森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

三個の霊

2007-11-30 08:55:59 | 家族スナップ

 なんだか、最初からオチが見えているようなタイトルですが・・・

 もうすぐ「風林火山」も終わりですね。寂しいような気もしますが、私の中では昨年の「功名が辻」のような盛り上がりには欠ける様な気がします。それはなぜかと、うっかり書き始めたらことのほか長くなってしまいましたので、サクっと削除。だってね、コレはまたkiriy家のいつもの風景のお話なんですから。

 

リビングにて私とラッタ君の大河談義

「もう、『風林火山』も後わずかなのよ。」
「オウ、もうそんな季節か。」
「でも、今年の大河は一回多いんですって。」
「え~。どうせ、死んじゃったやつらが、一人ずつ出てきてベラベラしゃべるんじゃないの~。」
「うわ~、そんなの最低。それは違うでしょう。」

―それは、見てみなければ分からない事ですが、絶対にそんなのではないと信じています。でもある意味、最終回に回想シーンは必須かも。

 前回の「決戦前夜」で、私は気持ち持ち直したものの、コレはその放映の直前のお話です。

「でも~、『風林火山』は私にとっては、思っていたような話じゃなかったな。」
「いかように?」
「私ねぇ、勘助って竹中半兵衛のような軍師だと思っていたんだよねえ。」

―私は竹中半兵衛が大好きなんです。

「彼、カッコイイよね。三顧の礼なんて実践しちゃって・・・」

「なんだって 大河にまたが出てくるのか。」

と、そこに唐突にルート小僧が登場。

「もう、その話は終わったんだよ。蒸し返すんじゃねぇ。
 ・・・・、ちょっと待てよ。お前は、まずその「サンコ」と言う所から説明してみろ。」
「そりゃあ、いっこ、にこ、さんこ・・・」

   ―  ああ~、やっぱり~。

「部屋に戻って、調べて来い~ 」
と言う事で、彼は一つお利口になりました。 

 ※突然ルート小僧を身近に感じてしまった人はコチラ、またはコチラ

 

 ところで、日本では竹中半兵衛の話は有名ですが、その日の夜「風林火山」のゆかりの地紹介の時に、宇佐美の三顧の礼のことを言っていました。その時代の軍師になる人たちの、一種の流行の行為だったのでしょうか。そう思うと、一生懸命に就活していた勘助が愛おしくなってきました。後、三回応援してあげなくちゃ・・・・

 

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「相棒」この胸の高鳴りを

2007-11-29 00:11:07 | ドラマ(相棒)

 あらすじはコチラ→HPのストーリー

 夫が言いました。
「この番組のために歌まで作らなくてはいけないから、大変ね。」
そーなんだ。   でもこの歌、素敵でしたね。ざっとHP見たけれど、歌情報はなかったのですが、良い曲でした。ほんとうにオリジナルでしょうか。もともとある曲でしょうか。どうも私はこういう音楽情報には疎いので分かりませんが・・

 

 近頃、ワタクシ「相棒」と勝負してしまっているのか、犯人とか動機とか意外と序盤に分かってしまったのです。でも、根拠なし。大概、推理物はこんな感じで終わると言う「勘」です。(でも、殆どの人が今回此の勘が働いてしまったと思いますよ~)

 だけど、中ほどは、撹乱されましたね~。

しかし、コレ、一つ間違えると、お話ちょっとホラー系。または「世にも奇妙な物語 」になってしまうのではないでしょうか。(一つも間違えていないので普通の「相棒」でしたが・・)あまりにも偶然過ぎます。なにか「因縁話」と私が思っても仕方がないと思いませんか。

それとも移植された臓器に、人は影響されるものなのでしょうか。「臓器の記憶」と言うものが本当にあるものなのでしょうか。とてもそうは思えませんが。

でも、やり直そうとした丹野だったので、そのチャンスを奪われて可哀相に思えてしまいました。福地が死を選んでしまったのも、丹野に裏切られたショックからだった事を考えると、福地も丹野の死よりは、その再生を喜んだと思えてしまうのです。丹野に再生の道を選ばせた、夏生との出会いは、やはり心臓が引き合わせたと言えるのかも知れません。

