森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

ナボナ事件

2018-08-17 00:17:44 | 家族スナップ

横浜のプチ観光の後、3人で実家に向かいました。

実家に行くと、ナボナと言うお菓子が出てきました。箱に入っていたので、どこからか頂いたものかと思ったら、母が午前中にわざわざ買いに行ってくれていたのです。

ふんわりとしたカステラの美味しさで、かなり有名なお菓子だと思います。

ふんふんふん ♪

と思いながら、久しぶりだなと思いながらパクついていましたら、母が嘆きながら

「私ではなく、店員さんが間違えたのよね。」と言いました。

我が家はありあけのハーバーと言うお菓子のファンなのです。

 

ありあけ横濱ハーバー ダブルマロン 8個入(マロンケーキ)
株式会社ありあけ
株式会社ありあけ

母はそれを買いに行ったのです。

「ハーバーをくださいと言ったのに、ナボナをよこしたのよ。家に帰るまで気が付かないで・・・・。」

すると姉が、

「良いじゃないの。ナボナだって有名なお菓子なのよ。王選手だってCMをやっていたじゃない。」

私は

「いや、これはこれで前から好きだったから。」と言いながら、

「だけど、お姉ちゃん、それ古すぎて、かえって子供たちには分からないよ~。」と笑ってしまいました。

特にラッタさんもルート君も野球にほとんど興味がないし、興味があっても

「ナボナはお菓子のホームラン王だ。」なんてCMを知っているわけはないじゃん。^^

更に私は容赦なく

「それに店員さんは間違えてないと思うな。お母さんが初めてのお使いのように『ハーバー・ハーバー・ハーバー』と思いながらお店に行って、パッと『ナボナ』と言うお菓子の文字が目に入って、口から出た言葉が『ナボナ、くださーい。』だったのではないかしら。」

と推理した事を言いました。

 

だってそう言う事ってあるじゃないですか。

何かをふと見てしまったりすると、まったく違う事を口に出してしまうとか。

 

だけど母の言う通り、「ハーバー下さい。」と聞いて、はいはい、これねとナボナを渡すことだってないとは言えないのですよね。なんたって、働く側も皆若い人ばかりではないからですよ。

チョピッと悲しいのは、それにすぐに気が付くことが出来なかった事なのですよね。

 

と言うわけで、我が家はナボナひとつでかなりの盛り上がったのでした。

 

※        ※       ※

 

これっていつも言っている事だけれど、脳は肉体の一部で、決して「気持ち」と言う分類の中には入ってくれていないのですよね。

気持ちはいつまでも若くいられるけれど、肉体だけは老いていくでしょ。その中に脳も含まれてしまっているものだから、年を重ねると言うのは、経験を積むと言う点では多大な良い点もあるのだけれど、人間関係的にはカオスの中に落ちて行くようなものですよ。

 

言葉が出ない(特に名前)なんていうのは序の口で、勘違い、思い込み、更に記憶の上書き。

単語の出ない会話って「あれよアレ。」とか「え~と、あの人…」「あっ、なんとなくわかる、あの人よね。」って、もう漫才みたいなんだけれど、気心が知れた人だと、それはそれで楽しいじゃないですか。

だけど最近、昔話などに花が咲いた時の都合のいい記憶すり替えや、または意外と近い過去の発言の内容が全く違うものになっていたり(意見を変えたわけではなくて、前の発言がなかったことになっている)と言う場面に遭遇することが多々あって、戸惑います。

きっとこの年代にはこの年代の上手い付き合い方と言うものがあるのでしょう。

だけど自分の中の大事な想い出などは汚して欲しくないものがあるなと思っています。また事件なども同じです。どこかでちゃんと語っておかなければ、いけない事もあると、最近の私は思っているのです。

 

 

 

 

・・・・・

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母と一緒に早朝散歩

2018-06-04 07:04:00 | 家族スナップ

 

最近ようやく治って来たのですが、

ちょっと前まで、なんとなく睡眠障害だったのです。

五つ数える間にすぅっと寝てしまう事が出来たのが、私の特技だったのに、

まさかの不眠。

 

ああ、だから真夜中にブログなんかを更新してるんだなってばれるかな。

まあ、それもあるけれど・・・

不眠の人って言うのも、私の周りには結構いて、いろいろとクスリなんかも飲んでいるのですよね。

 

もう薬は嫌なので、生活を改善して行かなくてはと思っているところです。

 

横浜の実家に行った時、けっこう早い時間に眠りにつくことが出来ました。

でも2時半に起きてしまったら、そのまま眠ることが出来なくなってしまいました。

3時半、4時半、

ああ、眠ることが出来ないなあ・・・・

5時になったら面倒になって起きてしまいました。

 

 

