26 02:08:17 | 梢は歌う(日記)
 
キシキシと心が軋む音がする
もし父が私の傍に立っていたら、お前はあんなに優しいと思っていたのに、なんで今はそんなに薄情なんだと言うだろうか。父の一周忌。だけれど私はどこにも父を感じることが出来ず、父は...
 

 

[ 上の囲みは一年前の、1周忌の記事です。]

 

私は一年前の1周忌の時のように、やっぱりニコニコ笑いカメラの前ではわざとおどけたポーズを取ったりしていました。

でもそれは昨年のように心の中に父が不在だったからではありません。

この一年で私は父の存在を感じる事が何度もあったからですが、それは心霊的な物語ではありません。

月日と言う時が心の中に父と言う存在を、思い出を縦糸にして確かなものに織り上げていったからだと私は思うのです。

 

それでもカメラの前では

「砕けたポーズをみんな取ってね。どんなに悲しかったとしても月日が、こんな風に悲しみを変えていくと言う証拠に。」と私は言いました。

おじさんはその言葉を真に受けて、献杯の挨拶の時に、ちょっとその事に触れました。

「一年前はまだ悲しい気持ちでいたと思います。それが三回忌になるとまた私たちは明るくにぎやかに集うことが出来ました。本人もそれを望んでいると思います。そう言うのが好きな人だったので、今日は賑やかに楽しく歓談して行ってください。」

まさに明るくにぎやかに一族が集う、それが父の願い以外のものではありません。

だから私は笑っていたのです。

 

三回忌はお寺での法要の後、少し離れた墓地に車で移動しました。

今回はそこでみんなでお墓のお掃除をしましょうと言う予定にしていました。

着くなり孫たちが率先して丁寧にお掃除を始め、親である中年組はニコニコと見ているだけになりました。

姉が嬉しそうに

「お父さん良かったね。孫たちが寄ってたかってお掃除してくれて。」と言いました。

すると、その「寄ってたかって」に、皆反応。

「その言葉は、あまり良い時には使わないんじゃないかな。」

「寄ってたかってボコボコにするとかさ。」

じゃあ、と言っても違う言葉が思いつきません。

さらに、甥が

「孫一味でやらせていただきました。」と、これもあまり良い時には使わないだろうと言う言葉をわざと使って、みんなの笑いを取っていました。

 

今思いつきましたが、シンプルに「孫一同でやってくれて」と言う言葉を使えば良かったような気もします。

でも「孫一味」の方が、なんとなくいい感じ。いい時も悪い時も仲間だよって感じがします。

そう言えば一番下の妹には叱られそうなので、書き足しときますが、お墓のお掃除はこの孫一味と一番下の妹でやってくれたのでした。

 

 

その後、一人一人が手を合わせると言う流れになりました。

「時間もあるので、お一人おひとり父と語り合ってください。」と姉が言いました。

すると母が

「いつも語り合っているから、改めて何も言うことがないわ。」と呟きました。

母の中の父はきっと母が亡くなる時に、一緒に死ぬんだと思いました

 

彼岸の岸辺を渡ってしまった人は、新しい想い出も増えないし会話もありません。でもこちら側にいる者たちは、こうして集い合い無言の人と心の中で語らい新しい想い出を築いていくのだと思います。

人はこうしてなかなか本当の死を迎える事はないのかもしれません。だけれど何が悲しいかといえば、地の底で眠る人が、そんな風にみんなの中で生きていると言う事を知りえる事が出来ないのではないかと思う所なのでした。

 

 

墓地でみんなで集合写真を撮りました。もちろんお墓を背景にはしていません。

それでもその時、私は

「お父さんは、手をお母さんの肩に掛けて・・・。」とジョークを言いそうになりましたが、そう言うのを本当に怖いと思う人も居るかもしれないと思ってやめました。本当にそんな写真が写ったら困りますし。

だけどほんのちょっとだけ、どこかで見ていて欲しいと私は思っていたのかもしれません。

 

 

ふと見上げた青い空。

天気予報はずっと雨だったのにね・・・・。

 

 

 〈お食事〉

 

  

  

 

 

 

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ロンドンでの「ハムレット」に思いを馳せる

2015-05-23 23:42:00 | 梢は歌う(日記)

今回のロンドンのバービカン劇場での「ハムレット」公演が気になって仕方がありませんでした。

今までだって海外公演は何回もあったのにです。

やはりそれはシェークスピア作品だからだと思うんですよね。

「本場に殴り込み」みたいなものじゃないですか。

日本で英国人が勧進帳をやるようなものじゃないですか。

えっ ?