< 青春・ホラー・アンド相棒>といった感じ・・・・

ホラーと言っても怖いシーンはなし。これは横道一歩逸れて、恐怖シーン付け足し可能と言う意味です。

 

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小江戸川越散歩 その参

2007-11-28 09:34:06 | お出掛け日記

 <小江戸掛川散歩 その壱  その弐 の続きです。>

 

 「蔵の町エリア」 に着いてみると、思ったとおりの趣きのある家並みが並んでいます。ですが、思ってもみなかった交通量の多さです。昔はこの天下の往来を、大勢の人が行き来して、川越と言う所は栄えたのでしょう。でも、今はワーイなどと浮かれていては命に危険が及びます。しかもここは祭りでも有名な所だからなのか、歩道と車道の段差がありません。

 思っていた情緒とは、若干違っていたかも知れません。それでなのか、家に帰ってから気がつきましたが、その「趣きのある家並み」の写真が、明るい時間のにはないじゃない。あ~あ。

 

 それは諦めて、下からの画像は「蔵造り資料館」の写真です。一の蔵、ニの蔵などがあります。

 

          

 

 蔵に続く古民家。

 

   

 何で、こんな天井の写真ばかり撮っているかというと、なんかこの天井は、懐かしいです。昔の家はこんな天井が多かったですよね。しかも、なにげに「百鬼夜行抄」の雰囲気があるような・・・・

  

 ここは蔵造りの家の二階です。よく見ると窓に格子が入っているでしょう。

  

 その窓から撮った「時の鐘」。

  

  階段もメチャクチャ狭いでしょ。関取は通れませんよ、絶対に。

  

 お庭にも、いにしえの雰囲気が漂っていますよね。ちょっと、秋の雰囲気も漂っていました。

  

 

  

  

その後は、菓子屋横丁に行きました。

  

 そうこうしているうちに、夕闇が迫ってきました。さて、いろいろ見逃しているような気もしますが、帰るとするか・・・

  

 ところで、姉が書けと言うので書いておく事にしますが、この町は<イケメン>がいっぱいです。

あちらこちらで出合ったといったら嘘ですが、川越タヌキに化かされたのか、夕闇迫る頃、私たちはイケメン青年に少なくとも三人は出会ったのですよ。

 

 一人は菓子屋横丁でです。これはそこに住んでいる人なら、誰の事をいっているのか分かってしまいますね、きっと。私はその町で、まだ若くていい男なのに、手作りの飴をおばちゃんに一生懸命に売っている人を見たのですよ。

「うちの飴はねえ~。」と自信に満ちて売っていました。私はこういう人に弱いのですよ。

まあ、いい男。このおばちゃんたちが終わったら、私もここで買おうかなと思っていたら、その手作りの飴はもう完売しちゃったんですって。と言うわけで、飴は飴屋さんで買ってしまいました。ゴメンね。。。

 

 その帰り道、地図も見ないで帰り道を急ぐ私に、姉が不安を感じました。

「地図、見ようよ。」と姉に言われて見てみたら、迷っている事に気がつきました。橋の欄干で「ええと~」と言っていたら、道の向こう側から自転車に乗って、欠伸をしながら渡ってくる若者に、目が留まりました。

行き過ぎようとする若者に
「もうし、もうし、そこの口をあけている若者よ・・」なんてことは言いませんが、
「すみませーん、川越駅は何処ですか。」
と尋ねると、教えてくれた道は、まるで反対でした。そこに彼が来てくれなければ大変な目に遭っていた所です。しかも、その若い人は自転車から降りて、自分もそっち方面に行くからと、案内してくれると言うのです。