着替えてお化粧もしてしまい

それでも暇だったので、近所の公園に

散歩に行く事にしました。

 

その時すでに起きていた母もそれを聞いて、

一緒に行くと言いました。

 

母と一緒に、早朝散歩。

 

 

 

 

 「ああ、生きているなあ。」と、

この木の命に触れる事が出来て幸せです。

4本あったポプラの木。

若い時、私と姉はその木を「ビートルズ」と呼んでいたけれど

本当は、自分たち姉妹を重ねていたのよね。

まっすぐ伸びるポプラの木は

若さと未来の表れのような気がしていたものだから。

 

大きくなりすぎて切られてしまったポプラの木。

 

でもちゃんと生きていました。

 

 

 

可愛いな、この花。

 

 

「好きな人たちがいるのよ。それでいつも公園に花が絶えないの。」

と母。

それはありがたい事だよね、本当に。

 

そう言えば花壇コーナーがあっちとこっちにあるな。

家に帰って、撮った画像をチェックしたら、

なんか雑な撮影。

 

 

 なんでこんな風に写したのだっけ。

たぶん風景の切り取りをしないで、ありのままで写したのでした。

ちょっと参考にしたい事があったから。

 

早朝散歩で母とは、こんな花壇の話なんかをしていたのだけれど

二人で自撮りで写真を撮りました。

 

私はほとんど手で持っての自撮りってしないので

あまり上手くいかなくて

「あっ、もう一回」

「ああ、ゴメンもう一枚」

と、5枚も撮ってしまいました。

(今更ですが、あの自撮り棒ってやっぱり優れものですね。)

 

頑張ったおかげで、なかなかいい写真が撮れたなと思っています。

 

しかしこの時思ったのは、

母と私は本当に顔が似ていると言う事だったのです。

 

子供の時から似てると言われていましたが

それはお互いに背が低いので、小さくて丸い雰囲気が似ているので、

そう言われてしまうのだなと、

ある時から思うようになっていました。

 

なぜなら若い時の私は母よりもずっと綺麗で可愛かったからです。

キッパリ

(^_^;)

 

それが今、写真にぴったり顔を寄せて撮ってみると、

同じ顔の新旧みたい・・・・

 

24年後の私の姿はこれか~。

 

後たった24年で(当たり前の事ですが)

母の年齢になるのかと思うと

心はざわめきます。

立派な老人ですものね。

 

だけど

私は母の顔については

一度も悪く言った事はないのですよ。

ーいつもお母さんは、若いね。本当の年よりもずっと若く見えるよ。-

と言い続けてきた私。

 

ああ良かった、セーフだと

私は思いました。

これが日頃から

「お母さんはブスよね。」なんて言っていて

そして「あっ、似てる。」って感じたら、

それだけで落ち込むじゃないですか。

 

やっぱり親を貶める事は、自分を貶める事なんだなって

深く感じたのでした。

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「ポーの一族」のDVDの鑑賞会(実家にて)

2018-06-03 00:58:36 | 家族スナップ

2月27日の宝塚公演に行ったのは、私と妹二人の三人で、姉と母は行くことが出来ませんでした。

3月25日の千秋楽ライブビューイングにも、彼女たちは行けませんでした。それは二回見たかった私も、自治会の御用があって行けなかったのは同じ事。

だけど一番下の妹が、この公演を痺れるほど好きだと感じてDVDを予約購入してくれたのです。

それで5月20日は、皆で実家に集まって、その鑑賞会をすることにしました。

 

おやつ持参で、皆楽な姿勢で見始めました。

実家に来る前に、既にラッタさんと久しぶりに会ってランチ&おやつを頂くと言う、1イベントを終了してきた私は、ソファなんかで横になりながら見ていたらウツラウツラとしてしまうのではないかと思っていましたが、まったくそんな事はありませんでしたね。

 

母なども自宅で見ていたら、途中で脱落してしまうかと思っていましたが、それも無し。

みんなで楽しく最後まで鑑賞しました。

 

やっぱり二回目鑑賞は、更にエドガーとアランの奥深い感情に触れたように感じました。

男爵には反抗ばかりしていたように思えましたが、男爵とシーラそしてエドガーとメリーベルの4人には家族の愛がちゃんと存在していたと思いました。

生き続ける孤独とその美しささ、儚さ、そして恐ろしさを再び感じた私でした。

 

「ポーの一族」の物語を知らない母はどう思ったのかしら。

ちゃんと感想を聞くのを忘れました。

姉は、これから全話読みたいと言っていました。

 