たとえが変だって !?

まあ、それはともかくです。('◇')ゞ

 

イギリスの人たちの反応が気になるところですよね。

 

こんな時は、やっぱりツイッターをやっていて良かったなと思っています。

ロンドン公演に行かれた方のツイレポやイギリスの方の反応なども流れてくるからです。

このブログの横に貼ってあるツイッターに、そのツイをちょっとですが載せていたので気付かれた方もいらしたと思います。

 

そのツイッターのおまとめは「kiriyのつぶやきの森」

「5月21日のつぶやき」 「5月22日のつぶやき

そして今日の分は明日以降にそこに入るので、興味のある方は見てくださいね。ただし、他のツイートも多いので、そこはご了承くださいませ。たぶんリンクまだできていない明日が一番載せているかもしれません。

 

観客の反応も良いみたいでホッとしました。〈なんでか、私のようなものが…と思うのですが、〉

藤原ハムレットは、本当に美しかったものですから、それを分かって頂けたような気がしました。

それにフェンシングのシーンも褒められていたのも、「そうでしょう」とまるで身内のように嬉しく思いました。

あの殺陣、素晴らしかったですよね。

「るろうに」が生きたなぁって私、思ったのでした。

 

セットもロンドン公演を凄く意識して作ったような気がしてました。

 

サンスポと日刊スポーツにも取り上げられたようです。

お買い物に行って帰って来てからその事を知ったので、買えなかったのですが、今日のサンスポは欲しかったです。

そのウェブ版は

→ 「蜷川ハムレット」ロンドン公演に拍手喝采!舞台に長屋やひな飾り

このウェブ版と紙面との決定的な違いは、紙面の方では「藤原ハムレットにロンドンっ子熱狂」と言う嬉しいタイトルだったと言うことかもしれません。

 

明日でいよいよその「ハムレット」、終わりですね。

 

みな様、最後まで頑張って~と東の国からエールを送ります♪

 

 

 

 

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野田市散策日記その5

2015-05-23 09:07:05 | お散歩&写真日記

 結局、「古文書入門講座」はラストの一番面白そうな回を体調悪く欠席してしまったので、半端な感じで終了してしまいました。だけれどGWに出掛けた「鳥獣戯画展」の展示で古文書が展示してあると、無意識に読もうとしている自分がいました。たった三回の講座でそのような影響があるなんてと思い、最後の一回の欠席が悔やまれました。この先どのように学べばいいのかと言う示唆もなかったので、どうしていいのかも今の段階では分かりませんが、少々「古文書」と言う分野も心にとめて行こうと思いました。

 その講座が終了しても、私と野田市の関係はまだまだ切れそうもありません。

21日の木曜日も梅郷と言う所に行きました。

野田に行ったからと言って、そうそう何かがあるとは思えません。

だけれど、野田は侮っちゃいけないのですよ。

 

公民館を出ると、

 子のようなものがありました。

 

なんて書いてあるのかな。

 

この公民館のお向かいの家も、なんとなく由緒があるような・・・・・

でも普通の方の家だったので、もちろん画像はないです。

野田って、本当に歴史のある古い街なんだなと思います。

 

近くに小学校があって、運動会の練習をしていました。そこは南部小学校と言う所です。

にぎやかな声に惹かれて、こちらの道を選んで駅に向かう事にしました。

すると・・・・

「えっ!?学校の中にこんな建物が・・・・!」

この画像を後からよく見ると、ちゃんと向うに仕切りがあるような気がします。

でもここを通り過ぎた時、ここへの入り口は学校の中からにしか見えなかったのです。

この公民館に行く事は、これから先にあるかどうか分からないので、すぐに確かめることは出来ません。

 

とにかくその時はこの建物が学校の敷地内にあるように見え、まさか外部の人間が小学校に入っていくわけにもいかず外の策の外から写真を撮ったと言う次第なのです。

真夜中にここがなんであるかをカチカチ検索しましたら、どうも「香取神社」と言う所みたいです。

やっぱりここ、ちゃんとこの学校の周りをまわれば、鳥居が小学校の校庭に向けて立っているみたいなんです。

策の所は工事中の車も止まっていたので、小学校以外の入り口が分からなかったのかもしれませんが、ここはたぶん神社のあった場所に後から小学校が出来たのじゃないかしら。

 

 

 

野田市って本当に・・・・以下同じ感想。

 

そしてこれの検索をしていたら、野田市南部小学校の卒業生には・・・・

 

ナオト・インティライミ「母校訪問」 と、このような所を見つけ、ちょっとだけ面白くも感じたのでした。

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ミーハー的日記その3

2015-05-21 02:07:25 | 梢は歌う(日記)
 
ミーハー的日記その2

なんか昨日、たくさんブログをアップしようなどと書き込んでいたような気もしますが、まあそれは気の迷いだ、気にするな・・・・なんちゃって。ミーハー的日記、やっぱり書き足りなかったの...
 