 でも、コレには私は恐縮してしまいました。私が呼び止めなければ自転車で、サァ―と行けたのに、・・・
だけど、その若い人は私たちを気遣って
「少しかかりますよ。」
「まあ、どのくらいですか。」
「20分ぐらいかな。」

・・・・・え~。たぶん人が20分と言う時は30分はかかると言う事だな、と私は思いました。

「それでは、バス停をさがそうかな。」私は少し聞こえるような声で呟きました。それからその人に
「もう大丈夫ですから、本当に、お先にどうぞいらっしゃってください。」 
と言いました。すると、青年は去っていきました。姉が言うにはものすごい勢いで自転車をこいで行ったそうです。
たぶん私たちがバスで行くと思って安心したのでしょう。本当の事を言うと、私には全然その気はなかったのです。ただ、この親切な若者は、20分全部とは言わないまでも、きっと10分ぐらいは私たちのために時間を使ってしまいそうでした。そんな申し訳ないこと出来ません。

でも、私たちはその若者が去った後でも、
「親切だ~、いい人だ~。」ととっても気分が良かったのです。

 

 流石に、一日最後の駅までの徒歩は少し疲れました。普段が引き篭もり生活の運動不足なので、足がパンパンです。ふ~、やっと着いたと思ったら、「川越駅」近くの「本川越駅」。ここからでは二人は帰る事が出来ません。道も分かりません。地図を見てもイマイチ分かりません。誰かに聞きたくても、近くにはティッシュ配りのお兄さんしかいません。

う~ん、どうしようかな・・・

すると、そこにティッシュ配りのお兄さんが近づいて来て
「僕は★★スポーツクラブのお知らせのためにティッシュを配っています。どうぞティッシュを貰ってください。道も聞いてください。僕は地元の人間です。」と、淀みなくさわやかに言いました。

オオ~。私はこのようなスカ~ッとした言い方が好きなんですよ。

ティッシュも戴き、道も教えてもらいました。

 

 姉と、川越には良い男がいっぱいいるねと言い合いました。
姉が感じた事は
―川越は観光の町。訪れる者には親切にするという教育が行き届いているね。―でした。

さすが、川越は小江戸といわれるだけあって、江戸人情の町だったのかもしれません。そうした町が人を育てているのでしょうね。

そんな事を感じつつ5時20分に「川越駅」を発ち、バスの連絡が悪かったので7時20分ぐらいに家に着きました。

 

 ところで夜、留守番だっただんなに聞きました。
「そういえば、パパ。お昼は何を食べたの?」
「お弁当買って来て食べたよ。」
「ふ~ん、じゃあママと同じだね。」と聞こえないような声で呟いていた私。

 ↓ ママのお弁当。

 

 

 

       

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小江戸川越散歩 その弐

2007-11-27 08:54:07 | お出掛け日記

 

小江戸川越散歩 その壱 の続きです。>

さて、喜多院エリアから、川越城本丸エリアには徒歩で15分ぐらいだったと思います 。

 

   

 ここの入場料は100円ですが、市立博物館、蔵造り資料館も含めての三館共通券が300円で売っています。お値段的には何もお徳ではありませんが、いちいち買わなくてもいいので、それを買うことにしました。このお城は今は一部しか残っていないのですが、それでもなかなか満足できました。

川越城についての詳しい事はこちらなどを参考に・・・☆☆

 

  

 なんとここは、写真がO.K。奥の間の家老詰め所には・・・

 

  

居ましたね~。彼らは終日会議をしているようですよ。

 

  

 そのお庭です。

本丸御殿はこんな感じです。なんだか物足りませんね。まあ、残っているのはこんな程度なので仕方がありません。やはり家老詰め所の写真が撮れたと言う事で、満足することにしましょう。

 そこからほぼ一分の所に市立博物館があります。そこを訪れれば歴史好きな方にはきっと満足を得ることが出来るでしょう。量的には大したことがありませんが、川越の見事なジオラマや、歴史的展示物には、観る価値があります。博物館は良いやなどと言わずに、是非訪れることをお勧めします。