もしここに父が生きていたら、得意げに、

「この話は全話読んだから知ってるよ。」と言ったでしょう。

私が17歳の頃、父は44歳。

今思うと、けっこう若いです。

「その本を貸して。」と言って、1巻から5巻まで・・・3巻までだったかな、人のベッドに横になり読んでいました。

私にとって、それは「読んでくれた。」みたいに感じました。それで頼まれもしないのにその横に付いて、いちいち解説してしまいました。そしてその時父は、

「君たちが夢中になってるからね、どんな話なのか知りたいなと思ってね。『この流れの果てに何があると言えるのだろう』って本当だな。セリフなどに頷けるような奥の深い話だね。」と言ったのでした。※ 確認していないのでセリフは不正確。

 

もしかしたらこの父の話は、私以外は誰も知らない事だったかも。

今度みんなに会ったら教えてあげようと思います。

「お父さんはね、『ポーの一族』、読んでいたんだよ。」って。

きっと一番びっくりするのは母ではないかしら。

 

ひとつの物語が生まれるでしょう。

するとそれに伴って、また新たなストーリーがそれぞれの場所で、又生まれたりもするのではないでしょうか。

父との何気ない日常の一こまをいつまでも覚えていたように、いつか母や姉妹と一緒に実家の居間で観た、この「ポーの一族」鑑賞会を、私はまたいつか思いだす事があるのかもしれません。

 

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宝塚歌劇団,明日海りお,仙名彩世,柚香光,高翔みず希
宝塚クリエイティブアーツ

・・・

練習映像特典がついていてね、これがまた良いのよ~。

 

・・・・・

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小学館

 

・・・・

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横浜は富士山の近所。

2018-06-02 01:55:52 | 家族スナップ

これは5月20日の横浜のスカイビルから撮ったものです。

私、あの映画の感想、訂正しなくちゃなって、この風景を見た時に思いました。

あの映画って「パシフィック・リム:アップライジング3D4DX」の事なのですが

>東京と富士山が近所にあったり・・・・

で、笑えると書いたのですが、これは映画で見たシーンと同じですよ。

もう横浜は富士山の近所でした。

 

 

富士山の近くから、巨大ロボットが逆のドンドンドンと遠のいてスカイビルに戻ってきたイメージで、画像を追ってみてくださいね。

(ガラス越しでクリアではないけれど…)

 

 

結婚する前は、横浜の丘の上から、富士山は良く見ていました。夕方の赤富士などは本当に大きく見えて、さながら近くにある山のように見えました。

だけどこんな風に手前の山脈の稜線まではっきりと見たのは初めてのような気がしたのです。

           ※         ※

20日の日は実家に行ったのですが、横浜で一人暮らしのラッタさんと待ち合わせをして、ランチを一緒に頂きました。

その日は本当に晴れて気持ちが良かったものですから、風景な綺麗な所でお食事をと思い、スカイビルの29回のお店を選んで行ってみたのです。

ところがところがです。

予約なしで行ったものですから、窓際の席ではなく、部屋の真ん中の席。

そこからかなり無理やり窓の外を写してもこんな感じです ↓

 

 

ぶー。

まあ、お食事は美味しかったのですが

(いや、お店はかなり良かったですよ。)

 

やっぱり

ぶすぅー。

 

そしてラッタさんとのお食事の時間は楽しかったのですが、

やっぱり

ぶー。

しつこい。

 

だって窓の外を見ながら晴れ晴れとした気分でお食事をしたかったので、

これでは28階でお店を探すとか、もしくは地下で食べたって同じ事じゃないと

なーんと無く不満足。

 

だけど帰る時にエレベーターの所の窓に気が付いたのです、ラッタさんが。

「もうこれで満足しなさい。」

(と、息子に言われる母。)

 

はい、満足しました。

だってこの風景はあのお店からはたぶん見えなかったと思いますから。

そしてあそこで満足していたら、わざわざこの窓は覗かなかったと思いますから。

 

むしろラッキーだったんじゃない、私。

と、ポジティブ思考人間の私は思ったのでした。

 

その後はジョイナスに移動して「ドロップコーヒー」にて食後のお茶。

時々時代の流行について行けません。

これは瓶じゃぁ?

とってが付いていても、やっぱりこれは瓶なのでは ?

 

「蓋をして保存するなどには便利そうだ。」とラッタさん。

なるほど~。

何か作っておいて、そしてそのまま飲む。

それも良いかもね。

 

いや、待てよ。

それならさ、もうこれからは夏のグラスなんか買わないで、

珈琲の空き瓶でアイスコーヒーなんか飲めばいいじゃん。

お洒落なアイスコーヒーのグラスを見ながら

そんなろくでもない事を考えつつ、

ラッタさんとのランチを終えて、私は実家へと向かったのでした。

 

 