 ※ 上の囲みは昨年の5月16日に書かれたものです。

 

私がこのブログにて、5月15日も16日もその事に沈黙していたり、他の事を記事にしていても、ちゃんと気が付いていたのですよ。

5月15日は藤原竜也さんの誕生日。

ツイッターで流れてくる皆さんのお祝いの言葉をニヤニヤしながら眺めていました。

素敵なツイートはたくさんあったのですが、印象的だったのが・・・・

 

: \遅めのハッピーバースデー/ いつもヒドい配役で大変ご迷惑おかけしております。今日は藤原竜也さんの33歳のお誕生日でした!またご一緒できるのを心より楽しみにしております!

 

なんだかずっと応援しているうちに「君」とは呼びづらくなって来ました。

どんどん大人になってさらにいろいろな幅のある役をやっていって欲しいですよね。

 

昨年の「ミーハー的日記」を読むと、怒涛の彼の映画ラッシュを思い出しますね。

映画館に行くと複数のポスターの竜也まつり。あっちを見てもこっちを見ても、どのポスターにも彼がいるなんて事が起きていて、彼のご贔屓様たちにとってワクワクするような景色だったのではないでしょうか。

 

―じゃあ、今年はどうなのかしら。

「ハムレット」のロンドン公演でそれどころじゃないのかなとか思っていたら、ちゃーんと映画を撮っていたのですよね。

秋公開なので、本当に楽しみです。

「探検隊の栄光」、どんな映画になっているんだろう。

撮影はかなり過酷だったようですが。

関連記事はこちら

 

と今頃、そんな関連記事を載せても、すでに知っているに決まってるじゃないと叱られそうですが、世の中には、まあまあもしくは結構好きなほうと言うご贔屓様も方もいらっしゃるわけですから、

「はじめて知ったわ。」と言う方の為に、今更ながらリンクさせていただきました。

〈私なんかもツイッターをやっていなければ、かなりの出遅れ組になる事間違いないかもです。〉

 

そして24日まではロンドンバービカン劇場で「ハムレット」。

 

いつも言っている事ですが、好きな人が頑張っていると、なんだか自分も頑張れるような気がしませんか。

近頃と言うか、前からかも知れませんが、余裕のない生活を送っているような気がしている私。

だけど「私も頑張るよ。」って、そんな気持ちになったりもするのです。

 

※ 最近の私の妄想&願望。

「来年の大河の何かにキャスティングして欲しい~。」です^^

 

 ※ 真夜中に居眠りしながら書くと、文章が滅茶苦茶。
朝、少々手直ししました。真夜中訪問の皆様、すみませんでした。

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ベランダ日記2015年5月

2015-05-20 09:02:23 | 梢は歌う(日記)

最近お出掛けすることが多いので、そんな『お出掛け日記』ばかりを書いているような・・・・。

疲れもたまって来ています。

平凡な毎日でも同じ日はないと言うのに、そんな人生の旅の記録は残せないままになっているような気がします。

だけど焦らず行きましょ。

のんびり行きましょ。

疲れた私の癒し空間は、ちっちゃなちっちゃな私のベランダガーデンです。

 

モミジバゼラニウムに花が咲きました。

花の色もやっぱり秋色でした。

このモミジバゼラニウムは葉の可愛らしさに惹かれて今年買い求めたものです。花が咲くのも楽しみにしていました。

 

下の定番ゼラニウムも2011年から、我が家の住人らしいです。

 

 かなり大株に育っています。最初は寄せ植えにしていたので端の方によって植えてあるのが悔やまれるところです。

 

2011年の頃のこの花はこんな感じでした。

 

 育ったと言えば、これも・・・・。

ええと名前が分かりません。

花を、今年初めて見たような気がするのです。

やっぱり寄せ植えの緑担当だったので端に植えてあります。ベランダの真ん中で広がりすぎたので、先日場所を変えました。

 なんだっけなあ、これ。知っている方がいらしたら、教えて頂きたいです^^

 