 ところで、ここの中には水琴窟があります。水を砂利の上に落とすと、それが地の中で琴のように鳴り響く仕掛けがしてあります。耳を澄まして、しばし心安らかな癒しの時間を持ちました。 

   

 

 そうして、最後は「蔵の町エリア」です。川越って言ったら、やっぱりあの風景ですよね。と言うわけで、トップの画像は川越「時の鐘」です。  

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小江戸川越散歩 その壱

2007-11-26 09:27:55 | お出掛け日記

 

 「風林火山」で河越夜戦のことを知ってから、川越が急に行ってみたいところとして急浮上していた私。でも、いろいろ忙しくて(他の所に行く計画中だったし。)、なかなか行く事が出来ませんでした。でも、姉と何処かふらりと行こうかということになり、それなら川越と言うことになり、24日の日に行ってまいりました。

 

家を8時15分に出て、10時少し前に川越駅に着きました。二時間弱の小旅行です。でも、意外と近いような気がします。

川越は喜多院エリア、蔵の町エリア、川越城本丸御殿エリアとして観光地域が分かれています。如何に近いと言っても、次に来ることは考えないとしたら、いずれも見逃すことが出来ません。

 

蔵の街エリアなどは、とっても気にかかるところ。姉などはそこだけでいいと思っていたようですが、私が一番行きたいところは川越城です。バスの都合で、最初に喜多院エリアから回ることにしました。

庭などの趣深い中院で、バスを下車しました。

  

  

でも紅葉はまだ、それともオワリ・・・?  微妙な色合いでした。

その後は終日徒歩です。次は仙波東照宮。東照宮と名のつく所はみんな同じ色合いですね。

  

 でも、東照宮はやっぱり東照宮。

  

門の紋は、やっぱりこれですね~。ジャジャジャーン♪なんちゃって。

 < 仙波東照宮―徳川家康の遺骸を、静岡の久能山[くのうざん]から日光に運ぶ途中、喜多院に4日間とどめ、家康の信任が厚かった天海僧正が法要を営んだことにより、1633年(寛永10)に建てられた。日光、久能山と並ぶ三大東照宮の一つ。>

 

 そこから少し行くと喜多院があります。私はあまり寺参り等には興味はないのですが、ここには春日の局化粧の間と家光誕生の間があるのです。川越大火の折、焼失してしまった所に、天海僧正を慕っていた家光が、江戸城から移築したと言うものです。残念ながら画像はないです。撮影は禁止ですから。でも、そのお庭。

  

 なーんか、やっぱり・・・イマイチかナァ。

  

   

後ここは、有名な五百羅漢がありますが、そちらも画像はないですよ。私はちょっと、そういう写真は撮れないのですよ。実際は五百以上の羅漢像が風雪に耐え佇んでいます。その一つ一つ違う表情には、驚くものがありますが、やっぱりなんか私にはちょっと怖いのですね。

 そんな事言っていても、そうそうには立ち去らないで、甘酒なんかも頂いてしまいました。でも、その値段の高さも怖かったな、家計には。

 

そうして喜多院エリアから川越城エリアに移動です。

一番上の画像は、その本丸御殿です。それで、続きはまた明日。

<小江戸掛川散歩 その弐  その参 

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「風林火山―決戦前夜」

2007-11-25 23:07:51 | ドラマ (大河)
 私は前回、夢から醒めたように上杉政虎に失望し、急に「風林火山」なんてもうどうでも良いやと思えてしまいました。なぜ、人はどいつもこいつも驕り傲慢になってしまうのでしょう。
 ―吾は神仏の声に耳を澄まして、戦うものなり。だから吾は正義なり。ならば、吾は人の上に立つものなり。ゆえに吾こそが神なり。―
とか言う政虎式数式でしょうか。でも、ドラマ終盤でうんざりです。別に主役でもないんだから、割愛してくれよ、そんなのというのが本音です。黒い晴信の時代が長かったので、そんな風に思ってしまうのかもしれません。