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荒野で野たれ死ぬ

2018-05-08 01:25:42 | 家族スナップ

のんびりと毎日を幸せに暮らしていたら、いつの間にか周りの知人たちは、皆「おばあちゃん」と言う名前になっていました。

人間と言うものは贅沢なもので常に「人並み」と言うものを追い求めてしまうのかもしれません。

だけれど私が彼らに結婚なるものをお勧めするのは、単に私の「人並み」を追い求めての事ではありません。

私たちはいつか彼らより先に居なくなってしまうからです。

それは私の結婚する前も結婚後も家族と言う小宇宙空間が幸せだったと言う経験から、私たちが居なくなった後も、その幸せ空間で守られて生きて行って欲しいと願うからなのです。←って、なんでこのように小難しいような言い方をするのだ、私。

はっきり言えばいいのだ。

「ジーさんになった時、一人じゃ寂しいよ。」って。

 

 ←久しぶりに登場。ルート君のアイコン。「だけど結婚は、俺の幸せ指数をあげるものではなく、

   むしろぐっと下げるものなんだよ。俺の世界に食い込む喧騒に耐えられるかどうか・・・。」

 ← やっぱり久しぶりに登場。 こうなる予定が、ちっともならずむしろとなりつつある私のアイコン。

     説明が長い。

    「じゃあ、このままずっと同じが良いわけ?]

 「うん。この静かな世界が俺は気に入っている。」

 「居心地がいいんだね。」

 「うん。まあね。」

  「わかった!! もう、お前は出て行きなさい。」

 「えっ!?」

 「元来、若者は荒野を目指すことになっているんだ。」

間髪入れずに

 「たぶん俺はその荒野で野たれ死ぬと思う。」

 

あーーーーー、そう。

 

いろいろと、またいろいろと覚悟しなくちゃいけないのは、私なのかもな。

(そう思うにはまだちょっと早いけれどね。と、思いたい。)

 

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可愛いママちゃん

2018-03-23 14:08:28 | 家族スナップ

21日は春分の日でありながら、春の雪が降りました。

この日は横浜の姉と母は、父の墓参りに行ったのですって。

前の土日も後の土日も都合が悪く、この日に行くしかなかったようです。

雪の様子を写メで送ってくれました。

 

海のない東京より千葉の私の所では、確かに午後ちょっとだけ霙は降りましたが、ほぼ終日雨でした。

姉がこの雪の風景と一緒に送ってくれたのが母の写真。

 

もうお婆さんだし顔を隠すこともないかと思いつつ、一応隠しました。

ええと・・・・

私が身内馬鹿だって、知ってました~?

「まあ、おかあさん、可愛いじゃない !」って思ったので、^^;

すぐに姉にラインで伝えました。

母は

「まあ、どうしよう。」って言ったのですって。

「可愛い」と言われたから「どうしよう。」って、

なんかそれも含めて可愛いじゃないの。

と、身内馬鹿の私は思います。

 

先日、私が玉置浩二さんのコンサートに行き横浜の実家に泊まった翌朝の食事。

朝からエビフライ。

あのね、おかあさん。

エビフライが好きなのは妹ちゃんなのよって思ったけれど、

朝から頑張ってくれたのが嬉しかったです。

中が生でなければ、もっとね。

 

ふと、座っているところの横を見ると、綺麗なノートが見えました。

何かしら、これ。

そうやっていつも何かを物色してしまうのは、私の悪い癖。

まあ、あまり悪い癖とは思ってはいないのですがね。

 

そのノートは、母の日記帳でした。

「なんだ、日記帳か。」と言って、元に戻そうとしましたが、

ふとそれに付いているインデックスに目が行ってしまいました。

そこには「2016年」「2017年」と言う風に書いてありました。

「おかあさん !

三年日記はこうやって使うんじゃなくてね・・・・」

母は、前からずっと詰めて書いていたのです。

本来の使い方を教えてあげましたが、

すでに日記帳は大方埋まっているし、

まあいいかって、二人で大笑いしました。

 

ずっとずっと続いている母の日記。

その日は何を書いたと言うのでしょうか。

 

私は亡くなった父が母の事を

「ママちゃーん」

と呼ぶのが好きでした。

 

子供たちが大きくなってしまった我が家で

つれあいを「パパ」「ママ」と呼びあうのは、

たぶんその影響です。

もちろん、夫の家は違います。

「母さん」『お父さん』の世界。

夫は両親を

「おふくろ」「おやじ」と言っていました。

だけど夫は結婚する前にほぼ4年、頻繁に我が家に来ていたので

彼もその影響を受けたのではないかしら。

 

トップ画像は、横浜に住んでいるラッタさんから送ってもらったものです。

「あさ、目が覚めたらこんな風になっていました。もう地球は終わりですね。」

などとほざいていましたが、春の雪は結構ありますよね。

 

近いところでは、たぶん・・・・

 

って、その記事は

春なのに

2010年には4月に降ったのですね。

 

 

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実家に帰った日は体重計に乗らない事にしている。

2017-11-29 17:29:47 | 家族スナップ

(長いです。^^)