もう一つ、知らない間に咲いていた白い花は

 

本当はこんなに小さなお花なんです。

 真珠の木、ぺルネチア。

この木、検索したら中級者向けと書いてありました。どうりで。私には難しい木だったようです。以前にも買い求めたことがありますが、実が終わったら枯れて行ってしまったのです。でも今年は頑張ってくれています。

土は酸性。夏は苦手。明るい半日陰。 なるほど~。

 

そしてひっそりと咲く白い花は

 旦那エリアに咲いていた水辺の花です。

 

今回は大株に育ったものと白い花を中心にアップしてみました。

猫のももと一緒にベランダに出てお茶などお頂くのが好きです。

ぼんやりと風が公園の木々を揺らしているのを眺めたり、ベランダの花たちを眺めています。

 

だけどももは、

花より猫草です。

 

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花燃ゆ20回「松陰、復活!」

2015-05-19 10:26:31 | ドラマ (大河)

「あっ、ほら見てごらん。」と夫殿が言いました。

ちょっとよそ見をしていたので、さっとテレビ画面を見たら消えていました。

それだけほんのちょっとしか映らなかった錦帯橋でした。

遠くに見えているのが、岩国城です。

ここで彼らは・・・・・。

 

今年の大河は、こんな風にいつもとは違う楽しみ方をしているかもしれません。

その「錦帯橋」の記事は→こちらです

 

さてドラマのお話ですが。

我が家では時々、松陰が死罪になる事によって家族にどのような影響を与えたのかと言うことが話題になっていました。

「よくこの家はおとりつぶしにならなかったよなあ。」とか夫殿が良く言いました。

「だって親戚に小田村がいるんだし、塾に来ていたのは下級武士が多くても中には高杉とかもいたのだから、守られていたんじゃないかな。」と推理する私。

 

今回はそんなお話も盛り込まれた長州藩の維新への道ー。

 

ただタイトルの「松陰、復活!」には二つの意味があったと思います。

一つは吉田家再興。そしてもう一つは人々の心の中に図らずとも、求められて松陰の言葉が戻って来たと言う復活だったんじゃないかなと思いました。

子供たちが自ら学びたいと望み、塾に徐々に人が増えていくシーンは心が温かくなりました。

 

そして大人たちもこの局面に松陰の言葉を求め、また新たに知りたいと訪れては写本していく人が絶えなくなってきていました。

 

辛いカレーは後から美味しく感じたり、また食べたくなる・・・・って、あれでしょうか。

などとくだらない事を言ってはダメですね^^

依然尋ねた友達の家には、ずっと昔に亡くなっていたその方のお母様のレースの作品があちらこちらに飾ってありました。

その時に

「『寅は死んで皮を残し、人は死んで名を残す。』と言うけどさ、人は死んでも作品を残すだね。」と、私は言いました。

松陰の言葉は人々の心の中に生き続け、賛であるか反であるかが別にしても、その人の思考の一部になっていくのだと思います。そしてその人の脳内では松陰との会話がやまず、松陰は言葉とともに生き続けるのだと思いました。

 

このドラマは女たちの視点と長州藩維新への道と、描くものが盛りだくさんゆえに少々希薄な部分もあるなと感じています。

男の人たちは、歴史的部分にそう思えるのかもしれませんが、私などは松陰が罪人として死罪になったゆえの影響を、もう少し丁寧に描いていただきたかったと思ってしまうのです。

やはり構図的には、つらい時期があったがゆえに復活の喜びをさらに感じるものではないでしょうか。それは冬の次に春が来る喜びのようなものでしょうか。

でも冬の次に春と思うのならば、「松陰、復活」では春は来ないのですよね。長州藩の冬はこれから来るのでした。

 

 ドラマで歴史的部分が踏み込んで描かれてない分、今年のHPはその解説がいつになく充実しています。

花燃ゆ・白熱教室23回 / 長州藩が藩是を大転換!」は、とっても分かりやすいですよ。

何とはなしに悪人面だった長井雅楽。でもそれは雰囲気がそうであっただけで、全く持って悪人じゃなかったのですよね。彼の案の「航海遠略策」も決して愚案と言うわけではなかったのだと言うことが良く分かります。

ただ歴史が彼を支援しなかったと言えるのかもしれません。

凄く分かりやすいのですが、NHKのHPはいつか消えて言ってしまう運命なので、wiki様もリンクしておきますね。

航海遠略策→ここ

 