 でも、そんな私の気持ちが通じたのか、「吾は人なり」と政虎の悟りは早かったです。メデタシメデタシ。

だけど出陣の時
「吾こそが毘沙門天なり~」とか言っていませんでしたか。なんかよく分かりませんが、そのほうが確かに、わが殿には神がついていると思えて、家来としては安心ですよね。

ところで、ワタクシ、やたら時間費やした上杉エピでは(・・・なんか言い方冷たいですか。先週、私を失望させたからですよ。口だけ男の上杉メと思ってしまったのは彼の大義に生きる姿勢が好きだったから余計ですね。)伊勢のよどみない言葉に感銘しました。これは別にライター様が淀みなくセリフを書いただけのことなんですが、こんな命かかったところで、このように核心ついたことをズバズバと言えるなんてありえないとは思いつつ素晴らしいと思ってしまうのです。

近頃「風林火山」は夫婦二人だけで見ていますが、だんながしみじみ言いました。
「やはり、負けなければ越せない山があるんだなぁ。」

まあ、良い言葉やないですか。私の座右の銘にしますわ。

ところで、そのだんな
「けちだ~。」と文句を言っていました。伝兵衛の褒美の金ですよ。あれだけあっても、分けてあげようとするのはたったの二個と思ったら、それも取り返しちゃうのですものね。
でもこれは葉月の考えがあっているかもしれませんよ。一人にあげたら、我も我もとみんな欲しくなってしまいますものね。でも、葉月はセリフはありませんでしたね。風邪でも引いていたのかしら・・・なんて思ったりして。



リツと香坂弾正との縁談も、勘助の願っているような展開になってきました。リツの真っ直ぐに人を思う気持ちに、香坂は惹かれたのかもしれませんね。
花枠が気になっている方は多いと思いますが、私もなかなかリツがそこに来ることがないのが気になっている一人でした。でも、今回はばっちりでしたね。

でも、来週はダメですよ、きっと。
NHKは幽霊が好きですから。

 
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「ボーン・アルティメイタム」

2007-11-25 11:31:58 | 映画

 

 「ボーン・アイデンティティー」
「ボーン・スプレマシー」に続くボーンシリーズの三作目にて完結編。

二作目最後のロシアから始まり、緊迫した逃亡劇が続く。ボーンに休みなしかと思ったら、これは全篇観客にすら息を抜く所を与えない。

途切れない手に汗握るシーンに、ふと「ダイハード4.0」を思い出す。近頃映画は、ここまでやってくれるのかと言う思いがして満足度大だ。ただ、今回の「ボーン・アルティメイタム」を見てしまうと、比べることは愚の骨頂なのは分かっているが、記憶の中の「ダイハード」が、なぜかお子様映画に思えてしまったのだった。

 人は人であって殺人マシーンにはなれない。殺人マシーンとして誕生したボーンが、失われた記憶を取り戻した時、物語はあるべき方向に完結する。

 

  この映画を見て、やはり感じてしまうのは、プライバシーや個人情報など、無いに等しい恐ろしさだと思う。
 かつてスパイたちが欺きあい潜入し掠め取っていた情報を、今ではオフィスにてスーツを着ながら指の連続運動でなしえてしまう。

 ボーンの凄さは、その殺人マシーンとしての強さではなく、視界で捉えた、または耳に入ってきた音、言葉と言う情報を瞬時に判断し、分析し行動する能力だと思う。

例えばモロッコにてボーンが、干してある服を走りながら手に巻きつけるシーンは、まさにそれを感じさせる。

 

 ちなみに私的には、ボーンと暗殺者デッシュとニッキーとの追い詰められていくような緊迫感溢れるシーンには、一番ドキドキさせられた。なぜなら、ボーンの物語には「彼が居るから絶対に大丈夫」的なヒーロー性が、私には感じられない。誰に生が与えられ、誰に死が訪れるのかは予測がつかないからだ。