毎年、私の一族は父の命日ではなく誕生日に集まってお墓参りに行くことにしています。

私たちの心の中で今も父は生きていて、なんだか寄り添っているような気がするからです。

だから集まると、ワイワイと今年はいくつになっただとかおめでとうと言う言葉と共に乾杯などをしたりするのでした。

それは父も生前望んでいたことです。お墓参りに来るときは、そうやって家族仲良く遊んで帰れと・・・・。

だけど今年は微妙な感じになってしまいました。

と言うのも、母が前日になって、天気が悪いから中止にしようと言いだしたのです。

 

後で母の気持ちを推理してみると、たぶん彼女はお墓から80近くなった弟の車に乗りたくなかったし、(いつもそこから送ってくれるのです。)私たちの叔父さんである彼に、車で来てもらいたくないと思ったのだと思いました。

こういうのはふと怖く感じた時から、もう駄目なんですよね。私は母の気持ちがよく分かります。

毎日ちゃんとそれで生活している人に、たとえ姉であっても言い出せない事ってありますよね。まして私たちに言えるわけがありません。天気が悪いと言うのは口実だったのだと思います、たぶん。

 

 

だけど、みんな集まることを楽しみにしているのです。

お墓参りは中止でも(翌々日に母が一人で行ってくれました。)、その後の家族だけの「集まって遊ぶ」は敢行しました。

なんか、微妙に変^^;、少々後ろめたい気持ちにもなりました。

だけどしっかり陰膳のビールは添えました。

「父上様、それで今年は勘弁してください。母の気持ちを大事にしたいので。」と心の中では言い訳を少々しつつ、母と姉妹たち、そして横浜で暮らすラッタさんとワイワイと楽しい時間を持ちました。

 

何処でその時間を持ったかと言うと、今年7月にも行った上星川にある「満天の湯」です。

その時の記事とそのスーパー銭湯の画像などは→「街中温泉マニア」を目指す♪

そこでのお食事は・・・・

これだけだったら普通の量だと思うのですが、その後、ここではビンゴ大会があって、なんとラッタさんが当てたのは、当日限定のおうどんのお食事券。当日限定って、「ちょっとあなた!!」って言いたくなってしまいますよね。

でもこの後、カレーかつうどんと言うのをおやつに食べちゃいました。もちろんシェアしてですが、それとスィーツもでお腹がいっぱいに。

ところでトップ画像は横浜駅東口の飾りなんです。

もちろんそれを載せたのは横浜に行ったからなのですが、あのね、自分の力量過多のスケジュール過密って、若い時は疲れるだけだと思うのですが、歳を取ると、実害が出ますよ。言うなれば、馬鹿になると言うか、本当に信じられない間違いをするのです。トホホ

この日の前日は、朝から講演会に行きその後公園をお散歩。前の記事に書いたとおりです。

家に帰ってから、家事を諸々やって、夕食を作って夕方からいつも通りバイトに行きました。

そして夜、翌日に出かける支度をしつつ時間を調べたのですが、時間変更を自分で決めたのにすっかり忘れて、30分以上も早く(もしかしたら1時間近く)着くことになってしまっていたのです。

たまには、もう自分の街とは言えない故郷の街を歩いてみようとウロウロしました。

 

 

   

そしてそれからみんなで待ち合わせの場所に向かったのでした。

この日は、もう一つ目的があって、夜はラッタさんと二人でお食事に行きました。10月最後の日が誕生日の彼に何か御馳走をしてあげたかったのです。

 

ところがお風呂屋さんでいったん解散して、私は実家にラッタさんは自分の家に帰り、そして再度集合した時にも、あまりお腹は空いてはいなかったのです。

だけどそれでも予定敢行です。

お店は調べてあったものの予約をしていなかった呑気なラッタさん。横浜五番街の夜は、どこも満員か30分待ちです。

それなのに、9時には帰りたいなどと抜かすラッタ小僧。(小僧じゃないけれど。)

 

「じゃあさ、外れの外れに行こう。なんなら去年行った所でも良いよ。」

五番街をさらに進んで大通りを超えると、人並みは一気に減ってしまいます。お店を開くときどこに店舗を持てるかは、どこでもそうでしょうが、大きな勝負どころですよね。

そんな事言いながら、去年の誕生日のお食事をしたところに行ってみたら・・・閉店していたと言う・・・ああ、ショックだなあ。

だけどそのお店の、お店だったところの隣の隣にたまたま入ったところ、たまたま席が空いていて、そこが食べたものが皆絶品だったのですよ~。

お腹がいっぱいなので、これぐらいにしておこうと言っていたのに、あまりのおいしさに1品追加しちゃいました。

凄く狭いお店なのですが、サービスも良くて、また来たいと思いました。

(レシートが見当たらずに、捜索中です。そのうちこっそりお店の名前もアップしておきますね。)