と言うわけで、また次週・・・・・

あっ、忘れていました。

鈴木杏ちゃん、出てきましたね。勤王芸者と言われた辰路。

セリフはいつも通り不正確ですが、「勤王の志士のためにお役に立ち、芸妓として名をあげたい。」と言うのは、言うなれば本音なんだなと思いました。今の時点では薩摩との二重スパイの可能性ありですね。

 

あっ、忘れたって言ったら、女たち&家族目線の文さん一家の部分の感想が・・・・(;^ω^)

いつもイラッとするレベルのニコニコ顔のお母さんの泣く姿にジーンとしました。

いつもイラッとするレベルの高ピーな態度の高杉の奥方・・・あっ、名前がタカスギだから、それでいいのか…と言う事はどうでもよくて、「しん様、しん様」と言う姿は可愛いと、私は思ってしまいます。どんなに好きでも傍にいない夫たち。それを遠くで待っているだけでも、偉いと思います、この女たちは。

 

 

 

 

 

 

 

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いけばな×百段階段2015

2015-05-18 01:08:49 | お出掛け日記

既に昨日終了してしまったので、情報としてはお役に立ちませんが、毎年やっているみたいなので

「へえ、こんなのもあるんだ。」と言う意味では少々の情報発信にはなるかもしれません。

5月4日にこちらに一度は赴いたもののGWはどこもやっていると言う思い込みで月曜休館と言う基本的なミスをしてしまったわけです〈「目黒雅叙園、行っただけ~(/_;)」〉が、なんといっても前売り券を買ってしまっていたものですから、もう一度、16日の土曜日に、今度は姉と妹との三人で出掛けてまいりました。

 

いけばな展の展示自体はお部屋の関係で撮影禁止です。

〈以前とは違うようです。〉

でも→こちら で展示してあったものを一部ですが、またいつまでかは分かりませんが見る事が出来ます。

 

美しい部屋に合わせたように活けてあるいけばなを堪能させていただきました。

いけばなは綺麗に仕上げると言うより、感性と技術の融合と爆発のようなものだと感じました。

ここまでゴージャスに活けられるのかと思うものもあれば、技巧的だなと思えるものもあり、またひっそりとしていても、それがまた美しかったり・・・・・。

 

 いけばな展に入る前のエレベーター前の展示です。

ロビーには

  広山流のお家元の作品です。

 

都会のオアシス、「目黒雅叙園」は

 来るだけでも楽しいです。

 思わず、また

  

飾られている装飾に目が行ってしまいます。

だって素敵なんですもん。

  

 

でも、やっぱり花より団子…と言うわけではありませんが、お昼は

 アフタヌーンティーで、ちょっと一息の午後でした。

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西船4丁目緑地&春日神社、そして猫

2015-05-16 02:11:03 | お出掛け日記

日付が変わって、もう昨日ですが、15日は継続して参加している「傾聴講座」を聞きに西船橋まで出かけてまいりました。この西船橋には、今回でしばらく来ることもなくなりそうです。

帰る時に、以前から気になっていた緑のこんもりとした場所に行ってみる事にしました。街中で緑こんもりの場所って、気になりませんか。

急な坂道を登っていく時に、おじいさんを追い抜こうとしました。

するとおじいさんは、

「こんな坂道、わしのような年寄りにはきつくてたまらん。人によっては途中で休憩をする者もおるんじゃ。あんたのような若い人にはどうってことのない坂でもな。」と声を掛けられました。

それでなんとなく追い抜くことは止めて、御一緒させていただく事にしました。

「私、若くないですよ。ほらっ、ふうふう言ってますよ、私だって。」と登りきったところでおじいさんの方を向いて言ったのですが、不思議な事にまったくフウフウもハアハアも、私、言ってなかったんです。もちろん一呼吸はつきましたよ。それだけ。

きっと途中でおじいさんに話しかけられて、立ち止まりゆっくりペースに変えたからなんでしょうね。

おじいさんがニコリと笑い私もへへと笑い、「では」とそこで右と左に分かれました。

短い坂なので、つかの間の出会いと別れでした。

 

だけれど、もしもこれが何かの物語の始まりだったら、このおじいさんが不思議空間の案内人であることは間違いのない事です。

坂を登って行った左側は「西船4丁目緑地」などと言う味気ない名前の場所でした。だけどそこは名前とはちょっとミスマッチな不思議空間でもあったのです。

 

そこは出来たばっかりと言う感じが漂っている、新しい公園でした。いつしか木なども育ち遠くない未来にはもっと素敵な場所になる事が予想されます。

でもうっかりとその場所の写真を撮り忘れました。

だってそこではね・・・・

 

彼らがお出迎えしてくれたものですから。

そう、彼ら・・・・

 誰、あんた?