    

 

 終わらせ方も綺麗に決まったように思う。ニッキーの最後の微笑が、印象的だった。

 

 印象的といえば、私はこの映画の肉弾戦の効果音も気になるところ。
エンドロールのデザインも洒落ている。

 余談だが、この日見に行った映画館は全館千円で、映画館はかなり忙しかったらしい。エンドロールの途中で、早く観客を外に出したいのか、館内が少し明るくなって、人がどんどん動き出してしまった。それはその人の自由な事だけど、私は勿体無いので映画館の策略になんてのらない。なぜなら、コレだけの音楽をこれだけの音響で聴けるチャンスを手放したくないからだ。

 

 

   

 

 私は今月4本の映画を、映画館で見た。ついうっかり
「これが一番。」
と言ったら、夫にジャンルが違うのに比較するのはおかしいと言われた。正論である。

 だが、愚かにも私の脳は、入ってきた情報ファイルの置き場所を得るために、序数をつけたりナンバリングを打つことが好きらしい。その情報ファイルは私の脳の「11月に見た映画」と言う引き出しの中で、一番と言う位置に放り込まれた。

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ストラトフォード・アポン・エイボン

2007-11-23 18:19:52 | イギリス旅行記

 

 画像は「Adventures  1」で書いたストラトフォード・アポン・エイボンのホテルシャルコートフェザントです。

 

  

 

 まだ朝も早いので、霧が少し出ているでしょう。

このホテルを8時半に、ストラトフォード・アポン・エイボン観光に出発しました。

ここはシェークスピアの街です。

  

 シェークスピア生家の入り口です。その生家。↓

 

  

 

 でもここには着いたのが早すぎて、入れなかったのですよ。ツアーと言うのは、結構ありえないことが多いのです。でも、そんなにはガッカリはしませんよ。外から見ているだけで、もう充分です。

  

 

外でウロウロしている私たちを見て、若干時間前でしたがお土産屋さんが開きました。そうですよね。どう見てもシーズン中とはいえない今、私たちを見逃すなんて利口じゃないですよ。(でも、この国の人はそういう考えじゃないような気がしますよ。)

で、そこで買ったお土産。       

          私は結構文房具好きなので、こういうものを見ると、つい買ってしまいます。羽ペンもどきのボールペンと黒い紙に銀色っぽく字が書けるメモ帳と鉛筆です。これを、二人の子供達にそれぞれあげたのですが、喜んだかどうかは分かりません。

 

 ところでこの日私は髪を一つに束ねて、バンダナをリボン代わりにしていたのですが、このシェークスピアの生家前で、そのバンダナがないことに気がつきました。駐車場から少し歩いてきたので、その途中で落としたのだと思いました。帰り道で探しながら帰ればいいかと思いました。でも、無くしたままかも知れません。私は少し気落ちしました。その時私は勘違いしていたのですよ。そのバンダナは、前に吉田拓郎のコンサートに行った時に買ったものだと思い込んでいたのです。

帰ってきた時に知った、彼のコンサートの中止。でも、その頃私はイギリスの青い空の下で、何も知らずに
「まあ、良いか。バンダナは、またコンサートに行った時に買えば良いや。」と自分を慰めていたのです。

 

 さてシェークスピア生家の次は、その妻アン・ハサウェイの生家に行きました。そこは自由観光です。入場するのも近くの素敵なお店で(一軒しかないけれど)お茶を飲むのも、この周りの田舎の雰囲気の道を散策するのも自由です。

 私は迷わずに入場して、いにしえの家を見学する選択をしました。でも友人たちは、本当はお茶など優雅に頂きたかったのかも知れません。前日のスワン・ホテルのこともありますし。(スワン・ホテルの事はバイブリー記事で・・・)

 

  

でも、ココいい感じでしょう。中を管理している御夫人もとっても素敵な人でしたよ。広いお庭の木やフルーツの説明を一生懸命にしてくれました。アン・ハサウェイのうちは豊かだったらしいのですが、中の部屋は狭いですよ。出口近くにあった子孫の人の写真が、印象的でした。