 

その後、急ぐラッタさんを先に帰して、私はのんびり夜の街の風景を楽しみながら帰ったのでした。

 

母は朝食をたくさん作って出してくれる人なのですが、お願いしてパンと牛乳と家になっていた柿だけにしてもらいました。と言うのも、お昼は・・・・

またもラッタさんを呼び出して、(母の奢りです♪)

 

18日は11918歩も歩いたのですが、それは全く意味のないような気がして、とりあえず体重計には乗らない事にしました。

 

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「街中温泉マニア」を目指す♪

2017-07-30 22:50:50 | 家族スナップ

「街中温泉」なる言葉はたぶん無い言葉と思われます。言うなれば、私の造語。世間ではこれを「スーパー銭湯」と言っているのだと思うのですが、あんまり好きじゃないもんで、その単語。


で、近頃母&姉妹で、街中温泉に行くことにはまっています。はまっているなどと言っても、そうそうは行けるものではありませんから、月に一度か2か月に一度の事なんです。もしくは3か月に一度かもしれません。それでも回数を重ねていれば、知らず知らずのうちに数と想い出も増えていくと言うものですね。

徐々に行く事が楽しみになって来て、これからは東京近辺または横浜辺りでいろいろと行ってみようと言う事になりました。年老いた母の事を思うと、一年に一回ぐらいの旅行はともかく、この程度のお出掛けは遠出はしないと言う事にしたのです。

それで今回、7月29日は上星川にある「満天の湯」に行ってみました。
なんたってここは駅から、ほんの数分。
そこが凄く良いと思うんです。

 

トップ画像は入り口にあるオブジェです。

 




ここは館内着などはありません。そこの所だけがちょっと不満足。だけど他にほとんど不満はありませんでした。
おふろは岩盤浴などはもありませんが、炭酸泉やジェットバス、電気マッサージなど充実していて、本当にのんびりできました。

ちょうど土曜日限定のビンゴゲームの時間にぶつかったので、みんなで参加しました。

姪が入浴券をゲットしました。
私もビンゴになりましたよ。景品は・・・・・・カ・・メ・・ノ・・コ・・タ・・ワ・・シ

今回は、母と姉妹、姪が一人と横浜暮らしのラッタ君も参加です。この亀の子たわしはラッタ君が使ってみたいと言うのでプレゼントしました。独り暮らしを楽しんでいるみたいですね。

お食事は







おふろのコーナーからお食事のコーナーに行くときは、スタンプを手に押してもらいます。これで再入場がOKなんです。

これはきっと、おふろに入らない人もお食事が出来るから、このシステムなのじゃないかなと思います。

 

食事が終わってからラッタ君とはお別れして、もう一回ゆっくり一回りしてから帰りました。

3時ぐらいに入場して、お食事してもう一回入浴。それで9時ぐらいに帰りました。

帰るときに雨が降っていましたが、フロントにて傘を買ってから帰りました。

スタッフさんも感じが良くて、行きやすいのでまた行きたいと思いました。

 

ここのHPは→ こちらです


※          ※        ※

 

姉妹で実家に泊まり翌日の私は海老屋さんです。

午前中に買い物に行き、午後からエビを63匹揚げました。

 

 スイカですが、凄く大きくて吃驚しました。

   大きくても味はバッチリでした。









ついでですが、又姪ちゃんの作品。

  

 

うちらは親ばか親戚バカなので、すぐに「素晴らしいわ !」ってなっちゃうんですよね(^_^;)

7月29日と30日はそんな一日でした。


下の囲みは、昨年の7月29日に投稿したものです。


 


夏の日々はかくのごとく過ぎつつ

《ここ数日の日記です。》 夏と言う季節が好きです。夏の暑さは魂も燃やすと言うか、私にはやる気が出てくる季節なのです。お仕事で頑張っていた時には、一番頑張れた季節だっ......


 

 

 

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パパさんの誕生日会

2016-09-19 17:03:13 | 家族スナップ

夫殿が笑ってる。

嬉しそうで機嫌がいい。

それだけで良い。

良かったナ。これで私のミッションも一つ終わったってわけだな。

 

※        ※        ※

8月のある日、私はルート君と一緒に横浜の実家に遊びに行きました。私の母に会いに行くと言うのも一つの目的ではあったのですが、もう一つ私には目的があって、それは夫の定年のお祝いの提案と打ち合わせを息子たちとする事だったのです。

→サンマーメンと松原商店街で横浜を感じる

なんだかさっぱりと具体的には決まらなかったのだけれど、とにかく9月の良い日を選んで集まる事になりました。

その後カレンダーを見て、この日が良いなと思って選んだ日は、まさに彼の誕生日のその日だったのです。

 

今までご苦労様と言う感じの定年のお祝いと言うよりも、まさに誕生日のお祝いになって良かったナと、私は思いました。

だけど私、ちょっとだけ緊張してしまいました。楽しい会が開けるかしら。今日と言う日をみんなの想い出に出来るかしら。

 

※      ※       ※

6時50分に横浜からやって来たラッタさんと駅の改札で待ち合わせをして、予約しておいたお店に行きました。

シャンパンでとりあえずカンパーイ !