「キャー、猫がいっぱいだ~♪」とはしゃぐ私。

 「ニャンダ、ニャンダ?」「いや、あいつがね。」「ご飯、持ってきたとか?」

 「いや、それはないみたいです。「ふむふむ、そうか。」

 

 逃げないし

 むしろ人懐こい。

ところで、君、一列に並ぶんじゃないのかい。

「あー、やだやだ、猫が一列に並ぶわけないニャ。」

 

また別の場所で二匹。

そしてさらに

良い顔してるね、君。

しっぽを見ると威嚇されてるようだけれど、昔覚えた、猫の挨拶の鳴き声、ちゃんとやってみた。

ほらねっ。ちゃんと通じます。

 

ぐるりと回って降りてきたら、この緑地の由来が書いてある看板を見つけたので、一応パチリ。読む気分ではなかったので、家に帰ってから読もうと思って。

 

 

ところで私、この新しい公園なのになんとなく不思議な空気が漂っているなと感じて仕方がなかったんです。

猫がいっぱいいたからじゃありません。

一つには時間が来たら施錠する場所って言うのも気になったのですが〈開いているのは9時から5時までだそうです〉、先ほどのおじいさん、「別れ」と言う言葉を使いましたが、本当の事を言うと、ずっと視界に入っていました。だっておじいさん、分かれた右側の場所でずっと体操をしていたものですから。

いつもの散歩コースなのかなと、私、思いました。

おじいさんが立っていた場所は、どうも神社のようです。道を挟んだすぐ横にあるのです、不思議な空気はその配置なんじゃないかと思いました。

 

神社信仰は私にはないので、昔なら敢えて避ける場所だったのですが、今はその歴史的背景とか建物とかという視点で見るようにしています。

そこは春日神社と言う場所でした。

 

なんか相当古いです。しかも祠は完全に閉じられているし、ブロック塀で完全に囲まれています。

ザワザワする~。

私、だんだん怖くなってしまいました。

右側下にはホームレスさんの蒲団があったのですが、なんかこういうモノがあって、逆にホッとしました。もしかしたらおじいさん、ここの住人だったのかしら。

 

 読めないし。

 意味不明だし。

 

 怖い!!!

君たち、顔が怖いよ~。

しかしこの狛犬たち、なんか凄い。こんなの見た事がないです。画像が暗くて申し訳ないのですが、躍動感バリバリ。

でもやっぱりちょっと怖かったので、もう帰る事にしました。

鳥居の所を降りていくと、にぎやかな駅前近くの道に出るのですが、やっぱり封印してるのか、と思ってしまった光景。

ただでさえ狭く策〈ガード〉が作ってあるのに、その前にづらりと自転車が並んでいるんです。降りていく時にたまたま一台分空いたんです。これ、空いてなかったらどうするのよ、ねえ。

やっぱし、封印か?

 

家に帰って写真の大きさ編集をする時に、説明の立て看板を読みました。4丁目緑地の場所は、もともとモダンな図書館が立っていたのに、2011年の震災の時に修復不可能なほどの打撃を受けて、図書館は別の場所に移動になったみたいです。この公園はその後に作られたのですね。

 

その図書館が作られる前は・・・・

ここは墓地・・・・・。

「うっ。」とちょっと思ったけれど、だから怖かったと結びつけなくはありません。

 

意味不明な石碑もどうも震災の時に崩れてしまったものらしいです。

そしてこの神社自体もかなり歴史が古いものでいつからあるのか分からないらしいのですが、文献には1725年には記録されている文が残っているようです。

 

狛犬の顔を見て怖い怖いとそそくさとその場を立ち去ってしまったわけですが、実はその下に子供の狛犬がいたのですって。

もうそこはがっかりです。

 

ちょっとだけ立ち寄った場所でしたが、そこには歴史とそれが作り出している重み〈それが私には怖いと言う感覚に感じたのだと思います。〉破壊された悲しみと再生への希望と、そして猫たちの癒しが存在していました。だけれどその猫たちだって、とても飼い猫には思えないし、その未来は不確かなもの。

いろいろなものが混在する、不思議な空間と時間体験でした。

 

 

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