 ココはきっと、花の季節にはこの数倍も美しい所だと思いますよ。でもその頃は、狭いところなので入場制限がされてしまって、待つこと一時間らしいのです。こんな時間で動くツアーでは入れません。何が幸いするのか分かりませんね。

 

 ところであのバンダナは、ココからバスに戻った時、なんと添乗員さんの座席の所に置いてありました。誰かが拾ってくれたのですね。でも、そしたら、早く言ってよね、添乗員さんってば。

でも、それは拓郎のコンサートで買ったものではありませんでした。私の勘違いでした。

この日、読んだわけではありませんが、占いの本にはこんなことが書いてあったに違いありません。

―失せ物注意。でも、それは必ず元の所に戻る・・・―

なぜならこの日私は・・・
まあ、それは次のお話です。

 

 私のシェークスピアの予習記事はこちらです。

 

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その腕貸してね

2007-11-22 12:32:06 | イギリス旅行記
 この「イギリス旅行記」を書くに当たって時系列に拘るならば、「飛行機体験記」から書くべきなのかもしれません。でもここに拘っていると、なかなかイギリスにたどり着けないので、後から書くことにしたのです。
 
 「飛行機体験記」なんて、なんとまあ大げさな感じですよね。 でも、移動に飛行機はちょっとねと思われている方って意外といらっしゃるものですよ。実は私もそうだったのです。  昔は好きだったのですよ。だけどある日、飛行機は怖いなと感じてしまったのです。北海道旅行から帰ってくる時に揺れてしまったのがいけなかったのでしょうか。耳がずっと痛かったのがいけなかったのでしょうか。もとより極度の高所恐怖症ですし。気分は、そう「のだめカンタービレ」の千秋くんです。  

 旅行会社に申し込みをした時から、事あるごとに自分に言い聞かせていましたよ。
「大丈夫。大丈夫。」とか
「みんな平気な顔をして乗っている。みんなも平気。だから私も大丈夫。」
「彼も人なり、我も人なり・・」なんて訳が分かりません。
このハードルはなんとしても軽々と乗り越えなくては、始まらないのですものね。千秋にのだめがいたように、私にもしがみつく相手が必要かもしれないと思いましたので、そのことは友人にも言っておきました。

―いざとなったら、その腕貸してね。

  でも、案ずるより生むが安でした。

飛行機に乗り込んで待つこと・・・何分だったでしょうか。やっと走り出しました。なんとなく目を瞑りました。やはり緊張したのだと思います。ふと横を見ると友達も目を閉じています。これは、緊張だけではないのだと気がつきました。いよいよだわと思うのと同時にここまで来るのに疲れ果てていたのです。

 主婦の旅行と言うのは、自分の支度だけして「はい、行って来ます。」と言うわけには行きません。
私も、もし万が一と言うことがないように、食洗器とついでにポットの洗浄をしてきました。洗濯機も糸くずを取ってチェックして、後は多少張り紙や置手紙にてメモをして、何かとぎりぎりまで気を使います。もちろんドカンとカレーも作っておきましたよ。前日も夜まで仕事をしていました。いつもなら夜の家事は一切放棄の自由時間ですが、そうも行きません。
 友人も仕事の後、その日彼女の夫がメインでやる仕事仲間のお勉強会(お食事会)の為に、お料理を作ったりで、いつもより前日は遅く寝たのです。
 私たちはいつもどおりの忙しい半日を過ごして、成田まで来たのです。成田に来たからといって、飛行機に乗り込むまでが長いのですよ。


飛行機が動き出して、なにやらホッとしました。すると、急に眠くなってきました。ウトウトしてそして目を覚ましました。

その時飛行機はすでに空の上・・・・・だったら良かったのに、なんとまだ成田の飛行場の中を走っていました。30分ですよ~。
知っている方には普通のことでも、知識ないものにはこんなことにも驚きです。
もう、もう、うんざりです。はやく~。
と思っていたら、突然グワーンと加速して飛び立ったのでした。