それからお料理が出てくるまで、ちょっと時間がかかってしまったので、4人でワイワイとおしゃべりタイム。そしてその時に子供たちがプレゼントをくれました。

姑息にも、ワタクシ、夏に

「そうねえ。おやすみの間に温泉ぐらい行きたいから旅行券なんか良いと思うなぁ。」なんて、実は二人に暗示をかけておいたのです。

「それが欲しいのはあなたじゃないの。」とラッタさん見抜かれて、オホホホととぼけていたのですが・・・・。

 

ラッタさんが用意しておいた旅行カードはルート君と二人からのものでした。

「はい。これがメインのプレゼントで。」と言って、そのカードの箱の入った袋を渡すと

「そして、こっちがおまけです。」と言って、更にお酒の入った袋を夫に渡しました。

「俺も、おまけの方を。」とルート君も小さな袋を出しました。

 

ラッタ君のはお店では開け辛いけれど、ルート君のはその場で開けてみました。

そこには夫殿が欲しかった腕時計が入っていました。

私はちょっとジーンときました。

ふたりともちゃんと考えてくれたんだなって。

 

夫は嬉しそうな顔をして、だけどこういう時に余計な事を言う名人です。いわば照れ隠し。

一つ目は

「あれっ、ママからはないの。」

ナイよ !!

「今日の回の企画とお支払いが私からの、まあ、その、それの代わりと言うことで・・・・」

でも考えてみれば、お支払いって、私のへそくりから出すわけじゃなかったな・・・・・。

まあ、深く考えない事にしよう。

二つ目は、息子たちに

「ママの時にもよろしくね。来年すぐだから。」

その言葉を真に受けて

「そーなんだよね。間が狭すぎる。一年延期にしてくれない!?」とラッタさん。

 

延期できるものならば延期したいもんじゃわい。

だけど

「私の時には、何にもいらない。本当に要らないから。」と私は言う…今はね。そして本当に何もないとむくれるとか?

いやいや、本当に要らないや、だって息子たち本当にお金を使っちゃって気の毒だって思っちゃった貧乏性なワタクシなんです。

もしも出来るならば、また一緒にご飯を食べるくらいで良いな。

だけど家計管理担当なので、お支払いはワタクシ?

まあ、それも深く考えない事にしよう。

 

このお店では途中でテーブルに手品をやりに来るサービスがあって、それがものの見事で家族で盛り上がってしまいました。

凄く楽しい時間でした。

 

お料理

 

  

 

 

  

 

写さなかったけれど、これにもう一枚ピザ。それからトップ画像はおまけのケーキ。どれも美味しかったです。

 

帰り道で、みんなに言われて気がついたのですが、パスタが頼んだものと違うものだったのです。

「ちょうどパスタが来た時に、あのマジシャンの人が来たのよね。それで皆その時はまったく気が付かなかった。間違えて作っちゃったけれど、それを分からなくする一番のマジックだったのかもね。」とか言って笑い合いました。

 

旅行カードと時計の画像はないのですが、ラッタさんから頂いたお酒です。

 

 

しばらく飾っておくそうです。

 

 

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サンマーメンと松原商店街で横浜を感じる

2016-08-13 11:12:28 | 家族スナップ

 

私は時々、無性にサンマーメンが食べたくなります。サンマーメンと言うのは神奈川のご当地ラーメンです。最近では地方でもこのラーメンがメニューにある所があるそうですが、やはり今でも全国区のラーメンと言うわけではありません。私はある時まで、それが地域限定メニューだと知らないで、大学生になった頃に東京でそれを注文して困惑されたことがあるのです。

 

8月12日、渋滞を避けるために朝5時に起きて6時に家を出て実家のある横浜に、ルート君の運転で行ってまいりました。パパさんはお留守番です。

早く出たおかげで、横浜のラッタさんの家には7時半ごろに着きました。彼を誘い出して、三人でモーニングを頂きつつ密かな会議をしてまいりました。もうすぐ夫殿の退社の時期が迫っているものですから・・・・・・

ああ、でも話がいろいろと飛んだり分散したりで、決まった事があったのか否かと言う所。

 