その時、私は本当に嬉しかったですよ。何もしないで待っているというのは忍耐ですから、その忍耐と言う苦痛から開放される喜び、先に進める喜び、その嬉しさの方が、「飛行機が怖い」と言う恐怖の心に打ち勝ってしまいました。


お陰で、友達の腕は借りずにすみました。



 【でも、このお話は飛行機体験記の1です。私は飛行機の中で見たある光景は、驚くものでした。そのお話はこの旅行記の終わりの方で書く予定です。】




ちなみに耳が痛くなって困る方は、この「イヤープレーン」が役に立ちますよ。お陰で、耳は痛いという苦痛はありませんでした。



イヤープレーン



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行く直前になって友人がアドバイスしてくれて、急いで買って持っていったエアー枕。これも忍耐の長時間飛行の手助けになりました。


ヨックネックカバー付き(ネイビー)

ヨック

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「風林火山」のお話とこれ、なーんだ?

2007-11-20 01:54:18 | ’08/12/7までの未整理日記

 

 さて、これは何でしょう。

と、お話ふっておいて、まずは「風林火山」のお話です。今回はワタクシ、独立して記事は書けませんよ。お鍋の準備しながら見ていたのが悪かったのでしょうか。ぜんぜん感情移入が出来ないで、お話が見えてきませんでした。勘助と香坂弾正との会話に、唯一反応できたぐらいでしょうか(笑)

後は慢心景虎の言葉と行動に辟易としていたくらいです。晴信のデジャブみたいなものでしょう。もう、いいって、とか言いたくなってしまいます。

奇麗事言っていても、その成長の過程は晴信と一緒か~と思うと、なんだか失望してしまいました。

「風林火山」も、あと4回なんですよ。川中島はこのドラマ最大の山場ですよね。でも、なんだか気持ちが盛り上がりません。大河ドラマというのは主役を視点からはずさずにドラマを作ると言うことは出来ないことなんでしょうか。前半の頃の常に勘助視点のドラマは勘助に共鳴し勘助の目を通じて、ドラマに入っていくことが出来ました。でも今は、勘助は多くの登場人物の一人のような気がしてしまいます。気持ちが散漫になり、ドラマの世界に入っていきにくいです。

 

私にとっては川中島は遠いです。

 

それで、もうこの話題は終わりです。

ところで、上の写真の続きです。

 

     なーんだ~、りんごじゃない。

                     

 

 おいしそうでしょ。でも、このりんご、ちょっと変かしら。そう、頭のところが変でしょ。これはネジなんですよ。そして、これはオルゴールなんです。曲は「大きな古時計」。

 

今、街を歩けばクリスマスのディスプレイなどで楽しげです。そんな時はこんな、役には立たないけれど、楽しい物で街は溢れ返ります。でも、私は役に立たないけれどかわいいと言うものがとっても好きなんです。

 

                           

 

  今朝、読み直してみたら、急に眠くなってしまったのか、文章がブチ切りでしたね。思わず、「それがどうした」と自分で突っ込みたくなってしまいました。それで、もう少し「だから、どうした。」と言うことを付け足して書いてしまいます。

こういう無駄なものを買うから、部屋が片付かないのかもしれません。でもこの季節、私はそういう雑貨の誘惑にはなかなか勝てないのです。下は去年の今頃買った無駄なもの・・・・

 

      

これはペーパーストーンとして役に立つ予定だったのですが、気がつくと家にやってくる子供が、撫ぜて移動させてしまうので、飾りになってしまいました。いかにも、子供が好きそうですものね。でも、知っていましたか。こういうのって、実は女子より男子のほうが好きなんですよ。

 

また来年の今頃、こういうものの写真を載せているかもしれませんね。節約しなくてはとか言いながら。

 

     

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