その後はいったんラッタさんとお別れして実家に行きました。着いた途端に山梨のおじさんからブドウが届き、おすそ分けを頂いてきましたが、母が昨年も私が来た時にそのブドウが届いたのだと言いました。そんな事は何にも私は覚えていない私でしたが、母はその事を日記に書いていたと言うのです。(母の日記はかなり前からずっと続いています。)

そんな事を書いているのかと私は思いました。だから、そんな事を私も書いておく事にします。

 

お昼は母と姉と、再びラッタさんを呼び出して、ルート君と私とで近くの中華料理屋さんに行ったのです。トップ画像がその時頂いたサンマーメンです。

今時は冷やしラーメンかとも思うのですが、やっぱり食べたかったものを頂きました。シャキシャキとしたもやしが美味しいサンマーメンです。

お店の中から外に出ましたら、外は相変わらずの暑さでした。でも体の中がポカポカすると外の気温の高さがあまり強く感じなくなり、逆に暑さをしのげるような気がしました。

 

午後からはみんなで、横浜ではちょっと有名な商店街に遊びに行ってみる事にしました。

年末になると、上野のアメ横と共に必ず紹介される「横浜のアメ横」と言われる「松原商店街」です。

 

下の画像は、よくテレビで紹介される段ボールを屋根に乗せちゃう八百屋さんです。

日よけの傘が、お客さんへの心遣いでしょうか。

 

 

私がちょっと子供たちに紹介したかったのは、下の画像のパン屋さん。経営者さんが同じかどうかは分かりませんが、このお店ははるか昔の私が中学二年生の時に初めてバイトをしたパン屋さんなのです。

中学二年生でバイトなんか出来るのかって思うでしょう?

昔は雇ってもらえたのですよ。

もちろん長期休暇限定です。お友達に誘われてチャレンジしてみたのです。

働く経験がしたかったので、お友達は10日ぐらいだけ働かせてくださいと言いましたが、お店の人の顔に困惑する表情を感じた私は、ひと夏働きますと言いました。

お店の改装が丁度ぶつかったので、40日丸々働くことはなかったのですが、初めてのバイトは時間的に楽なものではありませんでした。

なんたって中学生です。夏休みの宿題はたくさんあったのです。

でもお店の人には可愛がっていただき、ひと夏の得難き経験になりました。

その当時の事ですが、お店の「キムラヤ」と言うのは、木村さんがやっているお店と言うのではなく、その時の職人であるマスターが銀座キムラヤで修業を積んだ、つまりのれん分けで付いた名前だったと言うことも知りました。だからなのか、私はこのお店であんぱんってなんて美味しいのだろうかと知ったようなものです。

とにかく同じ場所に同じ名前のパン屋さんがずっとあると言うことが、素晴らしいなと私は思いました。

 

 

 

 

いろいろなお店が企業努力をしています。

お茶屋さんで頂きた抹茶ドリンク&ラッタさんの足。

 

 

頂いたものを記録と思って写真を撮ったら、姉がすかさず、

「じゃあ、これも・・・」

何も思わずパチリと撮ったけれど、良く見たら相当食べた後でしたね('◇')ゞ

 

 

本当は下記看板のような抹茶ソフト。確かに安い!200円ですよ。しかも抹茶の濃い味が凄く美味しかったです。抹茶の好きな方にはお勧めできます。抹茶ドリンクはちょっと甘め。疲れている時には良いかもしれません。甘いのが苦手な方には、半額の100円で冷たいお茶のドリンクもあります。

 

そしてまたも有名なお魚屋さん。マグロの解体ショーが日常です、解体しながらバンバン売っていくのです。新鮮かつお安いと思います。年末なんかはこのお店に入るのが大変みたいです。

 

 

再び実家に帰って来て、そこに来ていた又姪ちゃんたちとしばし遊んで癒されタイムです。そしてちょっとの転寝タイムの後、一度家に帰っていたラッタさんを迎えに行き、一緒にパパさんと猫ちゃんたちの待っている我が家にと帰ってきました。

5時半ごろ横浜を出ましたので、一部渋滞はありましたがおおむね順調に流れ、7時には我が家にいました。

 

 

家に着いてからは私は大忙しです。久しぶりの4人でのお食事なので、頑張って無い腕を振るいました。

一口カツとエビフライ。かなりの量を揚げてお皿を山盛りにしたはずなのに、あっという間になくなって、久しぶりの「ザ・我が家の食卓」と言う感覚を思い出しました。本音を言うと私は物足りない。仕方がなのでサラダとキャベツでお腹いっぱいにしたりして('◇')ゞ

と、言うことは、お母さんがデブの道を突き進んだ一因はラッタ君の独立にもあったんじゃないのかななどとこじ付けてみたりして ^^:

 

 

翌朝の朝食。買ってきたあんぱんを頂きました。懐かしい青春の味がしたのかは・・・・・内緒。

 

 

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